14.模索
淡いクリーム色の軽自動車が妙昌寺に到着したのは、途中のサービスエリアで打ち合わせをしながら昼食を取ったこともあって、午後二時を過ぎていた。
門をくぐって、外観は味も素っ気もない鉄筋コンクリート作りの二階建ての建物脇の駐車場に車を止めると、事前連絡で到着を見越していた法引が、早速出迎える。
「正月の一件以来ですが、また厄介なことになりましたな」
車を降りた三人に向かって、法引が声をかけた。
「和尚さん、またお世話になります。本当に、とんでもないことになりまして」
結城が頭を下げると、法引は微笑みながらかぶりを振った。
「このようなところでは、ろくなお話も出来ません。中にお入りください」
法引は、建物一階の自宅に三人を招きいれると、お茶を出してくれた。
「一通りの事情は大体電話でお聞きしましたが……それにしても、一体どちらでそこのお狐様をお連れすることになったのですかな」
晃の傍らに座る小さな白狐に、法引も物珍しげな視線を送っている。晃は法引に、笹丸が自分に同行することになったいきさつを話して聞かせた。
「なるほど、そういうわけでしたか。ただの化け狐とは違うと思っておりましたので、それが何故、と疑問に思っていたのですが、得心いたしましたよ」
うなずく法引に、和海が話しかけた。
「ところで和尚さん、“魂喰らい”の力を、防ぐ方法は何かありませんか」
「そうですな……」
法引も考え込む。法引自身、話には聞いたことはあったが、気を啜って徐々に弱らせていくのではなく、生命力そのものを一気に奪って死に至らしめるという、そんな恐ろしい力を持った霊体には、まだ出くわしたことはなかった。
「わたくしとしても、御仏におすがりするしかありませんですな。ところで、その肝心の枝垂桜の場所というのは、わかっておるのですかな」
「いえ、まだ正確にはわかっておりません。ただ、手がかりはあります」
結城の答えに、法引はまずそちらを先に調べて欲しいといった。
「そちらでお調べいただいている間に、わたくしのほうも、対処の方法を何とか見つけ出してみましょう。ただ、その際の手伝いといってはなんですが、早見さんをこちらに回していただきたいのですが」
それを聞き、結城と和海が思わず顔を見合わせる。
「ま、まあ、こちらは純粋な調査ですから、構わないといえば構わないんですが、やはり早見くんの力があったほうが、いいんですか」
結城の問いかけに、法引はうなずく。
「晃くんは、それで構わないの」
和海が晃の顔を見る。晃もまた、うなずいた。
「ええ、僕としても、和尚さんの下で、いろいろ勉強したいですから。今までの力は、試行錯誤するうちに身についた力。もっと修練すれば、僕も“魂喰らい”に対する対処法が身につくかもしれません」
そういうことならと、二人とも晃が法引の手伝いをすることを承諾した。
「では、こちらは早速、場所を特定するための調査に行ってきます」
結城が腰を浮かせると、和海もそれに続いた。二人は、“神霊”によって示された桜が、どこの桜であるのか、その手がかりを得ていた。
結城の本家が旧家であったことが、ある意味幸いしていた。かつて、ご神木の桜があの場所に植えられたときの記録が、残っていたのだ。
古いもので、断片的なものしかなかったが、それでも古地図などと付き合わせれば、かなり場所を絞り込めそうな資料だった。
ぼろぼろの古文書から、必要な情報だけ写し取ったものが、結城のシステム手帳の中に納まっている。
それを法引に伝えると、法引はうなずき、二人を見送った。
「正確な場所がわかったならば、連絡をください。わたくしのほうも、何とか対処法を見つけ出しますゆえ」
晃に、本堂のほうへ行くようにことづけると、法引は駐車場まで二人を送っていき、そのまま晃を追いかけるように本堂へ行った。
法引が、本堂へ続く外階段を登ると、本堂入り口の扉のところで、晃が待っていた。晃の足元には、当然のように笹丸がいる。遠ざかる車のエンジン音を聞きながら、晃が口を開いた。
「それで、これから何をするのですか、和尚さん」
「……あなたの力を、お貸しいただきたいと思いましてな」
「僕の力……」
晃は、法引に導かれるまま、本堂に上がった。そして、本尊の十一面観音の前で、本尊から見て上座に法引、下座に晃が正座し、晃の膝の上で笹丸が丸くなる。
「まず、あなたが“視た”という、人の魂を取り込んだ“桜の精”とやらの姿、わたくしにまず教えていただけませんかな。相手の様子がわからなければ、対策の立てようがありませんからな」
晃はうなずき、右手を伸ばして法引の肩に乗せると、あのとき“視た”女の姿を、法引の意識の中に送り込んでいく。やがて法引は、よくわかったと言って合掌した。
「……拝見した限りでは、引き込まれそうな空恐ろしさを感じましたが、この者が持つ力が“魂喰らい”なのですね」
「そうです。無策に対峙すると、致命的な事態になりかねません」
法引は、腕を組んで唸った。
「……実感が湧きませんな。“気”を啜って被害者を弱らせていく悪霊なら、何度も“視た”し、祓ったこともあるのですが」
そのとき、晃の膝の上にいた笹丸が、法引に向かって口を開いた。
(身を持って体験してみれば、わかることではないか。深手にならぬ程度で、その力を体験してみれば、何かわかるやも知れぬぞ?)
それを聞いた法引は、呆気に取られて笹丸を見つめる。
(あなたは一体、何を言い出すのですか。そのような都合のいいこと、あるはずが……)
(あるのだ。ここに、同じ力を持つものがおる)
晃の顔が、傍目にもはっきりわかるほどこわばった。
(突然、何を言い出すんですか、笹丸さん)
遼もまた、呆れたような声を出した。
(まったく、いうに事欠いて、何言い出すんだ、この狐さんは。あのとき晃が、どれだけショックを受けて混乱したか、わかってないんだろう)
自分が、“魂喰らい”の力を持つと気づいた日、それを人に使って、相手の魂に重傷を負わせてしまったあの日、晃は自分の秘めている力の恐ろしさに、食事も喉を通らなくなり、ほとんど一睡も出来ないまま夜を明かした。その状態は、二、三日も続いた。