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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第三話 霊人形
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30.エピローグ

 その年の成人式会場は、特に大きな騒ぎもなく、式が滞りなく終了し、昼少し前にお開きになっていた。

 新成人として、式に参加していた晃は、遠巻きに自分を見つめ、あまつさえ無遠慮にスマホのカメラで写真を撮りまくる、同じ式典に参加した新成人たちを一瞥すると、近くに先程から止まっていたクリーム色の軽自動車に近づいていく。普段着慣れていないスーツに黒のウールコートを着ているおかげで、知り合いに会うのが照れくさい気がしていた。

 晃がその前までやってくると、助手席のドアが開き、いつもよりもきちんとした濃グレーのスーツを着込んだ結城が姿を現した。運転席には、和海の姿も見える。

 「成人、おめでとう。コートの下のスーツ姿が、早く見たいものだ。しかし、そのお祝いの食事会、本当に私たちとでいいのか。ご両親も、待っているんじゃないのか」

 結城が、微苦笑交じりにそういうと、晃は首を横に振った。

 「いいえ、父は今日も仕事ですし、母に付き合うのは、夕飯の時でたくさんですよ」

 「そういうことなら、さ、乗ってくれ」

 結城が助手席を倒すと、晃は慣れた動作で後部座席に滑り込むと、コートの前をはだけ、スーツの前面が見える格好になった。

 「晃くん、成人おめでとう。群青のスーツに、ワインレッドのネクタイが映えて、素敵よ。なで肩でもないし、すらりとしてるし、まったく見違えるわねえ」

 和海が、機嫌よく笑いかけた。晃も笑みを浮かべる。

 「着慣れていないから、逆にスーツに着られているみたいですよ。でも、本当に僕が会費を払わなくていいんですか?」

 「何言ってるのよ。今日は晃くんの成人祝いと、事件解決のお祝いをかねて、わたしたちが招待したのよ。主賓はお金のことなんか気にしないの」

 和海が笑いながら、車を発進させた。

 車は住宅地を抜け、繁華街の外れの、小洒落たイタリアン・レストランの駐車場に入った。ここが、結城と和海の二人が、晃のためにランチを予約したレストランだった。

 三人は、連れ立ってレストランの入り口へと向かう。先頭を歩く和海は、ベージュのコートの下に、春を先取りしたような、パステルピンクのパンツスーツを着ている。

 受付のボーイに予約客であることを告げると、奥まったところにある静かな席に案内された。コートをレストランのクロークに預け、それぞれ席につく。

 車の運転をする和海を除いて、晃と結城の前にワイングラスが置かれ、食前酒のワインが注がれた。

 「晴れて、堂々とアルコールが飲めるようになったんだ。まずは、乾杯」

 結城が、ワイングラスを持ち上げる。晃もぎこちなく、ワイングラスを手に取った。和海も、ジュースをグラスに満たしてもらって、乾杯に参加する。

 三人は軽くグラスを打ち合わせ、澄んだ音を響かせた。

 「乾杯」

 三人の声が同時に重なり、それぞれが自分のグラスに口をつけた。直後に晃が軽くむせる。驚く二人に向かって、晃は、実は生まれて初めてワインを飲んだのだと打ち明けた。

 「……なんか、同年代の人とうまく打ち解けられなくて、飲む機会がなかったんです。それで、正月のお屠蘇くらいしか飲んだことなくて……。それも、母がアルコールはだめなほうだったので、アルコール分をかなり飛ばしたものだったんです」

 「それはまた、珍しいタイプだなあ。実際二十歳になったのは、だいぶ前だろう。それから今まで、飲み会には参加しなかったのか?」

 結城の問いかけに晃は、確かに去年の五月初めに二十歳になったと言った。

 「でも、特にサークルに入ってもいなかったし、コンパにも参加しなかったし、見た目が目立ちすぎて、みんな遠巻き状態でしたしね。さっきの式典会場でも、そうだったの、見ていたでしょう」

 「ま、それはそうなんだがな……」

 「いいじゃない。これから、徐々にそういう機会も増えるわよ。なんなら、わたしが付き合ってあげてもいいわよ」

 冗談半分で、和海がおどけてみせる。

 程なく、次々と料理が運ばれ、食事が始まった。

 前菜から始まり、パスタ、主菜、デザートと揃ったランチのコースメニューは、見た目にも綺麗で、味も満足のいくものだった。

 そして、晃は気づいた。自分のところに運ばれてくる料理が、結城や和海のものとは少し違っていることに。片手でフォークを使えば食べられるように、さまざまな工夫が施してしてあった。

 「所長、小田切さん、僕の料理って……」

 「あ、気がついたのね。お店の人に、晃くんの体のことを伝えて、料理を工夫してもらったの。食べやすいでしょう」

 晃は、二人の気遣いに感謝して、料理を堪能した。ワインにも慣れて、ほろ酔いになった晃の頬が、ほんのりと紅くなる。

 ちょうどデザートのジェラートが運ばれた頃、二人がそれに気がついた。

 「色が白いから、結構顔に出るんだな。もう、赤くなっているぞ」

 結城が指摘すると、和海も微笑んだ。

 「ほっぺたが赤くなって、なんだか可愛いわね」

 そんな二人の様子を眺めながら、晃はふと、あることを思い出して尋ねた。

 「そういえば、人形はどうなったんですか。結局、和尚さんのところに置いてきてしまったはずですけど」

 「ああ、人形ね。それなら和尚さんのところで、落ち着き先を決めることになっているそうよ」

 和海によると、人形は呪術の影響を長い間受けていたため、さまざまな陰の気が蓄積されていた。それで、陰の気を完全に浄化するまで法引が供養し、人形自体は貴重な人形なので、しかるべき人に引き取ってもらうことになっているという。

 「それなら、安心ですね。あの和尚さんのツテなら、間違いないでしょう」

 言いながら晃は、法引に言われた言葉を思い返していた。

 本当に、この二人に自分の“本当の姿”を明かすときが来るのだろうか。もしそんなときが訪れたとして、二人はそれを受け入れてくれるのだろうか……

 (……晃、悩んでたってしょうがないだろう。この二人も霊能者だ。長いこと付き合っていれば、自然に“おかしい”と感じるときも出てくるはずだ。そのときは腹をくくれ)

 (わかってるさ、それは。この人たちとずっと一緒に行動していれば、いつかそのときが来るだろうってことは。ただ、受け入れてもらえなかったときが、怖いんだ……)

 (お前が何を恐れているのか、わかるだけに、俺としてはつらいな。お前に超常の力を与えたのは俺だ。そのせいで、そうでなくても周りから浮き気味のお前を、もっと引っ込み思案にしちまった。俺はお前に、苦しみしか与えていないのかも知れん……)

 (そんなことはないよ、遼さん。僕にとって遼さんは、親友であり、兄さんに等しいと思っているんだもの)

 そのとき、結城が声を掛けた。

 「早見くん。実は、頼みがあるんだが、聞いてもらえんか」

 晃ははっとして結城の顔を見た。

 「……頼み……ですか?」

 結城はまじめな顔でうなずくと、急に溜め息をついてこう切り出した。

 「娘の恵理がな、あれからすっかりぼうっとなってしまってなあ。何とかもう一度、時間を見つけて会ってやってくれないか。すぐ落ち着くとは思うんだが……」

 晃は戸惑った。

 「まさかとは思いますが、親公認で付き合えと、そういうことですか?」

 その言葉を聞いた結城が、物凄い勢いでかぶりを振る。

 「そうじゃない。会って、娘を落ち着かせて欲しいんだ。頼む」

 それを聞いて、和海が苦笑した。

 「所長、一度火がついたものは、そう簡単には冷めませんよ。ましてや年頃の女の子なんだし、素敵な男の子を見たら、恋にも落ちますって。今晃くんに会わせたら、火に油を注ぐだけですよ」

 晃は天井を仰いだ。

 (いくらなんでも、中学生と付き合えとは、俺も言えんわなあ)

 (冗談じゃないよ。下手したら、犯罪行為じゃないか! 所長の家族だから、たまたま関わっただけなんだし……)

 結城と和海が、『年頃の女の子の恋心』について、話し始めたのを見て、晃はジェラートを食べるのに専念し始めた。

 この人たちと、この先ずっと付き合い続ければ、いつか“正体”に気づかれるかもしれない。そのとき、自分はどうするのだろう、と晃は思った。

 『あのお二人ならば、きっと受け入れてくれるはずです』

 法引の言葉が甦る。

 その言葉を信じよう。

 晃は、いつの間にか完全な議論になった二人の顔を代わる代わる見つめ、静かに微笑んだ。


これで第3話終了です。

数日お休みしてから、第4話を開始したいと思います。


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