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『ショッピングモール』

「いやあまさかこんなことになるとは」

 尾崎が神妙な顔つきで言った。彼の手にはクリームたっぷりストロベリークレープ、それもアイス乗せが握られている。彼は今、物部とアルヴィンと、ショッピングモールに来ていた。


 時は遡ること丸一日、小雪と尾崎がススキ機関に連れて行かれた後のことである。


 小雪とは違う部屋に案内された尾崎は、自分は罰せられるのだと思っていた。しかし彼を待っていたのは断罪ではなかったのだ。

「書類」

「書類ですね」

 山のように積まれた紙束が机に置かれる。固まった表情で物部を見上げると彼は、ああ失念していたとばかりにペンも寄越した。

「妖怪の方が正式に市井で暮らすのに必要な各種書類です。誓約書などもあるのできちんと目を通してくださいね」


 ちょっと思っていたのと違う。

 ぎこちないままに名前を書き始めた尾崎は恐る恐る尋ねた。

「あのー……おれ殺されるのかと……」

「別に我々も殺戮がメインの活動ではないので……」

 物部が眉をひそめて答える。

「そもそもススキ機関は“管理する”存在です。新たな怪異の発生や危険思想のある魔術師の侵入に対処はしますが、おおかたの職員は事務職ですよ」

「な、なんだあ……」


 つまりの話、尾崎は放浪期間が長く、ススキ機関がきちんと整備された頃には書類が無かった為に、一応の記述として例の事件が記録されていたらしい。それにしたって、もう少し言い方を考えてくれないと勘違いするだろうと尾崎は口を尖らせた。


「明治時代の事件を掘り返していられるほど暇な仕事ではないですからね。当時の価値観や状況の問題もありますし、我々にも非はあるのでしょう」

 物部は欠伸をしながら言った。神社の件で二人とも実質徹夜したようなものだ。尾崎も何だか眠くなってきてしまう。


「そうだ……あの、先輩たちは、誘拐された人達はどうなったんすか?」

 ひと安心ついでに確認する。記憶処理を施した上での治療中であることを、うつらうつらしながら物部が答える。そうすると、ほっとした尾崎もペンを握る手が少しずつ緩んでくる。

 この事件は解決済の誘拐事件として偽装情報を流布すること、小雪と尾崎にもそういった体で振る舞ってもらうこと、物部が淡々と伝えていく。その語り口が尚の事二人の眠気を誘う。


 暫くして遊馬がコーヒーを二つ持って部屋に入ってきた。しかし彼女はきょとんとして、それから吹き出すのを堪えつつ、ゆっくり扉を閉めた。

「コーヒー、遅かったか〜」


 二人はぐっすりと眠ってしまっていた。


───────────────────────


 そんなこんなでその日の昼には家に帰ることが出来た小雪と尾崎が、次に向かわなければならなかったのはアルヴィンの店だった。

 実は、神社の中で巨大な手にぶつけた妖精のランタンの火が、あれ以降消えたままになってしまっていたのだ。物部や遊馬に訊いてはみたが彼等もよく分からないようで、これは自分たちでどうにか直せるものでもないと腹を括ったのだった。


 いつものカウンターに炎の消えたランタンを差し出し、正直に説明する。

「…………という訳なんだけど、思わずとはいえ投げちゃったのは私だから……本当にごめんなさい」

「いや、でも、それはおれを庇ってのことなんで! 弁償ならおれがするっす!」

 二人とも頭を下げる。だが、アルヴィンはダイジョウブ!と笑顔でランタンを小突いた。

「壊れてる訳ジャナイから平気ダヨ。タブンだけど、そのオバケに馬鹿にされた気晴らしに、散歩でもしてるんじゃないカナ」

 すぐ戻ってくるヨ、と親指を立てる。


 そんなものだろうか……と思う小雪の隣で、尾崎はまだもじもじとしている。

「どう感謝したらいいか分かんないんすけど、おれが年上なのに何から何までお世話になってしまって」

 そもそもススキ機関での尾崎の手続きがこれほどスムーズに進んだのも、アルヴィンが身元を保証したかららしい。

「というかそんなに有名な人だとは思ってなかったっす…………」

「イヤイヤ、ホントに有名なのはボクのおばあちゃんダヨ〜。ボクは普通の魔法使いで薬屋さんヨ」

「んー、魔法使いは普通なのかなぁ」


 アルヴィンの祖母は高名な魔法使いで、その孫で一番弟子である彼もまた、界隈への影響力をかなり持っているのだと、ススキからの帰り際に物部から聞いた。

 幼いうちから苦労も多いようで、と意味ありげに言われたことを思い出すとアルヴィンには本当に頭が上がらない。


「なんかお礼とか出来ないっすか? 多少の無茶振りくらいなら何とかします」

 尾崎がそうアルヴィンに尋ねた。小雪も隣で頷く。腕を組んで考える素振りを見せたアルヴィンは、ポーズの割に結構早く返事をした。


「じゃあ、買い物に付き合ってヨ!」


───────────────────────


 という訳で冒頭に戻る。

「イヤー助かったヨ、こういうとこで子供ひとりで買い物してると変な目で見られるカラ」

 バナナパフェを満喫するアルヴィンの横には衣服や雑貨の袋が少しばかり積まれている。


 クレープをすっかり食べ終えた尾崎は横目で物部を見上げた。

「雛菊さんと来れると思ったのになぁ」

「タイミングが悪かったヨ。お引越しするトモダチと約束があるんじゃソッチが優先ダヨネ」

「まるで雛菊さんの代わりが俺みたいに言ってますけど、彼女が来てても俺はいますからね。監督役なんで」


 無罪放免となった尾崎も流石に暫くは動向を監視されるらしく、人の集まる場所で買い物ともなればススキの人間が付いてくるのも致し方ない。だが、小雪とも大して変わらないとはいえ、本当に昨日今日知り合って数回言葉を交わしただけのような面子で集まらねばならないのは何の罰ゲームだろうか。小雪さえ居てくれれば、間を取り持ってくれただろうに。


 まだ口の中に残る甘味の欠片をタピオカメロンソーダで流し込む尾崎から少し離れたところに、ファストフードのポテトをつまむ小雪とその友達、奈々子がいた。

 奈々子の引っ越し前に二人で遊ぼうと約束をしていたのだ。

「あれ二組の尾崎じゃない? 一緒にいるの誰だろ、兄弟?」

「そ、そうかもね」

 それにしちゃ似てないねーとポテトを頬張りながら言う奈々子。気まずい小雪は、どうか気付かれませんようにと心の中で念じる。

「てか尾崎分かる? 陸上部の」

「最近よく話すよ」

「おっ、いつの間に〜! こりゃあたしが引っ越しても心配ないかな」


 ふざけてみせる奈々子だったが、その顔には寂しさが滲んでいた。


「明後日には出発なんだよね」

「うん」


 少し黙りこくってお茶を飲む。どう続けたらいいのか、二人とも知らない。


「……全然関係ない話なんだけどさ」

 沈黙を破って奈々子が切り出す。奈々子はいつも、話に詰まるとさっさと別の話題に切り替える癖がある。それが彼女のさっぱりとした印象にも繋がっていて、小雪は好きだった。

「うちの学校って結構校舎は新しいじゃん」

「本当に関係ないね。まあ数年前に建て替えたらしいし」

「学校にありがちな七不思議って、そのとき全部無くなっちゃったらしいんだけどさ」

 それ自体は然程おかしな話ではない。七不思議はその性質上、場所にこだわるものが多いからだ。それが一新されてしまえば噂のしようもない。

「最近、また新しい七不思議が出てきたらしいんだよね」

「…………へえ」


 ほんのちょっぴり興味が出てきてしまう。何度も怖い目に遭ってきた筈なのに、もう二度と勘弁だといつも思っているのに、“そういう話”に惹かれていく自分がいる。

 そんな小雪の心中に気づくことのない奈々子は更に詳しく話を聞かせてくれた。


 今ある噂はまだ一つだけ。

 『幽霊を喚び出す放送』。夕方の、もう教師が鍵をかけて回る頃、一人二人でまだ校舎に残っていると校内放送が聞こえてくることがある。幽霊の特徴を伝えるだけの声がする。するとその通りの幽霊が、帰らない生徒の前に現れるというのだ。

 まだ夏休みなのでそんな時間までいるのは吹奏楽部の生徒くらいだが、既にかなりの体験談が出回っているらしい。


「それって遭うとどうなるの?」

「うーん、怪我したって話は聞かないし、いるだけなのかも。まあ七不思議ってそんなもんだしさ」

 噂から発生する怪異もあることを小雪は痛いほど知っているので一応今度ススキに行ったとき伝えてみるか、と心の手帳にメモをする。


「さてさて、お茶も飲み切ったし、そろそろショッピングと洒落込みますかぁ!」

「いえーい」

 尾崎たちの座っている方に顔を向けないようにしつつ、小雪は奈々子と席を立った。


───────────────────────


 それから楽しい時間はどんどん過ぎて、小雪と奈々子は帰りのバスを待っていた。温まったベンチに座って、何も言わずに遠くを見ていた。

「…………奈々子」

「なに?」

 思わず呟いた名前だったけれど、たまには電話しようね、とか冬休みにも遊びに行こうね、とかそんな話をするつもりでいた。悲しい別れだから明るい話題にしたかった。でも、どうしてだろう。

「奈々子は何で自分で決められるの?」


 どうしてこんなことを言っているんだろう。

「何でそんなに自分の選択を信じられるの? 私には出来なかった。私怖いの。いつも奈々子が手を引っ張ってくれたのに、これからは私ひとりで進まなきゃいけないのが怖い。でも、そんな風に思う自分自身が許せない。許せないままでいるのも怖い」

 ぽかんとして聞いていた奈々子だったが、すぐに微笑んで小雪の手を取った。外の気温で暖められた柔らかい手が、指を絡めて包み込んでくる。


「ふふ、悩み事あるでしょ」

 優しく訊かれて、小さく頷いた。

「……あのね、あたしがそう出来たのは小雪がいてくれたからなんだよ」

「私が?」

「小雪が絶対一緒にいてくれると思ってたから、失敗も怖くなかったんだ。だから今のあたしも、小雪と離れるのはすごく怖い」


 言葉を丁寧に探すように視線を動かしている。小雪も息を呑んで奈々子を見ていた。

「あたし達、一緒に成長出来るよ。お互い急がずゆっくり変わろう。今までは二人で一つだったけど、次に会うときは二人で二倍になれるように」


 二人の前にバスが到着する。

 連れ立って乗り込んで、それから駅でこの夏最後のさよならをした。

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