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27.王太子の決意

「ご苦労だった」

 リージェとマリアージュが激突する数日前。都の王太子クロードは叔父である大主教を調べた報告書を受け取っていた。

 王宮に残り、軟禁状態にあるとはいえ公務もなしに自由に時間を使えるわけではない。国内のこととはいえ派兵したのだ。隣国カサンドラとの交渉、順路にある土地の領主との折衝、補給路の確保、国内備蓄の確認など王太子としてなすべきことは山ほどある。

 その合間を縫って信用のおける部下を選りすぐり秘密裏に調べさせたのにはわけがある。

 前にリージェと踊った謎の男を叔父の元で見たことが気になったのだ。

 彼は今、リージェがいるカディア地方の民に多い、黒い髪に金の瞳をもっていた。

 もちろん直接叔父に聞いた。カディア近くの街で合流したのを幸い、王都に向かう道中で聞いた。だが、知らぬと言われた。そなたの記憶違いだと。

 それでも気になって秘密裏に調べさせたのだ。

「たしかに大主教猊下のもとには男が一人出入りしていました。正確には留守中の邸を自由に使っていいと許可を出されていたようです」

 叔父の邸には叔父自身が不在でも礼儀として王宮で開かれる行事すべての招待状が届けられる。彼は叔父の紋のついた馬車も自由に使っていた。なのであの夜、夜会に紛れ込めたのだろう。それらの報告の中で気になることがある。

「猊下の邸に古くからいる女中より聞き出したのですが、あの男が猊下のもとに出入りし始めたのは二十年ほど前。猊下がまだ聖職につかず第二王子として暮らされていた幼少時からだというのです。なのに少しも姿が変わらない。歳をとっているように見えないのだそうです」

 なんだそれは。クロードは眉をひそめた。

「もちろん成長期の幼児と違い青年では姿があまり変わらなくてもおかしくはありません。なのにそんな証言が上がるのは言動に不審な点があるからのようです。一人で手鏡をのぞき込みおもしろそうに笑っていたり、毒や暗器を試していたり。あと、不死身なのだとか」

「不死身?」

「はい。先の時代は殿下もご存じのように生母の違う二人の王子がいることで王位争いが起こりました。その、猊下も幼いころから毒を盛られたり悪漢に襲われることがおありで」

 クロードの父が争いの片方の当事者だからだろう。彼は言葉をにごすが叔父が聖域に身を引くまでは双方の陣営に属した者同士の暗殺行為は日常茶飯事だったと聞く。

「ですがあの男は猊下への襲撃があったときにはどこからともなく現れ、ことごとく防いで見せたそうです。襲撃を予知していたように。それだけではない。一度、代わりに剣を受け、致命的な傷を負ったのだとか。なのに翌日には元通りの姿で猊下に付き添っていたそうです」

「だから、不死身か」

「はい。ですがそんなことはあり得ません。聖王妃様の祝福ならともかく。猊下のお母君、当時の聖王妃サティア様のお力は治癒ではありませんでした。致命傷に見えただけの軽傷だったのだと思いますが、身を挺して息子をかばったことを感謝されたのか、サティア様が以後はあの男を賓客扱いするようにと皆に命じられたのです。なのでサティア様が亡くなられた後も猊下はじめ皆が出自すらわからぬあの男を厚遇しているようです」

 祖父王の二度目の妃で叔父の母にあたる女性は聖王妃だった。その覚醒は遅く、祖父は自分の代にはもう聖王妃は現れないと早合点して、国内有力貴族の娘だった祖母と結婚した。

 ところがクロードの父が生まれて十五年が過ぎたころ、新たな聖王妃が現れたのだ。

 祖父はなんの落ち度もない相愛の仲だった祖母に離縁を言い渡し、聖王妃を娶った。当然、祖母の一派はいい顔をしない。せめてもと祖母の子を次期王とすることを王に迫った。

 が、聖王妃サティアにも子が生まれると今まで王妃の一族に閑職に回されていた者たちが動いた。ここぞとばかりに聖王妃サティアをたてた新たな派閥をつくり、サティアの子である叔父を次期王に推した。父の代の継承争いが激化したのにはそんな背景がある。

 なのでクロードは前もって神託を受けたのだ。叔父の進言で。早まって他の女性を娶った後に聖王妃が現れることを防ぐために。

「……たしか叔父上の母君、先の聖王妃サティア様の力は命の炎を見ることだったか」

 そこでふと思った。リージェがそれと同じことを言っていなかったか?

(そうだ、あの夜会の時だ。あの男に『俺には命の炎が見えるんだ』と言われたと)

 それに手鏡。先ほど聞いたときはどんなうぬぼれ男だと思ったが、リージェがいるカディア地方、その地で反乱軍に身を投じた魔女ダリア。彼女がもっていたという複数の力の一つに鏡を通して異なる場所の事象を映し出すという力がなかったか?

 なにかあると直感が告げる。クロードは言った。

「……魔女ダリアについて書かれた資料をすべて調べる。責任は私が取る」

 リージェに同情的な老侍従長の手を借り、手に入れた鍵をつかって禁書となっている魔女ダリアの記録が保管された王宮書庫の奥、王太子といえど入室には王の許可がいる小部屋に踏み入る。

 時間が惜しい。こうしている間にもいつ魔の山で戦端が開かれるかわからない。

 クロードは秘書官や護衛騎士のロイドといった信頼の置ける者も同行させた。調べる。

「あった……」

 魔女ダリアの尋問の記録だ。彼女を捕えて後、当時の王太子が聞き出した。なのでこの記録は聖域だけでなく、異端の非公開の記録としてここにも置かれている。クロードも見るのは初めてだ。

 古い記録を開いて、クロードはこれがなぜ禁書扱いになっているかを知った。

 魔女ダリアは攫われ、無理やり王家以外の男の妻とされたのではない。

 横恋慕したのは王家のほうだった。

 魔女ダリア、いや、聖なる乙女ダリアの存在が王家に届いたとき、彼女はすでに相愛の男と結ばれ、子まで為していた。それを王家が聖王妃の制度を楯に離縁させ、王家に迎えようとしたのだ。

 王家が彼女を魔女と呼び、歴史の表舞台から消したのも当然だ。こんなことが民に知られれば王家の信頼が揺らぐ。

 自分の先祖が為したことだ。クロードは歯を噛みしめ、それでも書をめくる。

 ダリアにふられた腹いせか尋問の指揮をとったのは王太子だった。克明に記された尋問の様子に反吐が出そうになりながら、彼女が得たという祝福の力の一覧を見る。その中にはたしかに鏡の力があった。それに、白銀の守護獣の力も。

 マリアージュの物と同じだ。

「……これらの力、どこかで見たことがありますね」

 秘書官がつぶやき、はっとした顔で、歴代聖王妃の記録をもってくる。それと照らし合わせてわかったのは、魔女ダリアがつかっていた力のほとんどは他の歴代聖王妃が得た力と同じだということだった。

「これは偶然か……?」

 そして。尋問を受けても魔女ダリアは黙秘を貫いたが、当時の聖職者が推測として残したダリアの力についての記述があった。それは、

〈聖王妃ダリアの真の力は、歴代の聖王妃と聖王妃を繋ぐ力だったのではないか〉

というものだった。正確にはダリアがもっていたのは、

〈鏡を通して時を超え、あらゆる場の光景を見、声を届ける力〉だ。

 そう考えればすべてに納得がいく。歴代聖王妃の記録を調べれば、聖王妃が現れるのは数十年に一度。間隔にはばらつきがあり、一人が没した後、即座に次代が覚醒することもあれば今回のように先代が亡くなった後も次代がなかなか現れないこともある。

 が、もし、その不在と言われている間にも力として発現のしようのない力に覚醒した聖王妃がいたとしたら? そして人知れず市井に埋もれ生きていれば?

「例えば、他の聖王妃の力を借り受けることができる力と、聖王妃の力を譲り渡す力。それに聖王妃の力を奪う力」

 もちろんそれぞれ素晴らしい力だ。歴代聖王妃の力を借り受ければ一人で複数の力をつかえる。最強だ。聖王妃の力を譲り渡す力があればただ人にもその力を与えることができる。相手の聖王妃の力を奪うことができれば聖王妃同士の戦いがおこっても無敵だ。

 だが聖王妃は一つの時代に一人しか現れない。

 つまり最強の力を持っていても他の聖王妃との接触が叶わなければ意味がない力なのだ。

 だが、ダリアが現れた。彼女は〈鏡を通して時を超えたあらゆる場の光景を見、声を届ける力〉であらゆる時代のあらゆる聖王妃と接触することができた。

 そして〈聖王妃の力を譲り渡す力〉をもつ者と〈歴代聖王妃の力を借り受けることができる力〉をもつ者に接触し、それぞれの力を得たのなら。

「では、あの白銀の獅子は……」

 目撃されたリージェの獅子はどういう経緯かわからないが本来の持ち主である聖王妃から時空を越えて貸し与えられたのだ。リージェ固有の力は石を操ることなのだろう。

 なら、マリアージュは? 

 カサンドラの敗残軍の襲撃を受けたときに現れた白銀の獅子はリージェを守ったという。

 マリアージュがリージェを救うわけがない。なら、獅子の力はマリアージュのものではない。

 歴代の聖王妃の、記録には残らなかった誰かがもつ力だったのでは。借り受けた手段も理由もわからない。だが、マリアージュがリージェと同じく、その力を貸し与えられているだけなら。だとしたら。

(マリアージュは本当に聖王妃として覚醒したのか?)

 覚醒が事実なら、マリアージュが授かった本当の力とは何か。

 今、殺意に燃えた妹は姉を殺すためカディアに向かっている。

 そして聖王妃の力をつかえると口にした謎の男は? なにより、あの男を邸にかくまい、大主教として魔女ダリアの力の推測を知る機会があった叔父が今この時に聖域を出て、カディアへと兵を進めているのは偶然だろうか。

「リージェ……!」

 今ほど傍にいたいと思ったことはない。彼女はたった一人で、真の武器を隠しもつ敵にあたらないといけないのだ。

 人知を越える力をもつ聖王妃同士の戦いにただ人は介入できない。だが。

(……楯になるくらいならできるはずだ)

 マリアージュがもつ力が何かを見定め、リージェに教える時間稼ぎをするくらいなら。

それが無理でも王国軍やカサンドラの敗残兵がリージェの背後を脅かすのを防ぐことならできる。

 王太子としてここですべきことはすべてすませた。なら、私人として動きたい。彼女を愛するただの男として。

 もうずいぶん長い間、自分は我慢してきたのだ。周囲の目を気にし、品行方正な王子を演じてきた。父の代の王位継承争いがあったからだ。その原因である祖父の結婚問題があったからだ。民の模範たれ、王家の人間として感情を殺せと教えられてきたからだ。

 だがほんの一時でいい。解放されたい。己の欲のままに動きたい。

 リージェへの想いは人形の王子だった自分がもった初めてで唯一の〈欲〉なのだ。

 思えば自分が最初にリージェに抱いた思いは同志に対する仲間意識だったのではないか。お互い周囲の大人たちに都合のいい人形として育てられた者同士、わかり合えると親近感をもったから。そのうえで彼女を救いたいと願ったから。彼女に自分を重ねたから。自分もこの国のしがらみから解放されたいと願っていたから。

「行ってください」

 苦笑して秘書官が言う。

「何故分かったと言いたげなお顔ですが見ればわかりますよ。一刻も早く姫君の元へ駆けつけたいと言う御心が。ただし道中、護衛にロイドをつけることが条件です」

 そう言って彼はすでに用意していたらしき通行手形を掲げて見せた。今は戦時だ。王子といえどこれがなくては前線へ駆けつけることはできない。

「頑張ってついていくつもりですが心を逸らせ私の馬を引き離さないよう御願いいたします」

 ロイドも剣の柄に手をあて頼もしく姿勢を正す。

「すまない」

 クロードは深々と頭を下げ、腹心の部下たちに感謝の意を表した。


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