表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星辰のマギウス  作者: 空蝉
第二章 彷徨う凶星
58/67

2-29 彷徨う凶星 其之十一

「全く、本当に手こずらせてくれたな……!」

 クソが、と口汚く悪態を吐き、ヘイズはその場に膝を着いた。

 途端、全身を激痛が駆け巡る。闘いの最中は脳内物質の分泌を調整することで誤魔化せていたが、それもいい加減限界だった。

 単純な負傷の数も然ることながら、何よりも霊素の枯渇が著しい。過去の記憶を紐解いてもここまで消耗させられた例は乏しく、本音を言えばもう一歩たりとも動きたくなかった。

 が、当初の目的を果たせぬようでは本末転倒。何のために捨て身めいた真似をしてまで勝ちを拾ったのか分からない。

「厄介事ばかりで退屈しないね、本当」

 ゆえにヘイズは休憩もそこそこに、ふらつきながらも立ち上がった。ついでになけなしの霊素を振り絞り、出血だけでも止めておく。

 マリアンの様子を窺えば、彼女は地面に倒れたまま完全に気を失っていた。

 さしもの彼女も緩急の緩の間に、零距離から霊撃を叩き込まれたのは堪えたようだ。死なない程度に加減はしたが、当面の間は目覚めまい。

 強かった。本当に。

 ヘイズは嘘偽りなくそう思う。

 戦士として隔絶した技術を修めているだけでなく、魔導士マギウスとしての才覚も一級品。純粋な武力という点においては、今まで刃を交えてきた中でも間違いなく屈指の猛者だった。

 策が通じたのも偏に運が良かったからに過ぎず、相手がもう少しこちらの手口に慣れていたら、結果はまた別のものに変わっていただろう。

 普段ならば後顧の憂いを断つため、止めを刺している所である。しかし殺し合いはしないと宣言した事実が、ヘイズにそれを選ぶことを許さない。

 なので今は放置する他になく、ヘイズとしては再戦の機会が永遠に訪れぬことを祈るばかりであった。……妙に気に入られてしまった点については、この際考えないことにする。

(……風が強くなってきたな)

 霊脈の歪がより深まっているのだ。急ぎ旧市街に向かわなければ。

 我に返ったヘイズは剣を拾い上げ、都市の方角へと踵を返す。

「……どこに、行くんだい」

 瞬間、背後からかかった声にヘイズは凍り付いた。

 即座に飛び退き、臨戦態勢を取る。振り返った先には、俄かに信じ難い光景が広がっていた。

 何と気絶していた筈のマリアンが、槍を支えに起き上がっていたのである。

「闘いはまだ、終わっていないよ?だってほら……私はこうして、生きているんだからさァ……!」

 荒い呼気を交え、譫言のように呟くマリアン。しかしてその双眸は炯々と戦意に燃え、ヘイズに真っ直ぐ焦点を定めていた。

 霊撃の威力不足か?否、手心を加えていたとしても、こと敵を仕留めるという点においてヘイズが目算を誤った試しはない。

 では何故と問われれば、偏に執念ゆえだろう。マリアンの闘争に対する尋常ならざる想いが常識を凌駕し、動かぬ筈の体を動かしている。

 もはや生半可な手段で、この女を無力化することは不可能だ。

 仕方がない。追いかけてこられても困るので、ヘイズは渋々剣を構えた。

 ただ意識を奪うだけでは足りぬというなら、今度は物理的に行動不能にするだけのこと。

 つまり、四肢を壊す。殺害の危険性が高まるゆえに避けてきた決断を、ヘイズは躊躇なく下した。

「あは、そうこなくっちゃ」

 自身に向けられる敵意を察し、マリアンが嬉しそうに破顔する。

 指先で巧みに槍を回し、切っ先を擬す。蓄積したダメージの影響だろう、一連の動作は明らかに精彩を欠いている。

 なのにその身から立ち昇る気炎は未だ十全どころか、益々漲っているようだった。

「いい加減、鬱陶しいんだが?」

「だったら殺してでも退かしてご覧よ!」

 雄叫びと共にマリアンが跳んだ。彼女もまた疲労困憊の状態にあろうが、それを心根だけで捻じ伏せ向かってくる。

 迷いなく、偽りなく。一心不乱に闘争を追いかける姿は物騒なこと極まりないが、ヘイズには眩しく見えた。

 だからこそ、今度こそ完膚なきまでに叩きのめす。

 傷の具合はこちらの方が重いし同じ戦法はもう使えないが、敵の動きは粗方見切ったのだ。先程よりも迅速かつ効率的に処理できる。

 思考を冷たく研ぎ澄ませたヘイズは、疾駆するマリアンの一挙手動に神経を巡らせ死闘の再開に備える。

 しかし結果から言えば、彼の覚悟は無為に帰すこととなった。何故なら、

「そこまでだ、ガキ共」

 高らかに木霊する銃声が、二人の魔導士の間に割り込んだため。

 双方、ほぼ同時に眼前の敵ではなく、自らの足元を庇うように得物を振るう。直後に生じた火花は、飛来した弾丸を違わず落とした証であった。

 気勢を削ぐために敢えて急所を外したのだろう。とは言えこの荒天下では真面に照準を定めることすら困難なはず。

 即ち闖入者は暴風を物ともせず、狙った部位へと射撃を当てられる腕前の持ち主であるということだった。

「ほー、中々やるもんじゃねぇか。マリアンはともかく、青年の方も今のを弾けるか」

 感心するような声。その発生源を追うと、茂みを掻き分けて人影の一団が現れた。

 先頭に立つのは、飄々とした雰囲気を纏った壮年の男である。革製と思しき厚手の上着ジャケットを羽織っているが、内側には鍛え抜かれた鋼の筋骨が見て取れた。

 また頬や露出した前腕には斬られ、撃たれた痕跡が残っており、彼が闘いを生業とする者であることを雄弁に物語っている。

 漁夫の利を狙った第三勢力か。しかしそれならばヘイズ達の衝突を止める道理はない筈だが……。

 などと、ヘイズが警戒心を高めた時だった。

「団長?そんなに大勢連れてどうしたの?」

「……なに?」

 不思議そうなマリアンの発言に、ヘイズは目を瞬かせる。

 つまり彼らこそが『不凋の薔薇(アダマス・ローズ)』、大陸に悪名を轟かす最凶の傭兵団。なるほど言われて見ればその評価に相応しく、先頭の男以外の顔触れも一様に歴戦の風格を漂わせている。

 だが今着目すべき点はそこではない。彼らが敵意を持たずにこの場に現れたということは、即ち。

「……あんたにしちゃ随分時間がかかりましたね、ヴィクターさん」

「いやァ返す言葉もないね。誰かさんが無駄に往生際が悪かったものだからさ」

 男の背後から、ひょいと見慣れた老紳士が顔を出す。

 特に怪我を負った様子もなく、五体満足である。当初の予定通り、無事彼らの協力を取り付けることに成功したようだ。

 ならばこれ以上争う必要もない。ヘイズは剣を鞘に納め、緊張を解く。

 その傍ら、『不凋の薔薇』の頭目は、槍を構えたままのマリアンへと近付いていった。

「遊びは終わりだマリアン。新しい仕事が入った。今後の動きについて認識を合わせるから、一緒に来い」

「……藪から棒に何?どういうこと?」

 マリアンの態度は冷ややかだった。出会って間もないヘイズでも、酷く怒っているのが分かる。

 一騎打ちに水を差されたことが、余程腹に据えかねたらしい。男を睨む眼差しは刃のごとく鋭利だった。

「お前も気付いているだろうが、この異常気象を起こした化け物がマルクトの中に発生しやがった。都市が崩壊しちまう前に、そいつを狩る」

「それで?」

「お前に一任していた依頼については諸般の事情で中止。苦労して建てたホテルが潰れちまうのももったいねぇし、報酬も破格と来た。だからまあ、傭兵としての主義信条はさておいて、そこの爺の口車に乗るのが得だと判断した訳だ」

「ああそう。なら悪いけど、私はパスで」

 滔々と並べられた説明を、マリアンは一刀両断した。深まる不快感を示すように、彼女を起点に大気が蠢動を始める。

「星霊だの都市の行く末だの、私の知ったことじゃない。それより大切なのは今だ、今なんだよ。こんなにゾクゾクする闘いは生まれて初めてでさ、もっともっと続けたい。だからあんまり興を削がないでおくれよ。でないと幾ら団長でも――」

「…………はあ……」

 さながら噴火前の火山。ほんの些細な一言、行動でマリアンは爆発するだろう。

 しかし男は微塵も臆した様子を見せず、深々と嘆息しながらマリアンとの距離を更に詰める。そして、

「とりあえず、頭冷やせやバカ娘」

 ごづん、と。何か、凄い音がした。

 拳骨である。マリアンの反応速度を優に上回る鉄槌が、彼女の脳天に落とされたのだ。

「~~~~ッッ」

 打たれた箇所を抑えて、マリアンが蹲る。めちゃくちゃ痛そうだった。

「雨が降っていて良かったな。泣きっ面を誤魔化し易い」

「た、体罰反対ぃ……」

「だったらもう少し空気を読めるようになりやがれ、全く」

 呆れ果てたとばかりに肩を竦める傭兵団長。続けて彼はヘイズの方に振り返り、軽く頭を下げてきた。

「付き合わせて悪かったな、青年。こいついい歳こいて一旦スイッチ入ると歯止めが効かなくてよ。まあこっちも一応お仕事ではあったんで、大目に見てくれや」

「あ、はい……」

 まるで娘の不始末を侘びる父親のような対応だった。

 謝罪されるなど露ほども考えていなかったヘイズとしては、意外過ぎて間の抜けた返事をすることしかできない。

「おらバカ娘。散々迷惑かけた分、詫びに治療くらいしてやれ」

「うぅ……分かったよもう……」

 薄く涙目を浮かべたマリアンが、宙に指先を走らせた。

 緩やかに波打つ気流。そこに死の匂いを嗅ぎ取ったヘイズは、反射的に身構える。だがそれは直前で性質を逆転させると、彼の体を優しく包み込んだ。

 傷が癒え、痛みが和らいでいく。

 なるほど、これがもう一つの機能か。ヘイズは最後のピースが揃ったことを確信した。

 万物を分解する根絶の咆哮と、生命を賦活させる豊穣の息吹。嵐という現象が併せ持つ二面性を自在に切り替え、操ることこそが、マリアンの魔術の真髄なのだ。

 複雑極まる反類感術式を使いこなしていた点といい、戦闘狂の割に繊細な芸当が得意らしい。

 お陰で体内に多少の違和感を残しつつも、活動に触らない程度には復調できた。

「えーと、とりあえず……ありが、とう?」

「……恩義を感じてくれるなら、次こそ本気の果し合いを」

「後にしろ」

 またしても拳骨が落ち、頽れるマリアン。ヘイズはそこに、覆せぬ力関係を垣間見た。

「あー、ちょっと良いかね」

 と、そこに蚊帳の外に置かれていたヴィクターが話しかけてくる。

「そうだった。ヴィクターさん、イヴの状況は?」

「やばいね。ぶっちゃけ死にそう」

「救援は」

「本人が市民の避難を優先をさせろってさ」

「左様で……」

 想定を超えて最悪の状況だった。渋面を浮かべつつ、ヘイズはそそくさと踵を返す。

「俺は行くので、後はお願いします。……今回は止めないですよね?」

「もちろん。止めても無駄なことは先月学んだからネ!……あの娘のこと、頼んだよ」

 常に冷静沈着なヴィクターには珍しい、どこか焦燥を滲ませた面持ち。

 それに頷きだけを返し、ヘイズは異変の中心地へと駆け出すのだった。


 ◇◇◇


「意外だな」

 去り行く青年の背を老紳士と見送りながら、ロイは思わず声に出していた。

「何がだね?」

「あんた、部下のことは等しく駒だと思ってるクチだろ。時間を稼げるんなら、魔女の嬢ちゃんも使い潰すと踏んでたんだが」

 ロイの知るヴィクター・ガスコインとはそういう男だ。

 手段も善悪も考慮せず、猛毒を以て巨悪を滅ぼす冷酷なマルクトの処刑人。実際、昔から関わりのあったロイは、彼が非情な決断を下す場面を幾度となく目にしてきた。

 そんな男が、たかが魔導士一人を助けてくれと頼んだのだ。これを意外と呼ばずして何と呼ぼう。

「うーん、素敵な風評被害。流石に子供の頃から知ってる娘を斬り捨てられる程、私も人の情を捨てたつもりはないのだがねェ」

「でも必要だと確信したら迷わずやるだろ」

「ノーコメントとしておこう。さあ、無駄話はここまでだ。準備に向かおう」

 会話を打ち切って、ヴィクターが歩き始める。露骨にはぐらかした辺り、本当にあの魔女の娘のことを気にかけているらしい。

 それは手駒としての価値を惜しむがゆえか、はたまた情を抱いているためか。

 ロイには判然としなかったが、これ以上追求してもヴィクターが絶対に口を割らないことだけは確かだった。

 と、そこで胸元にしまっていた通信機が音を立てる。

「団長ー、ノイマンさんの回収終わりました。瀕死の重症のはずなのに、やたらぴんぴんしてます」

「ご苦労さん、あいつもまだまだ若いねぇ。こっちもマリアンと合流した。……ちなみに、奴さんはどんなもんよ?」

「いやあ、あれに挑むとか正気の沙汰じゃないっすね。ワクワクします」

「たっぷり遊ばせてやるから楽しみにしとけ」

 通信を切り、団員たちの方に振り替える。

 強敵との対峙が待ちきれないのだろう。皆一様に平静な風情を装いつつも、瞳には隠し切れぬ闘志と高揚が滲んでいた。

「よーし野郎ども、楽しい楽しいお仕事の時間だ。たんまり稼ぐぞー」

『うーす』

 何とも緊張感のない号令の下、傭兵団が移動を開始する。

 その最後尾にマリアンと共にロイは、数歩進んだ所で立ち止まると、黒雲渦巻く空を仰いだ。

「これがお前の言っていた"祭り"ってやつかよ。……ま、俺も精々ご相伴に預からせて貰うとするぜ」

 嵐が吹く。

 荒涼とした気配を忍ばせたそれは、間もなく未曽有の戦が始まることを予感させた。


 ◇◇◇


 身を裂くような苦痛に、イヴは目を覚ました。

 どうやら気絶してしまっていたらしい。喉元からせり上がるまま咳き込むと、口の端を鉄臭い雫が滴り落ちた。

 酷く寒い。起き上がろうにも指先にすら全く力が入らない。

 何とか首だけを動かして、イヴは自らの惨状を確認する。

 妙な方向に折れ曲がった左腕と右足。破れた衣服から覗く白い肌には、磔にするがごとく瓦礫や鉄骨の欠片が突き刺さっている。

 脇腹から胸元にかけてはもっと酷い。刻まれた切創は内臓にまで達する程深く、溢れ出る鮮血が降り積もった雪を赤く染めていた。

 まるで壊れかけの人形だ。只人であれば既に死んでいてもおかしくない重態だが、魔導士の超常的な生命力が辛うじて彼女の命を繋いでいる。

 とは言えそれも長くは持つまい。

 視線を上げれば、亡霊の騎士は盤石を維持したまま、崩壊を進めた旧市街に君臨している。

 闘いはあっけなく幕を閉じた。いや厳密には、闘いの土俵に立つことすら叶わなかった。

 戦端が開かれるのと同時、イヴは最大出力の『壊滅の矢』を射った。対して騎士がとった行動は、異形の杖を緩やかに振るったのみ。

 たったそれだけの攻防を以てイヴの魔術は打ち破られ、彼女自身もごみのように吹き飛ばされた。

 一体何をされたのかも分からない。ただ神秘の担い手として隔絶した力の差を思い知らされて、宵闇の魔女は敗北を喫したのだった。

 "――"

 路傍の石ころ程度の脅威と言えど、敵と見做したからには慈悲をかけぬ性質なのか。

 騎士が手を掲げると、その影から猟師の一団が這い出した。鉈を携え、こちらに向かってくる。止めを刺すつもりなのだ。

 これは逃げられないな、とイヴは他人事のように思った。

 残存する霊素を総動員して傷の修復に当たっているが、亡者たちの接近には間に合わない。辛うじて身動きが取れるようになる頃には、きっと自分の首は刎ねられ、心臓を抉られていることだろう。

 かと言って抵抗すれば治癒に割けられる資源リソースが減り、更なる苦しみを味わう羽目になる。当然騎士も反撃してくるはずで、自ら死期を縮めるも同義であった。

 だが生憎と、今のイヴは愚かであることを良しとしている。

 ゆえに彼女の口はか細く呪文を詠うのだ。

「術式起動――」

 と。

 直後、イヴを起点に大地が黒く塗り潰された。

 影である。

 暗雲が落とす影。建物の骸が生んだ影。歴然と佇む亡霊たちに従う影。

 影、影、影――。彼方此方でわだかまる暗黒が解け、溶け合い、墨を流すがごとく四方へ広がっていく。

 イヴが行ったことを端的に表せば、使い魔の拡張である。

 彼女から伸びた影と周囲の影を繋ぎ合わせることで、一個の巨大な存在を形成する。

 無論、ここまでの魔術を行使すれば、相応の代償は免れない。予想していた通り、塞がりかけていた傷口が開き、体を内から焼くような激痛がイヴを苛む。

 しかし魔女は決して手を緩めない。それどころか口元に薄く笑みさえ湛え、秘儀を繰る。

 時間にして僅か数秒。それを以てイヴの武器は完成した。

 夜の湖面めいた色彩なき領域。その正体は獲物を逃さず、確実に魔弾を命中させるための銃口に他ならない。

 "――"

 騎士の反応はあくまで機械的だった。

 杖の先端を地面に走らせ、自らを囲うように円を描く。簡素な方陣は完成と共に青黒い輝きを帯び、陽炎めいた力場を形成した。

 結界である。イヴが行使する大魔術を前にしてなお、騎士は避けるに値せずと判断したのだ。

 現に屹立する障壁は即席にも拘わらず、空間を歪ませる程の霊素を内包し、尋常ならざる堅牢さを秘めていた。やはり神域に及ぶ技前であり、嫉妬を通り越して敬服の念さえ抱かずにいられない。

 だからこそ、この一射にイヴは己の命を賭した。

 影の底にて星のごとく火が灯る。直後、激烈な霊素の奔流を伴って、壊滅の閃光が迸った。

 天に向かって突き立つ銀の柱が暗雲を蹴散らし、瓦礫の山を融解させつつ粉微塵に消し飛ばす。余波だけでもこの威力なのだ、射線上に存在する物は竜の鱗でさえも形を保つこと叶うまい。

 やがて魔弾の照射が終息した頃、鉛の雲に穿たれた穴からは、澄み渡る青が顔を覗かせていた。零れ落ちる陽光が束の間、焦土と化した旧市街を照らす。しかし、

「……ここまでね」

 空がすぐに昏さを取り戻す様を認め、イヴは粛々と終わりを受け入れた。

 ぎしり、と鎧の軋む音が響く。立ち込める白煙を振り払い、亡霊の騎士がその偉容を現した。

 左腕の肩の辺りが大きく抉れており、断面から蒼炎めいた霊素を昇らせている。だが手傷と言えるものはそれ位で、一矢報いたと称するには程遠い。

 唯一客観的に評価できる点があるとすれば、幾ばくかの時間稼ぎになった程度か。

 何にせよ、イヴの乾坤一擲の抵抗劇は、ここに幕を閉じたのだった。

 魔女の結末は、報われない。

 古来からのお約束だ。怪物はより強い怪物の手によって、無為に朽ち果てるもの。祖先や母がそうだったように、イヴも同じ末路を辿る時が来たのだ。

 けれども、不思議と彼女の心は晴れやかだった。

 いや完膚なきまでに敗北したことは率直に悔しい。悔しいが、道理を丸切り無視して、感情のままに突っ走るという行為は存外に痛快で。

 気の迷いを起こしただけの価値はあったと、素直にそう思うのだ。

(ああ、でも……)

 心残りがあるとすれば、自分の最期を見届けて貰えないことだろうか。

 褒めてくれなくとも良い。役立たずと罵ってくれても構わない。

 ただ流されるまま霧中を漂っていた魔女へ、篝火を与えてくれたあの人に、少しでも自分の影を残したかったのだが。

 そんなイヴの願いを絶つように、騎士は無慈悲に杖を振るった。虚空に生じた断層が、透明の刃となって弾き出される。

 精魂尽きた魔女にこれを防ぐ手立てはなく、その華奢な肢体は無惨に引き裂かれ――、

「おいコラ、何を勝手に死のうとしてる」

 ふと、聞き覚えのある声がした。次いで焦げ付くような炎熱が、飛来する衝撃を相殺して大気を震撼させる。

 イヴは俯けていた顔を上げた。

 自分を庇うように佇む灰色の背中。それが現実であることを確かめるように、魔女は彼の名を呼んだ。

「ヘイズ、君……」

 傷だらけの血塗れで、満身創痍も良い所。しかして黒鋼の剣を構えた姿に、弱々しさなど欠片も感じられない。

 ヘイズ・グレイベル。

 不死さえ葬る灰色の魔導士が、亡霊の王の前に立ちはだかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ