表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第三話 霊人形
71/345

26.廃寺

 三人は、他に入れそうな場所がないか、一通り確認してみたが、人がくぐれそうな穴が開いている場所には、すべて同様の“糸”が張り巡らせてある。

 「さすがに、抜かりはないようですな。わたくしたちが来ることをわかっていて、準備を整えて待ち構えているのでしょう」

 法引の口調は、真剣なものだった。

 「そして、ただ侵入者が来たことを知らせるだけじゃない。絡んだ“糸”を辿って、その侵入者が今どこにいるか、現在位置を知らせる役目も果たす。見事な呪術ですよ」

 晃は、いやに冷静に分析をしている。そして、さらにこう付け加えた。

 「霊能力で術を破ることは可能ですが、それをしては所長の身が危うくなります。梨枝子さんのときと同じく、術が破られれば、その反動が所長に跳ね返るようにしてあるはずですから」

 「厄介ね。相手の思う壺にはまるしかないわけね」

 和海が、苛立ちを隠せない様子で、山門を照らす懐中電灯の明かりを意味もなく回した。

 「ここは、正面突破するしかないでしょう。僕は、境内の中の構造を知っています。僕が案内しますから、最短距離を突っ切りましょう」

 あくまでも冷静な晃の声に、和海も腹をくくった。そこへ、法引が声を掛ける。

 「向こうとて、呪術は使えても元は人間。夜目が利くとは思えません。早見さんの話を聞くに、呪術者ではあっても、霊能者ではないと思われるからです。霊能者が呪術を使えば、空恐ろしい相手になりますが、呪術しか使えなければ、付け入る隙は充分にあります」

 それを聞いた二人はうなずき、法引とともに作戦を練った。

 最初に山門の残骸を越えるのは晃。そのあと、法引が法力でもって呪術の“糸”が絡まないよう身を守りながら、和海と二人で瓦礫を越えるという段取りになったとき、和海が話を止めた。

 「どうして、晃くんまで護れないんですか?」

 和海が怒ったような口調で、法引に問いかける。

 「今のわたくしの力では、一度に守れるのは二人までが限界なのです。もちろん、儀式を行って結界を張れば、もっと多くの人を守ることは可能ですが、その場合はその場を動けませんからな」

 法引の答えに、和海は不承不承にうなずいた。

 「小田切さん、僕のことなら、心配しないでください。相手の手の内は、読めてきてますから。それに、相手も僕のことを一番警戒しているはずですし」

 そして、人形の注意を晃が引きつける形で動く間に、和海と法引は結城を探し、出来れば呪術による支配を断ち切って救出する。力が弱まった人形を、晃が封じるなり説得するなりして鎮め、事件を解決するという手順を決めた。

 もちろん、その通りにいくとは限らないが、極力結城と人形を引き離す方向で行動することにし、三人は山門に向かった。

 直前で一旦立ち止まった晃は、二人を振り返って大きくうなずく。二人もうなずき返した。それを確認し、晃は山門の瓦礫をゆっくりと乗り越えた。“糸”が絡んだのは、自分でもわかる。結城に反動が返るのを防ぐため、わざとそのままにして歩き出した。

 それに遅れないように、印を結んで経文を唱え、呪術の“糸”が絡まないように和海を護りながら、法引が瓦礫を越えてくる。

 境内は、枯れ草が一面に生えているのがわかるが、奥にある本堂は、闇に溶け込んでしまい、さらに黒々とした塊にしか見えない。

 晃は、小さな懐中電灯の明かりひとつで、驚くほどの早足のまま、まっすぐ本堂に向かっていく。それが、和海には信じられなかった。

 「晃くんて、ほんとに夜目が利くのよねえ。隻眼とは思えないわ……」

 小声でつぶやく和海に、法引が苦笑気味に歩みを促した。

 「早見さんに、遅れすぎてはいけません。さあ、行きましょう」

 法引と和海も、本堂目指して歩き出すが、どうしても足元がおぼつかないので、晃と同じ速さで歩くのは難しい。二人は完全に引き離されてしまった。

 声を出して晃を引き止めたいが、相手の注意を引くと思うと、それも出来ない。和海は、予定と違うと内心叫びながら、それでも懸命に追いかけていた。

 けれど晃にとっては、それは半ば予定通りの行動だった。自分が囮になって、人形の注意を引くために、そして“本気”で竹内サワと対峙するために、和海の目が届かないところに行きたかった。

 本堂の有様も、さんざん“視た”通りだ。晃は、夢で人形に会ったところに向かった。だが、現実の世界はやはり勝手が違った。朽ちかけた床板が、一歩踏み出すたびにきしんだ音を立て、今にも床を踏み抜きそうになる。すでに抜け落ちた床板の隙間から、背の高い草が突き出している。

 それでも晃は、まったく光のない本堂の中を、あのときの場所を目指して歩いていく。もはや、懐中電灯で照らしてもいない。幽霊である遼の力を受け継ぐ晃には、本来光は必要なかったからだ。

 そのとき、背後からあの違和感が襲い、仄かな明かりが差した。振り返ると、そこには結城がいた。スウェットの上下にジャンパー姿、サンダル履きという姿で、とてもこんなところへ自力で来られる格好ではなかった。

 そして結城は、右腕に人形を抱き、左手には燭台を持ち、無表情で立っている。燭台には、大きな和蝋燭(ろうそく)が立てられ、炎が風もないのに揺れていた。

 人形の黒髪は、内側から光を放つがごとくにぬめるように光り、胡粉の白さだったはずの肌も、妙に艶やかだ。何よりその瞳が、生きているとしか思えない妖しい輝きを放っている。

 それに対して、結城は肌の艶も悪く、その目はうつろだった。完全に、呪術によって支配下に置かれ、自分の意思を失っているようだ。

 (あべこべだ。今、結城のおっさんのほうが人形で、人形のほうが意思を持っている。ここまで完全に術にはまっちまってるとはな)

 (何とか引き離さないと、どうしようもないね)

 そのとき、二人の意識が同時におかしなことに気づいた。

 誰がどう見ても、結城は晃より体重がある。それなのに、不意に気配に気づくまで、足音がしなかったのはどういうわけだ? 晃でさえ、床を踏み抜きそうになるほど床板がきしみ、慎重にならざるを得なかったというのに。

 「……わかったぞ。術は破らないが、利用させてもらう」

 和海たちの気配はまだしない。晃は遼の力を呼び込んだ。冷たい炎が全身を駆け巡り、生者と死者のそれが入り混じった、燃え上がるような“気”が溢れる。

 晃は動いた。念の力で自らの体を運び、音もなく、滑るように。そして、人形が間近に迫ったとき、霊気で出来た“左腕”を人形の胸に“突き立て”る。

 “視えた”

 そこは、本堂ではなく、庫裏(くり)だった。本堂の裏手の庫裏に、本物の人形と結城はいる。

 今見えているのは、呪術によって作り出された、実体を持たない幻影の分身。

 晃は、相手の呪術の“糸”を逆に辿った。幻影を突き抜け、本堂を抜け、裏庭に出る。その間、念で体を浮かせているため、足音も何もしない。

 そのとき、背後から床がきしむ音がした。二つのきしみ音が、不揃いに闇の中に響いている。和海と法引が、本堂にやってきたのだろう。

 今のこの姿を見たら、和海は腰を抜かす。晃はそう思った。

 “人にして、人にあらざるもの”の本性をさらけ出しているのだから。

 (二人を呼んだほうがいいかな)

 (微妙なところだな。このまま庫裏へ突っ込めば、存分に力を振るえる代わり、あの姐ちゃんに不審に思われるだろう。みんなで行けば、三人で協力出来る代わり、お前が実力を発揮出来ない。難しいところだが、後々人間関係にしこりを残したくなかったら、呼んでおいたほうがいいと思うぞ)

 (やっぱり、遼さんもそう思うんだね)

 晃は、ひとまず遼の力を分離すると、消してしまっていた懐中電灯を付け直し、本堂のほうに向かって大きく回した。

 やがて、それに気づいたらしい光が、やはり大きく回され、床のきしむ音が近づいてくる。程なくそれもしなくなり、懐中電灯を手にした二つの人影がやってきた。

 「晃くん、ひとりでどんどん先に行かないでよ。はぐれたかと思ったわよ」

 和海が、小声で文句を言った。晃は頭を下げる。

 「すみません、夢なんかで見たとおりだったもので、つい、さっさと行き過ぎました」

 「気をつけてよ。ところで、何でこんなところにいるの。ここ、本堂の裏じゃないの」

 晃は、懐中電灯でさらに先を照らしてみせた。荒れ果ててはいるものの、かつては広くはないなりに、趣のある庭だったのだろうと思われる場所のその先に、もうひとつ、建物があった。懐中電灯の明かりでは、充分に光が届かなくてよくわからないが、それを見た法引がゆっくりとうなずく。

 「あれは、庫裏でしょう。あちらに、人形と結城さんがいる、というのですな」

 「そのとおりです。でも、おそらく所長は人形を抱いているでしょう。どうやって引き離すか、ですが」

 和海も法引も一瞬考え込んだが、すぐに和海がこう言った。

 「晃くんの、金縛りの力、使えないかしら」

 今度は晃が考え込んだ。

 「時と場合によると思いますよ。人形が、どういう形で呪術を使っているかによって、効くときと効かないときが出てくると思いますけど」

 単に媒体にしているだけなら、梨枝子のときがそうだったように、金縛りの力は効くだろう。だが、呪術による防護手段が施されていれば、おいそれとは効かないはずだ。

 「人形は、いや、竹内サワは、以前僕が金縛りの力を使ったのを、知っているはずです。ならば、対策を立てていてもおかしくはない。ましてここは、彼女にとって最後の隠れ家のようなところ。ここに踏み込んでくるものがいるとわかっていて、何もせずに手をこまねいているほうがおかしい。そう、思いませんか」

 晃の答えに、和海は頭を抱えた。

 「なら、どうすればいいのよ」

 「踏み込むしか、ないでしょうな」

 そう言ったのは法引だ。

 「踏み込んで、実際の現場の様子を確認し、あとは臨機応変にやるしかないと思います。どんなに強力な相手であっても、実際に“視て”みなければ、対策の立てようもありませんからな」

 晃も、そのとおりだとばかりにうなずく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ