表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第四話 狂い桜
86/345

11.古寺

 (どうなのかね、このお狐さんは。頼りになるのか、ならないのか)

 (そのときによるんじゃない。僕や所長、小田切さんだって、能力に向き不向きはあるんだし。少なくとも、先祖の因縁みたいなものを見通す力は、誰より強いと思うよ)

 (そうだな)

 そのとき、和海が口を開いた。

 「笹丸さん、休んでるの? なんか、丸くなっているみたいだけど」

 「ええ、今、休息中という感じです。ところで、目的地まであとどのくらいですか」

 「ちょうど三分の一くらいかしらね。まだしばらくかかるわよ」

 和海が、カーナビの表示を見ながら答える。

 しかし、笹丸が言ったことが事実なら、これから向かう結城の本家の菩提寺と、村上の部屋で晃が“視た”桜の関係が、まったく見えなくなる。それが、三人の心に当惑を生んでいた。

 笹丸は、“厄介な血筋”は杏子の父親の家系だといった。だとしたら、確かに結城とは直接関係がなくなる。結城にとって、血が繋がっている親族は、杏子の母である伯母の邦子だからだ。

 「地図に線を引っ張ったときに、誤差が出た可能性はあるはずですよね」

 和海が、溜め息混じりにそういった。すると晃が、考えながら答える。

 「でも、もやもやしていてはっきりしないんですが、まったく無関係とも思えないんですよ、僕は。地図で見たとき、直感的に『ここに行けば、何かわかるかもしれない』と思ったんです。予知とまでは行かないんですけど」

 「早見くんの直感は、あてにしていいものだ。とにかく乗りかかった船、行くだけ行ってみよう」

 結城の決断で、車はそのまま目的地へと向かって走り続けた。

 事務所の前を出発したときには、まだ午前八時にもなっていなかったものが、高速道路をたっぷり二時間以上走り続けて、やっと菩提寺のある町へと入ってきた。寺は、背後に山を抱えたこの町の郊外、山のふもとにある。

 「所長、せっかくだから、本家へ寄ってみたらいかがですか。確か、伯父さん夫婦がまだ健在なんでしょう」

 和海に言われ、結城は頭を掻いた。

 「……どうも、伯父さん夫婦は、子供の頃から苦手なんだよな。いとこたちも、完全に一回り上だし、なじみが薄くて……」

 「でも、これから菩提寺を訪ねるのに、本家に顔を出さなかったら、余計に面倒なことになりませんか?」

 晃に痛いところを突かれ、結城はしぶしぶ本家に行くことにした。

 一度ナビを切り、古い住宅地にある結城の本家へと車を進めると、すでに近代的な建物に建て替えられてはいるものの、都会では考えられない敷地面積と床面積の立派な住宅が現れた。低い塀に囲まれてはいるものの、中の土地が高くなっているらしく、建物の様子はよく見えた。

 「ここだよ。建物は、すっかり建て替えられているがなあ」

 「うわ、大きい。結構いいとこの出だったんですね、所長」

 和海が、感心したように何度もうなずいた。

 「いや、本家は確かに大きいが、うちのところは特に関係はないさ。私の父は三男だったから、食っていくために五十年も前にここを出ている。それからは、正月とか旧盆とか法事くらいしか帰らなかったし、私自身結婚してからは、いちいち本家に行くようなことはなかったしな。二十年近く、ここには来なかったんだ」

 結城の言葉が終わるか終わらないかというところで、車は本家の正門の前に止まった。

 結城は助手席のドアを開けると、君らは関係ないからと言い残し、ひとりで建物に向かった。

 どのくらいの時間がかかるのかと案じながら、二人が車内で待っていると、二十分ほどで結城は戻ってきた。

 「用があって菩提寺を訪ねる途中で顔を見せにきたと言って、お茶一杯ご馳走になってきたよ。すぐ行かなきゃならんからと言って、頃合いを見計らって戻ってきた。さ、行こう。ぐずぐずしていると、伯父さん夫婦に捕まりそうな気がしてならん」

 結城が車に乗り込んでドアを閉めると、本家の玄関が開く。

 車が、大急ぎで発進する。その背後から、ごま塩頭の女性が、大声で怒鳴った。

 「タカーッ、芋でも持っていけばいいによーっ!」

 車の中にも、これはかすかに聞こえた。

 「所長、『芋でも持っていけ』と言ってるみたいですけど?」

 後ろを振り返りながら、晃がつぶやく。結城が苦笑した。

 「決して悪い人たちじゃないんだが、こっちが必要ないものでもあげるあげるとうるさくて。以前からそれがうっとうしくて、避けるようになったという面もあるんだ」

 「純朴な人たちですね。なんとなく目に浮かびますよ」

 和海が、何度もうなずく。結城は、苦笑が止まらない。

 車は、改めて結城の家の菩提寺へと向かった。住宅地を抜けて、そのまま郊外へと向かう。菩提寺である藍山寺は、住宅地から車で十分ほどだった。

 どっしりとした白壁に囲まれた、その土地の古刹といった趣の寺で、土地の人々の信仰を集めていることは、ひと目でわかった。

 山門手前の駐車場に車を止めると、三人は車を降りた。晃の後ろには、笹丸がぴったりとくっついている。

 (ところで、こういうところは大丈夫ですか?)

 晃の問いかけに、笹丸は大丈夫だと言った。

 (得意というわけではないが、入れば困ったことになる、ということはない。案ずるな)

 それを確認して、晃は山門に足を向けた。

 皆が山門をくぐると、三人三様に何がしかの気配を感じ、思わず周囲を見回した。互いの視線が交錯したとき、三人がそれぞれ何かを感じたことに気がついた。

 「何を感じた?」

 結城が、二人に問いかける。

 「人ではない存在の気配ですね、わたしは」

 和海が答えた。

 「僕もです。動物でもありません。もっと淡い気配です。前方に見えている本堂の裏手から、漂ってきたように思いましたが」

 「私も、何か妙な気配を感じたんだが……。さすがに早見くんが一番具体的だな」

 いちおうお参りをして、ご本尊に霊視するということを告げてから、調べることにしようと、三人は本堂へ向かった。

 途中の手水舎で手や口を清め、調査の成功を祈ると、気配が漂ってきたという、本堂裏手に向かう。

 本堂の裏は、見上げるような大木が何本も生えている、林のような雰囲気のところだった。一種独特の気配が、絶えず周囲に漂っている。林の向かって右奥が、檀家の墓地になっているのが見えた。この林は、このまま裏手の里山へと続いているようだった。

 すでに花は終わっているが、桜の木も何本かあった。

 「ここのどこかから、さっき気配を感じたんですよね」

 晃が、頭上を見上げながらゆっくりと歩き出す。

 (ここには、古木の精霊たちがおるようだ。そなたの力なら、話を聞くことが出来るやも知れぬぞ)

 後ろからついてきた笹丸が、晃に言葉をかける。

 (僕に出来ますかね? 人の思いがこもった器物霊なら、話したことはあるんですが)

 (それが出来るなら、古木の精霊とも話せるはず。我が力を貸すゆえ、やってみよ)

 笹丸は、一気に跳躍して、晃の肩の上に乗った。柔らかな毛皮の感触が、首筋を撫でていく。そして、笹丸が晃の肩の上で、鋭く一声哭いた。

 刹那、周囲の木々がざわつき始めた。それは、現実のものではない。現実の木と重なるように、木々が発する“気”が揺らめき始めたのだ。

 その揺らめきに向かって、晃は心で話しかけた。

 (皆さんにお聞きしたいことがあります。今満開の枝垂桜について、何か知りませんか)

 (我ラハ、スデニ花ノ頃ハ終ワッタ。ソレニココニハ、枝垂桜ハナイ)

 桜の中の一本がそういう“意思”を伝えてきた。

 (それでは、先ほど気配を漂わせたのは誰でしょう。わかりませんか)

 (ソレハ、コノ奥ダ。我ラハソノ程度シカワカラナイ)

 桜の“意思”が、ある方向を示す。晃は、その方向に足を進めた。

 晃が奥にどんどん進んでいくのを見て、結城も和海も慌ててそれを追いかけた。

 「おい、どんどん先に行くな。確かにまだ昼少し前だが、だからといって何もない保証はないんだぞ」

 「そうよ、晃くん。ひとりで行かないで」

 しかし晃は、それを振り切るように、木々の奥へと早足で歩いていく。

 そのとき、山門をくぐった直後に感じたのと、同じ気配が漂ってくるのを感じ、晃はいっそう足を速め、ほとんど小走りに近い速さで そちらへ向かった。その後ろを、完全に駆け足になった結城と和海が追いかけてくる。

 晃が足を止めたとき、結城と和海はすぐ後ろにいた。そして、晃が見上げていたものを見て、息を飲んだ。

 それは、今にも朽ち果てようとしている木の残骸だった。一抱えもある立派な幹は、地上から二メートルあまりのところで折れ、大人がすっぽり入れるほどのうろが開き、朽ちて折れた枝が、あたりに落ちている。だが、よく見ると、今にも倒れそうな幹の傍らに、小さな若木が生えていた。風か鳥に運ばれた何かの種が、芽吹いて育ったのだろう。

 「これ、かつてここにあったお社のご神木だった木ですね」

 息を整えていた晃が、突然つぶやく。

 「えっ!?」

 「はっ!?」

 後ろの二人が、同時に聞き返した。晃は、さらに言葉を続ける。

 「ここには、かつてお社がありました。昔からの神様を祀ったお社が。でも、ずいぶん前に取り壊されたみたいですね。まだ、ほんのわずかですが、祀られていた神様の姿が、木のところに“視え”ます」

 結城と和海が目を凝らすと、ぼんやりとした気配の塊が、折れた幹の上に存在しているのがわかった。

 すると、呼吸が落ち着いた晃が、右腕を差し伸べて、驚くべきことを言い出す。

 「お話ししたいことがありましたら、僕を依り代にしてください」

 「待って。そういう役なら、本当はわたしがやるべきことよ」

 和海が焦って駆け寄ろうとするが、その前に気配は木から降り、晃の上に降った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ