100年の恋が失敗する理由
「シャロン。お前やっぱりそんなに俺のことが好きだったんだな。そこまで言うなら仕方ない結婚してやろう」
「お花畑は進行中ですね。何度でも言いますが、貴方など大嫌いです。結婚などお断り致します。ごきげんよう」
薔薇を背景に、少し高めの可愛らしい、けれども凍える程に冷たく固い声でレイドの求婚を断る恋焦がれる初恋の相手は、今日もとても魅力的だった。
レイド・ライナリィの初恋で、今もなお愛してやまない相手――シャロン・ハインツベル。それが彼女の名前だ。
彼女の母親譲りの柔らかな茶色の髪。
姉妹の中でも彼女の髪質は特に柔らかいようで、気まぐれな猫のように、触りたくても触れないレイドに、ほらどうだ今日も触れまい?悔しかろう?と言わんばかりにふわふわサラサラと彼女の背中や、横顔で舞うように揺れている。
その青い瞳も、森の中に静かに広がる湖のように、穏やかな暖かい森林の温もりを心の中与えてくれるような、不思議にさせる魔法の瞳のようだと、レイドの心の中で詩人も砂を吐きそうな、砂糖菓子ような賛美を送っていても、実際に口から出るの先程のような心とは反対の冷たい言葉ばかりだ。
何が『俺のことが好きだったんだな』だ。そう思っていて欲しいという自分の願いそのもので、『結婚してやろう』よりも『結婚して欲しい。どうかお願いします』がレイドの本当に言いたいことだ。
「よう、レイド。また盛大にフラれたそうだな」
「結果がわかっている告白だと余興にすらならん」
成長しない自分自身に今回も絶望していると、聞きなれた面白がる声がレイドにトドメをさしてくる。それはもうグサグサと。
「毎回毎回、結果が見えているアプローチすぎて賭け事にもならないよ。もう少し盛り上がるようなスパイスとかさ、そういう演出とかできないのか?」
「前回も似たようなこと言ってたんじゃないかな、君は」
「うるせーよ!」
荒れる心中をどうにかしたい気持ちで、友人のネストとアランから渡された度数が低いシャンパンを一気に飲み干すが心中が晴れることはない。
「シャロン嬢はお帰りになられたそうだぞ」
「そこだけはいつも通り、計画通りだな」
「・・・うるせーよ」
ハインツベル家の長女で、将来は彼女と夫となる未来のハインツベル伯爵を支えてるハインツベル伯爵夫人として育てられた彼女を、手に入れたいと願う男達は多い。
――そこそこの容姿と最高の教育をされた彼女が自分のものとなり、伯爵という爵位までも手に入る美味しすぎる女。
いつぞやに叩きのめしてやった男達が言っていたその言葉は、確かにその通りなのだろう。
シャロンの魅力は目が覚めるような美人とか、美の化身とか妖精とか、そういう物語に登場するような外見的美しさではなく、信念や性格から光輝く美しくであって…と説明したいのだが、自分以外にシャロンの美しさを理解している男がいると思うのも腹が立つもので。
全てを捧げている自分はまったくもって相手にされず、ましてや毛嫌いされているというのに、彼女を都合のいい女として認識されているばかりか、お遊びとして他の男が狙ってるばかりではなくて、もしかしたら、万にひとつの確率で可能が絆されてしまうかも、しれないと思うと、頭が真っ白になってしまい、家の力やコネを使い社交の場では生きていけないようにしてやったのは仕方ないこだとレイドは思う。
そんな男どもにシャロンが心を開くことはないと思うが、この世界には恐ろしい既成事実という企みもあるのだ。
そのことを考えれば、息の根も止めておけば良かったなとれば、レイドは何度も思い返すのだ。
シャロンがお茶会や夜会の場に長くいればいるだけ、そういうやからは増え続けてしまうだろうし、自分のように彼女の魅力に気づき、本気で狙うやつが出てきてしまうのでは、とシャロンのためといいつつも、自分の大きく大きく育つ不安から、早く彼女に胸のうちを伝えたいと焦っては毎度玉砕し、その結果怒れる彼女が帰宅するというパターンがお約束になりつつあるのも事実である。
だが、他の男に言い寄られる前に彼女が帰ってくれるのは安心する。するが毎度の玉砕にレイドの心は止まり、そのうち死ぬのではないと恐怖すら感じる、までがワンセットである。
「出会いの時さえ間違えなければお前は、今頃そんな風に絶望してなかったのにな」
「しかしお前が間違えてくれたからこそ、俺達は言葉の重要さが実感できているのも事実」
「確かに。お前の失敗のおかげで俺と婚約者はラブラブってやつだ」
「俺もだ。ありがとう」
「感謝する」
「うるせーうるせー!!」
ネストとアランから感謝されても、10年前には戻れないというのに、毎度のように自分たちは幸せだと自慢話してくる友人達が羨ましい。
今でも後悔と、喜びと、興奮と、絶望が混ざった複雑な感情がうまれたあの日を忘れることはできず。
戻れるなら今すぐ戻りたい。
戻れなくともあの日の自分と話せるならと、願い続ける問題のあの日。
10年前の自分とシャロンが出会い、自分が恋に落ちた瞬間に失恋したあの日を今日も涙ながらに思い出すのだ・・・。
―――あの日もこの屋敷のお茶会にレイドは参加していた。
夢見がちな母親が言う、薔薇の妖精に会えるかもよ。なんて言葉に少し馬鹿にしつつ、そうだったらどうしよう、なんて子供心にソワソワと期待しながら、指定された席について横目で薔薇の妖精をちらちらと探しつつ、お菓子に釘付けだったのを覚えている。
そんな中、母親の喜びの声を視線を向けた先にいた、一人の少女に一目ぼれした。
一般的なご令嬢ならそれくらいは可愛いんじゃないかな、というレベルに整った、緊張した様子で歩いてくるその少女から目が離せなかったことをレイドは今でもはっきり覚えている。
今と変わらないふわふわと揺れる茶色の髪を、よりふわふわと揺らし。
今では当たり前のように着こなしているドレスを、転びそうになりながらゆっくりと不安そうに裾をさばき、今では当たり前のように優雅に飲んでいる紅茶を、こぼさぬよう音を立てぬよう緊張した様子で飲んでいる様子も。
友人たちに気持ち悪いと言われ、自分でも気持ち悪いなと思うくらいに鮮明に覚えている。
彼女が薔薇を見に、母親から離れたタイミングで自分も向かわねばと自然とその姿を追いかけ。背後からそっと声をかけ、振り返った彼女の瞳が自分を捕らえ、少し照れたように微笑み、口を開こうとした瞬間。
彼女が自分を見ていると認識した瞬間。
頭が爆発したように思考が全て吹き飛び。
気づけば、自分が口にだした言葉によって、微笑んでいた彼女の笑顔は消え去り、照れたように薄桃色に染まっていた色は消え、彼女の表情には氷山のような凍てついた拒絶が浮かんでいた。
恐らく挨拶をしようとしていたその口からは、小さいながらも吐き捨てるという言葉が似合う程に冷たく。
彼女はさっそうと自分に背を向け、母親とともに屋敷を後にしたのだった。
「あの日に戻りたい・・・」
「諦めろよレイド、あの日に戻れてもお前は多分、同じ失敗をするって」
「今できてないことが、あの日にできるわけないだろ」
「あの日を回避できても、どこかで同じ失敗するって」
そんなわけない。そう思いたい。が、あの出会い以降にたびたび出会う機会はあったのに、謝罪することもできずに、
言い訳することもできずに同様の言葉を投げ続け、今に至る自分を思い返せばアランの言うとおりかもしれないと思ってしまう。
好きですと言えなくても。君はとても麗しく優しいと、声が可愛い笑顔が可愛いと、そういう賛美が言えなくても、この前は言い過ぎたと、舞い上がってしまい心にもないことを言った許して欲しいと、言える機会がこの10年の間に何度もあったというのに。
ドレスアップした姿にどきどきしていたら口から出た言葉は『派手』だったり、やたら胸を強調したドレスを着ていた日には興奮とか心配とか
色々混ざってしまい『似合わない』と言ってしまったり、誰とも踊って欲しくないと願っていたら『ダンスが下手』なんて言ったり・・・。
いずれも自分の発言で、失敗の上塗りを積み重ね、もはや挨拶すらできぬ関係になっている状態でいったい何ができるのだろうか。
「まぁまぁ、今回も謝罪もかねてプレゼントを贈るんだろ?何を送るんだ」
「シャロン嬢に謝罪が届いているか、不明だけどな」
「鈴蘭の香水だ。シャロンが欲しいと前にご令嬢方と話していたからな・・」
「お前の愛情は本当に変な方向に進んでいるなレイド・・・」
自分の心ない言葉に全力で嫌悪し、拒絶するシャロンの表情が、毎回傷ついたようになるのを知っている。
悲しそうに寂しそうに一瞬だけ瞳を曇らせるが、まばたき程の時間で見慣れたシャロンの表情になってしまうけれど、あの瞬間の表情は自分が作ったと思うと、まったくもってよろしくないけれど少し興奮してしまうこの気持ちの罪滅ぼしもかねて、毎回シャロンと会った日には彼女の家に贈り物を送る。
それは、花束だったこともあれば、装飾品であったりとか、ティーカップだったりとか、爽やかな香水だったりなど、種類は多岐にわたれどいずれも彼女の好みのはずだ。
それについて返事はもらったことはないけど、時折使用しているシーンを見るので好みは外れていないはずだと、自分で自分を慰めることしかできないのもまた事実。
そして今日も挽回できなかったと嘆くレイドに、友人二人は呆れたようなため息しかでない。
愛しいシャロン・ハインツベルの好みは全て把握しており、彼女に近づく悪い虫は全てもてる力を使って蹴散らし、彼女の隣に立つため、誰が見ても彼女に一番似合う男でいるため、容姿も礼儀も領地運営の極意から人脈作りまで、すべて完璧の彼らの友人は、一つのことを除いては本当に魅力的な健気で一途な男なのだ。
嘆いている姿さえも憂い顔が麗しい、と周りからの情熱的な視線に気づくことない、少々歪み始めた愛情を育てているレイドを友人達は今回も慰めてやるべきか複雑な心持ちであった。