『あなたは監視されている』
「対象の沈黙を確認。戦闘終了を報告します」
踏切の真ん中で黒い影が消え去った。
息を切らせてクナイを下げた古賀が、ススキ機関に報告を上げる。その後ろから二々木がゆっくりと姿を現した。
「古賀、今日のパトロールは終いだ。帰投する」
「……はい!」
くるり、と踏切に背を向け、敬愛する先輩に駆け寄る古賀。それを流し目に見ていた二々木は、突然彼女の胸倉を掴み自身の方へ引き寄せた。
古賀が赤面する。
「……ひゃ!? ちょ、ちょっと」
「頭を下げろ!」
訳も分からずその通りに従う。すると、どこからともなく、とてつもない勢いで支柱鉄骨が飛んできた。
「………………!」
二々木が素早く踏み込むと、鉄骨は透明な壁に弾かれたように止められ、地面に落ちる。ゴゴン、と鈍い音を立てて転がった。二々木はそれを睨みつける。
「これは…………」
鉄骨の反対側は、不自然に切り取られたような妙な角度の断面になっている。それこそが敵のヒントであるが、考えている暇はない。
次々と送り込まれる瓦礫や資材を二々木は間隙なく撃ち落とす。
「古賀!」
「了解!」
二々木の呼び掛けに応えた古賀が地面にクナイを突き立てると、彼女の姿が煙に紛れて消える。ふっ、と止んだ攻撃に二々木は片眉を上げた。
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「クソ、どういうカラクリだってんの!」
二々木たちのいる踏切からすぐ近くにあるアパートの空き部屋に、タブレットを割れんばかりに掴むナナフシ議会の少年、若葉がいた。
「二々木とかいうのには全然当たんねーし! 弱そうなのは消えるし! 面白くねーーー!!」
道理が全く分からないが、二々木は何らかの防御術式を有しているらしい。若葉の攻撃は触れることすら適わない。
『訳の分からぬ圧倒的な力』はナナフシ議会の領域であると信じ続けてきた若葉は、立ちはだかる強者に歯噛みする。
(ぜってー倒して、切島に自慢してやるんだからな…………!)
監視カメラを経由して目の前の男を睨みつける。コンピュータを起動し、より多角的に彼の姿を映し出した。
(まずはこいつの能力を暴いてやる……!)
誰が告げるでもなく、幾度となく繰り返された殺し合いが再び始まった。ただ、無謀な挑戦であるというのに。
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「どう思う、古賀」
『はい、この能力……報告にあったものと同じかと』
小型の通信機で、離れた相棒とやり取りをする。
突然に物や人を出現させる怪奇────雛菊小雪の誘拐を目的としたススキ機関襲撃事件の際に確認された機械怪奇である。
「あまりにも正確過ぎる。そう離れたところには居ない筈だ。探せ」
了解、と短く返事があって通信が切れる。
軽く息をついた二々木の足元から、僅かに電流が走った。
「さて」
黒いスーツのポケットに手を入れ、二々木は小さく呟く。
彼には絶対の自信がある。必ず、全ての攻撃は自分に届かないという自信が。
「その正体、暴かせてもらうぞ。ナナフシ議会」
自身の術式の仕組みが見破られてしまうのが先か、相手の居場所を看破するのが先か。
どちらにせよ、二々木には勝利のビジョンしか見えていない。
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若葉翠は大企業の一人息子に生まれた。眉目秀麗、頭脳明晰。金で叶う我儘は何でも聞いてもらえたが、自由という言葉には程遠い生活。日常は習い事に占拠され、付き合う友だちは親が選んだ。
小学生のとき、塾のテストで連続で一位を取って自分の部屋の中だけは干渉されないことを許してもらい、彼がのびのびと過ごせるのはそこだけだった。
しかし、それだけ自分は期待されているのだ、信用されているのだ、という希望が彼の支えだった。
実際、若葉は天才だった。特に電子機器の扱いに長けていて、六歳の誕生日に買ってもらったコンピュータで自宅の監視カメラをハッキングするのが彼のささやかな悪戯で趣味だった。家族や使用人の秘密を知るのが面白かった。
それである日、彼はいつものように監視カメラを覗いていると、独立したネットワークがあることに気がついた。好奇心は止められず、アタックを仕掛ける。
それは、若葉自身の部屋に仕掛けられた監視カメラのシステムだった。わざわざ隔離されている以上、自分がしていることも知られていたのだと理解してしまった。
結局、彼は親にさえ信用されていなかった。
彼に『機械怪奇』が宿ったのはそのときだった。
監視カメラを通して、その映像を加工することで現実改変を起こせる異能。
けれど。
彼が本当に欲しかった現実はどうやったって手に入らない。どんなに見た目を改変したって、中身はなんにも変えられない。
幼い天才が直面した初めての壁は、あまりに無慈悲だった。
「ボクに、出来ないことなんかない!!」
若葉は凄まじい勢いでキーボードを叩く。画像を切り抜く。貼り付ける。動かす。書き換える。
「お前みたいな澄ました面が一番むかつくんだよ!! 偉そうに踏ん反り返ってさあ!!!」
鉄柱。車。刃物に弾丸。ありったけの素材を撃ち込む。しかし、届かない。
「なんで、なんで、なんでだよ!!! ズルしてんじゃねえよ!!!!」
叫びながらコンクリートブロックを投げつける。
初めて、二々木に変化があった。
「…………あ?」
先程までは届きさえしなかった攻撃が、二々木の肩を掠める。二々木が僅かに身動ぎをした。
その光景に、若葉の頭脳が瞬時に答えを出す。
「……………………磁力だ」
片手間に巻き戻した映像を引き伸ばす。二々木の足元に僅かながら稲妻が見えた。
「そして電気…………そうか、へへ、分かっちゃったなあ! ボクってば、ちゃんとお勉強してるからね」
ススキ機関に所属するような術者と、ナナフシ議会の『機械怪奇』たちには大きな違いがある。それは主義主張という類のものではなく、シンプルに『ルール』の点である。
理外の怪物たる『機械怪奇』とは違い、術者たちはあくまでも物理法則と形式に囚われている。物部綴の死霊術でさえ、手順を超高速化しているだけで契約はしっかりと為されているのだ。
さらに付け加えるならば、彼らはゼロから一は作れない。必ず、元になるものが必要なのである。そして、『魔力や呪力で物を作る』といったことは基本的に不可能である。それはあくまで一種のエネルギーであり、霞から氷塊を生み出そうというのと同じことであるからだ。
つまるところ。
二々木の電気も磁力も、どこかから引っ張ってきていることになる。
若葉は自分の唇をなぞる。
「あいつの術式、『反射』だ。多分、倍々ゲームなんだ!」
人間の体は電気信号で動く。
体内で常に僅かに生まれる微弱な電流を、そのまま反射させ続ける。二倍、四倍、十六倍、と増やしていけば、増大した電流と共に磁力が発生する。
若葉の攻撃は全て直前で磁化され、磁場を反転することで反発される。
芒八家が頭、二々木一族に伝わる秘術『呪い返し』。その仕組みを科学的に転用した、彼だけの術式。
これが二々木伊近の力の正体である。
「だったら簡単だぜ、落とし穴を掘ってやる!」
落下の衝撃は反射しても意味がない。むしろ反射することで穴自体の崩落を招きかねないからだ。これで勝てる、と若葉は口元を歪めた。
事実、若葉の勝ちは確定的だった。
「そこまでです!」
古賀葉月さえ居なければ。
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