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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第四話 狂い桜
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17.一致

 妙昌寺からバスと電車を乗り継いで四十分ほどで、晃は村上が入院する病院までやってきた。昨日は、まだ笹丸に出会っていなかったので訊くことが出来なかったが、杏子の父親がどういう人であったのか、尋ねなければならない。

 受付で面会許可を求めると、村上の病室へと向かった。昨日来たときと同じように、ナースステーションに声をかけると、病室のドアをノックし、開ける。村上の霊能中和力が苦手な笹丸は、病室の前で晃を待つことにして、廊下に座った。

 晃がひとりで入って行くと、中には、昨日と同じように村上と母親の杏子の二人がいた。

 杏子は、晃の顔を見ると、怪訝な表情で口を開く。

 「あら、今日はひとりで来たの。孝弘さんは」

 「所長は今、別なところで資料をつき合わせて調査をしています。僕は、あなたにお聞きしたいことがあって、訪ねてきたのです」

 晃にそういわれ、杏子はますます訝しげな視線を送る。

 「訊きたいこととは、何よ。また、怪しげなことじゃないでしょうね」

 「いいえ、そんなことはありません。あなたの父方の一族が、どちらの出なのか、それを教えていただきたいのです」

 「そんなことを訊いて、どうするの」

 杏子は、明らかに晃の意図を計りかね、困惑しているようだ。

 「いろいろ調査した結果、あなたの父方の一族の調査が必要だろうという結果になっただけです。どこの出身で、どういう出自を持っているのですか? それだけ、教えてください。それ以外のプライバシーに関することは、言う必要はありませんから」

 晃は、出来る限り静かな声で、杏子をなだめるように話しかける。

 杏子はしばらく小声で何か言っていたが、やがて不機嫌そうに断った。

 「やっぱり、信用出来ない人に、早々話す気にはなれないわね。もう少し、あなたが信用出来る人だとわかってからなら、話す気にもなるけれど、まだ会って間もない人に、話す気にはなれない」

 晃は思わず溜め息をついたが、ふと、奥を“視る”と、守護霊の山岡タネが、何かを言いたそうにこちらを見ている。

 晃は小さくうなずき、ひとまず杏子に頭を下げて病室を出る。すぐ後ろに、山岡タネが続いた。

 晃は、廊下の片隅の人目につかないところに立ち止まり、タネと向き合った。

 (あなたが言っていたのは、私の一族のこと。何か聞きたいことがあるなら、私の知る範囲であれば、答えられると思う)

 (ならば、先程の質問を繰り返します。どこ出身で、どういう出自なのか、ということです。村上さんが、こういう事態になったのも、どうやらあなたの一族の血筋が関わっているのではないかと、そこの白狐さんがおっしゃっていたもので)

 タネがそちらを見ると、笹丸が小首をかしげるようにしながら、よろしくと挨拶した。

 (なるほど。そういうことなら、私が話したほうが早そうだ。私の一族は、かつては山深い里に住むものだった。そこで、半農半猟の暮らしをしていた)

 特に霊感が鋭かったわけでもなく、ごく当たり前に暮らしていた一族の次男が、戦後まもなく仕事を求めて町に出てきて、やがて杏子の母と出会い、結婚した。

 自分が知っているのはそのくらいだが、自分より古い時代のことは、さすがにわからないと、タネは言った。

 そして、一族が代々暮らして山里の場所も、晃に教えてくれた。

 (……そういえば、桜はいつも、今頃に咲いていたような。昔からの桜ばかりだったので、ソメイヨシノは見たことがなかった。今はどうか、わからないけれど)

 (ありがとうございました。参考になりました。ところで、あなたは村上さんの力は、大丈夫なんですか?)

 晃の問いかけに、タネは苦笑した。

 (力が削がれて、困っている。そこにいる白狐も、家で時折見かけたが、やはり苦手そうにしていた)

 (ああ、やっぱり)

 タネは、晃をしばらく見つめると、眩しそうに目を細めた。

 (あなたは、あの力に負けないほどの力を備えている。羨ましいもの……)

 傍らで笹丸が、大きくうなずく。

 (とにかく、息子があのままでは、杏子も落ち着かないはず。一刻も早く、魂を連れ戻して欲しい。そのために、私に出来ることなら協力するので、いつでも言ってきて欲しい)

 (ありがとうございます。では、調査を続けます)

 晃はタネに礼を言うと、病院をあとにした。

 建物を出て、念のためにガラケーの着信を確認すると、和海からの着信があった。晃は急いで建物脇の邪魔にならない位置に移動すると、和海に連絡を取る。

 「あ、晃くん。意外と早く気づいてくれたのね。あなた、電源切っていることが多いから。それはともかく、問題の桜の親木の場所がわかったの。迎えにいくから、そこで待っていて」

 晃は、今、自分が村上の入院している病院にいることを告げた。

 「ちょっと確認したいことがあって、病院に来ていたんです。迎えに来てくれるというなら、こちらにお願いします」

 「わかったわ。そのまま待っててね」

 晃は電話を切り、電源も落とすと、病院の正面玄関入ってすぐのエントランスホールのところにあるベンチに座り、和海を待った。

 それからしばらくして、和海が正面玄関に姿を現した。それを確認して、晃は立ち上がり、和海のほうへ歩み寄る。和海も晃にすぐ気がついて、小走りに駆け寄ってきた。

 「さ、早く事務所へ行きましょう。所長が、また行きたがっているところがあったので、わざと車で出てきたの」

 「ああ、なるほど」

 二人はそのまま駐車場へ移動し、車に乗り込んだ。

 早速事務所へ向かいがてら、和海は病院で何を確認していたのかと尋ねる。

 「実は、村上さんの母方の祖父の血筋の人が、どこに住んでいたかを確認していたんです。村上さんのお母さんは何も話してくれませんでしたが、守護霊から話は聞けましたから、場所はわかりました」

 「それで、どこなの」

 軽い口調で尋ねた和海は、晃の答えに驚いて動揺してしまい、危うくハンドル操作を誤るところだった。助手席の晃が咄嗟に横からハンドルを握って押さえたので、蛇行運転はしないですんだ。

 「しっかりしてくださいよ。それにしても、それだけ驚いたということは、もしかして僕が聞いてきた場所と、桜のある場所が、同じだったということですか?」

 「そう、そのとおりよ。だから、びっくりしちゃって……。ごめんなさい、晃くんがハンドルを押さえてくれなかったら、どこかに接触してたかもしれないわ。ありがとう」

 和海は、運転を誤りそうになったことを詫び、晃に礼を言った。

 「いや、それは別にいいんですよ。実は今、教習所にかよっているもので、とっさのときの反応の、いい練習になりました」

 晃がそういって微笑むと、和海はなるほどとばかりにうなずいた。

 「教習所にねえ。どこまで進んでいるの?」

 「もう少しで、路上教習というところです。次の次ぐらいに、仮免の試験を受けて、合格すれば路上教習です」

 「うまく免許証が取れれば、晃くんも運転出来るようになるわね。あ、でも、専用車が必要か……」

 和海は、晃の左腕がそっくり義手であることを思い出し、今自分が運転しているこの車は、運転出来ないと気がついた。

 「そういうことになりますね。いくらオートマ車でも、僕ではハンドルを握ったままではその他の操作はほとんど無理なので、それを足で出来るようにしてある車とか、そういう改造車が必要ですから。教習所で乗っている車が、そうなんですよ」

 「そういうことになるのね。でも、頑張ってね。免許証を取れれば、行動範囲も広がるし、将来のためにもいいことよ」

 「本当は、明日も教習所へ行く予定だったんですが、今はちょっと落ち着かない状態なので、明日は諦めます。この一件が解決したら、集中的に予定を組みますよ」

 やがて、いつもの見覚えのある通りに出、住宅地へ入ると、結城探偵事務所に到着した。

 和海がガレージに車を入れている間に、晃は一足先に事務所へ入る。中では結城が、デスクの上に地図を広げて待っていた。


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