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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第四話 狂い桜
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13.魂喰らい

 晃は、改めて朽木を“視た”。かつてご神木だったという桜の木と重なって、輝くように爛漫と咲く枝垂桜の姿が目に映る。そしてその向こう、遥かに“奥”に、何故か着物姿の女性の後姿が“視え”た。腰まである、輝くような黒髪を、毛先近くで桜色の地の金紗の布でひとつにまとめ、布を長くたらしている。

 髪のせいで帯はわからないが、着ている着物はまごうことなき桜色。それに、金糸で桜の花びらが刺繍されているように“視え”た。

その女性の右手が、肩越しに手招きする。これは、ご神木の精ではないと直感した晃は、相手に向かって問いただした。

 (お前は誰だ。何故、僕に手招きをするんだ?)

 相手はそれに答えず、手招きをやめると、ゆっくりと振り返る。その顔が“視えた”とき、晃は愕然とした。一瞬、そのまま引き込まれるような気配があった。

 危険を感じた晃は咄嗟に自分で意識を引き戻し、現実に戻った。

 「どうした、早見くん。顔色が悪いぞ。何を“視た”んだ」

 晃は一瞬口ごもったが、結城も同じような女を見ていることを思い出し、言った。

 「所長。村上さんの部屋で〈過去透視(サイコメトリー)〉をしたとき、『女性の後姿を“視た”』と言っていましたよね。今、それらしい女性の姿が“視え”ました」

 晃の言葉に、結城はその時のことを思い出し、目を見開いた。

 「それで、他に何か“視え”たの」

 和海がさらに尋ねる。

 「ええ、とんでもないものが。僕が、“視て”いたら、手招きしてきましてね、『誰だ』と問いかけたら、振り返ったんですよ。その顔が……村上さんそっくりでした」

 それを聞いた二人の顔が、驚愕のあまり固まった。

 「一瞬引き込まれそうになって、それを何とか振り切って、我に返れたんですが」

 しばらくの間、誰も言葉を発しなかったが、やがて、結城がゆっくりと口を開いた。

 「それが何を意味するか、君はわかるか、早見くん」

 「直感ですが、あれは村上さん自身でしょう。完全に取り込まれたんです」

 晃の答えに、結城も和海も一瞬何も考えられなくなった。いや、考えたくなかった。冷静な思考を放棄したといったほうが正しいかもしれない。特に、一度は女の後姿を見ている結城の動揺は、明らかだった。

 そんな二人の様子に、晃は畳み掛けることをせず、充分な間合いを取った。

 (僕自身、とんでもないものを“視た”っていうのが正直なところだから、仕方がないけどね。所長なんかは、一度自分もそれらしい後姿は“視て”いるし、村上さんは親戚だしで、二重に混乱してるみたいだ)

 (こっちは、一度もっととんでもない地獄絵図を“視た”から、持ちこたえたようなもんだが、あれとは別な意味でぞっとしたぞ、俺は)

 (僕もだよ。しかし、あそこまで取り込まれるというのは……)

 (あれこそ、“因縁の血筋”のためよ。引き離すのは、難しいぞ)

 突然、笹丸が会話に割り込んできた。晃も遼も驚いたが、笹丸は構わず続けた。

 (驚かせてしまってすまぬが、これでも憑き神ゆえの力と思うてくれ。充分な力を持つものとの間で、こうして接触しているのなら、直接心の会話が出来る。それゆえ、割り込ませてもろうた。気を悪くしたのなら、謝る)

 (いえ、別にそういうことではないのですが、僕と遼さんの会話に割り込まれたのが初めてだったので)

 (なんせ、俺と晃はこういう特殊な状況なもんで、ここに割り込めるひとがいるとは、俺も思わなかったんですよ)

 (遼さんが敬語使うの、初めて聞いたな)

 (俺だって、使わなきゃならないときは使う。お前相手しか会話したことがないから、使わなかっただけだ)

 そのとき、立ち直った結城が声をかけた。

 「早見くん、どうした、なんかぼんやりして」

 「え、あ、すみません。笹丸さんと、ちょっと話をしていたもので」

 晃は、笹丸の言葉を伝えた。それを聞いた結城は、大きく溜め息をつく。

 「“因縁の血筋”か。どうすればいいんだ……」

 今度は和海が、笹丸に訊いてみて欲しいと言い出した。

 「ねえ、笹丸さんは、もう少し何かわからないの。訊いてみて」

 それを聞いた笹丸は、こう言った。

 (我とて、“あれ”の姿はそなたの力を通してしか“視る”ことは出来なんだ。だから、そう詳しくはわからぬが、例の桜の精と、村上の家の長男との間に、血筋以上の因縁があったようにも思える。それが何かは、我にもわからぬが。血筋の因縁と、もうひとつの因縁が重なったゆえ、あのような有様になったと思うのだ)

 (もうひとつの因縁……)

 晃は、考え込みながらも、笹丸の話の内容を話した。当然、結城も和海も思わず顔を見合わせ、困惑を深くする。

 (あのとき、そなたが深入りせず、意識をこちらに引き戻したは、賢明な判断。あれは魔性のもの。かつてはそうではなかったはずが、人を取り込み、“人を食らう”力を得たというてよいであろう。そなたが真の力を現しておれば、逆に“食らう”ことも出来たであろうが、あのときの様ではそれも難しかったであろうからな)

 (“食らう”とは、どういうことですか?)

 (そなたの中に眠る力と同じものよ。自分でも、その力には気づいておるのではないか?)

 (……“あれ”のことですか? 自分では、禁忌の力にしているんですが……)

 笹丸の指摘に、晃は自分の意思で封印したある“能力”を思い出した。まだ、遼からもらった超常の力をうまく制御出来なかった頃、怒りに任せて一度だけ使ってしまい、その恐ろしさに封印を決意した能力。

 (そう、その力。使わずに済ませられれば、それに越したことはない力ではあるがな)

 笹丸は、あのおぞましき“女”は、“その力”と同等の力を持つという。

 晃は溜め息をつき、結城の顔を見た。

 「あの、村上さんを取り込んだ“女”は、実は恐ろしい力を持っているそうです。“魂喰らい”です」

 「“魂喰らい”って、どういう意味だ」

 思わず聞き返す結城に、晃は続けた。

 「それは、文字通り命そのものを食らう力です。“気”を啜る程度ではすみません。その人の生命力そのものを啜り、最後には死に至らしめる恐ろしい力です」

 それには、結城も和海も顔色を失った。

 「急がなければ、取り込まれた村上さんはもちろん、“女”に魅入られた人の中から犠牲者が出てしまうでしょう」

 言いながら、晃は“あの瞬間”を思い出していた。

 事故の後、復学した直後、昼休みに屋上でひとりぼんやりしていたら、別なクラスの数人の男子が近づいてきて、晃をからかった。事故のために負った障害と、長期欠席のために再度事故前と同じ二年生に編入されたことが、からかいの元だった。

 初めは無視していたが、他に人目がなかったせいか、だんだんエスカレートし、しまいには集団で晃を取り囲み、小突き回し始めたのだ。

 やめるように言ったのだが、嵩にかかっていた相手は、ますます調子に乗って晃を殴り、馬鹿にした。

 それが頂点に達したとき、晃は怒りのあまり、我知らず遼の力を呼び込んで、相手に逆襲を仕掛けてしまったのだ。そのとき、無意識に使ったのが“魂喰らい”だった。

 “霊気の左腕”で相手の命そのものを削り、奪い取ってしまったと気づいたとき、その場にいたすべての相手が、真っ青な顔でうずくまり、中には倒れこんだまま動けないものさえいた。

 そして、晃自身は異様な力が全身にみなぎるのを感じていた。それは、先ほど殴られた打撲傷を回復させ、跡形もなく消してしまうほどのものだった。

 しかし、引き起こした結果の重大さに恐れおののいた晃は、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴ったことで我に返り、その場を逃げ出した。

 それからしばらくして、学校に救急車が到着したことを、晃は憶えている。

 その後のことは記憶が曖昧で、気がついたときには、帰宅するために学校の最寄り駅へと歩いていた。精神的なショックで、記憶が飛び飛びになったのだろう。

 あのときの“被害者”は、それから二週間あまり入院したと聞いた。

 暴力は、表沙汰にならなかった。“被害者”も“加害者”も、沈黙を通したからだ。ただそれからは、その時関わった連中は、決して晃に近づかなくなった。彼らの目は、明らかに晃を“化け物”として畏怖の目で見ていた……

 あのおぞましい“魂喰らい”の力を、あの“女”も持っている。村上の魂を取り込み、禁忌の力を発現させたあの“女”を、なんとしてでも止めなくては。

 「……その、“魂喰らい”の力、防ぐ方法はないのか?」

 結城が、かすれた声で問いかける。晃が、笹丸に視線を送った。

 (難しいの。そなた自身、防ぐのが難しいことは、わかるであろう。その力、いくら着込んでいようと関係はない。防げるものがあるとしたら、より強いまことの神仏の力か、呪術のような力しかあるまいて。我とて、食らわれたら無事では済まぬ)

 笹丸の話の内容に、結城は途方に暮れたように天を仰いだ。

 「……所長、和尚さんの力、借りましょうか。和尚さんなら、何か対処法がわかるかも知れませんよ」

 何とか場の雰囲気を変えようと、和海が法引の事を持ち出した。妙昌寺の住職である西崎法引は、晃が調査に同行するようになる前、超常事件の解決に協力してくれていた霊能者だった。

 「……そうだな。場所の特定と平行して、身を守る算段もつけておかないと、まずい。我々が倒れてしまっては、村上くんを助けるどころではなくなるからな」

 結城と和海は、一旦戻って態勢を立て直す方向で意見がまとまりつつあった。それを見ながら、晃はふと、自分はあの“神霊”に呼ばれたのかもしれない、と思った。そうでなければ、ここに来る途中であれほど“ここにくれば何かわかるかもしれない”と感じることはなかったはずだ。

 しかし、あの朽ちたご神木の残骸を通して、なぜ“あの女”が“視え”たのだろう。確かに、親木の傍に枝垂桜はあったというが、直接の関係はないはずだ。

 そのとき、笹丸の声がした。

 (それは、そなたを呼び寄せた“神霊”が、それに応えてくれた礼として“視せ”てくれたものではないかと思うが。“神霊”の伝言、忘れずに伝えねばの)

 そうかもしれないと晃は思った。

 「ここを離れる前に、地元の人に、“神霊”が話していたことを、伝えておかないといけませんよね」

 晃が口を開くと、結城に向かって和海が言った。

 「所長、お身内がいるんですから、伝言お願いしますね」

 「私がやるのか?」

 結城は思わず渋い顔になったが、和海の言うことももっともなので、不承不承にうなずいた。

 三人は車に戻ると、ひとまず結城の本家へと向かった。


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