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星辰のマギウス  作者: 空蝉
第一章 彼方に捧ぐ哀歌
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1-10 夜に誘う 其之一

「何故こんな事に……」

『カジノ・アヴァリティア』を出ると同時に、ヘイズは思わず天を仰ぐ。薄雲のかかった空は、まるで今の自分の心を映しているかのようだ。

「まあまあ、過ぎた事を悔やんでも仕方がありません。大切なのは今後の行動ではありませんか?」

「お前がそれを言うか……」

 いけしゃあしゃあと言ってのけるセリカに半眼を送るも暖簾に腕押し、その澄まし顔はまるで崩れる様子が無い。

 更に憎まれ口を叩こうとしてヘイズは口を噤む。セリカの言う通り一度引き受けてしまった以上、事件の解決に向けて行動を起こす方が生産的だからだ。

 とその時、みゃあと愛らしい声が聞こえた。足元に視線を落としてみると、そこにはしなやかな体つきの黒猫がちょこんと座っていた。

「まあ、美人さんですね!」

 目を輝かせたセリカが、黒猫の頭を撫で始める。猫の方も人に慣れているらしく、嫌がる素振りを見せずその手を受け入れている。

 気持ちよさそうに目を細める姿は何とも微笑ましさを誘うが、一方でヘイズは不思議そうに首を傾げるばかりだった。

「ヘイズ?どうかしたのですか?」

「ん?ああ、こいつ『カメリア』の辺りを縄張りにしている野良猫でな。こんな所にまで足を延ばすなんて、珍しいなと」

 馴染みゆえか、喉を鳴らしてすり寄って来た黒猫をヘイズも撫でてやる。相変わらず野良とは思えない程にさらさらと滑らかな毛並みだった。『カメリア』近隣の住民には大体顔が知られているので、折を見て誰かが世話をしているのかもしれない。

 と、猫の後ろ脚に何かが巻きつけられているのにヘイズは気が付いた。

「なんだこれ……?」

 訝し気に思いつつ、結び目を解いて広げる。

 手紙だ。ヘイズ宛てに、丁寧な筆跡で文字が綴られている。その内容に最後まで目を通した所で、ヘイズは再び黒猫に視線を戻した。

「伝書鳩ならぬ伝書猫って訳か。態々悪かったな、届けてくれて。今度何か御馳走してやるよ」

 人間の言葉を理解しているかは定かではないが、ヘイズが礼を述べると黒猫は上機嫌そうに尻尾を一振りし、そのまま何処かに走り去っていく。

 「ああっ」、と至極名残り惜しそうな声が横から挙がったが、聞かなかった事にする。

「こほん……それで、差出人は?」

「シャロンさんから。お前に会う前、例の事件に関してちょっと調べ物を頼んでいたんだが、それが終わったんだと」

 言いながら、ヘイズはセリカを連れ立って裏路地の方に進路を変える。

 古くから増改築を繰り返してきたマルクトの街並は複雑怪奇ではあるが、意外な場所が道で繋がっていたりする。

 そのため慣れ親しんだ市民の中には、移動時間の短縮のために、徒歩でこの迷路じみた通廊を利用する者も少なくなかった。

 流石に夜間ともなれば話は別だが、現に日中帯は疎らながらも人の姿が見受けられる。

 ヘイズもまた、半年間の生活を経て、どの路地を行けばシャロンの元へと最短で辿り着くのかを把握していた。

「では道すがら情報共有をしましょう。貴方はこの事件、どの程度まで把握していますか?」

「正直殆ど何も。何せ昨日まで関わり合いになるとは思ってもいなかったからなぁ……」

 しみじみと呟くヘイズ。

 何せ絶対に関わるものかと宣言した矢先に噂の吸血鬼と遭遇したのだ。新聞に載っている程度の情報以外、知っているはずもなかった。

「そうですか。では改めて事件について説明しておきましょう」

 緩やかに歩きつつ、セリカが事件のあらましを説明してくれる。

 大凡の内容はシャロンから聞いていた通りだった。しかし大きく異なっていたのは、被害者の実態である。

 セリカによると"吸血"によって昏睡状態に陥った、或いは死亡した市民の数は既に十人以上にも及ぶらしい。

 また吸血鬼と呼ばれる自動人形オートマタも、何体か討伐されており、夜な夜な昨晩のような攻防が繰り広げられているのだとか。

 そしてセリカが属する組織の調査によれば、吸血鬼は人の出入りが激しい歓楽街を中心に活動しているようで、未だ潜伏している可能性もあるとのことだった。

「第一の事件が起きたのは二週間前です。なので我々は、その前後で歓楽街で見かけるようになった、もしくは娼館等で働き始めた人物を洗いだし、監視を続けています」

「なるほど、だから昨晩ああもタイミング良く現れた訳か」

 いっそご都合主義とも言える絶妙な乱入の仕方だったが、そうした絡繰りがあったとは。

 得心したと頷くヘイズの横で、セリカは更に続ける。

「それと、回収した自動人形の残骸からこんなものが発見されました」

 セリカは外套コートの内側から取り出したそれを、ヘイズの顔の前に掲げる。

 細長く掌に収まる程度の大きさの小瓶だ。中には澄み切った赤色の液体が入っている。

「血液……じゃないな。これは?」

「全貌は未だ不明ですが、霊源石に酷似した構造を持つ事が判明しています。霊源石が液状化した物質、とも呼べるかもしれませんが、含有される霊素の密度、純度は鉱脈や星霊から採集されるものよりも遥かに高いそうです」

「……吸血鬼共の動力にでも使われていたのか?」

 ヘイズの質問に、セリカは首を横に振った。

「彼らの内部機構も調査しましたが、動力源は通常の種類と同じく霊源石で、この液体は別の専用スペースに保管されていました。色々な可能性は考えられるでしょうが、我々の見解としては吸血鬼達の、ひいては彼らの主の目的に迫る手がかりだと考えています」

「なるほどねぇ……」

 ヘイズは目の前で揺れる赤い液体を興味深そうに覗きこむ。魔術の触媒ならこれまで色々と取り扱ってきたが、今まで見た事がない物質だ。

 この手の解析は専門外ではあるが、一人の魔導士マギウスとしては中々に惹かれる題材ではある。最も調べるまでもなく、人の生き血を啜る自動人形に内蔵されていた時点で、碌でもない代物なのは確かだろうが。

 そうして事件についてあれこれ話している内に、二人は幽霊屋敷……もといシャロンの骨董品店に到着する。

「いらっしゃい――あらまあ、意外と早い到着ですこと」

 扉を押し上げると同時、欠伸が噛み殺した眠たげな声が出迎える。

 骨董品に囲まれ、気怠そうに机に座すシャロンに向かって、ヘイズはとりあえず開口一番に一言。

「よくも俺の事を売ってくれましたね」

「あら、別に悪気があったわけじゃないのよ?私のポリシーを貫いた結果、偶々君の情報を売る事になっただけ」

 鋭く睨みつけるもシャロンは全く悪びれる様子を見せない。寧ろこうしたヘイズの反応を楽しんでいる風ですらある。最悪だった。

 諦めたように嘆息する彼を尻目に、シャロンはセリカの方に視線を移し、興味深い見世物でも目にしたようににんまりと口元を吊り上げる。

「ふうん……納まる形に納まったようで何よりよ。ヘイズ君も一人より動きやすくなるんじゃない?」

「相変わらず早耳ですね……」

 ヴィクター達とのやり取りを終えて、まだ三十分と経っていない。にも拘らずまるで見てきたようなこの態度と物言い。見計らったかの様に黒猫が書簡を持ってきた事も含め、常にどこかから監視されているのではないかと不安になる。

「ごきげんよう、シャロンさん。お陰様で上手く事が運びました」

「それは何より。色々と文句を言ってはくるでしょうけど、何だかんだと仕事はきちんとこなす子だから。精々上手く使ってあげて頂戴」

「ええ、お任せください」

 まるで旧知の友人同士のようなにこやかな会話だが、内容に和む要素は皆無である。

 しかし抗議の声を上げようにも、二人をやり込められるだけの語彙を、ヘイズは持ち合わせていないのであった。

「世間話はその位で、シャロンさん。頼んでいたものを頂けますか?」

 なので、三十六計逃げるにしかず。やや強引に本題に移る事にする。

 普段より数割増しで仏頂面のヘイズに、シャロンは苦笑しながら机の引き出しを開けた。取り出したのは書類の束だ。それを受け取ったヘイズは、早速内容に目を通していく。

「ヘイズ、それは?」

「自動人形の部品を取り扱っている密輸業者のリストだ」

 手元を覗きこんでくるセリカに、ぱらぱらと頁をめくる手は止めず応じた。

 紙面に記載されているのは、業者の名前、活動範囲、そして直近の取引記録である。急ぎの依頼であったため、多少なりとも曖昧な箇所が散見されるかと思ったのだが、いずれも事細かに調べ上げられている。短時間で、しかも裏社会を対象にこれだけの情報を集めきる手腕には舌を巻かざるを得ない。高い料金を払った甲斐があったというものだ。

「言うまでもないだろうが、自動人形を製造するためには、専用の工房、そして潤沢な材料が不可欠だ。しかもあれだけ複雑な機構を持っているんだ、コストはかなりかかっているだろう。だが表の業者を使って仕入れを行えば、すぐに足が付く」

「だから公的な記録が残らない裏の業者を使っている可能性が高い、と?」

「そういうことだ」

 本来なら工房の在り処を突き止める方が手っ取り早い。だが魔導士にとって工房とは己の研究成果を貯め込んだ宝物庫そのものであり、あの手この手で隠蔽するものだ。

 探し出せない訳ではないが、自動人形の質からして相手は高位の人形師だと判断でき、かなり骨の折れる作業になるだろう。

 よって自動人形の部品を卸した業者から、買い手を辿る事が出来るのではないかと踏んだのだ。

 しかし、書面に挙げられている数は中々に多い。この中から一人一人虱潰しに探るのは非効率的にも程がある。

 となると、ここは素直に事情に精通する者に知恵を借りるべきだろう。

「……シャロンさん、追加で情報が欲しいんですが」

「なにかしら?」

「あくまで噂程度で構わないんですが。最近妙に羽振りが良くなったとか、そう言った話のある業者を知りませんか」

「ふぅむ、そうねえ……」

 シャロンは宙に視線を泳がせる。

 答えに窮しているというより、情報料をとるかどうかを判断しているといった様子だ。やがてヘイズの方に目を留めると、仕方ないと言わんばかりに大仰に肩を竦めた。

「ま、今回は君への罪滅ぼしとしてサービスしてあげましょうか」

 シャロンはヘイズから書類を受け取ると、迷いのなくとある人物を指し示す。

「心当たりは何人かいるけれど、第一候補はこの男かしら。名前はエリック、余りぱっとしない同業者だったんだけど、今月に入ってから急に儲かり始めてね。それはもう歓楽街で景気よく遊び倒しているそうよ」

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