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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第三話 霊人形
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21.人形の正体

 「僕も、はっきりとしたことは言えません。ですが、最悪の事態を考えておかなくてはならないかもしれません……」

 晃はここで一呼吸置き、こう言った。

 「……僕の落ち度です。あのマンションで所長が術にかかったとき、見落とした“糸”があったんだと思います。それで、まだ残っていた“糸”に絡まれたのかも……。すみません」

 「何言ってるのよ! 晃くんは、力を使いすぎて倒れるまでやったのよ。もし所長に“糸”が残っていたとしても、誰も気づかなかったんだから、晃くんひとりの責任じゃないわ」

 和海が、どこか慰める口調で言い、二人はそのまま無言になって、妙昌寺までたどり着いた。

 そのまま駐車場に車を止めると、二人が車を降りたところで、法引が出迎えてくれる。

 「急に呼び立てすることになって、申し訳ありません。例の図形の謎が解けそうになったもので。ところで、結城さんとは、連絡は取れたのですかな」

 晃も和海も、かぶりを振った。

 晃は、今朝方の夢のことを告げ、先程和海に話したことをもう一度法引に話した。それを聞き、法引も考え込む。

 「……それは、何か繋がりがあるとしか、思えませんな。しかし、小田切さんも言うとおり、あなたひとりが背負い込むことではありません。あの場には、わたくしもおりましたし」

 法引は、ひとまず二人を自宅に招きいれると、改めて話を続けることにした。

 居間に皆で集まると、先程の話の続きを始める。

 晃は、昨日言うことが出来なかった事柄を、ここで話した。

 識域下で接触したとき、そして夢の中で接触したとき、相手は人形の中に人間の心が封じられている存在で、人形の名前が『喜美子』。封じられている人格が『竹内サワ』だとわかったこと。竹内サワは“漂白の民”の出で、恋に破れ、何らかの望みを果たそうと、命と引き換えの呪術で自分の心を人形に封じ、本来の寿命を乗り越えて、現代まで“生き残った”のだということ……

 「人形は、あれだけ強力な呪術を本当の意味で自力で掛けていたんじゃないんです。いわば、少しずつ“糸”を絡めて支配下に置いた人間を媒体にして、さらに強力な呪術を使っていたんです。最初の、本当に自力で掛ける弱い“糸”は、相手の感受性の問題もあって、誰にでも掛かるというものではない。間宮梨枝子さんはたまたま、波長が合ってしまったんでしょう」

 そうして誰か適当な人間を自分の支配下に置いたあと、その人を媒体にして本来の数倍から数十倍の呪術の力を引き出していたようだ、と晃は言った。

 「だから、自分の望みを叶えるために、より強い力を引き出せる媒体が欲しかった。僕や所長に接触を試みたのも、そういう理由じゃないかと思うんです。元の能力が高いほうが、引き出せる力も大きくなるはずですからね。梨枝子さんの力では、人形が逃げ出したときに使ったあの術一回が精一杯で、それ以上の力は引き出せなかった。だから、彼女より遥かに強い力を持つ存在に目が向いた……」

 晃の話に、和海も法引も顔を見合わせ、考え込んだ。

 「もしそうなら、媒体だった間宮梨枝子さんがいなくなった今、人形は新しい媒体となる人間を求めているはず……」

 和海はそうつぶやき、次の瞬間自分の言葉に驚愕した。

 「まさか、やっぱり所長と接触を……」

 「まだ、携帯電話での連絡がつかないだけです。落ち着きましょう」

 法引は、話題を変えるように、知り合いの修験者から返事が来たと言って、一枚のファックスを見せた。

 「たまたま今年の正月は、自宅にいたのだそうで、すぐに連絡がつきました。これを見てください」

 法引がコタツの天板の上に広げたその紙には、晃が“視た”例の図形とも文字ともつかないものの拡大コピーが描かれ、それの周囲に細かい注釈が書き込まれていた。その注釈を見ると、その図形の部分部分にそれぞれきちんとした意味があるのだとわかる。注釈を指し示しながら、法引が説明を始めた。

 「修験道と陰陽道が混ざったような、特殊な呪符だそうです。一昔前、と言っても戦前だそうですが、その頃までは、まだこういうものは“生きていた”。つまり使える者がいてもおかしくはなかったそうですな。この呪符の効果のひとつは、端的にいえば、考えられないような移動を可能にするようなものと言ってもいいそうです。修験道の開祖である役小角(えんのおづぬ)が、伊豆に流されながら、一夜にして霊峰富士との間を往復して修行したとされるときに使われたような、瞬間、もしくは高速移動を可能にするものだそうで。もうひとつが、人の心を操る系統のものだそうです。もしかしたら、太鼓橋の周辺の空間に、念の力で描かれていたのかもしれませんな」

 法引は、人を操る術のほうは、梨枝子に対してではなく、あの寺院の誰かを一時的に支配下に置き、お堂に梨枝子を閉じ込める役を担わせたのではないか、と言った。

 「あのお堂の中には、そういう力の残滓は感じませんでしたし、記憶に残っていなければ、操られた本人も、自分がしでかしたことなど、まったくわかりませんからな」

 そういわれ、晃も和海も考え込んだ。

 「……もう少し、注意深く周辺を調べるべきでしたね」

 晃が思わずつぶやく。

 「いや、一度発現した術の痕跡に気づいただけで、たいしたものです」

 法引がそういってなだめたとき、和海のスマホが鳴った。どこか重苦しい場の雰囲気に似つかわしくない、軽快なJ-POPが鳴り響くのを、和海は内心舌打ちしながら着信を確認する。そこには、見たことのない固定電話の番号が表示されていた。

 不審に思いながらも電話に出てみると、どこかで聞いたことのある、不安と焦りを隠せない雰囲気の中年女性の声が響く。

 「あ、あの、そちらに主人はおりますでしょうか」

 それは結城の妻千佳子だった。聞いてみると、結城が今朝方から姿を消してしまっているという。

 パジャマを着替えた形跡はあるのだが、仕事に出かけたにしては、仕事の時にはいつも持っていく愛用のビジネスバッグが、中身もそのままに置きっぱなしになっているし、いつも着ていくスーツも全部揃っていて、袖を通した形跡がない。

 ただひとつ、いつも持ち歩いているスマホだけが、なくなっていた。

 「はじめは散歩にでも出かけたのかと思っていたのですが、それにしては朝から家族の誰にも声も掛けずに行くのは変だし、しばらく待ってみても、帰って来る気配はないしで、どうしようかと思いあぐねて、バッグの中を確認してみたら、システム手帳のアドレス欄に、秘書としてあなたの名前と携帯の電話番号が控えられていたんですよ。それで、電話を差し上げたんですが……」

 和海の顔から血の気が引いた。

 「いいえ。こちらも、携帯にいくら電話しても繋がらないので、めったに電源を切らないはずなのに、おかしいと話していたところなんです」

 「……そうですか……」

 和海は、今から皆でそちらに向かうので待っていて欲しいと告げ、電話を切った。

 「やっぱり、所長が姿を消しているみたい。朝から、家族の誰にも声を掛けないでいなくなって、帰って来てる様子がないんですって。今から行きますって返事をしたから、晃くん、一緒に来てくれる?」

 「当然ですよ。僕の責任ですから」

 「いえ、あなたひとりの責任ではありません。あなたは、あの場ではやれるだけのことをしたのです。そのあとの見落としは、責任があるとしたら、あの場にいた全員の責任です。わたくしも参りましょう」

 法引も立ち上がり、三人は再び駐車場へと向かった。

 「ところで和尚さん、お正月からお寺を二日続けて留守にしていいんですか?」

 車のドアを開けながら、和海が尋ねる。

 「大丈夫です。今年大学を卒業する長男が、守っていてくれますから。仏教学科専攻で、卒業後は本山で修行することになっておりますが、今でも一通りのことは出来ますからな」

 法引の答えに、和海は納得した。

三人で車に乗り込むと、和海はスマホに履歴として残された結城の自宅の電話番号をカーナビに打ち込み、さっそく発進させる。

 「確か、これは実家の車だって言ってましたけど、こちらにもついているんですね、カーナビ」

 後部座席から晃が言うと、和海は苦笑気味に答える。

 「うちは両親揃って方向音痴の気があるの。子供の頃、ドライブに行くと決まって道に迷って、旅行雑誌やガイドブックに載っている予定時間の二倍も近くもかかったのよ、渋滞にはまっていなくてもね。カーナビが発売されたとき、父は飛びついたわ」

 「なるほど。とにかく、急ぎましょう」

 「そうね。所長の家で、何かわかるといいんだけど……」

 和海は、法定速度ぎりぎりまでスピードを上げ、道を急いだ。


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