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星辰のマギウス  作者: 空蝉
第二章 彷徨う凶星
64/67

2-35 世界を創るもの 其之二

 通説によると、魔導士としての資質の獲得には遺伝が大きく影響するという。

 実際、親族に魔導士を含む家系と、そうでない家系を比較した時、子供に霊素エーテルを観測する能力が発現する確率は前者の方が格段に高いことが確認されている。

 常人の中から素養を持つ者が誕生する場合もあるが、所詮は特例の域を出ない。

 つまり人がどれだけ神秘の世界に憧れを抱こうとも、そこに足を踏み入れる資格は生まれの時点でほぼ決定されてしまうのだ。

 さて、こうした事情から、魔導士の中には血統を重んじる人種がそれなりの割合で存在する。

 彼らは自らの悲願の成就に奔走する傍ら、祖先から受け継いだ技術の更なる進化を期待して次代を紡ぐ。

 必然的に番いとなる相手も優秀な魔導士となり、その子供も大抵は神秘の使い手として申し分ない能力を持って生まれることになる。

 前置きが長くなってしまったが、『竜狩の騎士団(ファフニスベイン)』はそうした所謂"名門"と称される家系の中から、選りすぐりの精鋭を集めた結社であった。

 構成員の殆どが古き血筋の出身であり、星霊狩りを主軸に目覚ましい活躍を続けている。

 しかしその由来ゆえか、全体的に"誇り"に固執する傾向が強い。

 先月、エリオットが暗黙の掟を破ってまで在野の魔導士と諍いを起こしたのが良い例だろう。若手である彼ですらああなのだから、幹部格ともなれば気位の高さは敢えて語るまでもない。

 ではそのような精神性の持ち主たちに、戦力外通告とも解釈できる台詞を叩きつければどうなるか。

 答えは次の通りである。

「聞き捨てならんことを言ったな若造。貴様、我らを邪魔だとそうのたまったか?」

 針の筵だった。

 怒気を通り越して敵意さえ孕んだ視線がヘイズに突き刺さる。

 ヘイズとしてはこれっぽっちもそんな意図はなかったのだが、自棄に任せて適当に舌を回したことが仇となった。

「うはははは!あー腹痛ぇ……いやすげぇわアイツ、度胸があんのか馬鹿なんだか知らねぇが、まさか真っ向から喧嘩売るとはなぁ!」

「ね、面白いでしょ彼?近くにいたら絶対飽きないタイプだよ」

 完全に見世物気分で笑う傭兵共が心底鬱陶しい。

 逆鱗を見事に踏み抜いてしまった以上、今更謝罪した所で彼らの怒りを鎮めることは難しいだろう。

 何より気がかりなのは、唯一彼らを宥めることができるであろうルクレツィアの反応だった。

 彼女はヘイズが失言した直後から瞑目し、一切の感情を示さない。その姿は思考に没頭しているようにも、怒りを堪えているようにも見え、下手に弁解することを躊躇わせた。

 友好関係を築きたいと考えていた矢先にこの体たらく。我ながら迂闊にも程がある。

(ただなあ……)

 ヘイズは内心で思う。

 邪魔とまではいかずとも、いない方が好都合なのは紛れもない本音なのだと。

『竜狩の騎士団』の実力を軽んじている訳では決してない。魔導士としての素質という面では、彼らは間違いなく自分より格上だし、これが単なる星霊の討伐であったなら迷わず助けを借りていただろう。

 だが今回に限っては話が別だった。

 ヘイズの見立てでは、あの"魔星"とやらは味方の状況に配慮しながら対峙して良い相手ではない。全身全霊、死力を出し尽くしてようやくか細い勝機を掴むことができる……それ程の大敵である。

 加えてヘイズが彼らの技能を十全に把握していない点も問題だった。

 手札とは真価を理解してこそ効果的に運用できるもの。それが疎かな状態では、中途半端な連携しか期待できない。

 万が一仕損じた場合も考慮すると、ヘイズ以外の面々には後詰として控えて貰うのが最善だと思われた。

 とは言え、真意を説明したとしても火に油を注ぐ結果になるのは目に見えている訳で。

 如何にして収拾をつけるべきか、ヘイズは頭を悩ませる。すると、

「まあそういきり立つなよ、ダングラールのおっさん」

 横合いからテオドアが割り込んできた。

「……テオドア」

 名を呼ばれた騎士が露骨に顔を顰め、テオドアを睨みつける。

 敵愾心を剥き出しにした刺々しい態度。それを涼しげに受け流し、テオドアは嘲るように告げた。

「一体どこが不満なんだ?あんたらは"魔星"を倒す自信がなく、こいつにはある。だったらできる奴に任せて、大人しく引っ込んでおきゃ良いじゃねぇか。足手纏いになるよりかはよっぽどマシだろ?」

 この男は何を言っているのだ。

 ヘイズは唖然とした。救いの手を差し伸べられたと思いきや、谷底に突き落とされるとは。

 現にテオドアの発言を受けて、『竜狩の騎士団』の幹部達はますます怒気を強める。

「……貴族の誇りから逃げ出した臆病者が。偉そうな口を叩くんじゃない」

「誇り?重石の間違いじゃねぇの?」

「貴様……!」

 ダングラールと呼ばれた男を起点に空気が騒めいた。彼の感情の昂りに応じ、霊素が肉体から溢れ出ているのだ。

 テオドアの方も冷笑を浮かべたまま、一歩も退かずにダングラールの敵意を受け止めている。

 一触即発の雰囲気。それを諫めたのは、鋭く切り付けるような声だった。

「――落ち着け」

 ルクレツィアである。味方であるはずの彼女からの制止に、さしもの幹部たちもたじろいだ。

「総帥、しかしこの男は貴女のことまでも……!」

「ありがとう。貴殿らの心遣いは素直に感謝するが、今は内輪揉めをしている暇はない。……シュレーゲル殿も、いたずらに煽らないで貰えるかな?」

「……ああ、悪かったよ」

 自ら喧嘩を吹っ掛けた割に、あっさりと謝罪を述べてテオドアは引き下がる。

 表情に不満の色がない辺り、ルクレツィアに対して気後れしたという訳ではなさそうだが。

「さて、話を戻そうか」

 ヘイズの思考を打ち切るように、ルクレツィアが翡翠の瞳を真っすぐに向けてくる。

 そこには既に窮地を救ってくれた時のような友好的な趣はない。都市最高の結社を統べる長として相応しい、毅然とした風格が漂っていた。

「言い回しはともかく、貴方が自分の実力に自信を持っていることは理解した。実際、君は"魔星"を相手にカルンハイン殿を守り切った訳だからね。我々が不甲斐なく見えるのも、まあ頷ける」

「いや別にそんなことは――」

 ない、と否定しかけた所で脇腹に痛みが走った。見れば横から伸びた手が、ヘイズの脇腹を抓っている。

「……?どうかしたか?」

「い、いや何でもないです……」

 しかも無駄に器用なことに、対岸の席からは見えないよう角度を完璧に計算した上での犯行だった。

 どういうつもりだ?疑念と若干の怨念を籠めてヘイズは隣の下手人を、セリカを睨む。

 対し彼女はいつも通り涼し気に微笑んだまま、小さく首を横に振った。良いから黙っていろ、ということらしい。

「勘違いしないで貰いたいのは、こちらとしても"魔星"の討伐は望む所ということだ。怪物狩りは我が結社の本懐だからね、力無き人々の剣となるためなら幾らでも手を貸そう。……だが、貴方に全てを任せられるか、という点については話が別だ」

 ルクレツィアの見極めるような視線がヘイズを貫く。

「貴方は奴を倒せると断言したが、ではその根拠は?具体的な方法は?敵が貴方の想定を超えていないと何故言い切れる?要するに信用の問題だよ。貴方に都市の命運を託しても良いと思えるだけの証を提示してくれ。それが無理なら残念だが、貴方の案に乗ることはとてもできない」

 ぐうの音も出ない程の正論だった。

 ヘイズとルクレツィアの関係は、イヴを救助する際にニ、三言葉を交わした程度。それで全面的に信頼しろというのが土台無理な話である。

 何より彼女には結社の総帥として、配下の命を保証する責任がある。

 真偽も不明、勝算も曖昧。そんな博打じみた策に構成員達を巻き込み、死地に送り出すなど、まともな倫理観の持ち主にはとても許容できまい。

「うんうん、ラインゴルト君の言い分はもっともだねェ」

 それに同調を示したのはヴィクターだった。

「どこの馬の骨とも知れない、ごろつき一歩手前の魔導士に命を預けるなんて狂気の沙汰だよ。心の底から同意するとも」

「……」

 セリカの抓る力が強くなった。

 安心して欲しい。自身の失言によって事態が拗れた自覚はあるし、テオドア達の行動の意図にも薄々察しがついている。

 だから会議が落着するまでは、大人しく口を噤んでおくつもりだ。……いつか絶対に仕返しはするが。

「という訳でここは一つ、私も結社の長らしいことをしてみようか」

 いつも通り飄々と胡散臭い仮面を張り付けて、ヴィクターがこちらを振り向く。そして、

「セリカ君、テオ君。君らちょっと、ヘイズ君と一緒に闘ってきたまえよ」

 まるで息抜きの散歩にでも向かわせるような気軽さで。

 魔都の暗闇に巣を張る蜘蛛は、部下に命を賭けろと命令した。

「貴方は……」

 ルクレツィアの柳眉が吊り上がる。彼女の性格からすると、ヴィクターの言動は部下の命を軽んじているように聞こえたのだろう。

 だが当の本人は一向に気にしない。寧ろ不思議そうに首を傾げさえして見せる。

「おや、何か不満かね?お望み通り、君が信頼できる人物を選出させて貰ったのだが……彼女達の実力は、私より君の方が詳しいだろう」

「……ええまあ。そこの侠客気取りの不良はともかく、剣聖殿であれば戦力として申し分ないでしょう」

「オイこら」

 テオドアからの抗議を華麗に流してルクレツィアは続けた。

「ですがそれでも不安は残ります。背後に市民が控える以上、闘いが始まれば我らに退却は許されない。都市の防衛と敵の撃滅。どちらも両立させるためにも、援軍を待つのが賢明でしょう」

「……君も中々意固地だねェ」

「そうでしょうか?私は道理を語っているだけなのですが」

 にこやかに笑みを交わす二人の首領。ただし相手に向けられる眼差しは、恐ろしく冷ややかだった。

「お二人の意見は分かりました」

 手を打ち鳴らす音が、否応なく意識をモニターの方に引き寄せる。

「しかし、このまま平行線を辿り続けても仕方がありません。僭越ながら、私から落し所を提案させて頂きたく思います」

 ヘイズが失言してからというもの、傍観に徹していたグラハムがもつれた議論を解いていく。

「三十分。三十分だけ、『アンブラ』の方々に猶予を与えましょう。その間に討伐が達成できれば良し。駄目ならば直ちに援軍の到着まで耐える方針に切り替える。これでどうでしょう」

「……それは多少の犠牲は覚悟の上で、ということでしょうか?」

『個人的には心苦しい限りですがね。しかし私は国家の代表として、あらゆる手段を講じてマルクトを存続させなければなりません。それが例え、流血を伴うものであったとしても』

 その瞳に揺ぎ無い意思を宿し、グラハムは頷いた。 

「私も異存はないよ。ロックウッド君と同じで、マルクトを護ることができるのなら何だって構わない」

「俺らも所詮雇われだからなァ。雇い主殿がやると言うなら、報酬分は付き合うさ」

 畳みかけるようにヴィクターとロイが同調を示す。

 対しルクレツィアはしばしの間思案すると、やがて深々と溜息を吐いた。

「分かりました。我々も市長のご提案に乗りましょう」

「……総帥、よろしいので?」

「これ以上駄々を捏ねても、時間を浪費するだけだからな。結論が出たのなら、素直に受け入れよう」

 ルクレツィアが認めたことで、室内の緊張が弛緩する。

 これで一見落着だろうか。己の失態に他人を巻き込んでしまったことに罪悪感を抱きつつ、ヘイズも肩の力を抜く。

「ただし、条件を一つ加えて頂きたい」

 が、続けてルクレツィアが放った言葉が、場を再び騒然とさせた。

「魔星との闘いには私も同行させて頂く。こちらも譲歩したのです、嫌とは仰いませんよね?」

「――はあ!?」

 誰もが呆然と凍り付く中、いち早く正気を取り戻したのはテオドアだった。

「おま、何考えてんだ!お前が抜けたら誰が結社の連中を指揮すんだよ!」

「我が結社は、頭目が欠けた程度で烏合の衆に成り下がるような惰弱な組織ではない。何なら指揮はフェルナンの方が巧いし、足りなければダングラール殿にも頼れば良い」

「はあ、ご命令とあれば務めますが……ってそうではなく!」

 ようやく硬直を解いたダングラールが狼狽も露に食って掛かる。

 しかしそれを誰が責められよう。ルクレツィアが口にしたのは、ある意味総帥としての役割を放棄するという宣言にも等しいのだから。

「本気で仰っているのですか!?貴女にもしものことがあれば、私は先代に顔向けできません!」

「大丈夫だ、引き際は弁えている。それに父上だって、こういう時は真っ先に名乗りを上げていただろう?ならば私も、ラインゴルトの名を継ぐ者として相応しくあらねばな」

 ルクレツィアの意思を受け、もはや説得は不可能だと悟ったのだろう。ダングラールを始めとする結社の幹部たちは、苦々しく表情を歪ませながら沈黙する。

『……話はまとまったかな?私としては戦力が増えるのは大歓迎ですが』

「お騒がせして申し訳ありません、もう大丈夫です。グレイベル殿も、異論はありませんね?」

「はあ……えっと、よろしくお願いします?」

 有無を言わさぬ迫力に圧され、ヘイズは会釈を返す。

 ついでにちらとテオドアの方を見やると、どうやらルクレツィアの参加にはまだ納得し切れていないらしい。

 普段の気風の良い印象からはかけ離れた、凄まじい仏頂面を浮かべていた。


 ◇◇◇


 そこから先の話はとんとん拍子で進んだ。

 大陸に名を轟かせる歴戦の傭兵たちが参加しているのだから、さもありなん。彼らの的確な助言によって、先程までの混迷が嘘のように、討伐に向けた段取りは速やかに決められていった。そして、

『ではこれより一時間後。結界の封を解放し、我々は"魔星"との対決に挑みます。――マルクトから災禍を取り払うため、どうか皆さんの力をお貸しください』

 グラハムの宣言を以て、会議は終わりを迎えたのだった。

 闘いの準備に取り掛かるべく、魔導士達はそそくさと退室していく。ヘイズもそれに倣って歩を踏み出すが、

『ああすまない。グレイベル君だけ、少し残ってくれるかな?話したいことがあってね』

 と、何故かグラハムに呼び止められてしまった。

 セリカ達が案じるような視線を送ってくるが、問題ないと頷きを返しておく。

 正直一抹の不安はあるが、この状況下でわざわざヘイズに声をかけてきたのだ。十中八九、"魔星"との闘いに関わる話に違いない。

 そうして自分以外の退室を見届けてから、ヘイズは胡乱な目付きと共にグラハムの方へ振り返った。

『おっと、随分警戒しているね?何も取って食おうという訳ではないんだ。もう少し楽に構えてくれたまえ』

「……善処します」

 そう返しつつも、訝しむ態度は崩さない。

 先程の会議を経た今、ヘイズはグラハムを最も注意を払うべき対象として数えていた。

 どうやらこの男は、自分の過去を知っている。

 それ自体は構わないのだ。特段隠している訳ではないし、何よりヘイズには先月都市の設備を盛大に破壊した前科がある。

 処遇を決めるにあたって、下手人の素性を調べ上げるのは市長として当然の対応だろう。

 問題は、グラハムの言動の端々から、こちらを探るような意図が垣間見える点だった。

『話というのは他でもない。君が成し遂げる"魔星"の討伐に、私も一枚噛ませて欲しくてね』

 まるでヘイズが勝利することが、既に決まっているかのような口ぶり。

 会議の最中、突然意見を求めてきた時もそうだった。

 もっともらしい理由を付けてはいたが、どうもグラハムは最初から、ヘイズが"魔星"を打倒し得る存在だと認識していた節がある。

 恐らく彼の中でも推測の域は出ておらず、それを確信に押し上げるだけの証拠が欲しかったのだろう。だからこそ並み居る歴戦の魔導士達を素通りし、狙い撃つようにヘイズに話を振ってきたのだ。

 無論、単なる杞憂という可能性も大いにある。

 だが相手は数多の謀略が渦巻く魔都の王。思惑が明らかになるまでは、一定の距離を保っておくべきだった。

「……それは構いませんが。自分も同行させてくれ、ということなら丁重にお断りさせて頂きますよ」

『ん?ああ違う違う。私は一介の凡人にすぎないからね。魔導士達の戦場に飛び込むなんて自殺行為、頼まれたってやらないさ』

 グラハムは自嘲するように笑った。

『闘いで何か必要な物があるのなら、公社で用意しようという話だよ。もちろん、市内にある物でという制限は付くがね』

「……費用の方は?」

『全てこちらが負担する。どれだけ金がかかったとしても、先月のように後から請求書を送り付けたりはしないから、安心してくれたまえ』

「大盤振る舞いですね。その分、対価に何を求められるか、怖くて堪りませんが」

『ははは、そこで無料タダと思わない所が君の美点だね。だが今回に関しては取り越し苦労というものだよ』

 悪戯を仕掛ける子供のような顔で、グラハムは続けた。

『魔導士や商人の間では半ば公然の秘密になっているが、アンブラは基本的に表沙汰にはならない組織だ。だから君たちが"魔星"を討ち取ったとしても、それは別の誰かの実績として大衆には伝わることになる』

「……なるほど」

 グラハムが示唆する所を理解して、ヘイズは皮肉っぽく頬を吊り上げた。

「つまり俺たちの手柄を公社で横取りし、それを世論操作の道具として使いたい訳ですか」

『包み隠さず言えば、そんな所だね』

 敢えて棘を含んだ物言いをしてみるも、涼しい顔で肯定を返される。

 流石はマルクトの市長。この厭味など、そよ風も同然らしい。

『今回のことは先月からそう間を空けずに起きてしまっただろう?元々マルクトは人が集まる分、事件も多い土地ではあるんだが、こうも連続してしまうと住民たちの中にも公社に対する不信が募ってくる』

「だから管理体制の盤石さをアピールするための材料が欲しいと」

 ヘイズの解釈に、グラハムが満足そうに笑みを深める。

「事情は分かりましたが、ラインゴルト女史はどうするんです?名門の筆頭らしく、下からの突き上げに難儀しているようですが」

『そこは特に心配していないよ。彼女の配下はともかく、ラインゴルトさん自身はそこまで功績に頓着しないタイプだからね。今後、幾つか便宜を図ることを約束すれば、揉めることなく乗ってくれるだろう』

 推測の体を取っているが、グラハムのことだ。例え交渉が難航しても、説き伏せるだけの算段は立っているのだろう。

 取引を持ち掛けられるルクレツィアの苦労が偲ばれる。

『我ながら姑息であることは自覚しているがね、こちらにも色々と事情がある。だからまだ市長の座を退く訳には……なぜ耳を塞ごうとするのかな?』

「え……だって、その手の七面倒くさい話に巻き込まれるなんて御免ですし……」

 嘘偽らざる本心を述べる。

 気のせいだろうか。悠々としたグラハムの笑みが、一瞬引き攣ったように見えた。

『とにかく。支援が必要だと感じたら、遠慮なく声をかけて欲しい。の勝利が、そのまま私への報酬になるのだから』

「……」

 ヘイズはしばし思考を巡らせる。

 何でもありの殺し合いにおいて、使える手札の多さは勝率に直結するもの。公社の潤沢な財力を自由に使えるとなれば、準備が不足することはまずあるまい。しかもこちらの懐は一切痛まないと来た。

 また、あくまで取引であるという点も良い。

 "魔星"の討伐という前提が課されてはいるものの、グラハムに貸しを作りたくないヘイズとしては破格の好条件と言えるだろう。

 ……ただ、あくまで個人の感情論になるのだが。

 誰かの掌の上で、一方的に踊らされるというのは大変面白くなかった。

 そうとも、勘違いされては困るのだ。

 確かにヘイズはグラハムと敵対する意思はないが、さりとて味方になる気も毛頭ない。

 容易く利用できる相手と思われるのは甚だ心外であり――是が非でも、一矢報いてやりたくなる。

「念のため確認したいんですが」

 ゆえにこそ、ヘイズは魔都の王に問う。

 お前は俺を使う意味を理解しているか、と。

「本当に、何をお願いしても構わないんですよね?市内にある物なら、何でも」

『……ああ、その言葉に偽りはないよ』

 ヘイズの問いに不穏な気配を感じ取ったのか、グラハムが警戒するように目を細める。

 だがもう遅い。言質は取った。

「分かりました。それでは――」

 かくして突き付けられた要求に、グラハムは今度こそその余裕の仮面に亀裂を走らせたのだった。


 ◇◇◇


「お、出てきやがったな」

 廊下に続く扉を開けると、何故かセリカとテオドアの姿があった。

「どうした?お前らも俺に何か用か?」

 怪訝そうに訊ねると、テオドアはきょとんと目を瞬かせた。

「用も何も、仲間が市長に捕まったんなら心配くらいすんだろ」

「ナカマ、シンパイ」

 テオドアの口から飛び出た聞き慣れぬ単語に、今度はヘイズが面食う番だった。

「当たり前だろうが。もう一月も一緒に仕事してんだぜ?お前、自分がどう見られてると思ってたんだよ」

「……闘いもできる神秘探知機?」

「セリカ、お前こいつに何した」

「失敬な、私は普段通り接していましたよ。女神に誓って、常識から外れた働きはさせていないと断言します」

 胸を張ってそう答えるセリカ。

 どうやら彼女とヘイズとでは、常識の定義に致命的な齟齬があるようだった。

「そう言えばヴィクターさんは?」

「あの人もお前のことを気にしちゃいたんだがな。他の連中への指示出しとか、やることが山積みだったもんで、先に戻って貰ったよ」

「そうか……」

 一言礼を言っておきたかったのだが、忙しいなら仕方がない。まずはテオドア達に義理を通そう。

「その、さっきの会議ではフォローしてくれてありがとな。俺のせいで要らん手間をかけた」

 居住まいを正し、頭を下げる。

 会議があそこまで紛糾を見せた原因は、間違いなくヘイズが失言を放ったせいだ。

 ゆえに本来は彼が自らの手で事態に収拾をつけるべきであったのだが、実際に行動してくれたのは『アンブラ』のメンバーだった。

 要するに他人に尻拭いをさせてしまったのである。

 その事実がヘイズにとっては不甲斐なくて堪らず、同時に助けてくれたテオドア達への感謝を禁じ得なかった。

「よせよせ。寧ろお前がああしてぶちかまさなきゃ、しょうもねぇ水掛け論が未だに続いてただろうよ」

 意に介した風もなく鼻を鳴らすテオドアだが、場を治めるにあたり、最も重要な役割を果たしたのは他ならぬ彼である。

 "竜狩の騎士団"の幹部達に対する露骨な挑発。あれは彼らの憎悪の矛先を自分に集めることで、ヘイズに対する糾弾により、議論が停滞してしまうことを防いだのだ。

 そしてその狙いを、ルクレツィアも察していたのだろう。だからこそダングラール達の意識がテオドアに充分向いた所で、見計らったように介入した。

 正に阿吽の呼吸である。きっと彼女らの関係がまだ正常であった頃、似たような場面を何度も経験してきたに違いない。

「にしても、ダングラールのおっさんも相変わらず頭がかてぇなァ。慎重なのは結構だが、それで身動きが取れなくなっちまうようじゃ世話ねぇぜ」

「他人のことをとやかく言う前に、まずは自分の身を省みたらどうだ」

 降って湧いた声に、テオドアがぎくりと硬直する。

 見れば廊下の奥から、ルクレツィアが蜂蜜色の髪を靡かせてこちらに近づいてくる所だった。背後には会議の際、彼女の隣に座っていた補佐役の男を従えている。

「ごきげんよう、ルクレツィアさん。結社の方はよろしいのですか?」

「ああ、一通りの指示は済ませてきたし、後はダングラール殿や他の幹部達に任せておけば問題ない。それに、これから背中を預ける者に挨拶しておきたかったからな」

 ルクレツィアの視線が、ヘイズの方に据えられる。

「先程は噛み付いてすまなかった。立場上、私も仲間の肩を持つ必要があったのでね。……改めて、ルクレツィア・ラインゴルトだ。こちらは結社の副長を務めるフェルナン」

「フェルナン・メディシスと申します。以後お見知りおきを」

 男は名乗ると、優雅に一礼した。

 老年でありながら芯の通った立ち姿、品のある柔らかい物腰。魔導士の結社の副官というよりは、執事といった印象の方が勝る人物だった。

「ヘイズ・グレイベルだ。こちらこそ本当に申し訳ない。俺の不用意な発言で、あんた達の矜持を傷つけてしまった」

「謝罪を受け取ろう。とは言え、そこまで気に病まないで欲しいな」

 ルクレツィアは頭を振るうと、その整った面立ちに茶目っ気を含ませた。

「そりゃまあ、私も君の発言の内容には、思う所がない訳ではないけどね?偶にはああして鼻っ柱を折られる経験も、彼らには必要だ。だから私個人の所感としては、君は良い仕事をしてくれたと思っているよ」

 無礼を働いてきた人物に対してこの対応。結社の総帥としては甘い部類に入るのかもしれないが、裏を返せばそれだけ度量が広いということの証でもある。

 もちろん、彼女に利あればこその寛大さなのは間違いない。しかし極まった魔導士らしからぬ人格者ぶりは、灰汁の強い連中に振り回されて荒んだヘイズの心に深く染み入った。

「テオドア、俺は決めたぞ」

「あん?」

「お前らの間にどんな事情があろうが、俺は必ずラインゴルト女史の肩を持つから」

「ええ……どうした急に……?」

 突拍子のない宣言を繰り出すヘイズに、テオドアは困惑の表情を浮かべるばかりであった。

「つーかお前、本当に着いてくんのかよ」

「当たり前だ。寧ろ貴方達だけで行かせると本気で思っていたのか」

 友好的な態度から一転、呆れ返ったようにルクレツィアが嘆息する。

「貴方達が強いことは承知しているが、暴れ方にいつも配慮がなさすぎる。先月の騒動でも盛大にやってくれたと聞くし、抑え役は必要だろう」

「言われてるぞセリカ」

「いえ、この場合はテオドアのことでしょう」

「オメーらどっちもだよ!」

 馬鹿な。自身への不当な評価に、ヘイズは愕然とした。

 確かにヘイズは先月、都市の生活基盤インフラに深刻な支障を来たす域の破壊を行った。だがあれは己の明確な意思の下で成したことであり、予期せず周囲に被害を撒き散らすよりは遥かにマシだと思うのだ。

「……頭が痛くなってきた。本当に大丈夫か?」

「まあまあ、ご安心ください。多少の爪痕は残れど、"魔星"の討伐は必ず果たされますよ」

「随分はっきり言い切るじゃないか。その根拠は?」

「簡単なことです」

 ルクレツィアに訊ねられ、セリカは即答した。何故かヘイズの方に視線を寄越しながら。

「こちらのヘイズがあれを倒せると言いました。だからですよ」

「……は?」

 呆気に取られたのはルクレツィアだけでなく、ヘイズも同様だった。

 何故なら今セリカが口にしたのは、根拠と呼ぶには余りに論理が破綻していたため。

「どうして貴方まで驚いているのです。もしや、あの言葉は出任せだったと?」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだが……」

 動揺しつつも、ヘイズはセリカの顔を凝視する。

 少なくとも冗談を言っているような、意地の悪い気配は感じられない。つまり彼女は本気で、ヘイズの漠然とした直感を信じているのだ。

「……」

「おやぁ、もしかして照れてます?私から信頼されていることが、そんなに嬉しかったのですか?」

「うるさい、違う、黙れ」

 案の定からかってきたので、憮然とした態度を返す。されど背中に感じる奇妙なむず痒さが、ヘイズには不快ではなかった。

「なるほど、あのセリカがそこまで言うんだ。私もこれ以上疑うのは野暮というものだね」

 ルクレツィアは表情を和らげると、手を差し出してくる。

「グレイベル殿、君に私の"盾"を預ける。マルクトの危機を救うため、共に全力を尽くすとしよう」

「……ああ。法螺吹きにならない程度には働くさ」

 多少の気恥ずかしさを感じつつも、ルクレツィアの手を握る。彼女はそれに満足げに微笑むと、フェルナンを連れて颯爽と去っていった。

「で、お前らも本当に良いんだな?下手しなくても死ぬかもしれんが」

「愚問ですね。会議の場でも言ったでしょう」

 振り返りながら訪ねると、『アンブラ』の怪物達は平然と答えた。

「あれ程の強敵と死合う機会など、そうそう巡ってくるものではありません。私は私のために勝手に着いていくだけですので、お気になさらず」

「俺も似たようなもんだ。俺たちは魔導士。己が願いを叶えんがため、互いを利用し合う……だろ?」

「そうかよ」

 ヘイズは踵を返した。

「だったら遠慮なくこき使わせて貰おう。代わりにお前らも、精々俺を上手く使えよ」

 狼煙を上げる準備を整えるべく、出口に向かって歩き出す。

 前だけを見据えるその顔には知らず、小さな笑みが浮かんでいた。

次回からレイドボス戦です。

最後までお付き合い頂けますと幸いです。

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