18.出立へ
「おお、来たか。まず間違いないという場所が、判明したんだ。まだ確定したわけではないが、ここが候補地のひとつに間違いない」
結城の言葉に、晃がさらにこう付け加えた。
「いいえ、そこが間違いなく、問題の桜のある場所です」
それを聞き、結城は怪訝な顔になる。
「どういうことだ。何か、別角度から、ここだという情報が入りでもしたのか」
晃がうなずくのと、和海が事務所に入ってくるのとが同時だった。
「所長、晃くんが、村上さんの母方の祖父の先祖が住んでいた場所を調べていて、そこがあの桜のある地区の場所と一致したそうですよ」
「なんだって!?」
三人が、古地図と現代の地図が並べておいてあるデスクの前に集合する。晃が、守護霊の山岡タネから聞いた先祖の住んでいた場所を口にすると、結城はそれを古地図で調べ、該当する場所を現代の地図で確認する。
「古地図とはいっても、かなり大雑把なものだから、大体の場所しかわからないが、少なくとも車で探し回れる程度の範囲には絞れるからな」
晃も現代の地図のほうを覗き込み、次に目を閉じて、枝垂桜の有様を思い浮かべた。右手を伸ばして、一番強く引かれる気配がある場所を、ひたと指差した。結城と和海が、息を飲む気配があった。
目を開けてみると、そこは先程から結城と和海が二人で調べて範囲を絞った地区を、正確に指差していた。
「そこだということか」
結城が問いかけると、晃はうなずき、さらにこう付け加えた。
「ここに行ったからといっても、万事解決とはなりませんよ。僕には、村上さんの母方の祖父の血筋がどういうものだったのか、それがわからないと解決しないように感じられるんです」
二人が顔を見合わせる。
「どういうことなの? 晃くん。詳しく説明してくれない」
和海に促され、晃は自分の考えを述べた。まず、桜の精単独で、“魂喰らい”の力を得るとは、考えにくいこと。ならば、村上が宿していた力との相乗効果によるものの可能性が高いこと。そして、それは村上の母方の祖父の血筋に連なる力の可能性があること。
「あと、考えられることは幾つかありますが、僕がもうひとつ引っかかっているのが、『何故村上さんだったのか』ということです。血筋の因縁だけではなく、村上さん本人にも何かあったような気がしてならないんですが」
そこまで話して、晃は考え込んだ。
まだ、見えていない部分がある。それがわかって初めて、事態は解決に向かうのではないか。晃にはそう思えた。
「しかしなあ、だからといって、現地に行かないわけにはいかんだろう。ところで、例の“魂喰らい”の力、防ぐ方法は見つかったのか」
結城の質問に、晃は首を横に振る。
「まだ、完全な方法は見つかっていません。和尚さんの読経で、かなりの部分防ぐことが出来るようですが、完全ではありません。僕も、まだ防御法は模索中です」
それを聞いて、眉間にしわを寄せた結城と和海だったが、すぐにあることに気づき、晃に問いかける。
「ちょっと待って。和尚さんの読経がある程度有効だって、どうしてわかるの」
「その言い方では、まるで実際に確かめたみたいじゃないか」
晃は、内心焦った。確かに、まるで確かめたように聞こえる言い方だったかもしれない。
まさか、自分に“魂喰らい”の力があるとは、口が裂けてもいえない。笹丸に心の中で謝って、笹丸が見極めたのだと誤魔化した。
「なんだ、そういうことか。笹丸さんなら、確かに見極められるだろう」
結城が納得したように何度もうなずく様を見ながら、晃は笹丸に視線を送った。
(すみません。本当のことは言えないもので)
(よいよい。仕方がなかろう。我はこれでも“憑き神”。多少のことは見聞しておるよ)
どちらにしろ、と和海が溜め息交じりに口を開く。
「あたしたちはまだ、“魂喰らい”に対処する方法を、見つけ出していないということね。やっかいだわ」
「でも、現地に行けば、何かわかるかもしれません。桜に近づくのは後回しにして、まず村上さんの“因縁の血筋”を調べてみるというのも、選択肢のひとつだと思いますが」
晃の提案に、結城が大きく息を吐いた。
「……それも一案だな、確かに。ここでこれ以上調べても、おそらく埒は明かんだろう。危険を伴うが、現地調査しかあるまい」
結城の決断に、和海も晃もうなずいた。
「僕としては、今から準備をして出発し、向こうでの調査時間を多くとったほうがいいと思います。僕も、これからいったん家に帰って、何とか準備して出てきますから」
晃の決意に、和海が動いた。
「確かに、いちいち帰ってくるんじゃ、効率が悪いわよね。安い民宿か何かが近くにないか、ちょっと検索してみます」
和海がパソコンに向かい、宿の検索を始めた。目的地は、車で行くにしても、往復で六時間はかかってしまうような場所にあり、日帰りではあまりに効率が悪すぎる。和海は懸命に検索した。ただ、目的地周辺は、一応山のほうにスキー場などはあるものの、観光地からは離れているので、宿はあまり見当たらない。
やがて、目的地からは少し離れてはいるものの、どうにか一軒の民宿があるらしいことを突き止め、観光協会に早速電話を掛ける。しばらくやり取りしていたが、やがて民宿の電話番号がわかったらしく、それをメモに書き写し、いったん電話を切ったあと、再度電話を掛けて民宿に連絡を取った。
少し話したあと、保留にして結城に向き直る。
「所長、一泊二食つきで、ひとり四千八百円だそうですけど、どうですか」
それを聞いて、結城は大きくうなずいた。
「安くていいじゃないか。多少、設備や料理がいまいちでも、観光に行くんじゃないからな。それでいいとしてくれ」
結城の返事を聞いて、和海は再び宿と話をし、今日と明日の二泊分の予約を、男二人女一人で取った。念のため確認したところによると、部屋は空いているので、さらに連泊することも可能だという。
「延長で連泊する事態には、あまりなりたくないですけど」
「確かに、早めに決着をつけたいところだがな」
宿が取れたところで、結城が晃に向き直る。
「早見くん、泊りがけとなると、皆いったん解散して、用意をしてくる必要がある。駅前に夕方六時に集合で大丈夫か? あと一時間半ほどしかないが」
「僕は大丈夫です。それより、お二人のほうがぎりぎりの時間じゃないんですか」
「車で行けば、そんなに時間はかからんよ。最短距離をいけるからな」
「あとは、業務の引継ぎを高橋さんに頼んでおかないと。事務所のほうに誰か訪ねてきたとき、誰もいないのではまずいですから」
和海が高橋栄美子に電話を掛け、急用で事務所を空けるので、その間電話や来客の対応をしておいて欲しいことを告げた。
「急に無理なことを押し付けてごめんなさい。厄介な事態が起きてしまったんです。緊急で、泊りがけの調査に行かなければならなくなって」
「いいですよ。あたしのほうは、今のところ忙しく調査に飛び回っているわけじゃないですから」
高橋栄美子は、二つ返事で留守番を承知してくれた。
三人は顔を合わせてうなずきあうと、調査に必要な資料を素早くまとめ、出発の準備を始めた。