2-13 死を費やす者 其之三
「――で、だ。お前とサイモンの関係は?」
「が、学生時代の顔馴染みっす。アイツは別に俺みたいにはぐれ者じゃなかったんすけど、何でかウマがあって。よく飯とか一緒に食ったりしてました」
仁王立ちするテオドアの前で、ジェフリーが正座しながら答える。
乱闘はものの十分程度で終息した。今やジェフリー以外の半グレ達は軒並み床に倒れ、気絶している。店内も滅茶苦茶に荒らされているが、大怪我を負った者が皆無な辺り、テオドアが如何に加減をしていたのかが伺えた。
「ここ数日、そのサイモンが消息を絶っていることはご存知ですか?」
「えっ……いや、初耳っす」
セリカが訊ねると、ジェフリーは驚いたように目を瞠った。
嘘を吐いている気配はない。となると彼がサイモンの行方を知っている可能性は低そうだ。
「既に分かっていると思いますが、我々は彼の足取りを追っていましてね。最近彼に変わった様子はありませんでしたか?例えば……そう、庭師とは別の怪しげな仕事に手を出していただとか」
「それは……」
ジェフリーの目が分かり易く泳ぐ。明らかに心当たりのある反応だが、自身の処遇を案じて口に出せないといったところか。
「安心しなさい。こちらの目当てはサイモンだけですから、貴方達を軍警局に突き出すつもりはありませんよ」
「……ほ、本当すか?」
「ええ、もちろん。私達は彼らのような正義の味方ではありませんから」
相手の警戒を解きほぐすように、セリカは優しく微笑みかける。
それに絆されたのか、ジェフリーは少し逡巡した素振りを見せてから、「実は……」と恐る恐る口を開いた。
「アイツ最近、新しいバイトを始めてたんすけど。それを紹介したの、俺なんです」
「……ほう?詳しく聞かせて貰おうか」
テオドアが目を眇めると、ジェフリーは一層身を縮こまらせて続けた。
「えっと、一か月くらい前かな……この店に二人組の男がやって来て、俺達に仕事を持ち掛けたんすよ。報酬を聞いたらこれまたとんでもない額で、流石に虫が良すぎると思って返答を待って貰ったんす」
「それで?」
「どうしたもんか悩んでた時に、偶々道端でサイモンに会ったんす。話を聞いてみたらアイツ、賭博で大負けした上に借金までしたらしくて。なら丁度良いやって思って、例の二人組にアイツを会わせたんすよ。上手く稼げることが分かったら、俺も尻馬に乗せて貰うつもりで」
「つまり顔見知りを毒味役にしたってことかよ。とんでもねぇ野郎だな」
話を聞き終えたテオドアが心底から不快そうに吐き捨てる。
卑劣な真似を嫌う彼にとって、ジェフリーの所業は相当腹に据えかねたのだろう。今すぐ拳を振り上げても可笑しくない剣幕だった。
「貴方達の事情については分かりました。それを踏まえて今から幾つか質問します。素直に答えてくれるのであれば、無事に解放すると約束しましょう」
テオドアの怒気に当てられて、ジェフリーはすっかり震え上がっていた。セリカの言葉に、必死な形相でこくこくと頷く。
「ではまず、貴方達に仕事を持ち掛けた者の正体について、知っていることを教えてください。犯罪組織の構成員あたりと睨んでいますが、如何でしょう?」
「それが……分からなかったんです」
「あ?この期に及んでしらばっくれる気か?」
「ち、違います!その、確かに口止めされてはいますけど、アイツら帽子を被って顔を隠してたんすよ。名前も教えてくれなかったし」
「……ですか。まあ、概ね予想通りの答えです」
裏社会の人間ならば、そうそう身元を明かすような下手は打たないだろう。特に半グレのように欲望の赴くまま行動する連中相手なら尚更だ。
なのでセリカは残念そうな素振りも見せず、淡々と質問を重ねていく。
「では次の質問です。サイモンが件の二人組から受けた仕事の詳細は知っていますか?」
「いえ、それも知らないっす……この店はあくまで合流場所で、仕事の話をする時は出て行ってましたから」
「彼らがどこへ向かっていたかは?」
「あ、それは分かります。一度気になって、ツレと尾行したことがあるんで」
「なるほど、それは重畳」
セリカは満足げに頷くと、カウンターの席から立ち上がった。怪訝そうに首を傾げるジェフリーに向かって言う。
「今からそこに案内して頂けますか?恐らく人目に付かないよう工夫されているでしょうし、貴方がいれば確実に辿り着けます」
「お、俺がっすか……?」
「おや、何か不満でも?」
「滅相もないっすご案内させて頂きます!」
早口で叫ぶや否や、ジェフリーは軍人さながらの機敏な動きで立ち上がった。
素直で大変結構なことだ。視界の端でテオドアが「怖……」と引いていたがきっと気のせいだろう。
「店主、カクテルごちそうさまでした。こちらは代金と、それから迷惑料です」
言いながら、セリカはカウンターの上に紙幣の束を置く。
店が受けた損害に比べれば全く足りていないが、早く出て行って欲しいのだろう、店主から抗議の声が上がることはなかった。
「ああ、そうそう――」
出口へと向かう途中、セリカはわざとらしい調子で振り返る。
「今回は目を瞑って差し上げますが、日陰者と仲が良すぎるのは余り関心しませんね。程々にしておかないと、次は貴方に用事ができるかもしれませんよ」
密かに胸を撫でおろしていた店主の体が時間でも停まったように凍り付く。
それを尻目に、セリカ達は店を後にするのだった。
◇◇◇
ジェフリーに案内された場所は、複雑に絡まった路地の奥にあった。
商店と思しき、立派な門構えの建物である。しかし看板を仕舞って久しいようで、外壁や窓には汚れが目立った。
「……ここで当たりみたいだな」
目線を下に落としたまま、テオドアがぽつりと呟く。
地面には埃が積もっているのだが、不自然に薄い箇所が見受けられた。恐らく扉の開閉や、人の出入りによって散らばったのだろう。
「中に入りたいのですが、可能ですか?」
「ちょっと待ってくださいね……」
ジェフリーが扉に手をかけ引っ張る。が、当然と言うべきか施錠されているようで、開く気配はない。
「代わって頂けますか」
ジェフリーを後ろに下がらせ、セリカは扉を観察する。
魔術的な封鎖が施されている訳でもなく、鍵穴も比較的単純な構造だった。これならば滞りなく開けられよう。
セリカは扉を軽くノックした。瞬間小さく電荷が迸り、次いでかちゃりと鍵穴が回る音がする。『開錠』の魔術を使ったのだ。
「今の魔術で開けたんすか。すげぇ……」
セリカの手元を覗き込み、ジェフリーが感心したように頷く。先程までの緊張した態度はどこへやら、無邪気に目を輝かせていた。
「それ、俺でも覚えられるんすかね?」
「貴方の素質次第では可能でしょう。……一応釘を刺しておきますが、魔術を使った犯罪は通常よりも重い刑罰が課せられます。仮に習得できたとしても、悪事に使おうなどとは思わない方がよろしい」
「う、うす……」
セリカの言葉に、ジェフリーは気まずそうに目を逸らす。恐らく空き巣など利用に出来ないかとでも考えていたのだろう。呆れた小悪党っぷりだった。
「さて……」
セリカは慎重な手つき扉を僅かに開け、中を覗き込む。
罠の類が仕掛けられている形跡はない。しかしセリカは直ぐに、内部に満ちる異様な臭いを感じ取った。
それはテオドアも同じであったらしい。「どうする?」、と真剣な面持ちで目配せしてくる。
「貴方はここでジェフリーと待っていてください。何かあればすぐに連絡します」
「了解。お前なら滅多なことはないと思うが、気を付けろ」
テオドアと頷き合い、セリカは建物の中へ一人踏み込んだ。
後ろ手に扉を閉めた途端、濃密な臭気が鼻腔を貫く。錆びた鉄を思わせるそれは、紛うことなく血の香りだった。
背負ったケースの中から大太刀を抜きつつ、セリカは臭いの源を辿って歩を進めていく。
程なく到着したのは、居住用と思しき部屋であった。室内は手狭でありつつも寝台といった家具が揃っており、最低限の生活が送れるようになっている。
結論から言えば、サイモンは確かにいた。
――ただし、首と胴が切り離された状態で。
彼は部屋の中央に置かれた椅子に腰かけたまま絶命していた。
床一面に広がる血溜まりは、さながら赤黒い絨毯だ。その上に転がる頭部には安らかな表情が張り付いており、己の死を認識していないかのようだった。
「……テオドア、想像通りでした。至急軍警局に連絡を」
セリカは懐中時計を取り出すと、外のテオドアへ冷静に通信を送る。
とりあえず現場を荒らす訳にもいかないので、遠目から死体を観察することにした。
血液の変色具合からして死後数日は経過しているだろう。首の切断面は鋭利な刃物を通したように滑らかで、綺麗に骨の継ぎ目に沿って走っていた。
死体の姿勢が整っていることから今際の際に抵抗したとは考えられず、となれば不意打ちの一撃で絶命したと見るべきか。
何れにしても、常人が成したとは思えぬ犯行であった。魔導士が絡んでいる可能性は高いだろう。
サイモンの置かれた状況からすると、彼に仕事を持ち掛けたという二人組が、口封じのために始末したと考えるのが自然であるが……。
「もう少し早く、貴方の元へ辿り着けていれば良かったですね」
手掛かりを獲得する意味でも、一人の若者の命を救う意味でも。自業自得と言えばそれまでだが、後味の悪さはどうしても残る。
どこか謝罪めいたセリカの呟きは、空しく夜の闇へと吸い込まれていった。
今回でセリカ視点は一旦区切りとなります。
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