16.決意
(遼さん、僕はやっぱり、この力に向かい合うべきなんだろうか? この、“命を削る力”を、きちんと自分のものにするべきなんだろうか?)
(難しいところだな。だが、自分で使わない、封印すると決めていたって、和尚さんの言うとおり、我を忘れたときに暴走しない保証はない。それだけはいえる)
(そうだね……)
そのとき、肩の上に乗ったままの笹丸が、晃に話しかけてきた。
(必要以上に、自らの力を恐れることはない。その力もまた、そなたの一部。一部にしか過ぎぬ。それを恐れるあまり、心まで頑なになることはないのだ。そなたが今、“奥手”なのは、それが一番の原因でもあるのだぞ。そなた自身が、自覚しているかどうかはわからぬがな)
晃は、しばらく考えた。誰も、晃の返事をせかさなかった。
そして、晃は顔を上げると、法引に向かってきっぱりと言った。
「やってみます。自分の力から逃げていたって、結局逃れることなど出来ませんから」
法引はそれを聞き、大きくうなずいた。
「そうです。そのとおりです。わたくしも、微力ながらお手伝いいたしましょう」
「ありがとうございます。ところで、本当に身体は大丈夫ですか。顔色が、悪いですよ」
晃は、法引の体を案じた。今も、その顔色は決してよくない。いくら手加減をし、御仏の力に護られていたとはいえ、“無傷”ではすまなかったのだ。
「想像していたものよりは、ひどくありません。なんでもないといえば嘘になりますが、動けないほどひどくはありませんよ」
法引は、晃に微笑んで見せた。その言葉には嘘はなかったが、ひどいけだるさに襲われているのは否めない。“気”を消耗したのとはまったく違う、異様なけだるさだった。
晃は、自分の中の異質な力を、法引に返した。少しでも回復すれば、という思いだった。
「奪ってしまった力を、お返しします。気休めかもしれませんが、少しは違うと思うんですが」
晃から力が流れ込むのを感じ、法引はわずかに体が温まった気がした。
「そうですね、少しは楽になりました。ですが、本当の意味で“魂喰らい”の力を防ぐことは出来てはいないということです。わたくしの力など、この程度ということですな。わたくしとしては、御仏の力におすがりし、もっと強い加護をいただくことしか出来そうにありません。ですが、あなたなら、防ぐことが出来るかもしれませんな」
同等の力を持つ晃なら、相手の力を完全に防ぐすべを見つけることが出来るかもしれないというのだ。
「そのためには、自分の力を冷静に見つめ、その性質を見極めなければなりませんな。先程申し上げたように、それは自分の闇を見つめること。恐怖を乗り越えてください」
法引の言葉に、晃は真顔になってうなずいた。
法引はそれを見て、改めて本尊に向き直ると、静かに読経を始める。晃もまた、本尊のほうを向いて目を閉じ、心を落ち着かせて自分の内面に向かい合う。
事故直後の意識不明状態から目覚めたとき、その身体にはすでに遼の霊力が駆け巡り、人にして人にあらざるものになっていた。
それ以来、何とかその状態に慣れ、曲がりなりにも超常の力を使いこなせるようになった時には、すでに一年半あまりが経過していた。“魂喰らい”の力の暴走は、その間に起こった出来事だ。
体のリハビリはもちろん、自分の中に宿る人ならざる力を御するための精神力を養うことは、大変な日々だった。
しかし、再びあの日々に向かい合わなくてはならない。
晃はじっと、自分の中に眠る力を意識した。我知らず、遼の力が全身を駆け巡り始める。意識を、“霊気の左腕”に集中すると、その“腕”がひんやりとしてくるのがわかった。
晃は思い切って、その“腕”を自分の胸に押し当てた。
わけのわからない感覚が走った。自分の体から温もりとも瑞々しさともつかない何かが奪われ、それが“腕”を通って再び戻ってくる。そんな感覚だった。
加減してはいるものの、それは自分自身に対して“魂喰らい”を使ったことに他ならない。明らかに“気”を奪われるのとは違う、もっと危険な何かを感じるものだった。
(自分で自分に使ったから、“喰らった”力はすぐに戻ってくる。ダメージは最小限ですむ。でも、これが他人だったら……)
恐怖とも嫌悪感ともつかぬものが、心の奥から湧き上がる。
(晃、誓ったんだろ、村上ってやつの家族にさ。『元に戻してみせる』って。助けたいんだろ、あいつを)
遼の声が、静かに語りかける。晃の脳裏に、自分の身の上話をしたときの、村上の困惑したような溜め息が甦った。
あのとき自分は、問わず語りでいろいろなことを話してしまった。村上は、くどくど質問することもなく、それを聞いていてくれた。
あのとき、村上に打ち明けたことで、ずいぶん気持ちが軽くなったものだ。
でも、それは単なる自己満足ではなかったか。自分の感情を村上に押し付けただけではなかったか。
晃はもう一度、記憶の中に残る“女”の姿を思い返した。“身体”は間違いなく桜の精。そしてその顔が、取り込まれた村上のもの。
何故、村上は取り込まれなければならなかったのか。あの“女”と村上の間に、どんな縁があったというのか。
(それは、我のほうが知りたいくらいだ。だがあれが、母方の祖父から受け継いだ血筋が関係するところまでは感じられた。そこから先が、よく“視えぬ”のだが)
笹丸の言葉に、晃はもう一度村上の母杏子に話を聞こうと思った。
特に、これだと感じるものがあったわけではないが、何故村上が取りこまれることになったか、それがわかれば、“魂喰らい”を防ぐすべが見つかりそうな気がしたのだ。
桜の精が村上を取り込んで、そしてその結果“魂喰らい”の力を得たのならば、それは桜のほうではなく、村上の血筋のほうに力の源泉を求めるべきではないかと思ったのだ。
杏子の父方の親族に、何かがあるのかもしれない。
闇雲に、“魂喰らい”の力を防ぐ方法を模索するより、確実なところから潰していくほうがいい。
晃は、法引が読経を終えて合掌し、大きく息を吐いたところで声をかけ、今考え付いたことを話してみた。法引も、その考えに賛同してくれた。
「それは確かに、何か糸口が見つかるかもしれませんな。そこに、お狐様もいらっしゃることだし、因縁を手繰るのは悪いことではありませんぞ」
「それでは、早速行ってみます。まだ時間はありますし、村上さんが入院している病院へ行けば、連絡はつくはずですから」
晃は立ち上がろうとして、足が完全に痺れて感覚がなくなっていることに気づいた。うまく立てずに足を投げ出した格好で顔をしかめる晃の姿に、法引は微笑を浮かべた。
「慣れない人は、足が痺れるものです。慌てることも、ありますまい」
「す、すみません……」
晃が右手で足をさすると、笹丸も肩の上から降りて、前足で晃の足をさすってくれた。
(こういうところは、今の世の人間であるな。日頃、正座などやりつけておらぬのであろう?)
(……否定はしません)
晃は恥ずかしげにうつむいた。




