2話 出会いと再会
‥‥えっ、ここ‥‥どこ‥‥?
目を覚ますと見慣れない天井と部屋の様子。
朦朧とする意識の中、あの瞬間が脳裏をよぎる。
「メイっ!!!」
こちらに向かってくる母が迫ってくる車と同時に目の前で衝突する。
「‥‥っ!!!」
ハッとして起き上がるメイは体中に走る痛みを感じ余裕などなく母の姿を探した。
お母さん、お母さんどこ?
どこなの!?
そのまま病院を飛び出していく。
天翔殿では収容された魂の誘導を済ませたシンが特別査定対象魂のそばにいた。
明らかに他の魂とは違い、透明さがない。
薄く紅みを帯び、呼吸しているかのようである。
こんな魂は初めてだ‥‥
そこへ慌てた様子でランがやって来る。
「シンっ!大変よ!」
「どうした?」
「‥‥その魂‥‥その魂は如月メイじゃない‥‥」
「何!?如月メイじゃない!?どういう事だ、だったらこの魂は‥‥」
「如月ユウ、如月メイの母親よ」
「‥‥母親‥‥?」
「これ見て」
ランから見せられたのは収容者リストである。
「‥‥!どういう事だ?何故如月ユウの名前が‥‥昨夜確認した時は確かに如月メイの名前だった」
「‥‥生死操作」
「生死‥‥操作‥‥?」
人間には予め寿命と死期が表裏一体として与えられている。
それは生を受けた瞬間から変わることはない。
死期を迎える人間の魂と本来残されている寿命を持つ人間の魂をその瞬間に入れ替える事でそれぞれの生死が入れ替わってしまう。
そうやって故意に人間の生死を変えてしまうことを生死操作という。
その瞬間、シンの表情が一変する。
生死操作なんて何の為に‥‥
そんなことを考える奴も出来る奴もアイツ‥‥
アイツしかない
「‥‥こんな魂初めて見たわ」
「‥‥」
「随分動揺してるようだけど、無事に送られてきたから良しとして‥‥問題は現世に残った娘の方ね。本来、その命を終えここに召されるはずだったのが現世に留まってるとなると、如月メイの人生は変わるはず‥‥」
「死期は!?如月メイの死期はどうなってる!?」
ランは俯いて首を振る。
そうだ、如月メイは我々が管理する生態上
現世での人生を終えている
寿命がないのに死期は存在しない‥‥
だったら彼女はどうなる?
人間として生きても死んでもいない状態で
この世に存在できるのか‥‥?
病院を抜け出したメイはただ歩き続けていた。
そんなメイから少し離れて黒い影が密かに追っている。
神使に呼ばれているシン。
「‥‥間違いないだろう」
「はい」
「シン、お前に特別任務を与える」
「‥‥?」
「奴の仕業だとするならば、必ずいるはずだ。目的は恐らく如月メイの魂だ」
「どうして如月メイの魂を?彼女は一体何者なんですか?」
「‥‥生死操作をしてまで生かす価値のある特別な魂を持つ人間‥‥如月メイ、彼女は特別情魂の持ち主だ」
「特別情魂‥‥?」
「‥‥特別情魂を持つ人間の魂を得ることで奴は永魂を手に入れられる。更にその人間が持つ特異な力と永魂で、この世とあの世、両方の世界を意のままに出来る力を手にすることになる‥‥」
「そ、そんなっ!一体何故そんなことを‥‥」
「地階楼に存在する幻魔とこの天翔殿に存在する天使との大きな違いは何だ?」
「‥‥」
頭の中をフル回転させるシンはハッとする。
「まさかっ‥‥」
「直ぐに準備しろ、何があっても如月メイの魂を奪われるようなことがあってはならない‥‥」
こうして俺は与えられた任務を遂行する為
人間界へ降り立つことになった‥‥
お母さん‥‥どこ?どこなの‥‥?
途方に暮れながら母を探し続けるメイがいつの間にか辿り着いたのは記憶が途切れた事故現場だった。
「‥‥」
そこは既にあの瞬間の跡形も残されておらず、もちろん母の姿もない。
あれは何だったんだろう‥‥
もしかして、夢?
私いつの間にか寝ちゃって夢を見たの?
そうよ、きっとそう
悪い夢を見たんだ‥‥
その後の記憶はない。
傷だらけの体も胸の痛みも感じることなく
それから3日後、私は見慣れない天井と
消毒液の臭いが漂う寝心地の悪いベットの上で
目を覚ました。
「‥‥」
「‥‥気がつきました?」
目を覚ましたメイにそう声を掛ける白衣の女性。
「‥‥具合はどうですか?痛みや吐き気はありませんか?」
「‥‥」
その相手が看護師でありここが病院だという事に気付くとメイは目の前の女性に尋ねた。
「‥‥今日は何日ですか?」
「はい?‥‥あぁ、今日は7月6日です」
7月6日‥‥
3日も経ったんだ‥‥
「‥‥何かあれば遠慮なく呼んでくださいね」
そう言うと看護師は病室を後にした。
するとメイは腕に刺さった点滴を外しベットから下りると窓際に行きカーテンを開けた。
そこには丸い月が低い位置で辺りを照らしている。
そんな彼女のそばに立つ姿なき姿。
メイが病室を出ていくと煙の中からふわぁっとその姿を現したシン。
そのままメイの後を追う。
病院の敷地内を出てすぐそばに立つ大きな桜の木の前で足を止めるメイ。
その隣にある小さな池に視線を移すと水面の近くまで行く。
そこに映った月をしばらく見つめた後言った。
「‥‥私に何か用?」
その言葉に一瞬ドキッとするシン。
「悪いけどあなたの相手をする気分じゃないの」
そう言うとメイは振り返ってじっとシンを見つめた。
「‥‥?!」
そのままゆっくりシンに近付くと目の前で止まる。
重なる視線に半信半疑のシンは動揺していた。
「‥‥消えて」
そう言うとシンを避け来た道を戻っていくメイ。
そんなメイの言動がシンを更に動揺させた。
‥‥な、なんなんだ今のは‥‥
俺に言ったのか?
嘘だろ‥‥そんなはずはない‥‥
混乱するシンをよそに病室に戻ったメイは何事もなかったように眠りに就いた。
2日後、回復したメイは退院し自宅に戻った。
そこにもやはり母の姿はない。
「‥‥事故当時の状況から見て、如月ユウさんは脳挫傷による即死だったようです。詳しいことは解剖してみなければわかりませんが、おそらく間違いないでしょう。どうされますか?希望されるのであればそのように医師に伝えますが‥‥」
「いえ、結構です」
母の遺骨を抱き締めたままその場に座り込むメイ。
ようやく、涙か溢れる。
お母さん酷いよ‥‥
どうして一人で逝っちゃうの?
どうして私を一人にするのよ‥‥
私にはお母さんしかいないのに‥‥
ごめんね‥‥ごめんね、お母さん‥‥
私のせいでこんな目に‥‥
ごめんなさい‥‥
そこには溢れる涙が止まらないメイのそばでその姿を見守っているシンの姿がある。
そしてメイの変わりに召された母、ユウの魂も同じように哀しい光を放っていた。
1週間後、母を見送り少しずつ落ち着きを取り戻したメイの元を同じ大学に通う幼馴染みの南雲愁が訪ねていた。
「‥‥ちゃんと食べてるか?」
「うん‥‥」
疑いの目でメイを見ている愁。
「‥‥心配かけてごめん、もう大丈夫だから。いろいろとありがとね、愁‥‥」
「お礼なんて水臭いな‥‥お前らしくもない」
「なによそれ‥‥」
「俺にはそういうフリ、無理してしなくていいから。何かあったらいつでも言えよ?」
「愁‥‥」
愁の気遣いに触れ、ぽっかり空いた心の奥が少し温かく感じた。
そして今日もあの場所に向かうメイ。
またここか‥‥
余程気に入ってるんだな
あの日と同じように池の水面に映る月を見つめているメイ。
ここに来るといつの間にか時間を忘れちゃう
何故かそばにお母さんがいるみたいで安心する
んだ‥‥
あれからずっとそう‥‥
いつもそばにいてくれるのはお母さんだよね?
そう、信じてたけど‥‥
「‥‥お母さん‥‥じゃないよね?
あなた、誰?なんでずっといるの?」
また同じように声を掛け、同じようにシンの目の前に立つメイ。
「‥‥この世をさまよってる霊ではなさそうだし‥‥あなた一体何者?私に何か用なの?」
「‥‥!」
「‥‥ねぇ、聞いてる?」
俺に、言ってるんだよな‥‥
まさか、本当に俺が見えてるのか‥‥?!
「まぁ、別にいいけど!」
そう言うとシンを避け行こうとするメイ。
そんなメイを思わず呼び止めてしまうシン。
「待て!」
その声にしっかり反応するメイが振り返って言う。
「なんだ、聞こえてるんじゃない」
「‥‥嘘だろ‥‥」
思わず漏れる心の声。
「何?」
メイは真っ直ぐにシンを見て言った。
「‥‥俺が‥‥見えるのか‥‥?」
メイ、そう言うシンを見てクスッと笑って頷いた。
「声も‥‥聞こえる?」
また同じように頷くメイ。
そんなメイに近付くシン。
「‥‥いつから‥‥?」
「え?」
「いつから見えてる?」
「‥‥はじめから?」
そう言うと、また笑って見せた。
驚く様子もなく当然のように言うメイにシンが言った。
「嘘だろ‥‥あり得ない‥‥」
「残念だけど、しっかり見えてるし全部聞こえてる‥‥あの日からずっとね」
そう言われ特別情魂の持ち主の力を思い知るとシンはその姿を鮮明にした。
「‥‥驚かないんだな」
「別に。あなたみたいなのには慣れてるから」
「どういう意味だ?」
「生まれつき見えるの。この世をさまよってる霊とか、生霊とか‥‥だから別に驚かない」
「おい!俺をその辺の霊たちと一緒にするな!俺はな‥‥」
その言葉に思わず声を荒げてしまうシン。
「な、何よ!そんな怒らなくても‥‥人間じゃないことには変わりないでしょ!」
「‥‥っ‥‥」
そう言われ気を鎮めるシンは言葉を飲み込んだ。
「この世にどんな未練があるのか知らないけど、ここはあなたが居るべき場所じゃないの‥‥早く成仏してね」
「な、何?成仏だと!?おい、如月メイ!勘違いするな、俺は‥‥」
そんな二人の近くで様子を伺っている黒い影。
その別の気配に気付くと突然メイがシンの手を取り走り出す。
「‥‥!!!」
メイの不可解な行動より触れられた事に驚くシン。
「‥‥お、おいっ!」
「黙って!離さないで!!!」
そう言われ、その気配にようやく気付くとシンはメイを抱き上げ宙に消える。
‥‥やはりお前だったか、シン‥‥
相変わらず生意気だ
シンはメイを自宅に連れ帰るとそっとベッドに寝かせた。
気配を鎮めると未だ消えずに感触が残っている手を見つめた。
如月メイ‥‥
見えるだけじゃなく、触れることも出来る
なんて‥‥
さすが、特別情魂の持ち主だな‥‥
その頃天界では普段の日常任務が遂行されていた。
如月ユウの魂が監査室に待機中であることを除けば‥‥。
「‥‥シンは大丈夫でしょうか‥‥」
「私たちが不安を抱いてはならない‥‥」
「‥‥それにしても如月メイにはどれ程の能力が?我々の姿が見えるばかりか、触れることも出来るなんて‥‥」
「人間の持つ能力は計り知れん‥‥時にその能力は限界を越えるものでもある。そして自らの意思によって不可能を可能にさえするものだ」
「人間の持つ能力は把握しているつもりです。しかし、特別情魂を持つ人間であっても私たち以上の能力は‥‥」
「‥‥それが人間の持つ力なのだ」
「‥‥」
翌朝、目を覚ますメイは昨夜の出来事を思い出していた。
まさかね‥‥
しかし、その体がその感覚を覚えている。
そんなっ!そんなわけないじゃない!
いくらなんでも空を飛ぶなんてこと‥‥
‥‥あいつ、何者なんだろう‥‥
普通の霊とは明らかに違うし、今まで感じた
ことのない気配だった‥‥
冷たい空気に包まれてるのに
触れるとあったかいし‥‥
シンに抱き上げられた時に感じた温もりがまだ身体中に残っている。
そして、もうひとつの気配のことを思い出す。
そう言えば、あの気配も‥‥
とにかく険悪で息苦しささえ感じる嫌な気配‥‥
あいつとは真逆‥‥
‥‥はぁ‥‥あたし疲れてるのかな‥‥
こんな訳のわからない気に憑かれるなんて‥‥
ホント最悪‥‥
そんな真逆の気配を持つ二人がここ、人間界で再会する。
「‥‥久しぶりだな、シン」
「‥‥キョウマ‥‥」
「またお前のそんな顔が見られるなんて光栄だな」
「俺は二度と、永久にその顔だけは見たくなかったよ」
「シン、今なら見逃してやる。お前には何の感情もないからな。おとなしく天界に帰れ」
「たかが幻魔の分際で俺に指図するな!お前こそ、諦めておとなしく運命を受け入れろよ」
「運命だと!?」
「天翔殿を追放されたお前にはふさわしい最期だろ?」
「何!?」
「神の寵愛に背いた罪は大きい‥‥」
我々『天使』は神によって想像された唯一の存在であるがそうして存在し続けることもまた決して楽なことではない。
伝承されているように美しく不滅の生態ではないというのが現実だ。
そして、神の寵愛を受けた者には絶対的に守らなければならない掟も存在する。
1、『天使』として与えられた階級において
その役割を果たす事
1、『天使』として与えられた階級は原則
受け入れる事
1、『天使』として与えられた階級維持は
最大300年とする
1、『天使』として与えられた能力を任務遂行
以外で使用はしない事
1、神の言葉は絶対であるとする
これらに反した場合、使者としての存在は
失われ、その魂は消滅する事とする
これが、我々『天使』に与えられた天翔殿の掟である。
「‥‥何が神の寵愛だ‥‥そんなものには何の価値もない」
「だからお前はそういう運命なんだ」
「黙れっ!!!」
キョウマの気が空を真っ暗にしていく。
「如月メイを生かしたのは俺だ。諦めろ!」
天使と悪魔が人間界で相対する気を放つ。
真っ暗な空が稲光と共に黒雲に覆われていくと強い追い風がその雲を散らす。
そんな異常な空を目にしたメイは金縛りにあったかのように思うように体が動かなかった。
「‥‥!」
そんなメイの胸元では母の形見であるペンダントが発光している。
しかし、上空で放たれている気にとらわれペンダントの異変に気付かない。
「如月メイは誰にも渡さない!」
「いやーーーーーーーーっ!!!」
二人の相反する気がぶつかろうとした瞬間、身体中に熱を感じ発狂するメイがその気を吹き飛ばした。
「‥‥!?」
その威力にシンとキョウマは力を奪われる。
胸元のペンダントだけがその光を残したままメイは意識を失いその場に倒れる。
お母さん、私夢を見たの。
小さい頃お母さんとよく行ったあの場所
心地いい風と並ぶ木々が
私たちを導いてくれた
そこには小さな湖があって
蓮の花がたくさん浮かんでた
その場所に立つと青い空に浮かぶ雲が
すーっと消えてくの
まるで私たちを出迎えてくれてるかのように
お母さんはいつも二人なのにたくさんの
お弁当を用意して広げてた
今日もやっぱり食べきれないのに嬉しそうで‥‥
それでも家に帰ると残ってるはずのお弁当は
きれいになくなってて不思議だったの
私が疲れて寝てる間にお母さんが食べてたの?
また結局、聞けないままだったな
何故だろう‥‥
あれから泣いてばかりいた君を
ずっとそばで見てきたのに
こんなにも悲しそうなのに
君の笑顔をはじめて見たのは
あの日と同じ丸い月が低い位置で辺りを照らす
そんな日だった
たった一度の笑顔が
いつも悲しそうな君を忘れさせる
うっすらと涙を浮かべながら眠るメイ。
そんなメイを見つめながら不思議な感覚に襲われているシンはいつまでもそのそばを離れることが出来ずにいた。