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星辰のマギウス  作者: 空蝉
第一章 彼方に捧ぐ哀歌
23/67

1-23 幕間 其之一

 ヒューゴ・ニールセンは焦っていた。

「総員、構え!」

 彼の号令の下、軍警局の隊員達が上空に銃口を向ける。

 狙い定めるは、広場の空を悠々と飛び回り、戯れに破壊を降り注がせる飛竜の群れ。

ェ――!」

 一斉に火を吹く大口径の銃口と、空を裂きながら飛翔する対星霊用特殊弾頭。

 鉄の礫が群れの数体の躰を抉り、地に落とす。そこをすかさず、前衛が仕留めにかかる。ヒューゴもまたそれに続いた。

 銃身がスライドし、その内に納められていた無骨な刀身が露になる。言うまでもなく、その刃にも星霊を殺すための魔術が宿っている。

 されどそこは流石に"竜"。地べたを這おうが、手傷を負おうが、振りまく暴威に一切の陰りなし。

 鋸めいた凶悪な牙を噛み鳴らし、鋭い突起を帯びた尾を鞭のごとく振り回す。

 戦場を広場に移して良かったと心から思う。いかに防御術式によって守られているとはいえ、"竜"の膂力の前では人工の建造物など一溜りも無かっただろうから。

「怯むな!翼を再生される前に止めを刺せ!!」

 飛竜の気勢にたじろぐ隊員達を鼓舞する。或いはそれは、自らに向けて放った声なのかもしれない。

 今にも膝が震え出しそうになるのを必死で堪え、ヒューゴは真っ先に敵に向かって切り込んだ。

 迎え撃たんとする牙を紙一重で躱す。尾を掻い潜る。

 そうして足元へと身を滑らせて、がら空きの胴体目掛けて銃剣の刃を突き立てた。

 血飛沫と共に、絶叫が上がる。

 痛みに悶え、自らにまとわりつく虫を振り払わんと暴れる飛竜。

「この、おおォ……ッ!」

 巻き込まれないよう、身を投げ出すようにして間合いから離れる。

 絶命には至らなかったが問題ない。この武器の真価はここから発揮される。

 ヒューゴが体勢を立て直すと同時、飛竜に異変が起こった。まるで栓が抜けたように、その挙動が徐々に鈍くなっていく。

 銃剣の刃に宿っているのは不活性の呪詛。星霊の肉体を構成する霊素自体に干渉し、その活動を基底状態へと戻したのだ。

 要するに機械の燃料を腐らせたのだと考えれば良い。

 尤も、最強種たる"竜"にとってこんなものは小手先の神秘である。今は一時的に弱体化させられているが、すぐに適応して弾き返すことだろう。

 ゆえに、神秘としての格の遥かに劣る人間が彼らを仕留めるには、自分達の武器を最大限に活用する外に道はない。

「今だ、かかれ!!」

 ヒューゴが叫ぶと、隊員達が一斉に銃剣を飛竜に向けて突き立てた。

 数の暴力に任せた蹂躙。全身の至るところに刻まれる傷を起点に、呪詛がその躯体を侵していく。

 例え微々たる毒であろうとも、積み重ねれば絶大な威力を発揮する。

 たまらず苦悶の声を上げる飛竜だったが、呪詛は既に全身を巡っている。時をおかずして喉を震わす力さえ奪われ、死に至るだろう。

「次ィ!」

 余韻に浸る間もなく、ヒューゴは別の個体に踊りかかった。

 後衛の魔導士が結界で振りかかる火炎を防ぎ、前衛が銃剣を叩きこんで仕留める。

 飛竜達が市街地に出現してから数時間、こんなことを何度も繰り返していた。

「市民の避難状況は!?」

「もう間もなく終了の見込み、引き続き前線を維持されたし、とのことです!」

「間もなくって、あと何分だぁ!」

 八つ当たり気味に怒鳴りつつ、ヒューゴは再び引き金を宙に向けて引く。

 みっともないことこの上ないが、多少の泣き言は許して欲しいと思うのだ。

 何しろ今回の異変は余りにも想定外だった。

 吸血鬼事件の黒幕である、ヨハネス・エヴァーリンの拿捕を巡る一連の出来事については承知している。だが、霊脈炉を乗っ取られるなど一体誰が想像できるだろう。

 ――このまま闘い続けるのは危険だ。

 銃剣を握りしめ、ヒューゴは歯噛みする。

 味方側の損壊は時間の経過と共に増えており、霊脈の変調も更に激化しつつある。

 聞けば他の街区では強力な神秘を操る"竜"が続々と出現し始めたのだとか。

 自分たちの戦線も今はまだ寸での所で維持されているが、新たな星霊に襲撃されれば容易く崩壊しよう。

 ヒューゴ・ニールセンは魔導士ではない。

 それでも星霊と渡り合うことができているのは、本人の血の吐くような努力もあるが、やはり装備の助けがあってこそ。

 大量の護符を編み込んだ強化スーツに、多種多様な呪符、対星霊用兵装の数々。

 常人が神話の怪物と闘うためには、相応の手札が要るのだ。

 なのに今は、戦況を優位に運ぶための武器も足りなければ、人も足りていない。これが街の外の話であれば、迷うことなく撤退を即断している。

 と、思考を巡らせていたのがまずかった。

「副隊長ッ!」

 隊員の悲鳴に顔を上げた時には遅かった。

 いつの間にか急降下してきた飛竜が、目の前で着弾する。

 捲れ上がる石畳に足をとられ、ヒューゴの体が宙を浮く。そこに叩き込まれる尾の一撃。

「――ッ!!」

 凄まじい衝撃が体の芯を突き抜けた。

 悲鳴すら上げられずに、ヒューゴは吹っ飛ばされる。

 地面をごろごろと無様に転がり、ようやく勢いが納まると同時に呼吸を取り戻す。

「――ごほっ、……く、そ……」

 咳き込む度に口角に赤色の泡が立つ。打たれた箇所どころか全身が激しく痛む。

 多分肋骨が折れている。内臓ももしかしたら傷ついているかもしれない。

 とは言え"竜"の一撃を真面に食らって、これだけで済んだのは幸いと言えよう。強化スーツを身につけていなければ、きっと体が真っ二つにひしゃげていた。

 しかしながら、今ので護符も許容量を超えたダメージを受けたことで効力を無くした。もう二度と攻撃を受けることはできない。

 覚束ない手取りで懐をまさぐり、霊薬の入った小瓶を取り出す。

 中身を一息で呷れば、凄まじい()()()が口内を侵した。

 正直吐き出したくすらあるけれど、痛覚を麻痺させつつ、治癒力を底上げできるのならこれくらいの代償は安いものだ。

 ――失態だった。

 銃剣を杖にして何とか立ち上がりながら、ヒューゴは自身を痛罵した。

 一時的とはいえ隊を預かる身でありながら、戦場で敵から気を逸らすとは。

 見ろ。お前が倒れたせいで、隊員達の士気が下がったではないか。

「……何を、呆けている!目の前の、敵に、集中しろ!!」

 無事を主張する意味合いも込めて、振り絞るように声を張り上げる。霊薬の効きがまだ完全でないため、一言紡ぐだけでも激痛にのたうち回りそうであったが。

 ヒューゴ・ニールセンに特別な才覚はない。

 人間離れした身体能力を発揮することはできないし、道具に頼らなければ満足に魔術を扱うことすら叶わない。

 それでも矜持だけは誰にも負けるつもりはなかった。軍警局の一員として、マルクトに住まう全ての市民の盾にして矛であるという矜持だけは。

 例え自身に飛竜を殲滅する力はなくとも、それを成せる者が到着するまでの時間を稼ぐのだ。

 「……!」

 だからこそ、その異音にヒューゴはいち早く気が付いた。

 ぎゃりぎゃりと、鉄を擦り合わせるような耳障りな音。けれどもそれが酷く頼もしく、心が自然と奮い立つ。

「ようやく来てくれたか……!」

 希望に満ちた表情で視線を上げれば、宙を悠々と泳いでいた飛竜の一体が胴を断たれた。

 続けて二体、三体と、異音が鳴り響く度に神秘の化身はその命を散らしていく。

 そしてヒューゴの前に、焦色の髪の女が勢いよく着地する。

 異音は彼女の持つ得物より発せられていた。身の丈にすら達する程巨大な回転鋸チェーンソー。大人の男でさえ持ち上げるのが困難な鉄塊を、女は軽々と肩に担いで、にっと晴れやかな笑みを浮かべてくる。

「よーっす、ヒューゴ。留守にしちゃってて悪かったわね」

「隊長……!」

 軍警局第三分隊隊長、アネット・サリバン。

 ずっと張り詰めていた反動であろうか。彼女のいつも通りの飄々とした態度に、ヒューゴは何だか目頭が熱くなった。

「第二分隊の支援は、もうよろしいんですか?」

「うん、民間の魔導士連中がようやく重い腰を上げてくれてね。戦線としてマシな形になったから、大急ぎでこっちに戻ってきたワケ」

 そう言って、アネットはぐるりと隊員達の様子を見回すと、やるせなさそうに表情を曇らせた。

「……そ、三人やられちゃったのね」

「……はい。フェデリコ、ラッセル、マルクの三名が避難する住民を庇い……申し訳ありません、隊を預かっておきながら、自分は」

「馬鹿言ってんじゃないわよ」

 強めの語調で、謝罪が遮られる。

「謝るのは私の方よ。アンタ達を放って、他の隊に手ェ貸しに行ってたんだから。……よく生き残ってくれたわね」

「――ッ」

 労わるようなアネットの声に、ヒューゴは声を詰まらせる。

 胸の奥からこみ上げるものを、懸命に抑え込む。何一つ終わっていないのに、副隊長である自分が今弱音を吐くわけにはいかない。

 深呼吸をしてから、状況を改めて整理する。

 アネットの戦線復帰は非常に心強い。何しろ彼女は上層部から軍警局の上層部から一目置かれる程の歴戦の魔導士である。自分達常人が決死の思いで挑んだ飛竜を、得物の一振りで容易く仕留めて見せたのが、その証左と言えよう。

 しかしながら、彼我の数の差は如何ともしがたく、依然不利な状況であることには変わらない。

「とは言え、どうしたもんかしらねぇ。市民の避難が終わっていない以上、ここは維持しなきゃいけないんだけど。流石にあいつらを狩り尽すのは骨が折れるしなァ……」

 アネットもそのことを理解しているのか、悩まし気に呻く。

 現状において、飛竜と真っ向から渡り合えるのはアネットのみ。となれば、部隊の指揮は引き続き自分が受け持ち、彼女には自由に暴れて貰った方が効率が良い。

 最も、それをアネットが許可するかどうかは微妙な所だが。

 こと戦闘という分野において、彼女は極めて現実主義だ。使えると判断すれば何でも使うし、使わないと判断すれば一切取り合わない。

 翻って今の自分はどうだ。薬を使ってようやく動ける有り様で、本来ならさっさと戦線を離脱して然るべきである。

 それでも、無辜の民を守るためなら、重傷程度で休んでなどいられない。

 隊長、と意を決してヒューゴは口を開こうとする。

「……?」

 だがその時、異変に気が付いた。

 飛竜達が動きを止めている。いや正確には、彼らはあらゆる行動を放棄して、路地の入口を凝視していた。

 まるでそこから目を離してしまえば、自らの命運が尽きると悟ったような。

 恐怖に支配された、異様な光景であった。

 それに釣られる形で、ヒューゴも同じ方向へ視線を向ける。

「お、姉御いるじゃん。こいつは幸運、後詰めを安心して任せられる奴がいるのは助かるぜ」

 などと、場違いなくらい暢気な声と共に、その男は戦場に現れた。

 無造作に掻き上げられた金髪、貴公子然と品のある面立ち。外見だけならば野性味のある美丈夫といった風情だが、鋭利な光を宿した瞳がどことなく近寄りがたい雰囲気を漂わせている。

「テオ……?アンタ、一体どうしてここに」

 アネットの呟きを耳にして、ヒューゴも思い出す。

 そうだ、間違いない。何度か任務の最中に見かけたことがある。

 あの胡散臭い賭博場カジノで雇われている魔導士の一人だったはず。それが何故ここにいるのだろう。

 すると男――テオドアは不思議そうに目をぱちくりさせると、さも当然のことのように言った。

「何でってそりゃあ、事態を解決するためにヴィクターの爺さんが駒を動かし始めたからだよ。公社経由で軍警局にも話が通っているはずだが?」

「…………えっとぉ」

 気まずそうに頬を掻くアネットに、ヒューゴは思わず半眼を送る。ちょっと頼もしいと思ったらすぐこれだ。

「まあ何でも良いけどよ。俺はとにかく、爺さんの指示を受けてはるばるここに来たってワケだ」

「ああ、そう……ん?いやちょっと待って。あのお爺さんが、アンタをここに寄越したのよね?」

「おう。まあ、理由は姉御が考えている通りだと思うぜ」

 テオドアが頷くと、アネットの顔がみるみる蒼褪めていく。

 そして、狼狽した様子で声を張り上げた。

「た、退避!総員、退避!!今すぐ戦線を後方に引き下げて!!」

 次の瞬間、ヒューゴは思い切り首の後ろを引っ張られ、体が浮く感覚を味わう。

 アネットが自分を引き摺り、一目散に広場から離れようとしていた。

「ちょ、隊長!?」

 アネットの突然の行動に、ヒューゴは驚きを隠せない。

 自分の知る彼女は、どんな戦況であろうと泰然と振る舞っていた。それにいい加減そうに見えて、軍警局としての使命を全うせんとする責任感の持ち主であることも知っている。

 そんな彼女が今、形振り構わず逃走を選択した。それが事の重大さを物語っており、他の隊員達も躊躇いつつ足早に離脱していく。

「流石は姉御だ、話が早い。……そら、噂をすれば何とやら、お出ましだ」

 テオドアは薄く笑いつつ、広場の中央へ視線をやる。

 途端、一際大きな空間の揺らぎが発生した。

 石畳を踏み砕きながら、新たな星霊がマルクトの地に降り立つ。

 蜥蜴を思わせる形状フォルムは、広場を覆い尽くす程巨大だった。鎧めいた外殻は飛竜のそれとは比較にならぬほど分厚く、備えた頑強さが伺える。ちろちろと赤い舌が覗く口が吐息を漏らす度、旋風が巻き起こった。

 現界にあたって何匹もの飛竜どうほうが巻き込まれ、磨り潰されたが気にも留めない。

 その"竜"は王者の風格で以てそこに顕現していた。

地砕竜リンドヴルム――!」

 誰かが、彼の星霊の名を呟いた。

 数多存在する"竜"の中でも、上位に位置する存在である。

 ただ巨大というだけではない、その格に相応しい圧倒的な神秘の気配を身に纏っている。

 知らず、ヒューゴの体は震えていた。見上げているだけなのに、胸が詰まって呼吸が覚束なくなる。

 アレと闘ってはならない。今すぐ逃げ出せ。

 そう人間としての本能が、警鐘を鳴らしている。

 アネットでさえも、地砕竜の偉容を前に言葉を失い、顔を歪めている。

「ははあ、こりゃ大物だな。なるほど、確かに俺向きの相手ではあるか」

 だが、その男だけは違った。

 象と蟻程に規模スケールが違うというのに、微塵も臆することなく"竜"の正面に仁王立ちしている。

「こっち見ろよ、蜥蜴野郎。――テメェの敵はここにいるぜ?」

 手招きすると同時、地砕竜の瞳がテオドアの姿を認めた。

 地砕竜からすれば人間など路傍の石も当然。そもそもの生命としての位が余りにも隔絶しているがゆえに、一瞥にさえ値すまい。

 にも関わらず、男の存在を無視しなかったのは、果たして如何なる理由だろうか。

 それでどころか明確な敵意さえ滲ませて、地砕竜は喉を震わせる。

「た、隊長、よろしいんですか!?」

 ようやく落ち着きを取り戻したヒューゴは、引き摺られたままアネットに問い掛けた。

「相手は地砕竜ですよ!?魔導士が十人、いや数十人単位で挑むような怪物です!それをたった一人で挑むなんて――」

「良かァないわよ!でもね、ここは退くしかないの!そうしないと、巻き込まれて全滅する!」

『そうそう、姉御の言う通りにしとけよ』

 すると、耳元に直接声が流れ込む。

 言霊の魔術。広場で一人残ったテオドアが使っているのだろう。

『飛竜共の方はイヴが片っ端から仕留めている最中だ。霊脈の異常も、ウチの方で修復に取り掛かってる。アンタらはとにかく、市民の安全確保に動いてくれ』

「了解!……というかテオ、アンタちゃんと加減しなさいよ?建物ぶっ壊したら承知しないからね!」

『分かってるっての、姉御。良いからさっさと離れろよ』

 苦笑気味の返答を最後に、言霊が解除される。

 ヒューゴにとって、テオドアの所属する組織は好ましい類ではない。

 都市を守るという理念はともかく、そのために何をしても良いと言うなら、法は意味を成さなくなるからだ。

 されど、恐れることなくたった一人で怪物へ挑まんとする光景に、子供心に胸を馳せたお伽噺を思い出して。

 不覚にも、憧憬にも似た感情を抱かずにはいられなかった。


前回から期間を空けてしまって申し訳ありません。

更新再開いたします。

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