表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第一話 凍れる願い
9/345

09.新たな依頼

 さまざまな情報を総合した結果、四人の被害者には、やはり共通点があることがわかった。事件に巻き込まれる一日から二日前に、問題の斎場の前を通りかかったことが確認出来たのである。

 友人とともに、少し離れたディスカウントショップまで買い出しに出かけていったもの、営業先に直行するため、普段利用しているのとは違う駅に向かったものなど、理由はさまざまだが、普段と少し違ったパターンの行動を取り、その結果、例の斎場の前を通りかかっていた。

 時間的には、午前九時から午後三時の間、通りかかった曜日は、水曜日がひとり、木曜日が二人、金曜日がひとり、そして、先日晃が危うく霊気を引き剥がしたサラリーマン氏が土曜日だ。

 「こうしてみると、大体週の後半だな。偶然なのかも知れんが、少なくとも日曜と月曜と火曜はなしか」

 資料を見ながら、結城が首をひねる。

 「……以前に小田切くんが聞き込んだ、特定の勤務シフトのときに感じられるという、異様な冷気というのも、確か週の後半だったはずだ」

 結城の言葉に、晃がうなずく。

 「この、“週の後半”というのに、何か意味があるのではないかという気は確かにしますよね。そういえば小田切さん、興味深い情報が入ったと言っていましたけれど、どんな情報が入ったと言うんですか」

 晃に尋ねられ、和海は新たな資料をバッグの中から取り出すと、デスクの上に並べた。

 「ええ。関係者に確認して、こんなことがわかったの。実は、例の殺人事件の被害者の女性、松崎さんの葬儀が行われたのが、木曜日から金曜日にかけて。そして、容疑者の男が留置所で亡くなったのが、彼女の通夜が行われたまさにその夜。職員が、様子がおかしいことに気づいて、病院に運び、死亡が確認されたのが午後十時頃。死因は“急性心不全”」

 それを聞き、結城と晃が顔を見合わせる。

 「それは……何かを暗示させる死因だな。今回の一連の被害者の表向きの死因が、“急性心不全”というのと、かなり繋がりがある気がするぞ」

 「気がするというレベルではありませんよ、所長。続けてください、小田切さん」

 晃に促され、和海はさらに資料を繰った。

 「それで、冷気が感じられる日の特定のシフトに入っていた人が、松崎さんの葬儀でスタッフとして働いていたそうよ。この特定シフトの人というのが、合計で十人ほど。その中の四人が、この葬儀に加わったスタッフ」

 「それで、その人たちの住所氏名はわかりますか」

 晃の問いかけに、和海は再度資料を確認しながら、こう答える。

 「……一応名前くらいは。だけど、さすがに詳しい住所までは、まだ追いきれなかったわ。プライバシーの問題とかもあるし。じっくり時間をかけるか、でなかったらピンポイントで誰かひとりというなら、何とかなったかもしれないけれど、調査する必然性がどこまであるのかと考えると、今のところはここまでということで」

 「まあ、正直に打ち明けて、納得してもらえるような事柄ではないからな、今手がけている依頼は」

 結城が頭を掻いた。そして腕時計を確認する。午後二時を回っていた。

 「そして、この葬儀以来、そのときのシフトに入っていた人たちが働いているときは、気味の悪い冷気を感じる人が現れるようになった、という時系列になるのよ。それで、シフトは微妙に曜日によってずれているから、週の後半で、冷気を感じる日に働いている人は、六人ほどに減るの。で、この六人の中の四人が、松崎さんの葬儀に関わったスタッフなの」

 「微妙に一致するな。それに、容疑者が亡くなったのが、被害者の通夜の晩っていうのも、かなり引っかかるぞ。すべては、憶測の域を出ないが……」

 結城が腕を組んで考え込むと、晃も真剣な口調でつぶやくように言った。

 「確かに推測の話ですが、被害者が容疑者……加害者といってもいいですが、その相手を死に追いやったとすれば、辻褄は合います。ただ、僕には、恨みでそういうことをしたとは思えないんです」

 それには、結城はもちろん和海も怪訝な顔になった。

 「どういうことなの、晃くん。幽霊が、恨みの相手を死に追いやるというのは、昔からよくあることじゃないの。どうして、そう思うの」

 「まったくだ。それが一番自然な解釈じゃないか」

 「所長、小田切さん、相手の意思は“温めて欲しい”だったというのを覚えているでしょう。それは、恨みの念からは出ないことだと思うんですよ。僕自身、現場で感じたことを総合すると、恨みとは思えないんです」

 晃の指摘に、二人も考え込んだ。そして晃が付け加える。

 「それに、彼女が純粋に殺された恨みを晴らすためだけに行動していたなら、何故直接の当事者を死に至らしめただけで満足せず、次々に被害者を出しているんでしょうか?」

 晃の問いかけに、二人とも口ごもる。晃はさらに続けた。

 「自分を殺した相手に対して、恨みが晴らせれば、普通はこの世に対する執着は切れるはずです。それなのに、彼女は彷徨い続け、犠牲者を出し続けた。今だって、誰かを狙っているかもしれない。この執着は、どこから来ているんでしょう……」

 晃が、結城と和海を交互に見つめる。

 「……結局“温めて欲しい”ということなのか……」

 「そこへ行き着くのね。よっぽど、寒かったんでしょうね……」

 冷凍倉庫に閉じ込められ、息絶えようとした彼女が欲したもの、それは間違いなく温もりだっただろう。死の間際の思いが、この世への強い執着となって、霊体をこの世に縛り付けてしまったに違いない。

 「しかし、わからんことがある。どういう基準で、被害者を選んでいるのかということだ」

 言いながら、結城は容疑者である西尾の顔写真を手にとって見つめた。そして、他の被害者の写真と見比べてみる。どことなく似ているような気がしないでもないが、はっきりとした共通点はないように見える。

 「……これは、“本人”が自分の基準で選んでいるのだろうな……」

 結城が眉間にしわを寄せながら、手にした写真を他の写真の隣に並べた。

 「他人であるわたしたちでは、判断基準はわからないというわけね……」

 和海の言葉にも、溜め息が混じる。

 一応、問題の斎場周辺を重点的に調べれば、まだ手がかりが出てくるだろう。しかし、だからといって詰んだとはいえない。何かが足りない気がする。

 その時、電話が鳴った。

 和海が受話器を取り、いつものように話し出した。

 「はい、結城探偵事務所です。さまざまな調査業務を請け負っております……て、はい、はい、そうです。はい、おりますが……」

 和海は電話を保留にすると、結城のほうを振り向いた。

 「所長、電話です。警察時代の後輩の工藤さんという方からです」

 「何、工藤から。わかった」

 結城が受話器を取り、保留をはずす。

 結城はそのまま話し始めたが、話すうちに表情が険しくなり、急に何事かメモを取り始めた。

 「……それで、そのガイシャはどういう状況で。あ、すまん、これに関してはガイシャではないな。……わかった。こっちも、見せたい資料がある。一時間後に、そっちへ行けばいいんだな。部下を受付にやるから、話が通るようにしておいてくれ。じゃあ」

 受話器を置くなり、結城は真顔になった。

 「……早見くんの推理が、悪いほうに的中してしまった。また、死因が不審な変死者が出たそうだ。それについて、相談に乗って欲しいといってきた。正式の依頼ということで、全員で行く。一時間後に向こうに着くようにするから、資料をまとめておいてくれ」

 それを聞き、和海も晃も顔がこわばった。

 心の中で抱いていた可能性が、現実になってしまったということが、全員の心に重くのしかかる。

 (まずいな。相手の尻尾が掴み切れないうちに、次の犠牲者が出ちまったか。早いとこ止めないと、あのアマどんどん無関係な人間を手にかけ続けるぞ)

 (相当な執着だものね。生きている人間では、温めることなんか出来ないのに。それを自分で悟ることはないんだろうな)

 (悟れるようなやつなら、とっくに成仏してるだろうさ)

 晃は、一刻も早く居場所を突き止めなければならないと焦る気持ちを抑え、二人の作業を手伝った。

 資料として使えそうな周辺の地図などを和海に手渡し、二人がかき回して散らかしたファイルを片付ける。

 程なく栄美子が出勤してきたので、事情を話して事務所の留守番を頼み、三人は車で出発した。

 依頼人のいる警察署まで向かう道すがら、結城は電話で伝えられた今回の一件の概要を告げた。

 「今回、工藤が相談してきた“事件”は、三十代前半のひとり暮らしの独身男性が、自宅で変死しているのが見つかったというものだ。司法解剖の結果も、我々が依頼された被害者と共通しているらしい。まだ確定したわけではないが、かなり可能性が高そうだ」

 それを聞いた和海が運転しながら、唇を噛んだ。

 「早く悪霊の居場所を突き止めないと。勘なのだけれど、例の“特定シフトの中の人”の誰かに、憑依しているんだと思う。だから、憑依されている人が斎場に来ているときだけ、異様な冷気が場内に漂い、前を通りかかった人から犠牲者が出たんだわ」

 その時カーナビが、目的地に到着したことを告げた。目の前に、警察署の建物が見えている。そこの駐車場に車を止めようとした和海に、結城は別なところにしようと言った。

 「依頼内容が内容だ。直接乗り付けるのはやめよう。仮にも警察は、“科学的捜査”を信奉している。そこに“心霊事件の調査”で乗り込んでいったら、不審の目で見られる」

 それを聞き、和海は警察署を行き過ぎて、近くの喫茶店の駐車場に入った。

 「私と早見くんは先に入って席を確保しておくから、工藤に面会して、ここにいると伝えてくれ。受付で私の名前を出せば、話が通ることになっている」

 「わかりました。それじゃ、行ってきます」

 結城と晃は、徒歩で警察署へと戻る和海の後姿を見送ると、喫茶店の中に入っていった。

今更ですが、晃君のキャラクターは、ラノベにたまに出てくる“左右の眼の色が違う(ヘテロクロミア)”キャラの変形です。

そして、“少年漫画のキャラの中に紛れ込んだ少女漫画の美青年”でもあります(笑)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ