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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第三話 霊人形
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18.発見

 「何とか、誘導出来るかしら」

 和海の問いかけに、晃はうなずいた。

 「やってみます。その代わり、話しかけられても反応出来ません。ただ一方的に、“視え”てきたことを告げるだけになりますよ」

 晃は目を閉じて静かに深呼吸をし、人形と接触したときに見えた光景の場所がどこか、ゆっくりと探り始める。やがて、それはおぼろげながら“視えて”きた。色褪せた朱塗りのお堂が見える。そこへいくには、どうする……

 不意に晃が、目を閉じたまま口を開いた。

 「北西の方向へ」

 「ほ、北西……」

 戸惑いながらも車を発進させた和海に、晃はさらに告げる。

 「道に出たら、まず左へ。次の交差点を右折」

 晃の指示に従いながら、和海は車を走らせた。法引のスクーターも続く。

 晃の指示通りに車を走らせていくと、和海はどこかで見た通りを走っていることに気がついた。暗くなっていて見づらいが、これは 梨枝子が姿を消したあの寺に向かっているのではないか。

 程なくして、その予感は的中した。大通りから奥に入ったところに現れた山門は、間違いなくすべての発端となったあの寺だった。

 駐車場に車を止めると、皆は山門の前まで歩いていき、そこで一旦立ち止まる。

 「晃くん、本当にここなの?」

 和海が思わず確認すると、晃はうなずいた。

 「昼間に来たときは、人波がすごくて見落としていた箇所はあります。それに、あのときは事前情報にあった場所をピンポイントで動いていたので、行っていないところは多いはずですよ」

 「とにかく入ろう。ぐずぐずしていると、山門を閉められてしまうぞ」

 結城の言葉に、皆は山門をくぐった。

 すでに人の姿はまばらで、ところどころにともっている灯りが、境内をぼんやりと浮かび上がらせている。それはそれで、どこか幻想的な雰囲気だったが、今の四人にはそれを楽しむ余裕はなかった。

 晃は念を凝らしながら、あのとき“視た”朱塗りのお堂を探す。山門を入った後、急に右に曲がると、そのまま特に闇が濃くなっている方向に進んでいく。法引も含めたほかの三人は、ただそのあとをくっついていくだけだ。

 石塔や、何故か境内の中にある稲荷神の祠の小さく重なる鳥居の脇を通り過ぎ、木々が生い茂って見通しが利かない小道を進むと、不意に闇の中に小さな建物が姿を現した。

 屋根の上までの高さが三メートル足らず、一辺二メートル弱のほぼ立方体の上に板葺きの屋根が乗ったような建物で、全体に塗られた朱の色が、すっかり褪せている。

 「……ここです。間違いない」

 晃の声に、全員で手分けして辺りを探し始める。だが、このあたりは灯りがほとんどなく、ほぼ手探り状態で探さなければならない。

 「こんなことなら、懐中電灯ぐらい持ってくればよかったな。ちょっと、車から持ってくる」

 結城が、懐中電灯を取りに、戻っていく。

 和海は手探りを続け、法引は念を凝らしてあたりの気配を探った。

 ただひとり、晃は闇を見通しながら、他の人が見ていないお堂の下や扉の隙間を覗いてみる。扉の奥に、何か白いものが見えた。人の顔。梨枝子の顔だった。

 「いたっ! 梨枝子さんです」

 晃が叫ぶと、他の場所を探していた二人が飛んでくる。そこへ、懐中電灯を手にした結城が戻ってきた。

 和海に状況説明をされ、結城は慌てて懐中電灯で扉の隙間から中を照らしてみる。狭い隙間から奥へ、光条となって差し込んだ光の中に、青白い人間の顔らしきものが浮かび上がった。誰もが息を飲む。

 だが、扉には鎖が掛けられ、南京錠で閉じられている。このままでは、開けられない。

 次の瞬間、法引が駆け出した。寺の関係者を呼びに行ったのだ。

 程なくして、いかにも事務員といった感じの中年女性を伴って、法引は戻ってきた。

 「すみません、お願いします。この中に人がいるんです」

 和海の声に、その女性は目を白黒させながら、扉に近づいて南京錠を開けた。

 「本当に人なんかいるんですか? ここの鍵、ここ半年くらいは、誰も開けたことはないんですよ」

 女性が南京錠と鎖をはずすと、間髪いれず結城が扉を開け、懐中電灯で中を照らす。

 強いとは言えない懐中電灯の光に中に、生気を失った若い女性が横たわっていた。間違いなく間宮梨枝子で、行方不明になったときと同じ服装をしていた。

 寺の事務員の女性が驚きの声をあげる中、結城と法引が中に踏み込んで梨枝子の体を外に運びだす。そしてそのまま、明かりがある石塔前まで十数メートルの距離を二人がかりで一気に運ぶ。

 「石畳のところまで運びましょう。私の懐に風呂敷がありますから、それを出して広げてください」

 法引の言葉に、敷き詰められていた石畳の上に、和海が法引の懐から風呂敷を出して広げ、その上に梨枝子を横たえる。

 「意識がない。とにかく、救急車を呼んでください」

 結城の声に、事務員の女性は弾かれたように駆け出していった。それを確認したあと、晃と法引で“糸”を切り、“気”を補う作業を始める。

 晃が梨枝子の額に手を置き、その晃の背中に法引が手を置き、二人で念を込め、術返しで受けたダメージがどれほどのものだったか探り、失われた“気”を補う。

 「……相当のダメージです。僕と和尚さんで相当“気”を補いましたが、まだ足りません。病院で行われる治療が、どこまで功を奏すかですが……」

 晃は、苦しそうに息を弾ませながらそれだけ話すと、その場にしゃがみこんだ。よく見ると、かすかに震えているのがわかる。力が萎えて、体が熱を失っているのだ。自分自身が回復していない状態で無理をしているのだから、そうなるのも無理はなかった。

 法引でさえ、その顔には疲労感が滲む。

 「晃くん、これ以上は無理よ。あなたは、やれるだけのことはやったわ。あとは、わたしがやってみるから」

 今度は和海が、梨枝子の額に手を当て、彼女に“気”を送り込む。それでも、梨枝子の体は底なしに“気”を吸い込もうとしているかのようだ。

 「……だめ。全然だめ。底なし沼にはまる感じ……」

 自分でも出来る限りのことをして、和海が首を横に振った。それを見た結城も、大きく溜め息をつく。

 「……あとは、現代医学に任せるしかないか……」

 それからしばらくして、救急車のサイレンが響き、それが近くで止まったかと思うと、白いヘルメットを被った数人の救急隊員が、担架を担いで走ってくる。

 その場で呼吸の有無や脈拍などを調べ、てきぱきと応急処置をして担架に乗せ、二人が担架を担いで来た道を戻っていき、残りの隊員が、発見時の状況を訊いてきた。

 嘘を言っても仕方がないので、結城がその時の状況を説明する。ただし、お堂の扉に鍵がかかっていた事は伏せた。

 それでも、何か胡散臭く感じたのだろう、隊員は、警察に届ける旨を告げると、去っていった。


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