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『異界神社』【破】

 月も出たての時刻の神社。サンダルがアスファルトを擦る。鳥居の前まで来た少年達四人は、一度立ち止まった。


「よっし、ここだな」

「俺虫除けスプレー忘れちゃったよ」

「こんなに暑かったら蚊もいねぇって」


 周囲は住宅地で家族団欒の時間帯の為に、彼らは声を少し潜めている。外灯に照らされている入口とは対照的に、その奥は社も見えない程の闇に包まれていた。


「幸太郎本当に来なかったな。ムキになって来るかと思ったんだけどなぁ」

 陸上部の副部長がそう呟くと、背の高い少年が応えた。

「アイツ昔っから神社とか心霊スポットとか嫌がるんですよ」


「マジ? 霊感ある系?」

「別に怖い話なんかはノリ良いんですけどね」


 三人目の少年が懐中電灯をカチカチ鳴らして明滅させる。

「早く行こうぜ、あんまり遅くなるとお袋にどやされるし」

「参拝して写真撮って、明日幸太郎に土産話っすね」


 鳥居を潜ると空気は一変する。

 夏の生温い重たい風が、嫌に冷えてぬるついたように感じられる。秋になれば落葉で埋め尽くされる地面は未だ剥き出しになっていて、セミの抜け出した穴が残っている。

 一人の少年がふと振り返る。そしてきょとんとした顔で声を上げた。


「あれ? 前田って来てなかったっけ」

「来てましたよ」

「いない」


 尾崎の友人と副部長が後ろを見る。彼らの前に名前を挙げられた人物はおらず、勿論声を上げた少年の後に誰かいる訳でもない。

「趣味悪いぜ前田〜、おどかすにしてももうちょっとさぁ……」

 副部長が引き返して物陰を覗き込む。しかし、隠れられそうな場所を粗方確かめても、彼はいなかった。


「…………アイツもチキって帰った?」

「かもしんないっすね」


 肩を竦めて顔を見合わせる。木のざわめく音が大きくなっていく。

「さっさと参拝しちゃおうぜ」

 副部長が急かして社に近付く。ボロボロとまではいかないが、随分と古びた小さな社には簡素な鈴と賽銭箱が備え付けられていた。


 五円玉を投げ入れる。

 ニ礼ニ拍手一礼。


 何故か鳥肌が立ってきて、身震いをしてしまう。

「あとは写真だな、あそこの木のとこで撮るか」

 足早に社を離れて一際大きな木の下へ行く。カメラを持ってきているのは三人目の少年だ。

「翔太〜早く早く」

 副部長が彼のほうを見る。


 そこには何もいなかった。


「は?」

「流石にヤバくないですか」


 口元が引き攣る。風は全く感じないのに木の葉のざわめきが煩くて仕方ない。

 木材と木材が軋んだ音を聞いて、社の扉が開いたことを本能で理解する。そちらへ視線を向けた瞬間に、視界は手の平に包まれた。


───────────────────────


 朝から何だか学校が騒がしいと思った。

 まだ夏休みだというのに、皆どこか慌ただしい。教師が不安げに話しているところを何回も見かけた。

(暑いのに大変そうだな……)

 小雪はそんなことをぼんやりと考えていたが、尾崎の走り寄ってくる姿で我に返った。


「ひ、雛菊さん」

「尾崎くんどうしたの、部活は?」

「それが、先輩達、昨日から家に帰ってないらしくて」

 教師らが対応に追われて監督出来ない為に中止になったのだという。


「帰ってないって……肝試しに行った人達なんだよね?」

「そうっす、四人全員行方不明になっちゃって……」


 神社には懐中電灯が落ちていたので単なる家出には思えないと、警察にも連絡したそうだ。


「……こうなっちゃあ、肝試しは無しっすね」

 彼の声は震えていた。しかし、その目には覚悟があった。

「でもおれは神社に行こうと思ってるっす。絶対あそこに何かある」


 おれもいなくなったら、そういうことだと思ってください、と尾崎は言う。暗に伝わってきたのは、ここで小雪は退け、ということだった。


 小雪は迷う。単なる、と言っては語弊があるが、人間による事件かもしれない。事件ですらない可能性だって無い訳じゃない。

 最初は肝試しについていくだけの話だったのだから、小雪にはこれ以上関わる義理もない。


 でも、怪異の仕業だったらどうしよう?


 世の一般の人間には忘れられてしまった領域。そんな中に迷い込んでいたら、誰も気付いてあげられないのではないだろうか。

 尾崎はああ言っているが、昨日の彼を見ていると一人で行かせるのは心配になる。

 それに、ついでに言うと。




 ここで退くのは格好悪くない?




「ううん、一緒に行こう。私達に出来ることを探しに」

「そんな、悪いっす。巻き込んじゃうかもしれないし……」

「もう無関係じゃいられないよ。私も変わらなくちゃいけないの」

 そういって小雪が手を差し出す。

 尾崎は唾を飲み込んでから、力強くその手を取った。


───────────────────────


 件の神社は周囲に立ち入り禁止のテープが張られ、道端には警察車両が幾つか止まっていた。


 そこへ新たにバイクが一台乗り付けられる。下りた男は、封鎖する警察官に何か紙を見せ、そのまま通された。


「ススキ機関群馬支部から派遣されました、物部 綴と申します。まあ、細かいことはお気になさらず」


 黒スーツを着込んでいるにも関わらず汗一つ見せない青年を、捜査官達が遠巻きに見ている。


「高校生が行方不明ったって、どうせ学校サボって遊んでるだけでしょう? こんな大掛かりな捜査必要ですかね。それも、どうしてあんなのが出しゃばってくるんです」

 不満げに一人の刑事が言う。


 その上司だろうか、老年の刑事が答えた。

「あの若いのが何なのかは俺も知らないけどよ、ここいらの防犯カメラ、映ってないんだとよ」

「映ってない?」


「怪しい人物どころか、少年達が神社から出てくる姿すら記録されてなかったんだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、若い刑事がびくりと振り返る。今、誰かに、見られていたような気がして。しかしそこにあるのは、先程じっくり調べて何も無かった、古びた社だけである。


「…………ああ、やだやだ。こういうのは警察の仕事じゃないって……」

 彼らは弱々しく呟いた。


 その一方で、物部は鑑識と二言三言交わし考えている素振りを見せていたが、急に歩き出して社へ近付いた。

 思わず後退る刑事達を尻目に、臆することなくそのまま社へ立ち入る。


「おい、そこさっき調べたぞ……」

 老刑事が言いながら扉を開けると、悲鳴を上げて尻餅をついた。慌てて部下が起こそうとし、彼はその手をわたわたと取って大声で叫ぶ。


「い、いない、あの若造、居なくなっちまったよ!!!」


───────────────────────


 物部が入った先は、社の中にしては広過ぎる和室だった。古き良きスタイルの民家を思わせる間取り。彼の背後にある障子は開きそうにない。


 それほど荒れてはいないものの、薄暗く、生臭い。


 畳は薄汚れていて、何かを引き摺った跡もある。その痕跡が血の掠れであることを確認すると、物部は袖の内から(・・・・・)刀を取り出した。


忠義(ただよし)

 明らかに袖に納まる大きさではない黒漆の打刀を、腰のベルトに差し直す。その刀が軽快に喋りだした。


「仕事だな? 綴」

「ええ。今回は長引きそうですね」

「つまらねぇ死に方すんじゃねぇぞ、こんな臭え場所に放置されるのは御免だぜ」


 物部は更に小瓶を出し、錠剤を幾つか口へ雑に放り込む。そのまま噛み砕くと、興味無さげに返事した。

「安心してくださいよ、俺が死ぬなら貴方は折れた後ですから」


 そう言うや否や、刀を抜き素早く構える。

 向かいの襖が勢い良く開き、巨大な腕が掴みかかってきた。

 物部はそれを難無く避け、切り落としてみせる。


「大人は要らないの。子どもが食べたいわ。でもススキは殺す。勿体無いから食べてあげるわ」

 襖の奥から声が響いた。

「大きな子どもはお造りにして、小さな子どもは踊り食い。お前は料理の付け合わせね」


 無数の腕が伸びてくる。


───────────────────────


「ごめんくださーい」

 アルヴィンの薬屋へ入ると、いつもとは違い客が少しもいなかった。


「いらっしゃいマセ〜」

 カウンターで肘をつく少年店主も、どこか退屈そうだ。並べられた薬草の瓶を指先でいじって遊んでいる。

「イヤア、お客サン来なくてホント商売上がったりダヨ」


「何かあったの?」

 小雪はカウンター席に腰掛け、尾崎にも座るよう促した。


「ウーン、どうもススキ機関が派手に動いテルらしいヨ」

 それで巻き込まれないように身を潜めている者達が多いのだとアルヴィンは言う。


「人に危害を加えた怪異が出たってこと?」

「そうみたいダネ」

「そ、それって行方不明の……」

 尾崎が食い気味に割り込む。アルヴィンは合点のいった表情で二人の顔を見た。


「…………ははん、彼は関係者という訳ダネ。ナルホド、キョウミブカイ」

 したり顔で一人頷くアルヴィンの後ろで、探偵モノの小説が棚に収まっている。


「……ええと、実は今夜、事件が起こった神社に行くつもりなの。それで何か役に立ちそうな物は無いかと思って来たんだけれど」

「ほほう」

「おれ、待ってるだけじゃいられないんです。大事な友達のことだから自分でも何かしたくて」


 尾崎は真っ直ぐアルヴィンを見つめる。

 アルヴィンはニンマリ笑ってそれから言った。


「覚悟はあるみたいダネ! イイヨ、特別な商品を出してアゲヨウ。タダシ、扱い方にはご注意を!」


 あちらとこちらの境をぼかす品。うつつを抜かせば持ち主だろうと牙を剥く。

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