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『ウォッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』

 とある工場の錆びた鉄階段の踊り場、関係者以外立ち入り禁止の看板が傾く場所で、金の短髪の男が一人、下を見下ろしている。

「…………俺って運ないんかな……一人……重要作戦の前線に一人って……」

 切なそうに呟いたその男はナナフシ議会のリーダー、切島である。そんな彼が片手に持つスマートフォンが光り、少年の声が飛び出した。声の主は同じくナナフシ議会のメンバーの若葉だ。


「誰も来ないとかくそウケるんだけど。イマリンは相変わらず仕事で、澄ちゃんは部活なんだっけ? カナタも依頼が入って来れないっつってて、キューちゃんは昼間動けないもんね。切島かわいそ〜ボクに感謝してね」

「若葉〜、俺いっつもお前に学校行け勉強しろって言ってるけど、今日ばっかりは言えないわ。いてくれてマジ感激」


 切島の見下ろす先にはススキ機関の建物がある。巧妙に工場らしく偽装されてはいるが、入口付近を不自然にうろつく作業員は警備で間違いないだろう。

「それで、本当に例の子は来たんだよな?」

「うん、二時間くらい前に入ってったよ。内部の監視映像からすると、そろそろ出てきそうな感じかな」

 若葉から転送された動画には、確かに帰り支度を始める少女の姿が映っている。黒髪の長い、高校生くらいの娘。雛菊小雪だ。

 若葉が忠告する。

「前に送ったマップは頭に入ってる? 戦う時はボクの支援が出来る範囲から出ないでよね。あと」

カメラの死角(・・・・・・)に気をつけりゃいいんだろ、分かってら」


 屈伸と肩回しをして深呼吸。


 彼らはこれから、雛菊小雪を誘拐する。


───────────────────────


「じゃあ、すみませんでした」

 会釈をして部屋を出た。そのまま出口に向かう小雪に遊馬が追いつく。

「駅まで送っていこうか?お家ちょっと遠いでしょ」

「いえ、自転車で来ちゃったので……」

「だいじょーぶ、我らがススキには物を小さくする術があるのだ〜! 遠慮せず乗って乗って」


 議会に狙われるかもしれないし、と耳打ちされ小雪も少し考える。それなら、とお言葉に甘える意を伝えれば、遊馬は嬉しそうに肩を組んできた。見ているこっちまで明るくなるような女性だ。

「用が無くても遊びに来てくれて良いんだからね!」

「良い訳ないでしょ」

 軽口を叩く遊馬の頭にやんわり手刀が当てられる。振り返ると物部が、何かを片手に立っていた。


支部長(ボス)がこれを渡せと」

 そう言って小雪に手渡したのは、ストラップ付きの小さなクマのぬいぐるみだった。

「いわゆる身代わりアイテムです。怪異に巻き込まれないのが一番なんですが、視える以上無関係でいるのは難しいと思いますから」

「支部長のお手製ぬいぐるみだ〜、いいなあ。肌身離さず持っておくんだよ」


 手作りという割には造りが丁寧でしっかりとしている。支部長という人は随分まめな性格をしているのだろう。

 貰ったぬいぐるみをとりあえずポケットに仕舞っておき、再び玄関へ足を進めた。まだまだ夏の陽射しが残る景色がもうすぐそこだ。


「車出して来るね」

 遊馬が一歩先に出た。ありがとうございます、と笑って小雪が続いて外に出る。物部は少し見送ってから奥に戻る。


 その瞬間、背後に男が現れた。


「何回やってもこれには慣れん」

 そう声がしたと思った時には既に、小雪の身体は軽々と持ち上げられていた。ぐわん、と揺れる視界の隅で遊馬が手を伸ばしていたが、それを男が掴んで退ける。そのまま転がった遊馬が何か叫び、異変に気がついた物部が飛び出てきた。


 物部が刀を取り出すより早く、男の前に車が突然(・・)現れて、小雪は後ろの席に投げ込まれる。

「乱暴でごめんな」

 手早く乗り込んだ男はアクセルを踏み込んでそのまま走り去ってしまった。




「……忠義(ただよし)、今のは」

 物部の問いに刀がカチカチ鍔を鳴らして答える。

「テレポートっぽいな、車で逃げるあたり発動条件が厳しそうだ」


 わらわらと出てきた職員が遊馬に駆け寄る。呆然としていた物部も我に返って踵を返す。まずは仲間の心配をしなければ。

 遊馬の様子が何だかおかしい。転んだだけのように見えたが、上手く立ち上がれないようだった。

「遊馬さん? 捻挫ですか」

「いや……違う……」

 震える手で顔を押さえた彼女は、同じく震える声で呟いた。


「目が…………見えない」


───────────────────────


 追っ手が後ろにいないことを確認した男──切島は、少し車の速度を緩める。

「なっつかし! まだガラケー使ってる子がいるとは思わんかったわ」

 切島が小雪の携帯を持っている。先の顛末の間に盗られたらしい。これでアンケートさんを喚ぶという手段は封じられてしまった。


 逃げようかとも考えたが、まだまだ法定速度より速そうなこの車から飛び出す勇気が出ない。しかし大人しく座っている気にもなれず、色々訊いてみる。

「あの……これ、誘拐……ですよね」

「そうなるな」

「あなたはナナフシ議会の人ってことですか」

「正解。俺は切島、議会のリーダーをしてる」

「切島…さんは、どうしてこんなことをするんですか」

「話がある。けど、こうでもしないとススキが邪魔するだろ」

「もしかして緊張してませんか」

「めちゃくちゃしてる」


 そんな会話をしていると、切島の携帯に着信が入る。通話は車のナビに繋がって、音質の悪い声が聞こえてくる。

『切島のくせに手際良かったじゃん。切島のくせに』

「素直に褒められねーのか、若葉ァ!」

『褒めませぇぇええん。で、良いニュースと悪いニュースあんだけど、どっちから教えてほしい?』

「いや要らん、もう察したわ」


 そう言って切島は急ハンドルを切った。大きな傾きの中で小雪は必死に外を覗く。車は既に、工業団地の隅の公園近くまで来ていた。

 そこにバイクが一台、物凄いスピードで追い上げてくる。そのバイクに乗った男が何か呟く。届く筈もないのにどうしてか、はっきりと、切島にも小雪にも、その言葉が聞こえた気がした。


「死霊操術『人面蜘蛛』」


 途端、車は糸に絡め取られ、公園のフェンスに激突した。小雪にもかなりの衝撃が来るかと思われたが、車内にまで侵入した蜘蛛の糸が、優しく小雪を支えてくれる。

 小雪がくらくらしていると、いつの間にか外に出ていた切島が、小雪の手を強く握って連れ出した。

 すると何故だか、視界が暗い。いや、暗いのではない。見えていないのだ。

「逃げられても困るからさ、ちょっとの間の辛抱な」

 これが切島の能力なのか?と困惑している内に彼の手が離された。

 知らない場所の暗闇を、矢鱈に歩くことも出来なくて、小雪はその場に立ち尽くすしかなかった。


 遠くで、刀を抜く掠れた音が聞こえた。


───────────────────────


「追いついたぞナナフシ議会」

 巨大な人面の蜘蛛を従えて、物部が吐き捨てるように言った。その蜘蛛は、いつだかに小雪が出逢った怪異に酷く似ていたが、視力を奪われた今の小雪には知る由もない。


 一歩一歩、ゆっくりと歩み寄る黒服の男を、切島は黙って睨みつけている。蜘蛛の姿がふわりと消え、物部が低く踏み込んだのを見て、切島も半身を構える。

 その右手にはどこからともなく現れた金属バットが握られていた。


 少しの沈黙を置いて、耳障りな金属音が響く。


 一瞬で懐まで侵入してみせた刃をぎりぎりで抑える。バットと刀が擦れあって悲鳴を上げた。嫌な汗が出る。舌打ちする。唾を飲み込む。刃先を返す。バットを握り直す。


 二撃、三撃、続いた後に、物部が跳ね返るように一度退いた。猛攻を捌ききれなかった切島の足元に数滴血が滴る。切島が牽制する。

「……脅しじゃねえけどよ、俺があんたのお仲間やこの子に掛けた術のこと忘れてんじゃないだろな」


「あなたの術がどんなものか知りませんが」

 物部は、切島越しに小雪をちらりと見た。

「殺せば解けるでしょう」


───────────────────────


 いま目の前にいる敵(もののべつづる)について、切島が知っていることはそう多くない。ススキ随一の死霊術師。物部家の落ちこぼれ。対人兵器。事務職員。

 必死に調べてみてもそんな肩書きばかりが残っていて、誰も実際のことを知らない。


 正解はこうだ。

 物部綴は自身が殺した相手と強制的に契約することが出来る。


 本来の死霊術師は、死者の声を聴き、占いをする程度の不安定な能力しか持たない。

 しかし彼は、怪異だろうが魔術師だろうが死のある者は皆、莫大な呪力で死んだ魂を縛り上げ、無理やり契約し、喚び出すことが可能だった。敵を殺せば殺すほど強くなるという異質な体質だ。


 だが、彼はそれ以外の魔術を何一つ自力では出来ない。


 他の術師は誰だって片手間にこなせるような(まじな)いも、彼の家系が旧くから扱ってきた封印術も、果ては人並みに怪異を認識することさえも、彼は出来ない。

 身体に負担の大きい薬を常飲してようやく、仲間と同じ視界を持てた。契約した死霊を使役してようやく、仲間と同じ仕事が出来た。


 薬を飲んで怪異を探し、殺して殺して力を得る。


 そんな二十六年分のコンプレックスと血に塗れた努力を、切島は知らない。


───────────────────────


「死霊操術『鎌鼬』」

 無数の見えない斬撃が切島を襲う。致命傷には成り得ないが、動きを鈍らせるのには充分過ぎた。切島がふらついたところを更に狙う。

「死霊操術────」

 確実に仕留めようと距離を詰めた。バットで対応しようとしているのが見えたので、刀で食い止める。問題ない。この間合いであれば殺せるはずだ。


「近付き過ぎだ、ばーか」

 強い衝撃が来た。バットは当たっていないはず、そう思ってからようやく気付いた。

 切島の左手が、物部の胸倉を掴んでいる。そのまま勢いに任せて投げ飛ばされた。地面に叩きつけられて肺の空気が全部出そうになる。

 そして、目が見えなくなったことを理解した。


「見えないって怖いなあ。今まで当たり前にあったものが、急になくなるって怖いよなあ」

 そう言いながら切島はゆっくりと体勢を立て直し、仰向けに倒れる物部を見下ろした。


 それからバットを振りかぶり、公園には鮮血が散った。



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