07.合流
ガレージで車のドアを開けて、晃に先に乗っているよう告げると、和海は所長の結城孝弘に向けて、携帯電話でこれから車で迎えにいくことを告げる。すると、すでに自宅を出ているから、途中駅で拾ってくれと返事が返ってきた。
「どうせ今は正月休みで、道路も空いてるだろう。そこの駅まで、十五分くらいで来られるはずだ。駅に着いたら、また連絡をくれ。それじゃ」
和海が車のほうを振り返ると、晃は当然のように後部座席に座っている。
「所長を途中で拾うんですから、助手席は空けておかないといけませんから」
和海は苦笑交じりに溜め息をつくと、運転席に乗り込んで、エンジンをかけた。
淡いクリーム色の軽自動車は、ゆっくりとガレージを出て、住宅街を走り出す。カーナビの指示に従って、約束の駅へと向かった。
結城の予測どおり、十五分ほどで到着すると、他の車の邪魔にならないところに停車し、さっそくスマホで結城と連絡を取った。
「所長、駅に着きましたよ」
「こっちも、改札を出るところだ。で、どこにいる?」
「“南口”という表示が奥に見えますけど」
「わかった。今、行くから」
程なくして、駅の出入り口から結城が姿を現す。周囲を見回しているのを見て、和海が助手席の窓を開けて手を振った。それに気づいた結城が、駆け寄ってくる。
「すまんな、こんなところまで迎えに来てもらって」
助手席のドアを開け、結城が乗り込んできた。間髪いれず車を発進させると、待っている間にカーナビに住所を入力済みだった間宮家へと向かう。
「所長、大まかなことはわかっていると思いますが、車内で詳しい話をしますね」
和海は運転のかたわら、間宮家に起こった一連の出来事を結城に話して聞かせた。聞き終えた結城は、腕を組んで考え込んだ。
「ほとんど、神隠しに等しいな。後で、姿が見えなくなったというその寺にも、行かなければならんだろうが……」
「ただ問題は、今が正月で、初詣の人が大勢来ているというのが、かなり大きな障害になりそうなんですが」
晃の言葉に、結城もうなずく。
「そうだな。ゆっくり調査なんぞやっている余裕はないだろう。しかし、厳重なマスクだな、早見くん。二重掛けか」
「ひとまず外しておきます」
晃はマスクをはずし、コートのポケットに押し込んだ。
「僕も、初詣の帰りがけに呼び出されたんですよ。それで、タバコの煙避けに、マスクをしていたので……」
「そういえば、君はタバコの煙はまったくだめだったな。それで、用心のためか」
「そうです。ところで、今回の一件の元凶と思われる市松人形のことですが、所長はどう思いますか」
晃に問いかけられ、結城はかぶりを振った。
「私は直接見ていないからな。なんとも言えんが……」
「……僕の記憶に残っているイメージを、そちらに送りましょうか。どういう人形か、知っていたほうがいいでしょう」
晃は後部座席から右腕を伸ばすと、座席越しに結城の肩を摑んだ。そして、“あのとき”の人形の雰囲気の記憶を結城に送る。
異常なほど艶やかな黒髪に、胡粉を塗った白い顔の中にある、まるで生きているような黒い瞳。その瞳が、じっとこちらを睨んでいた……
「……恐ろしい人形だな。付喪神にしろ依り代にしろ、一筋縄ではいかん相手なのは間違いない。そんな人形に魅入られるとはなあ……」
「ええ、人形のほうが、完全に上位になっていましたね。梨枝子さんは、自分の意思で行動しているつもりで、完全に人形に操られている状態でしたから」
結城はうなずくと、隣の和海に状況を再度尋ねた。
「それで、家の中に入る前から、拒絶の意思を感じたそうだね」
「そうですね。かなり強い意志で、それを感じたのは、エレベーターに乗ってまもなくでしたし。人形がいた部屋なんか、晃くんが先に入ってくれなかったら、わたしじゃ部屋に入れなかったくらいでした」
和海は、ドアノブを長時間握っていることも出来なかったことを、結城に告げる。
「僕も、徹底的に拒絶されました。それこそ、“力づく”で破って入りましたからね。それと人形は、今思えば自分の正体を隠そうとしていました。接触するまい、本性を“視られ”まいとしていたようでした。もう少し接触していれば、人形の中の“モノ”が何なのか、摑めたと思うんですが、相手がそれを察して消えた、という感じでしたね」
晃がさらに補足すると、結城は考えながら、大きく息を吐いた。
「自分の正体を知られたくなかった、ということなのか。その辺にも、逆に何か手がかりがありそうだな」
「そう思います」
「本当は、人形の素性を調べたいところなんですけどね、二十年以上も前に、亡くなった伯母さんが偶然町で見かけて買い求めたという人形だから、そっちのほうでは、手がかりが見当たらないんですよ。わたしも、ご家族に何度も尋ねたんですけど」
和海の言葉に、結城はふとあることを思いついた。
「そういえば、元の人形の持ち主だったという伯母さんは、亡くなってからどのくらい経つのかね」
「え、まだ一週間ちょっとのはずですけど」
「なら、まだ“呼ぶ”のは楽かな」
その言葉に、和海は結城の考えに気がついた。
「霊を呼んで、話を聞こうというわけですか?」
「それが一番手っ取り早いだろう。その伯母さんだって、こういう事態になって、心配しているはずだ」
和海は一瞬黙り込み、おもむろに口を開いた。
「またわたしに、依り代になれということですか?」
前回、苦い“記憶”があるだけに、多少及び腰になっていることが、言葉の端々に伺える。それを見て、晃がなだめるように言葉をかけた。
「今回は、特に怨霊と化しているわけでもないですし、僕がついていますから、大丈夫ですよ。今は、手がかりになりそうな選択肢を、ひとつひとつ潰していかないと」
それを聞いた和海は、あっさりとうなずいた。
「そうよね。手がかりを見つけるためには、何でも試してみないと」
結城の表情が、どこか苦笑とも見えるものになる。
「前回のことで、すっかり信用を失くしたな」
「だって、結局除霊出来なかったじゃないですか。一回目は晃くんが除霊してくれて、二回目は霊体のほうに何か異変があって消滅したんでしょう」
「まあまあ」
晃がなだめているうちに、カーナビが案内終了の音声を発する。
すでに、間宮家が住むマンションが目の前に見えてきていた。
車を近くの駐車場に止めると、三人はオートロックのところにあるインターフォンで、間宮家に連絡を取り、オートロックを解除してもらう。
急いでエレベーターに乗って七階へと向かうと、エレベーターのすぐ前に、義彦が立っていた。けれど、明らかに顔色が悪く、わずか二日前に会ったときとは、別人のように暗かった。
「とにかく、いなくなった当時の事情を聞きたいから、お邪魔するわね」
和海の言葉にも、力なくうなずくだけで、義彦は無言のまま三人を自宅へと案内した。
一歩家の中に入った途端、結城が唸る。
「すごい結界だな。確かにこの中にこもっていれば、大抵の“モノ”は避けられるぞ」
「でも、これも無用の長物になりかけてますね」
晃が、むなしくつぶやいた。
義彦とともに居間に入ると、その両親が出迎えた。二人とも、義彦と同じように、憔悴しているのが見て取れる。
「元日早々、大変なことになりましたな」
結城が、父親である泰典に名刺を渡しながら声をかけると、泰典は大きく溜め息をつきながら、力ない声で答えた。
「……まさか、初詣のときにいなくなるなんて、思ってもみませんでした。こんなことなら、家族で囲んでおくんだった……」