『東京からの刺客』
ガタゴトと電車に揺られて、黒スーツの男女が向かい合わせの座席に座っている。外の景色には、市街地と田畑が交互に現れる。
高級そうな身なりの男はどこか尊大な態度で、肘をついて足を組みながら書類を見ている。大きな鞄を抱えた女がその様子をただ眺めている。
何か仕事の出張に来たような光景の二人ではあったが、それにしても異様な空気をまとっている。
暫くすると、終点を告げる放送が車内に響き、周りの乗客も荷物をまとめたり、眠っている連れを小突いたりし始める。
電車が止まると、男女はゆっくりと立ち上がり、黒く艷やかな革靴の踵を鳴らしながら、ホームの奥へと消えていった。
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男女が駅を出ると、一台の車が丁度停まった。窓が開き、中から黒スーツの男が顔を出す。
「ニ々木さんと古賀さんですよね、お迎えにあがりました。お荷物はトランクに積みましょう」
「ああ」
八剣と名乗った迎えの男は、ルームミラー越しに二人を観察する。彼らはススキ本部から派遣された増援。物部の入院により、対ナナフシ議会戦力が足りなくなったと群馬支部の支部長が判断した為に要請された。
(だからって、こんな有名ドコロを引っ張ってくるかな〜普通…………)
ニ々木 伊近はススキ機関の中でも有力な一族、その次期当主と目される優秀な術者だ。
詳しくは秘されているが、ニ々木家に伝わる伝統の術と、自身で新たに編み出した術、その二つを組み合わせて使う異色の才能の持ち主である。
また、彼と共に行動している女、古賀 葉月も、由緒正しきススキ機関古参の家柄で、成績優秀品行方正の名が高い。
援護役として才覚を示し、特にニ々木と組んで仕事を始めてからというもの二人の戦功は跳ね上がっている。
八剣から見れば、あくまでも人間で術者の家の生まれでもないナナフシ議会の面々に対する戦力としては明らかに過剰、役不足である。
まだ群馬支部に配属されて日の浅いこともあって、彼は支部長の考えを理解し損ねていた。
ニ々木はそんな八剣の心の声を見抜いていたのかいないのか、険しい顔で外を見ていた。
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「ようこそ〜よく来たね、いやマジでヘルプ来てくれるとは思わなかったからさあ」
縫い物をしながら、視線もくれずに口先だけの歓迎をする少年。
彼こそがススキ機関群馬支部の長、四谷祐樹、ピチピチの男子中学生である。
「ま、クソ遠い親戚のよしみってことでよろ!」
顔も上げずに言う。それを後ろで控えている八剣は冷や冷やの表情で見ている。いくらなんでも組織中枢に近い人間に対して、たかだか一支部長に過ぎない子どものしていい態度ではない。
しかし、ニ々木はまるで気にしていないようで、さっさと資料を受け取ると踵を返してしまった。
(プライド高そうな人だと思っていたけど、案外怒らないのかな……?)
そう八剣は一瞬思ったが、ニ々木は帰り際に八剣の肩口を掴むと、一緒に外へ連れ出した。
「おい、お前八剣の家のだろう。こっちに移っていたのか」
「ええ、まあ……」
「遠い親戚のよしみだ。車出せ」
表情こそ変わらないが、苛立ちの隠し切れていない声色、性格の悪い言い回しだった。
やっぱり怒っているじゃないか!
界隈の有名人に顔を覚えられていた驚きよりも、どうしてこっちに八つ当たりするのだと胃痛ばかりが彼を襲う。
「それで……どこに?」
完全に萎縮して背を丸める八剣が問うた。ニ々木は短く答える。
「病院だ」
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「冗談半分に言ってみたのに本当に寄越すんだもんな〜」
細やかな刺繍を続けながら、四谷少年は机に広げた書類を横目に見た。一番上に積まれているのはニ々木と古賀についての調査書だ。他にも数人の写真が下から覗いている。
「東京の奴ら、余計なこと考えてるっぽいよね」
部屋には他に誰もいないが、四谷は喋ることをやめない。まるで人が隣にいるかのように振る舞っていた。
「さてさて、オレは誰を疑えばいいんだーっとね」
「どう思う? 遊馬ちゃん」
そう言ってようやく顔を上げた。
誰もいない筈の部屋。
すうと影が浮き上がり、遊馬夏が姿を現した。
「うーん、やっぱり八剣くんじゃないかな〜。このタイミングで東京から異動してきた訳だし〜? ていうか普通そこは『誰を信用すべきか』じゃないの?」
「いやいやいや、既にオレは皆のことを信用してるんだよ?」
針を針山に刺して、四谷はため息をついた。
「あーあ、跡継ぎがどーとか、家格がどーとか、古いと思わない? そうやって足引っ張り合ってるからナナフシ議会みたいなのに勝手されるんだぜ」
「東京の人たちの狙いに心当たりでもあるの〜?」
「どうせススキの権力争いだろ。有力なのはまだニ々木家だけど、没落気味の御子柴に比べたら四谷のほうが力はあるし、天秤が狂うのが怖いんじゃない?」
完成したハンカチーフを遊馬に渡す。ススキの刺繍がされた一品だ。
「あげる」
「え〜いいの〜? すごくカワイイねこれ!」
嬉しそうに広げて眺める遊馬に、四谷は笑いかけてこう言った。
「信頼の証だぜ? 遠慮せず使ってね」