2-4 異変の予兆 其之一
現世における生命は、曰く次の要素から成るという。
即ち肉体、霊体、魂の三つである。
亡霊とは死に往く者の強い思念により、この内の霊体だけが滅びず空間へと焼き付いてしまった存在を指す。
つまり概念的には映像に近く、生前の行動を繰り返すだけの残留物に過ぎない。
ただし、悪意を原理とした個体となると話は変わる。
死者が抱いていた現世への執着や怨恨――負の感情を発生の由来とした亡霊は、積極的に周囲へ災いを振り撒くのだ。
彼らの最も厄介な点は、星霊とは異なり肉体を所持していないため、物理的な干渉が一切通じないことだろう。よってこれを祓うには、同じく神秘幻想の領域に立つ魔導士を頼る他にない。
「今から丁度、二週間ほど前のことになります」
ヒューゴ・ニールセンと名乗った軍警局の隊員は、神妙な調子で事のあらましを語りだした。
「この館にはマルチネラ商会を取り仕切る若旦那と家族、それから他数名の使用人が住んでいました」
ヒューゴに釣られる形で、ヘイズは視線を上げる。
鉄柵の向こう側に、二階建ての館が鎮座していた。漆喰の壁は美しく、見栄えよく整えられた庭も相まって、格調高い印象を受ける。
ところが現在、建物の周囲には立ち入り禁止の文字が記されたテープが厳重に張り巡らされ、何とも物々しい雰囲気を醸し出していた。
「彼らはそれまで、ごく平穏な生活を送っていたそうですが、ある日を境に怪奇現象に悩まされるようになったそうです」
例えば、家具の位置が勝手に変わったり、壊れたりする。
例えば、後ろから髪を引かれたり、肩を突き飛ばされたりする。
その他諸々、ヒューゴが列挙する内容は、何れも亡霊が棲みついた場所でよく観測される事象であった。
「そこで一家は民間の魔導士を雇い、解決を試みたのですが……」
「見事、失敗した訳ですね」
横から差し込まれたセリカの言に、ヒューゴは険しい面持ちで頷いた。
「亡霊退治の当日、一家は避難していたため事なきを得ましたが、実際に亡霊と相対した魔導士は遺体となって発見されました。これが現場の様子です」
言って、ヒューゴが数枚の写真を見せてくる。
玄関口であろうか。広々とした空間は、赤黒い極彩色に塗りつぶされていた。床も、絨毯も、壁も、天井でさえも例外はない。
そしてその中心で倒れ伏す、上半身と下半身を分かたれた男。無理矢理引きちぎったような傷口からは、内臓が無様にまろび出ている。
写真越しでも濃密な血の匂いが伝わってくるような、凄惨極まりない光景だった。
「これは酷いな。どんなやり方を使ったかは知らんが、相当奴さんの怒りを買ったらしい」
「ええ……我々も通報を受けて館の捜査を行いましたが、その間にも幾度となく妨害を受け、遂には怪我人まで出してしまった次第です」
かくしてこの事態を重く見た軍警局は、即刻館の出入り口を封鎖。公社経由で『アンブラ』に相談を持ち掛け、セリカが派遣されたという経緯だった。
「我々の不始末を押し付けるようで申し訳ありませんが、お二人には何卒お力添え頂きたく」
「ええ、お任せを。夜までには片を付けると約束しましょう」
気負った様子もなく、堂々と宣言するセリカ。
対してヒューゴの表情は、どうにも苦々しい。生真面目な印象に違わず、きっと『アンブラ』のことを快く思っていないのだろう。それでも市民の安全を守るという職務のために、個人的な不満を呑み下しているのだ。
実に模範的な正義の味方である。色々と後ろ暗い仕事をこなしてきたヘイズとしては、何だか居た堪れない気持ちになった。
ヒューゴから館の鍵を受け取ると、セリカと共に門を潜る。
「……?」
不意に、ねっとり貼り付くような嫌な視線が浴びせられるのをヘイズは感じた。
二階の窓の方に目を向けるも、当然そこに人影はない。
だが、いる。
姿を隠す何者かが、明確な敵意を持ってヘイズ達を睥睨している。
「早速、気付かれたようですね」
「ああ、余程神経質な奴らしい。しかも……あー、一体じゃないな、これは」
ヘイズが何の気なしに口にすると、セリカは我が意を得たりと笑う。
「なんだよその反応」
「いえ、やはり貴方を連れてきたのは正解だったと思いまして。私も探知は不得手ではありませんが、実体のないものを対象とすると、やはり精度が落ちてしまいますから」
「……つまり、俺は鉱山の金糸雀って訳ね」
ヘイズ・グレイベルは神秘の気配を探ることに関して、極めて鋭い嗅覚を有している。
よって毒素に反応して啼く小鳥よろしく、亡霊の居場所をセリカへ伝えること。それが今回ヘイズに課せられた役割らしかった。
「祓うのは私の方で受け持ちますので、貴方は探知に集中してください」
「まあ、労力が少ないのは良いことだけどな」
嘆息するヘイズの前で、セリカが玄関の鍵を開ける。
重厚な意匠の扉を潜ると、ひやりと冷たい空気が首筋を撫ぜた。館内は伽藍と物寂しく、明かりが落とされていることもあって薄暗い。
ふと視線を横に向けて見れば、そこには惨劇の残滓がこびり付いている。鼻先を侵す死臭も相まって、墓穴の中を彷彿とさせた。
「それではエスコートして頂けますか?」
「はいはい、分かりましたよお嬢様。風情も何もあったもんじゃないがな」
などと暢気なやり取りを繰り広げつつ、ヘイズ達は玄関口から伸びる階段に足をかけた。
二階へと上がり、廊下を進む。静まり返っているゆえか、きしきしと床の軋む音がやけに耳についた。
「そういえば、さっきシャロンさんから情報買ってたよな。口振り的にこの件に関係があるみたいだったが、何を調べてたんだ」
ヘイズがそう訊ねると、セリカは「ああ」と相槌を打って答える。
「この館……というより、館近辺の土地で過去に亡霊が起こした事件の記録です」
「なんでまた、そんなものを」
首を傾げるヘイズに、セリカは淀みなく続けた。
「五年前、この地では霊障が多発した時期があったそうです。その直前にとある犯罪組織同士の激しい抗争があったと聞きますから、多くの無念を抱えた霊体の吹き溜まりとなってしまったのでしょうね」
「で?まさかその頃に悪さをしていた連中が実はまだ残っていて、今回の事件を引き起こしたとか言わないよな」
「もちろん。霊障を引き起こしていた元凶は、住民の依頼を受けた一人の魔導士によって完全に祓われました。更には風水術による結界を敷くことで、亡霊が存在を維持し辛い場を構築したようです」
「ふうん……随分と徹底した仕事振りだな」
感心したようにヘイズは呟いた。
風水術とは建物や道、地形等を一定の条件で組み合わせることにより、環境を自在に制御する魔術だ。
術式の性質柄、準備にかなりの手間がかかるが、一度起動してしまえば高い効果と安定性を発揮する。
それを単独で成立させてしまえる辺り、当時この地に蔓延る亡霊を祓ったという魔導士は、相当な腕利きだったのだろう。
しかしそこで、ヘイズの中で新たな疑問が思い浮かぶ。
「待て、つまり何だ。今この館に憑りついている亡霊は、その結界を物ともしない程に強い力を持っているということか?」
「恐らくは。まあ、結界が反応しない程弱いという線もありますが、魔導士を殺害できる時点でありえないでしょうね」
「……最悪だ」
心底嫌そうにヘイズは吐き捨てた。
この際セリカを手伝うのは構わないのだが、亡霊との対峙は正直気が滅入る。
彼らの最大の武器は、その死して尚残り続ける妄執に他ならない。強烈な負の感情の塊はそこにあるだけで周囲に伝播し、蝕み、やがて理性を狂わせる。
ゆえに亡霊との闘いでは常に正気を保っていなければならず、慣れていても精神的に疲弊するのだ。
「……あ?」
と、ヘイズは唐突に足を止めた。
廊下の途中である。僅かに差し込む陽光によって、暗影がより色濃くこびり付いている。他に目に見える範囲で特筆すべきものはない。
そう、あくまで人の視界で捉えられる範囲では。
「ヘイズ?どうかしましたか?」
背後から怪訝そうなセリカの声が聞こえる。
時間も無さそうだったので、ヘイズは手短に伝えることにした。
「セリカ――横だ」
セリカの反応は迅速だった。
踏み込み、抜刀する。刃が振り抜かれる先は、ヘイズの言葉通り彼女の真横の壁。
そこから、無数の腕が生えていた。
手招くように、或いは縋りつくように。黒々とした肌と罅割れた爪を携えた腕が、一斉に伸びてくる。
だがセリカからすれば、その速度は余りにも緩慢に過ぎた。
指先が衣服を掠めることさえ許さない。最短距離を恐ろしいほど精密になぞる太刀が、間合いに入った腕の悉くを枝のように切り落とす。
「本体は近くにいませんね。腕だけ伸ばしている訳ですか」
目を眇めたセリカは一度大きく後退し、太刀を鞘に納める。
そこに押し寄せる亡霊の腕。己を引き裂かんとする怨念の具現を真正面に見据え、セリカは杖のように鐺で床を叩いた。
こん、と澄んだ音色が廊下の隅々に響き渡る。
亡霊の反応は劇的だった。熱せられた鉄板にでも触れたかのように手を引っ込め、そのまま壁の向こう側へそそくさと消えていく。
『鳴弦』と呼ばれる魔術である。特殊な周波数の音波を発することにより、邪気を退ける効果を持つ。本来であれば触媒として弓を用いるのだが、セリカなりに改修を加え、太刀での行使を可能としていた。
「……逃げたか」
廊下に静寂が戻る。だが館を包む空気が、どこかざわつき始めたのをヘイズは感じ取っていた。
先程の『鳴弦』の手応えからして、腕の主に手傷を与えたのは間違いない。ゆえに自分達を本格的に敵と認識し、報復に荒ぶっているのだろう。
「ヘイズ、追えますか」
「問題ない。今ので本体の場所は特定できた」
ヘイズを先頭に、二人は足早にその場所へと向かう。
やがて辿り着いたのは、丁度二階の突き当りに位置する部屋だった。
談話室だろうか。柔らかそうなソファと、小さな本棚が卓を囲むように置かれている。今はカーテンがかかっているものの、窓からは庭園が良く見えることだろう。
そして、部屋の中心に蟠るようにして、それはいた。
ぐつぐつと煮え滾る、黒い汚泥。
この館が墓穴であるならば、それは底に沈殿した腐肉といったところか。
ヘイズ達の存在に気が付いたらしい、泥は意志持つかのように隆起して、一つの輪郭を象っていく。
細長い体躯は紛れもない人型だ。だがその表面はとても人とは呼べぬ異形であった。
まず頭部から胴体にかけては、老若男女幾つもの顔がひしめき合い、口々に呪詛を紡いでる。
四肢に至ってはもっと奇怪だった。夥しい数の腕が葡萄のごとく房を成し、絶え間なく蠢く。
切り刻んだ複数の人間を適当に混ぜ合わせていけば、こんな姿になるだろう。見る者に生理的な嫌悪感を抱かせる、悍ましい造形だった。
「……また随分と育った奴が棲みついたもんだな」
苦々しい口振りでヘイズは呟く。
星霊と同じく、亡霊にも形態に応じた分類が定められている。
今ヘイズ達の目の前にいるそれの名はレギオン。"軍団"を意味する呼称が指す通り、複数の亡霊が集合して誕生した存在である。
別々の記憶や想念が混ざり合った結果、正気は完全に崩壊しており、危険度はかなり高い。
「何でも構いません」
しかしセリカは臆することなく、太刀を抜き放つ。
「非業の死を遂げたことには同情しますが、いつまでも残って呪いを振り撒かれては迷惑です。今すぐ冥途へ送って差し上げましょう」
白金の髪を棚引かせ、セリカが踏み込む。
同時、亡霊に張り付いた数多の眼がぎょろりと一斉に彼女の方を向いた。
まずは小手調べとばかりに、室内の調度品が飛来する。力を蓄えた亡霊が使用する念動力だ。先程の『鳴弦』を食らったことが相当腹に据えかねたらしい。敵意の矛先はセリカにだけ集中している。
それは即ち、亡霊の猛攻を彼女が一手に引き受けるということに他ならなかったが、何ら問題はない。太刀を振るうまでも無く、体術でのみこれを弾き、躱して掻い潜る。
続いて亡霊が緩慢な動作で、歪な形状の腕を持ち上げた。
「……っ」
太刀を構えるセリカの前で、亡霊の右腕が伸びる。
幾重にも枝分かれしつつ、鉄砲水さながらの勢いで押し寄せる魔手の群れ。廊下で襲われた時とは、段違いの物量だった。
それでもセリカの顔色に焦燥は表れない。自らを掴み、引き裂かんとする腕を舞うように切り払い、亡霊との距離を瞬く間に詰めていく。
だがこれで終わるとは、ヘイズもセリカも全く思っていなかった。何しろ魔導士が一人殺されている。まだこちらの意表を突くような手札を持っていると見て良いだろう。
そんな彼らの予想を裏付けるように、亡霊の口ががさついた囁きを紡ぎ始めた。
「■■■、■■■■■――」
陰々と垂れ流される生者への嫉妬、悲嘆、憎悪。負の感情の嵐は視認できる程に圧縮され、漆黒の弾丸と化し亡霊の周囲に浮き上がる。
数にして十を超える質量を帯びる程の呪いの塊である。それは亡霊の視線の動きを号砲とし、セリカに向けて一気に解き放たれた。
さしもの彼女も、これを真正面から迎え撃つのは困難だった。横方向へ進路を変え、回避する。
追いかける呪いの弾丸の雨は、さながら機関銃のごとく。整理の行き届いた談話室は、見るも無残な有様へと変貌していった。
恐らくこれが、亡霊にとっての切り札。質量なき呪詛を実体化させるなど、確かに並の芸当ではない。
(呪い自体は致死性じゃないな。物理的な破壊力を持たせた代償なんだろうが……セリカを近づけさせないことが狙いか。案外知恵が回る)
室外へと非難しつつ、ヘイズは穴だらけになった壁越しに同行者の方に視線をやる。
セリカは縦横無尽に跳び回りながら、鋭い目付きで亡霊を観察していた。勝負を仕掛ける決定的な瞬間を待っているのだろう。
(となると、後は俺の割り込み方次第ってことか……)
接近されるのを嫌がるのは、自分の不利を理解しているからだ。
ならば打開策など講ずるまでもない。ヘイズはただ、彼女が亡霊に肉薄できるだけの隙を生み出すのみ。
敵がどんな罠を仕掛けていようと、それごと両断するのがセリカ・ヴィーラントという女なのだから。
状況が動く。回避に徹していたセリカが地を蹴り上げる。躊躇いなく、呪詛の嵐の中に身を晒す。
「ふ――!」
裂帛の呼気。己に触れるであろう弾丸を見極め、セリカは虚空に白銀の軌跡を刻み込む。
質量を持とうとも呪詛は呪詛。斬った際の手応えはないに等しく、太刀筋がぶれる心配もない。銃の照射さえもいなす彼女からすれば、何倍も楽な作業であっただろう。
だが当然、亡霊も迫る敵を前に手を拱いている訳がない。
「っ?」
セリカが更に深く踏み込んだ瞬間、その頭上に影が差す。
見上げた先、歯を剥き出しにして天井から落ちてくる無数の亡霊の顔がある。それは生者の体を引きちぎり、食い破らんとする死人の軍勢。
滝のごとき怨念の濁流が、不用意に近づいた女の姿を瞬く間に飲み込んでいった。
彼らの主はけたけたと、無数の口から耳障りな笑い声を奏でる。
それでも、全く足りない。彼、或いは彼女が宿した無念は、激情は、こんなものでは到底満たされない。
次なる獲物を求める眼が、ヘイズにしかと狙いを定める。どうやって弄んで殺してやろうかと、嗜虐的に舌なめずりする。
……仮に亡霊が理性を残していたならば、きっと気付くことができただろう。
降りしきる怨嗟の雨の中において、刀剣のごとく研ぎ澄まされた気配が未だ消えていないということに。
「手温い」
凛、と切り裂くような声が響く。
次いで走り抜けた霊撃の一刀が、室内に溢れ返る霊体を両断した。
その中心に立つセリカは、全くの無傷。あれ程の呪詛に晒されていたというのに、悠然とした佇まいは小動もしていなかった。
亡霊の体が恐怖に打ち震える。この女と正面からやり合ってはならぬと、ようやく理解したのだ。
ゆえに、即座に逃走を選択する。
この館は亡霊にとっての巣に他ならない。隠れられる場所など、幾らでも心当たりがあった。
亡霊は煙のように実体を薄れさせ、床を透過せんとする。
「■■――!?」
だがその瞬間、ばちりと火花が散った。階下へ沈みかけていた亡霊は、驚愕の悲鳴を上げながら弾き飛ばされる。
まるで床自体が、亡霊の存在を拒絶したかのような現象だった。
誰の仕業かは考えるまでもない。亡霊は憎悪の籠った瞳を、もう一人の侵入者に向けた。
物陰に隠れていたヘイズは今や、扉の入り口にしゃがみ込んでいた。
その足元に刻まれた、淡い光を放つ幾何学的な紋様。理性を失くした亡霊が知る由もないだろうが、不浄を拒絶する結界を室内に展開したのだ。
尤も急ごしらえのため、強度は大したことはない。レギオン程の亡霊が本気で衝突すれば、あっさり砕け散ってしまう。
ゆえに効果としては、精々がほんの一瞬、動きを停止させるだけ。だが、そのごく僅かな時間さえあれば十分だった。
音もなく間合いを詰める、白金の魔導士。
亡霊は咄嗟に全身から呪詛を溢れさせるが、そんな破れかぶれの牽制が通じる相手ではなかった。
「さらばです。星の女神の下で、安らかに眠りなさい」
『浄化』の術を帯びた太刀が、振り抜かれた。美しい斬閃は亡霊の体に吸い込まれ、呪詛ごと両断する。
断末魔は、上がらなかった。
亡霊の体が、砂糖菓子みたいに溶けて消えていく。同時に館の中に満ちていた陰鬱な空気も、一斉に引いていった。
「はい、これで仕事は完了ですね。援護、感謝します」
「余計なお世話だったかもしれないけどな」
太刀を鞘に納めたセリカが、涼し気な調子で言う。
それを切っ掛けに、ヘイズも肩の力が抜けたように息を吐いた。
「しかし、レギオンなんて大物を相手にすることになるとはな。結界が動いているのは間違いなさそうなんだが……」
亡霊の中でもレギオンは高位の部類に入る。しかも今回相対した個体は、未だ周囲の怨念を取り込んで成長しているようにも見えた。
無論、結界とて永遠に効果が持続する訳ではない。経年によって多少の劣化はあるだろう。それでもたった五年であんな怪物が住み着くようになるのは些か不可解であった。
「貴方の疑念は最もです。ですが残念なことに、今回の件と同じような現象は、他でも起きているんですよ」
「マルクト全体で亡霊が活性化しているってか?」
「さて、どうなのでしょうね」
ヘイズの問い掛けに、セリカは言葉を濁す。ある程度の情報は出揃っているが、まだ結論が固まっていないといったところか。
だがもし、先程ヘイズが口にした憶測が真実であるならば。
それは新たな波乱の始まりを告げる、不吉な兆候に他なるまい。
「犠牲者も出ていることですし、近々オーナーから声がかかるでしょう。また忙しくなるでしょうから、今の内に準備をしておくことをお勧めしますよ、ヘイズ」
華やかに微笑みかけてくるセリカに対し、ヘイズは頬を引き攣らせるのであった。




