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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第三話 霊人形
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20.不穏な空気

 パジャマを着替えるために二階へと戻る。床に据え置きで使えるドライヤーで髪を乾かし、着替えると、もう一度一階に降りた。

 やっと小腹がすいた感じがしたので、何か冷蔵庫の中のものでもつまもうとリビングに顔を出すと、すでにテーブルにはおせち料理が並べられ、雑煮に使うだしのいい香りがしていた。智子は、リビングに繋がるキッチンで、だしを入れた鍋の隣のコンロに網を置き、餅を焼き始めている。

 「もうすぐお雑煮が出来るから、それまでおせちを食べていてちょうだい」

 雑煮の用意をしながら智子が言うには、正月も休みの取れない正男に、せめて正月気分を味わってもらおうと、朝食としておせちを用意し、雑煮を出したのだという。

 それで段取りが早かったのか、と晃は納得した。

 (ご苦労なことだな。警官は、場合によっては、本当に盆も正月もないからな)

 (確かにね。僕は、物心ついたときからこうだったから、もう慣れてるけど……)

 その日の朝食は、普段より食が進んだ。最初は小腹程度と思っていたものが、いつもより余計に食べている。やはり、消耗したものを取り戻そうとする、体の自然の摂理らしい。

 普段より食べる晃の姿に、智子は奇妙に思ったらしく、首をかしげながら問いかける。

 「ずいぶんよく食べるのね、今日は。普段は女の子かと思うくらい小食なのに」

 「母さん、それ、皮肉言ってるの?」

 「だって、同じくらいの年頃の息子さんを持つ家の話を聞くと、食事なんかドンブリだと言うのよ。お前の普段食べる量の話をしたら、女の子の量だってびっくりされたわよ」

 「はいはい、普段は女の子みたいな小食です。悪うございましたね」

 雑煮の椀をからにすると、晃は不機嫌さを隠しきれない表情で立ち上がった。

 「そういうつもりなかったのよ。ただちょっと、いつもより食べているなと……」

 口ごもりながらも、晃の脇から素早く手を伸ばしてお椀や小皿、箸などを持っていく智子に、晃は諦めの溜め息をついてリビングを出る。心配性のくせに、晃の神経を逆なでするようなことを口にすることも多い智子に、晃はいちいちまともに答えるのも億劫になっていた。

 「また、友達に呼ばれて出かけるかもしれないから」

 晃が出がけにそういった途端、智子の棘のある声が返ってきた。

 「お父さんから聞いたわ。友人と出かけるとか言って、またあの探偵事務所の連中と関わっていたんですってね。それで、昨夜は警察で事情を聞かれたというじゃないの。どういうことなの?」

 「それに関しては、父さんにもはっきり言ったけど、あくまでもやっていたのは“人探し”で、第一発見者だったから事情を聞かれた。それだけさ。法に触れるようなことはひとつもしていないから、ご心配なく」

 晃はそういい残すと、さっさと二階の自分の部屋に戻った。

 そして、念のためにパソコンを立ち上げて、和海などからメールが来ていないかを確認してみる。特に、メールは入っていなかった。

 時計を確認すると、八時半を回っている。いつの間にか、階下からはテレビの音が聞こえ始めた。駅伝中継をやっている。

 晃はふと思いついて、インターネットで検索をかけてみることにした。あの娘“竹内サワ”と同族に当たる人々のことを。

 ネットの情報は、興味がある個人が調べたりしたものがほとんどで、どう考えても不完全だった。かなり偏った考え方のものもある。ネットの情報を鵜呑みにすることが、一番危険であるように思えた。

 それに竹内サワは、人形の中に自らを封じることによって、百年前後の時を生き延びてきた大正期の人間だ。その彼女に繋がる情報が、ネットの中にあるとは思えなかった。

 ただ、山に生きる人々であったということから、修験道との繋がりは見えた。呪術者集団もいたという噂もある。ならば昨日、間宮梨枝子の失踪現場と思われる場所付近の池にかかる太鼓橋上で、自分が見た異様な図形とも文字ともつかぬものは、やはりそういう関係のものだったのだろうか。

 そのとき、“トッカータとフーガ”が鳴り響いた。急いで、パソコンの脇に置いてあったガラケーを手に取ると、着信を確認する。和海からだった。

 「あ、晃くん。和尚さんから今しがた連絡があって、例の図形みたいなものの正体が摑めそうなんですって。でも……」

 和海が急に声のトーンを落としたので、晃は不審に思って聞いてみた。

 「でも、どうしたんですか?」

 「所長の携帯に連絡がつかなかったんですって。『現在電源が切られているか、電波の届かないところにいます』というメッセージが流れ続けるんで、わたしのほうにそういうことだからって連絡をよこしてくれたの。わたしもさっき掛けてみたんだけど、やっぱり同じメッセージが流れるのよね」

 「電源を切っているんじゃないですか?」

 「ならいいんだけど……所長は仕事柄、携帯は電源切っているってことがまずない人なのよ。所長が電源を切るのは、病院の中とか飛行機の中とか、使用禁止になっている場所だけだもの」

 「自宅の固定電話はどうですか?」

 「番号を聞いてないの。仕事とプライベートは別物だからって。とにかく、もう一度妙昌寺へ集合することになったわ。迎えにいくから、駅に行ってて。あと一時間後くらいに」

 「わかりました」

 せっかく重要なことがわかりそうなのに、そしてこちらからも、報告しなければならない事項があるのに、肝心の結城と連絡がつかないとは、何があったのだろう。

 晃も、和海との電話を終えたあと、結城のスマホに連絡を入れてみた。聞こえてきたメッセージは同じだった。

 仕方なく、電話を切ろうとしたそのとき、電話の向こうから粘りつくような気配を感じた。今朝方見た夢で、人形が発していた気配に近いものだ。

 (今の気配は……。まさか、所長がまた、“糸”に絡め取られたとか……)

 (まるっきりありえない話じゃないぞ。あの所長、一回完全に術にかかったんだ。お前はあのときずいぶん丁寧に“糸”を断ち切ってたが、それでも最後のほうはよれよれになってたから、見落とした“糸”があったのかもしれないな)

 (だとしたら……僕の責任か……)

 (お前は限界いっぱいまでやった。残っていた“糸”があったとしても、それを見抜けなかったのはあの場の全員の責任だ。なんでも自分のせいにして背負い込むな。それにまだ、そうと決まったわけじゃない)

 遼に叱咤され、晃は妙昌寺へと向かう準備を始めた。

 一通り準備を整え、時間を計って階段を下りると、リビングで駅伝を見ている母に気づかれないように、出かける旨を書いた書き置きを廊下に落として、そっと玄関を出た。

 急ぎ足で駅に向かうと、以前待ち合わせたタクシー乗り場が見渡せるあたりで、通行人の邪魔にならず、風も抜けない場所に立って、和海の到着を待つことにした。

 少し早めに来たこともあって、十五分ほど待っただろうか、やがて見慣れないシルバーグレーのセダンがタクシー乗り場を行き過ぎるように止まり、窓が開いて和海が顔を出した。すぐさま晃を見つけ、手を振る。

 「晃くん、乗って」

 晃は慌てて駆け寄ると、後部座席のドアを開け、中に乗り込んだ。

 「見慣れない車ですけど、どうしたんですか?」

 「実家で、父の車を借りてきたのよ。毎年正月は寝正月と決まっているんで、車は誰も運転しないから」

 「いつもの車は使わないんですか?」

 「事務所まで行って車を出すより、実家で車を借りるほうが早いのよ。なんだかわたし、嫌な予感がして……」

 それを聞き、晃はしばらく口ごもっていたが、やがて思い切って口を開いた。

 「僕、あれから自分でも所長のところに連絡を入れてみたんです。やっぱり、流れるメッセージは同じだったんですが、最後に電話を切ろうとして、気配を感じたんです」

 「気配って何?」

 和海が、どこか不安げに問いかける。

 「なんだか、粘りつくような気配です。実は僕、今朝方(けさがた)夢ともいえない夢を見まして、そのときに人形と対面してるんです……」

 晃は、夢の内容を話し、電話の向こうに感じた粘りつくような気配が、その時の人形のものに似ていたことを告げる。


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