『誰も知らない少女の死』
残暑の外気とは打って変わって、軽やかな涼しさのある店内。
「これは身代わりのお守りダネ。造りは単純なヤツ」
アルヴィンが、例の真っ二つに裂かれたぬいぐるみを弄る。中から紙切れを引っ張り出すと、広げて小雪に見せてくれた。
「この紙が本体カナ。真似して書いて、手足と首のあるナニカに入れたら多分コユキでも作れるよ」
流石に完璧な身代わりって訳にはいかないと思うケド、と付け加える。この手の道具は、効果のほどに作り手の技量がもろに出るのだという。
「でもこれはスゴイネ、こんなに上手に作ってあると即死も無傷に出来るんじゃナイカナ」
「ススキの支部長さんが作ってくれたんだって。凄い人だね」
物部のあの一撃を受け切っただけのことはある。
中綿が半分以上溢れてしまった小さなくまを掌で包んで小雪は言った。
「一応お人形だし、お寺で供養してもらおうかな。確か隣町にいつでも受け付けてくれるところがあった筈なの」
「イイと思うヨ。優しいのはコユキのイイトコロ」
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折角の日曜日だからと出かけたものの、特に行く宛もない、名も無き青年が歩いていた。人気のない公園を見かけて、ふらり立ち寄る。
そろそろ陽に焼かれた肌が赤くなってきたので、藤棚の下で休憩でもしようと思ったのだ。
隣のコンビニのフリーWi-Fiが漏れていたので、スマートフォンを取り出して、地元中心のネット掲示板を覗いてみる。
大概はくだらない話題だ。
半月前の集団行方不明事件には不可解な点があるだとか、どこぞの高校の制服はかわいいだとか。
そんなローカルな話の中、一つだけ目を引く文字があった。
少女殺害事件。
そんな事件、ニュースでやってたか? 青年は首を傾げる。ページを開いてみると、古い記事を引っ張り出しての話題のようだった。
昔、この辺りで少女が殺されたことがある。
あまりの悲惨さに詳細は伏せられ、被害者の年齢、名前、容疑者はおろか、現場の場所や殺害方法すらも知られていない。
ある者は死体は川に投げ込まれたのだと言い、ある者は空き地に生き埋めにされたのだと言う。駅のホームから突き落とされたとも言われ、そもそも自殺だったと言う者もいる。
興味津々に読んでいた青年だったが、とある書き込みを見てすっかり呆れてしまった。
『これ、何年も前からある嘘のコピペだよな。つまんね』
騙されたような気になって乱雑な手付きでホーム画面に戻る。気を取り直してゲームでも少しやろうかと考えていると、突然声をかけられた。
「ね、さっきの一瞬でも本当だと思った?」
顔を上げると、いつの間にか、中学生くらいの可愛らしい女の子が向かい側に座っていた。いや、中学生というよりは小学生──高校生?年齢がよく掴めない。
「そりゃ、まあ。ちょっとは」
不審に思いながらもそう答える。向かい側にいるのに、どうしてさっきまで自分の見ていたものを知っているのだろうか。
「そっか。じゃあ、あなたも私を殺すんだね」
「は?」
「ううん、気にしないで。じゃあね」
気味の悪い少女は瞬きをする間に目の前で、跡形もなく潰れて消えた。
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日曜日の昼間の、それも山に向かうような電車には空席が目立つ。薄緑のシートに小さなお尻をふんわり乗せて、小雪は車窓の景色を眺めていた。
ここのところは本当に、目まぐるしくてどうにかなってしまいそうだった。
アンケートさんと出会い、アルヴィンと出会い、物部と出会い、尾崎と出会い、遊馬と出会い、それから奈々子とお別れした。
ススキ機関のこと、ナナフシ議会のこと、機械怪奇のこと。まだまだ分からないことばかりで先は何も見えない。
どっちにも犠牲を出して欲しくない。随分な綺麗事を言ったものだ。逃げ出すつもりは毛頭無い、というより逃げられないところまで来てしまった。
少し疲れたのかもしれない。そっと目を閉じて、ため息をついた。すると、
「隣、座るね」
いつの間にか少女が隣に座っている。こんなに空いた車内で、わざわざ隣を選ぶのが何だかちょっと不思議だった。
「わたし、霞ヶ浦 澄って言うの。あなたが小雪ちゃんでしょ?」
まるでそれが当然かのように名乗り、小雪の名前を呼んでくる。何も言えないでいる小雪の顔を澄が覗き込んだ。
「切島さんがすごく嬉しそうだったから、どんな子なのかなって気になって来ちゃった」
「あ、あなたもナナフシ議会の人?」
澄は微笑みで肯定する。それからすっと小雪の携帯を指して、目を伏せた。
「小雪ちゃんは、キカイカイキって何だと思う?」
「ええと……人に憑く怪異……?」
「違うよ。機械怪奇はね、鏡なの」
澄は揺れる車内にも構わず立ち上がる。
「私達の願望を映し出す鏡。こうしたい、ああしたかった、それを叶える姿になるの」
一際大きく電車が傾いて、澄のふわふわした髪も揺れる。愛嬌ある瞳が小雪を見つめた。
「小雪ちゃんの願望ってとっても凶暴。本当は暴力だらけの本能を、無理やり理性で抑えてるみたい」
それだけ今の環境に不満があるってことだよ、と目を細める。
「だからね、やっぱりナナフシ議会においでよ。きっと楽になれるから」
そう言って澄は小さな手のひらを差し出した。
電車はもうすぐ降車駅に着く。
小雪は小さく首を振った。もう、心を変えるつもりはなかった。
「言ったことは曲げたくないや」
電車が止まる。
澄は微笑みを崩さず、ゆっくり身を翻した。
「残念」
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「切島さん」
「うおあっ!? 澄か!!! ビックリするわ!!」
自宅の床に転がってうとうとしていた切島が跳ね起きた。澄は机に置かれたお菓子をつまむ。
「あのね、小雪ちゃんに会ってきたの。勧誘してみたけどまた断られちゃった」
「本当に意志の強い子だなあ……まあ無理に誘う必要も無いだろ、放っておいてあげな」
「そうだねー」
切島はまた身体を横たえて微睡み始める。お菓子を頬張ってから、澄はぽつりと言った。
「切島さん」
「……何?」
「わたしはね、議会に居られてすごく嬉しいよ」
「そうか、良かったよ」




