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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第三話 霊人形
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09.過去透視

 祠の脇の小道は、今は時折人の姿も見え、おかしな気配は感じない。けれど奥には池も見え、冬枯れの蓮の枯葉が水面から突き出し、どこか寒々とした雰囲気が感じられる。

 「少し奥に入ったところで、〈過去透視(サイコメトリー)〉してみるか。そうだな、あの池のほとりはどうだ。あのへんなら、池に向かってしばらくぼんやり立っていても、そう不審には思われんだろう」

 結城の言葉に、晃も和海もうなずいた。

 三人は、いかにも人波から逃れる風にして池のほとりまでやってくると、辺りを見回した。池の近くには、休憩所のようにベンチが幾つか並んでいる場所があって、それを利用して飲食物を売る露店が店を開いている。

 「所長、いっそあそこで何か一品買って、それを飲み食いするふりをしてベンチに座っているというのは、どうでしょうか。それなら、ちょっと長居しても、不審には思われないと思いますが」

 晃の提案に、結城は二つ返事で承知した。

 「よし、それなら、さっそく行こう。小田切くん、席を取っておいてくれ」

 「わかりました。それなら、わたしの分として、甘酒を買ってきてください」

 「わかった。何とか、三人分、頼むぞ」

 結城と晃は、いかにも初詣客のひと休みといった感じで露店に向かい、和海はちょうど家族連れが離れて空いたベンチを確保する。

 結城と晃は、和海の分も含めて甘酒二つと串三本一皿の味噌おでんを買うと、和海の確保したベンチへとやってきた。

 「所長、また食べるんですか」

 さっそく味噌おでんをほおばる結城に、和海が呆れたような声を出す。晃がそれをなだめ、一本目のおでんを食べ終えたところで、結城の〈過去透視(サイコメトリー)〉が始まった。

 池のほうを向きながら目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をすると、精神が何か奥底のほうに沈んでいくにつれ、結城の脳裏に次第に映像が浮かび上がってくる。

 境内の明かりも届かない真っ暗な池のほとりの小道を、ひとりの若い女性が歩いていく。見たこともない女性だが、その腕には異様なまでに美しい市松人形が抱かれている。

 次の瞬間、人形の漆黒の髪が怪しく伸びて、すべてを覆いつくしていく……

 結城は、はっと目を開けた。生き物のように伸びた人形の髪が、自分の首に巻きついたような錯覚さえ覚えた。

 思わず自分で自分の首筋を触り、何も巻きついていないことを確認して、安堵の息をつく。それを見た晃や和海は、怪訝な顔になった。

 「所長、首筋がどうかしたんですか? 顔色が悪いですよ」

 和海に問いかけられ、結城は大きく息をつき、とにかく自分を落ち着かせるために味噌おでんをもう一本口にほおばる。

 その様子に、マスクをずらして甘酒を飲んでいた晃は、完全に真顔になった。

 「何か、重大なものが“視えた”んですね。何が“視えた”んですか」

 晃の、普段より低い落ち着きのある声に、結城もゆっくりと口を開き、自分の“視た”ものを話した。

 「……人形の髪の毛ですか。しかし、巻きついたような気がした、というのが気になりますね」

 晃の言葉に、結城もうなずく。

 「私もな、何度も〈過去透視(サイコメトリー)〉はしているが、ああいう感触は初めてだった。本当に、首筋に何かが巻きついた感覚があったんだ。それで、我に返ったようなものだよ。“視て”いた時間は、そう長くなかったと思うが……」

 「ほんの十秒足らずですよ、所長が“視て”いたのは」

 和海がその場の状況を伝えると、結城は考え込む。

 「でも、少なくとも、梨枝子さんらしい女性が、人形を抱いて池のほとりを通りかかったことはわかったんです。一歩前進ですよ」

 晃が励ますように微笑むと、結城も和海もうなずいた。そこで、和海は突然、しみじみとした口調でこう言った。

 「……わたし、最近感じるんですけど、晃くんと調査をするようになってから、感覚が鋭くなってきたような気がするんですよ。所長も、そういうところがあるんじゃないですか。それだから、初めてのことが起こるのかも知れないと思って……」

 「より高い能力の持ち主と行動していると、自分も鋭敏になってくるというやつだな。確かにここのところ、そういう関係の依頼が立て続けに来ていることもあって、月ごとに顔を合わせているような状態だしな。そういうことも、あるかも知れん」

 気持ちを切り換えると、池のほとりのどの辺りを、どちらの方向へ歩いていたか、結城が見た映像と現実の風景を付き合わせ、再度確認してみた。

 すると、祠の脇の小道からまっすぐ池のほうへやってきて、休憩所になっているこの場所とは反対側のふちを回って、さらに奥へ行ったらしいことがわかった。

 そこは露店も出ておらず、今でこそ初詣客の姿が見えるが、もし夜闇に紛れたなら、境内の中のエアスポットのように、人目がない場所だった。

 三人はベンチを立つと、その道の奥を確かめた。すると、その道は結局行き止まりで、池のふちを回ってこちら側に戻ってくるしかないようになっているとわかった。

 「でも、ご家族が探したとき、露天を出していた店の人にも片端から聞いたそうなんですけど、目撃者はいなかったそうですよ」

 和海の言葉に、結城は大きく息を吐き、天を仰ぐ。

 「……消えたか。またも神隠しだぞ、これは」

 最後の味噌おでんを口の中に押し込むように食べると、近くのゴミ箱に空いた皿と串を入れ、結城は池のほとりに立ち尽くしながら、睨むような眼で対岸を見た。

 晃や和海も、甘酒を飲み干して器をゴミ箱に棄てると、結城の隣で池を眺める。

 梨枝子が辿ったと思われる小道の先には、池を横断する太鼓橋が架けられていた。

 晃はふと思いついて、太鼓橋まで行ってみた。そこはちょうど、池が少し細くなっているところで、幅は二メートルに満たない。そこに、見事な太鼓橋が架かっていた。

 朱塗りの欄干は、すでに長い歳月を経て落ち着いた色となり、そこを三々五々初詣客がのんびりと渡っている。

 晃はマスクの位置をしっかり直すと、ゆっくりと橋を渡り始めた。風を確かめ、タバコを手にしている人の風上側を極力歩くようにしながら、周囲の様子に気を配る。そのとき、まさに橋の真ん中で、晃は何か体の内側がざらつくような違和感を覚えた。思わずその場に立ち止まる。

 (遼さん、この感覚は……)

 (これは、俺にもわからんけど、得体の知れない何らかの力の残滓だな。もしかしたら、霊力とかそういうものとは、別の系統のものかもしれないぞ。直感でしかいえんけど、そういう感じがする)

 (そうだね。これは霊力じゃない。それとは違うものだ)

 (もしそうなら、やはり今回の神隠しに関わりのある力じゃないのか)

 (可能性はあるね)

 晃は、結城と和海を手招きした。何かを察して小走りにやってきた二人に、晃は周囲に聞こえないよう小声で告げた。

 「ここには、何かの力の残滓があります。霊力とは違う系統の力です。それがなんなのか、僕にもまだわからないんですが、ただ事ではないですね」

 「橋の上か。本当なら、見晴らしがいいこんなところで、何か起こるとは思えんが……」

 結城がつぶやくと、和海が反論した。

 「所長、それは違いますよ。古来から、辻と橋は怪異が起こるところと言い伝えられています。複数の世界が交わるところとされるからです。わたしたちの暮らす世界と、魔の棲む世界の境。それが、世界が交わる辻であり、世界を繋げる橋なんです。こんな小さな橋でも、橋は橋ですから」

 「そういえば、浄蔵法師が父である三善清行の葬列に行き会い、父を甦らせたのも、陰陽師である安部清明が式神を隠したのも、一条戻橋。橋でしたね」

 晃の言葉に、結城が唸った。

 「そういうことか。私は、どうも昔の伝承には疎くてな」

 そのとき、遼が突然話しかけてきた。

 (おい、まさかと思うが、呪術とかじゃないのか。確かに俺も、そんなものの知識はないから断定は無理だが、あってもおかしくはないぞ)

 (あり得る。もしそうだとしたら、誰が何のために……)

 「晃くん、なんかぼうっとしてるけど、大丈夫なの」

 和海に声をかけられ、晃は我に返った。すぐさま、今頭に浮かんだことを、二人に話し、呪術の可能性はないかを尋ねてみる。

 「呪術か……。現場の状況を考えると、可能性はゼロではないな」

 「今まで考えたこともなかったけど、確かにそうだわ。霊力と違う系統で、超常現象を引き起こせる力といったら、魔術とか呪術とかいわれる力に行き着くものね。ただ、現代に神隠しを引き起こせるほどの術者が、いるかしら」

 「考えてみてください。あの人形、作られたのは百年ぐらい前ですよ。そのころなら、本当に術者がいたっておかしくはないでしょう。小田切さんも見たとおり、あの人形の力、ただ事じゃなかったはずです」

 「でも、人形が魔術とか呪術を使えるとは思えないわ。いくら人形に人格があったとしても、ああいうものは知識よ。わたしたちの力は、自然に備わり、扱えるようになるけれど、魔術とか呪術はそうじゃないでしょう」

 「確かにそれはそのとおりです。僕だって、この橋で感じた力が、霊力ではないという判断は下せますが、呪術だというはっきりとした断定は出来ませんし、どういう力が働いたかも、わかりません。知識がありませんから。ですが、人形のあの力、普通の霊力とは思えないんです」

 和海は、晃が何かに気づき始めているのだと悟った。

 いつまでも橋の上に留まっているわけにも行かないので、ひとまず境内を出て、車に戻った後に、もう一度状況を整理し、話し合うことになった。

 晃はもう一度だけ、橋の上で目を閉じ、力の残滓を確認した。全身の毛穴が開いていくような違和感が走った刹那、何故か脳裏に図形ともなんともつかぬものが二つ、浮かぶ。

 「メモをください!」

 咄嗟に叫んだ晃に、結城は慌てて自分のシステム手帳を渡した。晃は、器用に欄干に手帳を置くと、今しがた脳裏に浮かんだものを、出来るだけ正確に書き写していく。それが終わると、結城に手帳を返して大きく息を吐いた。まだ、違和感が取れない。

 「これは一体なんだ?」

 晃が書き付けたものを眺めながら、結城が首をひねる。なんだかよくわからない、複雑な、文字とも図形とも見えるものが二つ、描かれていたからだ。

 「……わかりません。僕にもわからないんです。力の残滓を確認しようとしたら、突然これが頭の中に浮かんできたんです」

 和海も横から覗き込み、眉間にしわを寄せた。描いてあるものがなんなのか、まったくわからなかったからだ。

 「とにかく、車に戻りましょう」

 和海に押されるように、結城も晃も歩き出した。周囲では、突然奇妙なことを始めたマスク姿の若い男に、あからさまな不審の目を向ける者もいたため、これ以上の長居は無用だった。


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