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『山上寺』

「新しい椅子買ってくれるって言ってた!!!!」

「覚えがない!! 知らん!! 言ってない!!」

「言った!!! 嘘つき!!」

「証拠出してくださ〜〜〜い!!!」


 切島の自宅にやってきた静田が見たのは、中学生と大人げない口論をする家主の姿であった。

「…………何あれ?」


 パンプスを脱ぎながら冷ややかな目を向ける静田に、遠巻きに見ていた虹色の髪の外国人風の男、キューちゃんがこっそり耳打ちする。


「あれはだな、イマリ。『巻き戻される』直前に、キリシマがワカバに約束したとかしてないとかで揉めておるのだ。ほら、カナタの能力を使うと記憶がなくなるから」

「あー…………」


 切島の性格上、あそこまで無下に切り捨てることはそうそう無いはずだが、以前に若葉は同じ手口で切島に奢らせたことがある。オオカミ少年、というヤツなのだろうか。


「実際どうなの? 言ったのは確か?」

「いやあ、その時は他に誰もおらんかったからの…………」


 となれば、決着はなかなかつきそうにない。しばらくはうるさいままだろう。静田は髪の毛を縛り直しながら外国風の男に問いかける。


「ところで今、他に誰か来てるのかしら? キューちゃん」

「我だけだ。カナタもスミも用があると」

「あら残念、いいとこのお菓子買ってきたのだけど。切島く〜ん? 冷蔵庫借りるわね」

「ぇあ゛!? いいいい伊万里さん!?!? いつの間にいらして…………ッ」

「あっイマリン!! 聞いて! ねえ聞いて! クソ島がね!」

「ごめんなさいね〜、ちょっと行ってくる(・・・・・)から後で聞くわね」


 台所の床下収納を開き、静田はゆっくり中へ入る。それほど大きい収納ではない筈だが、するすると姿が消え、それからパタンと蓋が閉まった。


───────────────────────


 床下収納の中に入った静田は、何故か和風の屋敷の中を歩いていた。鶯張りの音だけが響いている。


「入っても?」


 ある部屋の前でそう語りかける静田。音のないまま障子だけがすうっと開いた。


『雛菊小雪を…………殺せなかったようだな』


 簾の向こうから冷たい声がする。少し高い、子どもっぽい声色だった。


「ごめんなさいね、厄介な男に邪魔されちゃった。まさか同僚に『見える人』がいるとは思わなかったから」

『…………まあ、よい。あの加賀とやらもなかなか素質があると分かった。それでよいではないか』


 静田は少し考えた風にして、それから簾の向こうへ言った。

「今日は皆忙しいみたいだし、こっちには私しか来ていないわ」

『本当?』

「ええ。だから、肩の力を抜いてもいいんじゃなくて?」


 簾が上がる。姿を現したのは、古風な出で立ちの女の子だった。白拍子の胴の上に可愛らしい顔が乗っている。

『伊万里、伊万里、本当の姿(わたし)を見せられるのはここでだけよ。貴女も、私も』

「ええ、本当に」


 伊万里は髪を解くと、縛っている時には見えなかった、真っ青なインナーカラーが、アッシュの髪に浮かんで目立つ。


『その髪、やっぱりお洒落! 今日の真っ赤な紅も素敵よ。ああ本当に、どうして外の人間は、貴女の外見にとやかく言うのかしらね』

「大人しそうな私が派手な格好をするのが好きって、彼らにとって意外でしょうがないらしいの。切島くんだって、きっと本当の私を見たらがっかりするでしょうね」


 切島、と出した名前に少女が反応する。

『そう、切島! 切島はどうして雛菊小雪に肩入れするの? こうなった以上、あの子を殺さなくては計画は成就しないのに』

「彼って本当に優しい人だから。若葉くんも、澄ちゃんも、そういう彼だからこそ慕ってる。あの三人には貴女の計画は理解し難いかもしれないわね」

『じゃあ、次はカナタに任せようかな。あれは人殺しが得意だったと思うんだけど』

「彼ならきっとこなしてくれるわ」


 静かな静かな屋敷の中で、仲睦まじそうな声が漏れ聞こえることなく続いていた。


───────────────────────


 とある小さな山の上にある、小さなお寺の夕暮れ時。


「お、みつるか。久しぶりじゃないか?」

 縁側で猫を撫でている住職が、長い階段をあくせく登ってきた男に声をかけた。


 男の名は加賀満(かがみつる)。雛菊小雪の担任の、理科教師である。

「まーね、最近忙しかったし」

「センセイってのは大変だなあ。どうだ? 最近は。相変わらず視えてるのか?」


 ザクザク音を立てて境内を進み、住職の隣に座る加賀。

「相変わらずだね。全く誰だよ、大人になれば視えなくなるとか言ってるのは」

「ガハハハハ、お前がまだガキってことじゃないか? 中身がよ」

「馬鹿野郎、俺は生徒を立派に導いてる立派な大人だよ」

「大人になれたかどうかなんて自分じゃ分かんねえもんさ。儂からすればお前はまだまだガキんちょよ」


 住職に撫でられていた猫が膝を降り、加賀に頭を擦り付ける。くしゃくしゃと頭を揉んでやると、気持ち良さそうに目を細めた。


「この世はお化けでいっぱいだ」

 加賀が誰にともなくそう言った。

「あいつ、今どうしてるかな」


 住職が片眉を上げる。

「ちっせえ頃にお前に引っ付いて回ってた、あのチビ助か?」

「そう。あいつお化けが全然見えてなかったのにさ、何でか襲われてばっかりで。いいとこのお坊ちゃんみたいだったけど、元気でいるかなと思って」

「さあな、近頃さっぱり顔は見せないが、何年か前に来た時はスーツの似合う男前になってたよ」


 お前さんと違ってな、とウインクする住職を肘で小突く。

「あー帰るか」

「早いな、晩飯食ってけよ」

「ウチに消費期限が今日の惣菜あるから」

「んなみみっちいこと言ってんな」

「バーカ、エコだよエコ」


 また長い階段を下りていく加賀の後ろ姿を見ながら、住職は顎を撫で擦った。猫が膝に乗ろうとする。


「ああ、思い出した、あのチビ助の名前。綴だ、物部綴。何やってんだか分からんが、元気は有り余ってるみてえだな。なあお前さん」


 隣に置かれた籠の中から、二つに裂けたぬいぐるみのストラップが住職を見上げている。

「本当に出来の良い身代わり守りだ。さて、ご供養ご供養…………」


 籠を片手に住職は、寺の奥へと消えていった。

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