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『ススキ機関』

 晴ればかりが夏ではない。

 ざあざあと波打つように叩きつける雨の中、よくある事務所で数人の男達が話し込んでいた。


 ここは日本だというのに男たちは皆そろって西洋風の顔立ちをしていて、内装も事務所の外観とは似合わないようなゴシック仕様に仕立てられている。


「……この国の夏は不愉快で仕方ない、早く故郷へ帰りたいものだ」


 誰ともなくそう呟くと、周りが次々に賛同する。


「だが、本国と言えど暮らし易い訳でもないがな。全く魔法使い共め、我々を侮蔑しおって。魔術師も魔法使いもどうせ同じではないか」

「だからこの極東の地で結託しようというのだ。流石にここまで追って来はしまい」


「ところで、この建物の守りは十全か?」

「秘匿のまじないをかけてある。ここいらの術師程度なら気づきもしないだろう」


 その時、机に置かれていたトカゲの使い魔がぱっくり口を開けて喋り出した。玄関に待機させてある弟子からの連絡であった。


『て、敵に建物内へ入られました!!』

「何…………!?」

『全身黒ずくめのイカれた野郎です……ッ! が、あ"っ』


 悲鳴のような雑音が流れて、それきり使い魔は黙りこんでしまう。


「愚図め、やられたか」

「どこの手先だ? どうして場所が割れている」

「内通者がいるのではないか」


 口々に騒ぎ立て始めた男たちだったが、声量が上がりきる前に声は止んだ。

 部屋の扉を丁寧にノックする音が聞こえたからだ。それからゆっくりとドアノブが回り、キイッと蝶番が軋む。


こんにちは(hello)皆様方(everyone)、ところで先ずは内通者の前に自分の無能さを疑うべきではありませんか?」


 この季節に、上下黒スーツ。ネクタイはおろかシャツや手袋まで黒で統一された、異質な青年。

 彼の握る刀に付着する赤色だけが、警告じみた色彩を持っている。


まあ(well)、隠蔽は完璧でしたよ。来たのが俺じゃなかったらあと三時間は生きていられたと思うんですけど」


 彼が流暢な英語を喋りきる頃には、人間の形をしているものは残っていなかった。


 青年は刀の背に指を沿わせて払うような仕草をする。刃に絡み付いていた血は何故かするする落ちて、びちゃりと床に水溜まりを作った。


「我々“ススキ”を差し置いて、日本で好き勝手しよう等とは笑止千万。さて、帰りましょうか、皆さん(・・・)


 雨は随分と小降りになっていて、青年は傘をとって外に出る。

 その後ろを透明な人影が、何人も、何人も、ついて歩いていた。


───────────────────────


 小雪の学校のすぐ横には川がある。といっても両脇をコンクリートで固められた、生き物の気配もないようなものだったが。

 そんな現代日本にはありがちな光景の中、しゃがみこむ人影を小雪は見た。子供かと思ったが、どうやら違う。古びた柿渋の甚平を着た老人だ。


(まあ、人間では無さそうだよね…………)


 ここ暫くで随分と異形人外に慣れてしまった小雪は、少し横目で見たきり、見つからぬ内に立ち去ろうとした。


「おい、おい、そこの嬢ちゃん」


 人生そう上手く物事は進まない。

 見つかってしまった。


「儂が見えてるじゃろ、すまないが上にあがる手伝いをしてくれはせんか」

「え、ああ、いいですけど」


 騙されているかもしれないとか、頭から喰われるかもしれないとか、そんなことは一切考えずに手を貸す。

 コンクリートの石垣にはかすがいを刺したような梯子があったが、どうやら老人はそれがうまく上がれないようだった。


「行きますよー、よっこいしょ」


 非力な小雪の腕でも老人は難なく引き上げられ、しわがれた声で礼を言う。

「ありがとうなぁ、いつもは通りがかった知り合いに頼んでるんだが、今日に限って誰も来なくてなぁ」


「いつも? いつも来てるんですか」

「儂は小豆洗いじゃ、毎日小豆を洗いにこの川を使っておる」


 小豆洗い。小雪でも知っている妖怪が、こんな身近なところにいようとは。


「…………大変そうですね」

「儂は人を食うか小豆を洗うかしかやることがない妖怪じゃからなぁ……」

「ひ、人を食べるんですか」


 思わず一歩引く。


「カカカ、今は食わんよ。もっと旨いものはあるし、何よりススキの奴等が煩いしのう」


 妖怪の世界では植物も口を利くのだろうかなんて小雪が考えていると、小豆洗いは重ねて礼を言いながら立ち去って行った。

「本当にありがとうなぁ、助かったよ嬢ちゃん」


 人助けならぬ妖怪助け、悪くはないと小雪は思った。いつの間にか後ろに立っていたアンケートさんにも微笑みかける。

「ちょっと良いことしたかもね」


───────────────────────


 小雪はその足でアルヴィンの店にも寄っていく。部活の帰りに彼や店の客と少し話をしていくのが日課にもなっていた。


「やっぱり人間って美味しいんですかね」

「どうしたの小雪ちゃん、誰かにかじられでもしたの?」

 店の常連でもある化け猫の姐さんに訊いてみた。


「いやあ、さっき小豆洗いの人に会って、その時に昔は人を食ったみたいな話をして」

「あら、権蔵のじい様かしら。そうねぇ、あたしは人間を食べたことないから分からないけど、今の人間は美味しくないらしいわね」


 化け猫は近くにいた大蛇に話を振る。

「あんた人間食ってたわよね、どうなの? そこのところ」


「人間は簡単に捕まえられる割に栄養が多いから昔は人気だったな。皮膚も柔らけぇし」

 大蛇はチロチロ舌を出しながら答えた。

「俺が最後に食ったのはもう大戦の頃だが、今の人間は食えたもんじゃねぇな。昔より肥えてはいるんだろうがシャンプーだかボディソープだかの匂いはキツいし、肌に化粧やら日焼け止めやらベタベタ塗るだろ」

「せ、世知辛い…………」


 どうやら日焼け止めは紫外線以外からも我々を守ってくれるようだ。


「それに人間食うとススキがなー、面倒臭いからな」

「やっぱりそれよねぇ、下手なことして睨まれないようにしないと」


(またススキって………………)


「小雪ちゃんも店主さんも気をつけてね? あんまりこちら側に関わってると、怖い人達に見つかっちゃうわよ」


 化け猫も大蛇もそのまま店を出ていった。レジ前のカウンターに残された小雪は、振り返ってアルヴィンに話しかけた。


「だってさ」

「そうダネー、ボクも扱う物を考えナイと目を……目を…………」

「目をつけられる」

「そうソレ」


 器用に瓶にラベルを貼り付けていくアルヴィンを眺めて、少し間を置いて小雪は尋ねた。


「皆の言うススキって何なの?」

「人間の創った政府機関ダヨ。ボクもよくは知らナイけどネ」

「どうして皆怖がるの?」

「ススキの人達は人間の為に怪異を壊すからダヨ。大人しくしてレバ放っておいてくれるみたいダケド」


「お巡りさんみたいな人達なんだね」

「どっちかというと殺し屋寄りダヨ」


 窓を覆うチラシの隙間から外を見る。


「雲が黒い…………最近雨がよく降るね」

 アルヴィンが小さく頷き、携帯電話は同意するかのように震えた。



───────────────────────



………………あの子、『アンケートさん』と上手くいってるかな?


私の創った七つの怪談。


今はまだ六人だけど…………最後は誰が語り手になってくれるのかな。


異国の薬師?

ススキのあの子?

もっと面白い子かも知れないね。


でも早くしてくれないと。


アレが始まってしまうから。



───────────────────────


 明くる朝。駅から学校への道の途中。


「もし、もし、そこの御方」

「はい?」


 呼ばれたような気がして、小雪は周りを見回した。しかしどうにも声の主は見当たらない。


「もう少し下でございます、エノコロの根本にございます」

(そんなのいっぱいあるんだけど……)


 見える範囲を丁寧に確認していくと、ようやくそれらしい姿を見つけることが出来た。

 いわゆるハエトリグモの、それにしては大きいような不思議な蜘蛛だ。


「分かりましたか、見えますか」

「ええと、あなたでいいのかな」

「そうですそうです」


 小さな脚を振ってアピールしてくる。


「お時間ありますか、手を貸して頂けませんか」

「時間…………」


 携帯を取り出して時間を見る。そろそろ急がねば部活が始まってしまいそうだった。

「内容にもよるけど……ちょっと厳しいかも」


「ああっ、そう言わずに……! 少し案内して頂くだけで構わないのです、人間の脚であれば直ぐなのです」

「まあ……そう言うなら……」


 話を聞いてみれば確かに近く、学校の方向でもあった。蜘蛛を手に乗せるのは多少抵抗があったので、肩掛けの学生鞄にひっついてもらう。


 そこで小雪は少し振り返り、アンケートさんが出てきていることに触れた。

「どうしたの? アンケートさん」


 彼は普段あまり姿を見せない。あるとすれば小雪が不安に思っていたり、危険かどうかも分からない未知に遭遇した時だ。

 人語を解すとはいえ蜘蛛如きで現れるとは考えにくかった。


 アンケートさんは何も答えない。小雪は首を傾げ、先を急ぐことにした。




 それを見ている男がいた。

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