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『テラシギラタ』

 秋の風が耳をくすぐる頃になって小雪は通学路を切り替えた。夏の間は大事を取って電車で通学していたが、暑さも残らなくなってきたので自転車で登下校するのだ。


 すっきりとした青空の下、赤とんぼが横を掠める。色が変わり始めた田んぼは、きっともうすぐ収穫の時季だろう。


 これ以上なく過ごしやすく良い日だが、小雪の胸中はどうにも晴れなかった。自分の知らないところで、状況がどんどん悪くなっているような不安な予感が収まらず、そんな思いを口に出せるような相手も思いつかず、精神が追い詰められ始めているのは明白だった。


(物部さんも切島さんも、怪我は良くなったのかな……)


 ススキ機関からもナナフシ議会からも、ここ最近は接触がない。

 アルヴィンの薬屋で聞く話によると、ススキ機関は何やら大掛かりな作戦を進めているところらしく、遠方からも多く人員が集められているようだ。

 もしかすれば、ナナフシ議会はその対処に回っているのかもしれない。


(なんだか疎外感があるなあ……、巻き込まれないことに感謝すべきなのは分かるんだけど。ああ……今日もアルヴィンくんのお店に寄っていこうかな…………わっ!?!?)


 物思いに耽りながら自転車を漕いでいると、突然、タイヤが大きく跳ね上がった。サドルからお尻が浮いて、バランスを崩しそうになる。


 何とか両足をついて横転だけは避けると、思わず後ろを確認した。石か何かを踏んだにしてはやけに大きく跳ねたものだ。


 そんな小雪の視線の先には、アスファルトから半分だけ顔を出した、モグラのような生き物がいた。


──────────────────────


「あ、あの、ごめんなさい、ぼーっとしてて……」


 自転車で思いっきり轢いてしまったのだと思い、咄嗟に謝る小雪。しかし、モグラもどきがしたのはあまりにトンチンカンな返答だった。


「テラシギラタを知ってるかい」

「…………何?」

「テラシギラタを知ってるかい」


 小雪は、この訳の分からなさの感じ久々だな……と感慨を抱いた。むしろちょっと安心感さえあった。


「テラシギラタ、テラシギラタを知ってるかい」

「ううん、知らないよ」


 再三答えを催促するモグラもどきに、短く返した。実際知らないのだが、あえて余計なことを付け加える必要もあるまい。


「テラシギラタ、知らないのかい……」


 あからさまにションボリしたモグラもどきを少し気の毒に思いつつ、小雪も重ねて謝罪した。人通りのない田舎道で助かった。傍から見たら、必死になって地面を拝む不審な女だ。

「さっきは轢いちゃってごめんね、怪我はない?」

「鼻先が痛い」

「ごめん………………」

「テラシギラタあれば何でも治る」

「それは何? 私は聞いたこともないの」


 モグラもどきは、ヒゲをビクビクさせながら言った。

「テラシギラタは魔法の薬。怪我も病気もなんでも治ると聞いている」


 万能薬の類いであろうか。だとすれば、アルヴィンに訊けば何か分かるのかもしれない。小雪がそんなことを考えている間に、モグラもどきは鼻をスンスン鳴らしていたが、諦めのついたようにアスファルトを潜っていった。


(きっともう会うことはないと思うけど、探しもの見つかるといいね)


 小雪はそんな風に無自覚に、懇切丁寧にフラグを建てた。ここ暫くの平穏が、すっかり彼女の『勘』を鈍らせていたのである。


(さ、アルヴィンくんのところに遊びに行こっと)


──────────────────────


「テラシギラタを知ってるかい」

(先回りされてるーーーーーーーーーッッッ!!)


 アルヴィンの店の扉を開けた途端、すっかり聞き慣れた言葉が耳に飛び込んできた。先程のモグラもどきが、カウンターによじ登って少年店主に詰め寄っている。だが、万能薬と思しき薬が、流石にあるとは思えない────


「テラシギラタ、ここならあると聞いたんだ」

「ウン、あるヨ」

「あるの!?」


 思わず突っ込んでしまう小雪。自分でも信じられないくらいの声が出る。赤面して口を抑えたが、アルヴィンたちはこちらに気がついた。


「あ、コユキ、コンニチワ」

「こ、こんにちは!」


 手招きをされて、真っ赤な顔のままモグラもどきの隣に座る。

 それから、アルヴィンは店の奥から埃の積もった陶器の瓶を持ってきた。美しい花の意匠が施された、古そうな瓶である。


「これがテラシギラタだヨ。でも、キミはどうしてこれを探しているノ?」

「弟が酷い熱を出している、我らは皆と南から来て、川を越えた。我は何ともなかったが、弟は弱ってしまった」

「トーキョーから来たのカナ」

「トウキョウ、そう東京」


 早く欲しいと言わんばかりに短い手指を伸ばしているモグラもどきを見て、アルヴィンが困ったように眉をひそめる。


「これは熱には効かないヨ、材料はタダの土だシ……」

「テラシギラタ、何にでも効く」

「すごく昔はそう言って売り歩いてたみたいダケド、ホントは解毒剤としてしか使えナイ」


 それに、と加える。

「キミの弟は、多分ちゃんとしたお医者サンに診せないとダメダヨ、ニホンにいるかは分からないケド………。弱ってきたノモ、もともとのナワバリから離れ過ぎたせいだと思うし、キミも出来るなら帰ったほうがイイ」

「そんな…………」


 動揺するモグラもどきを気の毒に思いながらも、小雪は気になっていたことを確かめる。

「皆と、って言ってたよね、そんなに大勢で東京から移動しなきゃいけない理由があったの?」


 モグラもどきは目を泳がせている。まるで何かに怯えるように。震える口で、恐る恐る言葉にした。

「ススキが…………」

「ススキ機関が何かしたの!?」


 小雪の反応にアルヴィンの表情が強張った。モグラもどきは記憶を反芻しているかのように口元をモゴモゴと動かして、彼らの旅の理由を述べた。


「東京で、ススキたちが『怪異狩り』というのを始めて、今まで見逃されていた者も殺されるようになって、怖くなって皆逃げ出して、でも北の方には『キカイカイキ』がいて、我らを守ってくれる……」


 『キカイカイキ』がススキ機関から守ってくれると信じてやってきた。今さら戻るのは怖い、だが、離れたことで弟が命を危険に晒しているというのなら……と逡巡している様子である。


「…………熱冷ましを出すヨ。あとは、なるべく栄養のあるものを食べテ、新しい土地に馴染むまでの時間を稼げばイイ」


 モグラもどきはトボトボと帰っていった。小さな背中が、一層小さくなってしまったようで、小雪は何だか締め付けられるような気分になる。


「遊馬さんたち、そんなこと何も言ってなかったのに」

「多分だケド、やってるのはトーキョーとその少し周りだけなんだヨ。むしろグンマは前よりオバケや妖精がすごく増えてる。まるで追い込み漁をしてるミタイ」


 近頃感じていた、言いようのない不安感が、ここで急に膨れ上がったようだった。誰かの悪意が渦を巻いて明確な形を取ろうとしているような、そんな不快な予感。


「何が、起ころうとしてるんだろう……」


 秋の高い空に、小雪の漏らした怯えの言葉が吸い込まれていった。

そろそろ執筆三年目に入ろうとしています

遅筆かつ不定期な更新ではありますが、ストーリーの骨組みは既に最後まで出来ていますのできちんと終わらせることはお約束します。何卒これからも、応援の程よろしくお願いいたします。

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