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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第四話 狂い桜
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05.交渉

 そのとき、その女性が晃の視線に気づき、晃のところに近づいてきた。

 (本当に、いろいろとご迷惑をかけて、申し訳ない。代々霊感がない家系なので、私もこうなるまで、こういうことになっているものだとわからなかった)

 (それは仕方がないでしょう。“視え”ない人は、“視え”ないものですから)

 その女性は山岡タネと名乗り、杏子の実家の家系のものであると告げた。村上家は、時折、多少は霊感があるものが生まれる家系なのだが、山岡家は霊感を持つものはほとんど生まれた事はないという。

 タネによると、長男の琢己は両親の血がほぼ均等に出ていて、由香利は父親である勝の血が強めに出ているという。

 (勝という人が、少し気配の感じられる人で、由香利も子供の頃は、かなり気配を感じていた子供だった。大きくなるにつれ、感じる力がだんだん弱くなって、今では相当波長の合う存在でない限り、感じることはなくなったようなのだけれど。それで、あなたにより興味を持っているのでは)

 (はあ、なるほど)

 そのとき、杏子が苛立たしげに晃を問いただした。

 「ちょっと。視線をそらして、何をぶつぶつ言っているの。気持ち悪い」

 晃は杏子に視線を戻すと、静かに言った。

 「僕は、あなたの守護霊と話をしていたんです。あなたの実家の四代前の先祖で、山岡タネという方です。あなたのこと、そしてあなたの二人の子供たちのことを、大変案じていらっしゃいます。あなたには、何も見えないはずですが」

 杏子はぶすりとした表情になった。

 「くだらない。何が守護霊よ」

 「実際にいらっしゃいますよ。その方が自分が存在する証に、昔話をすると言っています。お話しましょうか」

 晃は、タネから聞いたことをそのまま話し始めた。主に杏子の小学生時代の話だ。

 杏子が子供の頃、麻疹で危うく命を落としかけたこと。近所の友人と一緒にザリガニ釣りに行って、ドブ川にはまったこと。そして、親にしかられて逆にむくれ、家出するつもりでひとりで家を出てバスで隣町まで行ったが、夕方になって心細くなってまた家に戻ったことなどを、淡々と話した。

 「そういえば、自分では家出のつもりの遠出のとき、お腹を空かせてしょんぼり歩いていたら、見知らぬおばあさんにお煎餅をもらって食べたことがありますよね」

 晃の言葉に、杏子の顔色が変わる。その場にいた全員が、晃の言葉が事実を言い当てていたと悟った。

 「……何故知ってるのよ。そのことは、他の誰も知らないはずなのに……」

 杏子が、こわばった顔で、晃を睨んだ。

 「僕は、何も知りません。すべて、あなたの守護霊に聞いただけです」

 晃は、静かに微笑んだ。杏子は、何も言えなくなっている。

 「すごい、すごい。本当に、わかっちゃうんだ、そういうことまで」

 由香利が、前にも増して目を輝かせて、晃を見つめた。晃は逆に、内心苦笑する。

 「もちろん苦手なこともありますよ。遠隔透視は、ほとんど利きません。最低限、相手と何らかの形でつながっていないと、だめなんです。たとえそれが電話でも、つながっていれば何とかなりますが、たとえば目の前の人の、何年も帰っていない実家は今どうだとか言われたら、まったくのお手上げです」

 由香利はそれでも、すっかり感心したように何度もうなずいている。杏子はというと、黙りこくったまま下を向いた。納得出来ないのだが、現実に自分しか知らないはずのことを言い当てられ、言い返せなくなってしまっている。

 「杏姉さん、これで少しは、早見くんの能力のこと、信用してもらえるかな。彼は、うちの探偵事務所の超常事件専任担当で、一番強い能力を持っているんだから」

 結城が、杏子に向かってそういうと、杏子は不満げに口を開いた。

 「でもね、守護霊とやらがいるんなら、あんたたちもそれはわかっていたはずでしょう。どうしてその子ばかりが話して、あんたたちは話さないのよ」

 杏子にそう切り返され、結城は苦笑した。

 「私も小田切くんも、守護霊がいることはわかったが、あまり強力な存在ではなかったものでね、早見くんと会話が始まったら、向こうに守護霊の意識が集中して、こっちは何を言っているのか、よくわからなかったよ」

 結城の言葉に、和海もうなずく。しかし、杏子は相変わらず胡散臭そうな目で二人を見ていた。

 そのうち、各自が頼んだコーヒーやらケーキセットやらが、テーブルの上に次々と運ばれてくる。皆、それにひとまず手をつけて、一瞬会話が途切れた。

 「ねえねえ、そういう力って、修行したら強くなるものなの」

 突然、そう切り出したのは由香利だった。

 「あたし、ママには信じてもらえなかったからあまり言ってなかったけど、小さい頃は、結構変な人影とか、誰もいない廊下を歩く足音とか、よく見たり聞いたりしたんだよね。最近は、あまり見なくなっちゃったけど。だから、またそういうのが見えたら、面白いかなって思って」

 「由香利、お前は何馬鹿なことを」

 杏子が睨みつける。そこへ、晃が真顔で言葉をかけた。

 「本当に、本気でそう思っているんですか? “視える”ということは、その代償もあるんですよ」

 「……代償って?」

 由香利が、何を言っているのかわからないという顔で、晃を見た。

 「霊が“視える”ということは、霊にとっても自分の存在に気がついている者として、注意を引いてしまうことがあるんです。救いを求めている霊だと、それだけで無条件にすがり付いてきたりして、あとで大変なことになります」

 晃は、中途半端な“視る”だけの力なら、いっそ何も感じないほうが幸せだと言った。

 「今のままでも、あなたはまったく何も感じていないわけではないはずです。時折気配を感じたり、金縛りにあったりする。でも、はっきりと“視る”ことはもうない。そういう状態のはずです。先ほど、山岡タネさんが、そう言っていました。でも、そこで相手をはっきり“視た”ところで、対処が出来なければ、かえって恐怖が増すだけでしょう。ならば、“視えない”ほうがいい。そう思いませんか」

 晃に真顔でそう諭され、由香利は頬を膨らませながらも、不承不承にうなずく。

 その件はそれで終わったが、超常現象を信じない杏子のほうは、どうしても結城探偵事務所の三人の“力”を疑ってかかり、話は平行線を辿った。

 それでも、結城の粘り強い説得で、調査すること自体は構わないことになった。家族の同意を取り付けていないと、村上本人の自室を調べるとき、面倒なことになるので、そこは結城が粘り勝ちしたのだ。

 「とにかく、琢己の部屋をあんたたちが調べること自体はもういいわ。でもね、そこから先の、霊がどうの、桜がどうのなんていう話は、もう聞きたくないから、話さないでちょうだい」

 「わかったよ、杏姉さん。とにかく、部屋を調べることを承知してくれるなら、こっちはそれ以上何も言わないから」

何とか妥協点が見えたところで、五人は軽食レストランを出て、一階に戻った。そこで、病室に戻る杏子と由香利と別れ、三人は村上のアパートへと車で向かった。

 別れ際に、アパートの合鍵を受け取った結城が、その鍵を右手で弄びながらつぶやく。

 「現地へいったら、また私が〈過去透視(サイコメトリー)〉ということになるのかな。ここのところ、〈過去透視(サイコメトリー)〉でろくな目に遭っていないんだが……」

 助手席の結城に向かって、運転席の和海が溜め息交じりに答えた。

 「所長、仕方がないじゃないですか。〈過去透視(サイコメトリー)〉は、ある意味ことが起こった現場のその瞬間を覗くようなもの。意識が入りすぎたら危険だということは、始めからわかっていることですよ。そのために、必ず誰かしら傍にいて、万が一のときのフォローはする態勢になっているんですから」

 和海の言葉は正論だった。使うのが怖ければ、封印して使わなければいいだけのことだ。今まで結城は、危険が予想される状況でも、それで事件解決に役立つ何かの情報が得られれば、危険を冒してもその力を使ってきた。結城自身、それは百も承知のことだった。

 しかし、正月にとんでもない事態に巻き込まれ、それの体験が心の中で、軽いトラウマになっていた。

 「所長、厳しいと思うなら、無理に〈過去透視(サイコメトリー)〉は使わなくてもいいですよ。僕が、何とか痕跡を辿ってみます。〈過去透視(サイコメトリー)〉といえるほどはっきりしたものじゃないですが、気配くらいはわかるでしょう」

 晃にそう言われ、結城は逆に自分を奮い立たせる意味で、やるといった。

 「今回は、所員が直接の被害者になっているんだ。責任者である私が、率先して動かんでどうするんだ」

 「わかりました。僕も、全力でフォローします」

 晃が力強く答え、和海もうなずいた。


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