表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

 1話 天界の使者たち

「だからお前はダメなんだ!」


その罵声は部屋中に響き渡り外まで筒抜けである。


「ご、ごめん‥‥」


「何で謝る!?」


「だ、だって、怒ってるから‥‥」


誠意のない謝罪がここの最高位者、『熾天使』の長、シンを余計に腹立たせた。


「何!?」


今度は低い声で怯える声の主、『座天使』の長、リクに詰め寄る。


「‥‥もう辞めろ。お前なんかにその眼を持つ資格はない」


そう言い放つとその体を離し、ゆっくりと出口に向かって行く。

その背中を見ていると段々と苛立ちが込み上げてくるリク。


「どうしてだよ!何でシンが決めるんだ!これでも僕は座天の長だ。いくらシンでもそんなこと言う権利なんてないだろ!」


 生意気にも口答えしてしまった‥‥

 こんなこと言うつもりなんてなかったのに

 どうしよう‥‥

 ‥‥いや、僕は間違ってなんかいない

 いつだって自分が一番正しくて誰の事も

 認めようとはしないシンに僕の気持ちなんて

 わからない‥‥

 みんながみんな、シンのようにはなれないんだ


その足を止めると背中に威厳を見せたまま言った。


「‥‥言いたいことはそれだけか?」


そう言うと振り向くシンは答えないリクに続けた。


「リク、お前は本当に成長しないな。一体いつまで座天の長でいるつもりだ?ヤル気がないならさっさと譲れよ、その席‥‥他の者が迷惑だ」


「‥‥」


「それと、ついでだから教えてやる‥‥ 

お前は間違ってる‥‥」


表情ひとつ変えずその部屋を出ていくシン。

残されたリクは全身の力が抜けその場に崩れ込む。


 なんだよ、いつもは知らん顔するくせに

 やっぱり聞こえてるんじゃないか‥‥


悔しさともどかしさに駆られしばらく動けないリクをよそに、部屋の外では『智天使』の長、カイがシンを待ち構えていた。

ここではシンの次に高位の立場にある者である。


そんなカイの前を面倒くさそうに通りすぎようとするシンをカイが呼び止める。


「おい‥‥」


「‥‥なんだ」


「ちょっと言い過ぎなんじゃないか?少しはあいつの立場も考えてやれよ。あいつはあいつなりにその勤めを果たしてるだろ」


「‥‥」


「お前はリクに厳し過ぎるってランも心配してたぞ」


「お前はやたらとリクに甘過ぎだ」


「そうじゃないだろ?」


そう言われようやくカイと視線を合わせるシン。


「お前はいつだって正しいよ。俺たち天使はここに存在する者としてルールに反しない事も掟を守る事も絶対だ。だけど、全ての者たちがお前のようにはなれない。お前じゃないんだ‥‥」


「何が言いたい?」


「リクは査定対象じゃない」


「‥‥」


その瞬間、二人の回りが相反する空気に覆われる。


別室にもその空気は流れ込み、仕事中のランの手を止めた。


「あいつの眼は確かだ。どんな小さな声も聞き逃したりしない。ここに送られてくる魂を完璧に誘導できる座天は他にいないだろ?」


「それがあいつの仕事だ。完璧に出来て当然だろ」


「結果が全てか?だったら余計な非難はするな」


「‥‥俺には、ここに存在する全ての者たちへの責任がある。誰であってもその場所で永久に存在し続ける事はできない。それくらいお前もわかってるだろう‥‥カイ、お前はあいつを掟破りの追放者にしたいのか!?」


「シン‥‥」


その言葉には確かにリクへの切なる思いが存在していた。そんなシンの思いに触れたカイはほっと胸を撫で下ろした。



ここ、天翔殿には毎日現世での人生を終えた魂が何百、何千と送られてくる。

ここに召される魂は基本、現世において正しく人生を全うした者だけだ。

そして、その魂を管理する者として我々『天上神補使』通称『天使』と呼ばれる者たちが存在している。

そんな我々の仕事は召されてくる魂の査定を行うことからはじまる。

その査定により、今後どのような存在として輪廻転生を迎えるか、あるいは別の選択を与えられるか、双方にとって最も重要な作業になるのだ。


別室から駆けつけたランは二人の気配だけが残るその場所に立つと、無駄足を踏まされたことに安堵する。


「‥‥ったく、勘弁してよね」



束の間の休息も、そうではないシンは収容された魂の確認に加え、明日の収容予定者リストに目を通している。


 明日も忙しくなるな‥‥

 ‥‥?


明日の収容予定者リストの中に、ひとつ気になる人間の魂に目が止まる。


 同じ‥‥?

 ‥‥おとなしく辿り着いてくれればいいが‥‥


不安を拭いきれないまま朝を迎えると、いつもより早くその場所に向かった。

すると、直ぐにカイがその姿を見せる。


「‥‥シン、どうした、こんなに早く‥‥」


「別に、ただ目が覚めただけだ」


そう言うシンの様子が気になるカイ。

そこへリクもやって来る。


「‥‥!」


シンの姿を見て驚くと気まずそうに俯くリクにカイが声を掛けた。


「よく眠れたか?」


「‥‥え?」


「なんだ、顔色が良くないな」


カイはリクの顔を覗き込み、くしゃっと頭を撫でながら笑った。


「や、やめてよ!そんなことないから!」


「誤魔化そうとしたって無駄だぞ。俺には全部お見通しだ」


そんな二人の会話を聞き流しているシン。


「‥‥今日の収容予定者の中に気になる魂がいるんだ。別に直接誘導しようと思って色々考えてたら休む暇なんてなかっただけだよ!」


真面目な顔で言うリクにようやくシンが口を開く。


「俺も行く」


「‥‥えっ?どうしてシンが?これは僕の仕事だ」


「そんなことは重要じゃない」


「な、なんだよそれ、そんなに僕の事が信用できない!?」


険悪な空気が流れ始めとっさに間に入るカイ。


「おい、リク‥‥」


「カイ、止めないでよ!シンは僕のやり方が気に入らないだけなんだ。いつもこんな時間に起きてくることなんかないのにわざわざ誘導に行くなんて、バカにしてるよ!」


「いい加減にしろ!誰に向かって言ってるんだ!」


その言いぐさに中立のカイが声を荒げた。

しかし、そんかカイを止めたのはシンだった。


「‥‥カイ、お前はいつも通りここで魂の出迎えをしろ。それから‥‥リク、お前はその魂を直接誘導するんだ。他の魂は俺が誘導する」


「‥‥えっ?」


昨日の態度からは想像できない以外な言葉に二人の動きが止まる。


「おい、聞いてるのか?」


「‥‥い、いいの‥‥?僕が直接誘導しても‥‥」


「お前以外に誰が出来る?」


「シン‥‥」


「お前の判断は正しい。おそらく特別監査対象魂になるだろう。その眼で確実に見つけ出し誘導してくれ」


天翔殿の入口でもある大門の上部に掛けられた大時計。

この世の時刻を刻むその大時計がシンの不安を煽る。


 7月3日 土曜日 21時03分

 氏名 如月メイ 22歳 女性

 死因 交通事故

 

 収容者リストに間違いはない

 この世に生まれた時刻と同時刻に 

 この世を去る魂‥‥

 何事もなく無事に辿り着いてくれ‥‥



7月3日(土)19時40分

夕食時を少し過ぎた頃、この世を生きる人間たちが暮らす世界は週末ということもあり、静かな街通りも普段より人々の行き交いが多い。

そんな日はよくある日常だ。


そして、彼女にとってもいつもと変わらない1日に過ぎなかった。

アルバイトが長引き帰りの時間が30分程遅いことを除けば‥‥。


「お疲れさまでした!」


店主に挨拶し外に出ると雨が降っていた。


 嘘、どうしよう‥‥

 傘持ってないのに‥‥


空を見上げ一瞬迷うも、すぐそばのバス停まで走る彼女。

するとそこには10人程の人がバスを待っていて雨をしのぐスペースには入れそうにない。

仕方なく目の前のコンビニに入ると母に電話を掛けた。


「‥‥まだ仕事中かな‥‥」


電話に出ない母にメールを送ると、彼女はすぐにやって来たバスに乗り込んだ。

その頃、娘からの着信に気付かない母はまだ職場にいた。


「‥‥先生、まだいらしたんですか?確か今日は娘さんのお誕生日だって言ってたのに‥‥」


「えぇ、でも今日はバイトになったからって外で食事することにしたの。‥‥やだ、もうこんな時間!?」


そう言いながら携帯を手に取るとようやく娘からの着信とメールに気付く。


「もう出ちゃったの?急がなきゃ!お疲れさま!」


慌てて帰り支度をして外に出ると雨が降っている事を知り娘に電話を掛けた。

しかし、今度はバスの中でうとうとしてる彼女がその電話に気付かない。

バイト先から自宅付近までおよそ15分。

雨が降っているせいか、週末ということもあり交通量の多い時間帯でバスの運行は少し遅れていた。

母も同じように渋滞に巻き込まれていて、その間に何度か娘に電話を入れるが繋がらずにいる。

その時、乗っているバスが急停車し、うとうとしていた彼女はハッとする。


 ‥‥っ!ヤバっ、私寝てた?


曇っている窓を拭き、外を確認する。


 よかった‥‥


寝過ごしてはいないことに今度はホッとする。

間もなくしてバスを下りると母からの着信に折り返した。


「‥‥うん、今バス下りたとこ。お母さんは?まだ研究所?」


コンビニで買った傘を差し、歩きながら話している。


「そうなの?先に言ってくれればよかったのに‥‥じゃあお店で待ち合わせしよ!」


「雨降ってるから迎えに行くわ」


「平気よ、そこだったらここから近いし!お母さん待ってるより歩いた方が早いしね!」


「‥‥わかったわ、お店には連絡入れとくから先に行って待ってて」


「オッケー!」


時刻は20時20分。

この後彼女は母と22歳の誕生日にレストランで少し遅めの夕食を共にし、用意されているであろうプレゼントを受け取るはずだった。

まさか、43分後にこの世を去る事になるとは夢にも思わずに、止まない雨も気にならないほどその気分は良かった。

そんな彼女とは裏腹に渋滞から抜け出せずにいる母は胸元でゆっくりと発光しているペンダントの異変にも気付かず時間ばかりが気になり焦っていた。


10分が過ぎ、20分が過ぎて店の店員もその席がきにかかる。


「‥‥お腹すいた‥‥」


母を待つ彼女の空腹状態が限界寸前の中、店内に掛けられている時計が21時の時を知らせた。

降り続いていた雨はいつの間にか止んでいる。



同時に天翔殿の大時計もその時を刻み、それぞれに緊張が走る。


 その瞬間を何度迎えても慣れることはない

 ひとつとして同じ魂はないし、同じ声はない

 時に、後悔することさえある

 こうしてここに存在しているということを‥‥


ようやく彼女の視界に母の姿が映り、思わず席を立つと手を振って合図する。

しかし、母の目にその姿は見えていない様子である。


そんな彼女たちの姿を頭上から見つめる黒い影。

その影がすーっと降りていく。

その瞬間、止んでいた雨が再び激しく降りだした。


突然降りだした雨に濡れる姿を目にすると慌てて店から飛び出す彼女。

行き交う車のヘッドライトが重なりその光が彼女の瞳孔を塞いでしまう。

それでも彼女の足は母へと向かっている。

そんな彼女に1台のタクシーがクラクションを鳴らし寸前でブレーキを踏んだ。

その光景を目にした母が叫ぶ。


「メイっ!!!」


驚いた彼女の足は止まるが、後者の車は躊躇なく向かってくる。

迫る車のヘッドライトに再び視界を奪われたその瞬間、その時を迎えた。



「‥‥来た!」


「全部でいくつだ!」


「‥‥121‥‥間違いない!」


「よし!このまま一気に誘導するぞ!」


「わかった!」


カイが待つ大門まで魂たちを誘導していく。

その魂に付くリクが、すぐにその声に気付く。


「‥‥シンっ!」


「‥‥!?」


我々『天使』と呼ばれる者たちは神によって想像された伝達者である。

この世に生を受けた者には必ず死期が与えられ、その人生を全うする義務がある。

特に人間には生まれた瞬間からそれぞれに寿命が与えられ、個人の意思とは関係なくその死期が定められる。

全ては神の言葉によるものであり、この世界における守るべき秩序は我々の存在理由でもあるのだ。


そんな我々も元々は人間だった。

死後、この天界に召された魂の中で選ばれた者が自ら選択することで存在することが許される使者は神によって想像された唯一の者なのだ。

しかし、そのほとんどは『天使』として存在し続けるという選択はしない。

何故ならそれは、あまりにも多くのものを失うことになるからだ。


この世からあの世に還る魂は肉体が生物学的な死を迎えた後に、再び新しい肉体を持って再生する意として『転生』、つまり『生まれ変わる』事が前提とされている。

しかし、与えられた人生を全うする事ができず、突然その命を奪われた者は神からの寵愛を受けることが許されるのだ。

果たしてそれが寵愛と言えるのか、転生を望まないことは罪なのか、解釈はそれぞれだが‥‥

少なくともこうしてここに存在している『天使』たちにとっては寵愛と言えるだろう。

だからこそ、使者として存在し続ける選択をしたのだ。

人間として生きた現世の記憶、

喜怒哀楽の感情、

転生するための肉体、

その全てを失うことになっても‥‥


 

 俺には現世の記憶というものがない

 どんな人間だったのか

 どんな人生を生きていたのか

 どんな最期を迎えたのか

 ただひとつだけ確かなことがある

 こうしてここに存在しているということは

 与えられた人生を全うできなかったのだろう

 神の寵愛を受けた選択者なのだ


 そんな俺にその選択を後悔する日が来るとは‥‥

 もし今、あの瞬間に戻ることが出来たら

 俺は違う選択をするだろうか‥‥

 その答えは、まだ俺にはない

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ