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『虚構をよぶ放送』【再】

 警戒とは裏腹に、現れたのは見慣れた人物であった。


「何騒いでんだ、お前ら」

「か、加賀先生……!」


 加賀は、きょとんとして小雪達を見ている。彼のポケットからはみ出ている御守の鈴が、チリンと軽やかな音を立てた。


「先生、今さっき、変な放送ありませんでしたか?」

 小雪がそっと尋ねる。しかし、加賀は頭を掻きながら首を振った。

「いや、俺トイレにいたんだ。あそこ放送聞こえないんだよね」


 そう話す彼はちらりと渡り廊下の方を見て、何で扉が閉まってんだ? と首を傾げている。勿論、まだ向こうにあの黒い巨人の影が蠢いているが、それが見えている様子はない。

 小雪と尾崎は顔を見合わせた。


「てか尾崎、お前は課題終わったのか?」

「そうだ!! そうっすよ!! 終わったから出しに来たっす!!! 食らえ!! 食らえ!!!」


 思い出して、べちんべちんと紙の束を叩きつけてくる少年を、加賀は軽いチョップでいなす。

「あ!!! これ体罰っすよ体罰!」

「先に叩いてきたのはそっちだから正当防衛だ」


 加賀はふと自身の腕時計に目をやり、下校時刻が近づいていると気がついた。

「もう半になるか、お前ら部活で残る訳じゃないだろ? 玄関に鍵かかる前にさっさと帰りな」


 そう言って加賀が二人の肩を叩いて送り出そうとする。その時、再びチャイムがした。


 ぴん、ぽん、ぱん、ぽん


『小雪、雛菊小雪、逃さない、逃さないわ。どこも、かしこも、怪異だらけにしてあげる。引き千切られるかしら、すり潰されるかしら、いっぱい叫んで頂戴な』


 ざらざらした音の、どこかで聞いたことがあるような、知らない人の声のような、優しげな声色で敵意をぶつけられる。


「この声…………」

「せ、先生! 後ろ!」


 悲鳴にも近い指摘に振り返ると、どこまでも黒い人型が、ゆらゆらしながら近づいてきているところだった。気がつけば、反対の廊下からも、窓の向こうにも、無数の影が手を伸ばしてきている。


 小雪は『アンケートさん』を呼ぶか躊躇う。何も知らない加賀の目の前だ。というか、この影に物理攻撃が通るか分からない。どうしよう、と思って、小雪は自分の担任に視線をやった。


 すると、加賀は

「じゃ、帰るか!」

と歩き出してしまった。困惑する尾崎と小雪。やっぱり見えていないのだろうか……?


「お前らさー、人間のカロリーって知ってるか?」

「はい?」


 ついて来ない二人を見て足を止めた理科教師は、何でもないように、しかし不自然に、語り出す。


「骨まで全部数えると十四万kcal以上あるらしいんだけどさ、熱力学的なカロリーなのか栄養学的なカロリーなのかの話は抜きにしても、これだけのエネルギーを人間は持ってるって訳」

 加賀は二人へ手を差し出した。

「それって、熱を持たないお化けよりも、生きてる人間の方がずっとパワーがあるってことじゃないか?」


 ほら行こうぜ、手を繋いでやるからさ、と笑いかける。尾崎が勢い良く手を取り、小雪もそっと続いた。

「怖いから強いんだ。怖がらなければ、こいつらは何も出来ない」


 温かい手のひらを感じながら影の間をすり抜けていく。本当に影は何もしてこない。ただゆらめいているだけだった。


 簡単に玄関まで辿り着き、校門を抜けたところで手を離す。

「あの、先生、ありがとうございました」

「見送りあざっす!」

「おー、気をつけて帰れよ〜」


 仲良く帰ってゆく二人の背中を暫く眺めてから、加賀は校舎に向かって拳を振り上げる。

「七不思議だか何だか知らないけどさあ!!! 俺の目が黒い内はぁ!! 生徒にちょっかいかけんなよ!!!」

 そんな風にぷんすこ憤慨する加賀を、三階の渡り廊下から見下ろしている人影があった。


「残念、邪魔されちゃった」

 彼女はつまらなそうに呟いてから、放送室に戻って機材の電源を切る。


 スマートフォンを取り出して、彼女はどこかへ電話をかけた。


「もしもし? 切島(・・)くん? 今日、ちょっと寄ってっていいかしら。…………うん、ありがとう。お菓子持ってくわね」


 そう、社会科教師静田 伊万里(しずた いまり)は、ナナフシ議会のメンバーだった。


 誰もいない薄暗がりの校舎の中で、真っ赤な口紅を塗り直してから、静田は束ねていた髪をほどいて、悠々と去っていった。

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