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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第一話 凍れる願い

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05.聞き込み

 ポルターガイスト事件の翌々日、晃は住所を記したメモを頼りに、とあるワンルームマンションを訪れていた。

 結局、昨日は後片付けに追われ、結城探偵事務所は事実上休業状態だった。

 特に、危惧したとおりパソコンは完全に使用不能で、慌てて中古ショップで適当なスペックのものを見繕ってもらい、設置したり設定したりで一日が終わってしまったという。

 今日から調査を再開する予定だったが、運悪く以前から使っていたモデムと、新しく買ってきたパソコンの相性が今ひとつだったため、予想外に調整に時間がかかってしまった。

 そのため、ちょうど大学が休みだった晃が、この場所の調査を買って出たのだ。

 このマンションでも、不審な死に方をした男性がいた。結城の独自情報の中にあった人物のひとりだ。

 亡くなったのは二十代半ばの大学院生で、名前は『山岡 保』。調査依頼を受けた被害者が亡くなる三日前の出来事だった。

 マンション自体は、よくある単身者向けのワンルームマンションで、四階建ての小奇麗なつくりだった。

 一応、ここを管轄している不動産会社にも先に行ってみて、入居者の傾向を確認してみたのだが、わかったことは男女比はほぼ半々で、比較的短期入所者が多いということだけだった。

 ゆっくりと周囲を見回しながら、霊の気配を探ってみる。決して一体もいないなどということはないが、害のない存在ばかりだ。事件に関係している霊体はいない。

 やはりここは“終わった場所”だ。それなら、住人に当時のことを聞いてみるしかないだろう。

 晃がそう思ったとき、背後からつっけんどんな女の声がした。

 「ちょっとあんた、そこで突っ立って、何してんの」

 振り返ると、赤のジャージの上下、伸ばした髪を無造作にひとつにまとめ、コンビニの袋を提げた二十代半ばくらいの女が、訝しげに晃のほうを見ていた。

 だが、その女は晃と目が合うなり、明らかに顔色を変えた。

 女の頬が、熱に浮かされたように赤くなり、たちまち目が潤んで、視線が晃に釘付けになる。

 いつもの反応だ、と晃は内心溜め息をついた。

 初対面の女性は、大抵の人がこういう反応になる。結局、本質より外見の印象が先に来てしまう。

 (晃、自分を卑下するのはやめろ。マジで美形なんだぞ、お前は)

 遼が、嘆き半分で声をかけてくる。

 (卑下じゃないよ。誰も、僕の外見だけを見て、本質を見てくれない。そういう意味では、美醜は関係ない。それだけさ……。もうやめだ、仕事をしよう)

 晃は、物憂げな表情を無理にこしらえて、女に問いかけた。

 「……あの、このマンションの住人の方でしょうか」

 「え、あ、はい、そうですが……」

 女の声は、明らかにうわずっていた。

 呼吸が荒くなってき始めたのがわかる。

 晃が前に立ち、その顔をじっと見つめると、女が生唾を飲んだのがはっきりわかった。

 「こちらのマンションに、『山岡 保』という方が住んでいたと聞いたのですが、ご存知ありませんか」

 「え、あ、あたし、引っ越してきてからまだ一ヶ月くらいで、どんな人が住んでるのか、よくわからないんですけど……。その人と、どういう関係なんですか」

 「僕は、その人の大学の後輩なんですが、急に亡くなったんです、先輩が。それで、どんな暮らしぶりだったか知りたくて、ここまで来たんですが……」

 「急に、亡くなった……」

 女は一瞬考える様子を見せたが、すぐに思い当たったらしく、口を開いた。

 「……そういえば、少し前に騒ぎになったことがありました。なんか、パトカーが止まってて、訊いたら『変死した人がいた』って……。その時、すごく嫌な感じだったのを覚えてます。そのあと、実は病死だったって聞いて、ちょっとほっとしたかなって……。あ、ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったんですけど、ごめんなさい」

 女は、いつの間にか耳まで赤く染めながら、あたふたと言い訳を取り繕う。心象を悪くしたくないというのが、よくわかった。

 晃は、気にしていないと言うようにかすかに微笑むと、さらに問いかけた。

 「それで、その人はどんな生活ぶりだったんですか。僕は、キャンパスの中しか知らないので、どんな暮らし振りだったのかわからないんです。急に亡くなるなんて、ずいぶん無理をした生活だったんじゃないかと思って」

 晃の問いかけに、女は首をひねる。

 「さあ……あたしは別に親しくしてたわけじゃないので、詳しいことはわかりませんけど。ただ、いつもいつも零時近くに帰って騒ぐ人がいて、うるさいなあって思っていたんだけど、それが急に静かになったらパトカー騒ぎだったんで、その人だったんじゃないかなあって……」

 「わかりました。その調子じゃ、このマンションで親しくしていた人もいなかったみたいですね。いろいろご迷惑をおかけしました」

 晃は女に向かって一礼すると、さっと踵を返した。

 「あ、あの……」

 女が何か言いかけたが、あえて聞こえない振りをして、その場を去る。

 (いいのか晃。仕事熱心なのは感心だが、あの女、ちょっとナンパしてつつけば、もう少ししゃべってくれそうな気配だったぞ)

 (……僕が、ナンパなんか出来る性格かどうか、遼さんが一番よく知っているだろ)

 晃が、内心で溜め息をつく。

 (それに、あれ以上訊いたところで、事件解決に結びつくような話は出ないよ。彼女、嘘はついていなかったもの。逆に、こっちがナンパされかねない)

 (それはそれで、別に構わないと思うがな、俺は……)

 遼の言葉を無視し、晃はマンションから適当に離れたところで、ガラケーを取り出して電源を入れ、事務所に連絡を取った。

 二回目のコールが終わったところで、相手が出た。和海の声が、耳に響く。

 「はい、結城探偵事務所です」

 「ああ、小田切さん。僕です」

 「あ、晃くん。どうだった、現場は」

 「正直に言って、来るのが遅すぎた感じです。完全に“終わった場所”ですよ、ここ」

 晃は、現場で感じたことや、マンションの住人の入れ替わりが激しいこと、住人のひとりに聞いてみた事など、一通りを報告した。

 「こちらの一件は、正式に依頼を受けているわけではありません。しつこく聞き込みしすぎて、不審をもたれたら元も子もないですから、このくらいにしましたけど」

 「確かにそうね。特に晃くんは目立つから、適当にしておかないとね」

 目立つといわれ、晃は電話の向こうの和海に聞こえないほどの小さな溜め息をついた。

 「とにかく、さらに聞き込みが必要なら、村上くんや高橋さんにやってもらうわ。今日のところは、もうお仕舞いにしていいわよ」

 「わかりました。ところで、事務所のほうは大丈夫ですか。まだ調整とか、やっているのでは」

 それを聞き、和海が苦笑する。

 「まあね。まだネットに繋げなくて。困ったものよね、メールだって溜まってるのに。そりゃ、スマホで見られるようにすることは出来るけど、長文や大容量の添付ファイルなんかが来たら、面倒だものね」

 「それじゃ、手伝いましょうか。僕も一応、一通りのことは出来ますから」

 晃の言葉に、和海は本気でうれしそうに応じた。

 「ありがとう。わたしひとりじゃどうも心もとなくて。所長は、パソコンに関しては、からっきしな人だし」

 「わかりました。それじゃ、法学の参考資料を買ってから、戻ります」

 晃がそう言うと、和海が妙におかしそうに笑った。

 「まじめな大学生ね。さすが法律の専門家を目指しているだけあるわ」

 「そういう名目で、家を出てきたんです。母は、探偵事務所の仕事を手伝うのを快く思っていませんから」

 「そういえば、心霊現象とか、信じない人だったわね。やっぱり、いろいろと言われたりするの」

 和海の問いに、晃はこう言った。

 「いえ、仕事の内容は、一切話していません。帰宅が遅くなるのが嫌だということなんです」

 和海が、少し呆れたような声になる。

 「まさか、二十歳の男の子に門限でも設けてるの。夜遊び禁止って言うわけ。すごいお母さんね」

 「……違うんです。トラウマなんですよ、母の。僕が事故にあったのが、学校帰りに趣味のサークルに寄って、遅くなってから帰る途中だったので……」

 和海が、気まずそうに沈黙した。

 「気にしないでください。母が、神経過敏になっているだけです。考えてもみてくださいよ。寄り道をするしないで、何かあるというわけではないでしょう」

 晃はいったん言葉を切ると、しみじみとつぶやくように言葉を発した。

 「……僕も、内心困っているんですよ。縛り付けられるみたいで」

 「……そういってもらえると、こっちも気が楽になるわ。ごめんなさい、余計なことを言って」

 「いえ、いいんですよ」

 晃は、静かに電話を切った。


              *    *   *   *   *


 畠田のアパートに行ってから、約一週間が経った。しかし、真相究明は遅々として進まなかった。

 普段は浮気調査や身辺調査など、ごく一般的な探偵業務を行っている村上琢己や高橋栄美子までも動員し、関係していそうな事象の聞き込みに当たらせたものの、たいした成果は上がらなかった。

 わかったことは、全員二十代後半から三十代前半の、ひとり暮らしの独身男性で、自宅の居間もしくは寝室で亡くなっていたこと。

 普段健康に自信のある人で、持病などもなかったこと。そして、それぞれの生活圏が、ほとんど重なっていないことだった。

 何とか手に入れた顔写真にも、これといった特徴はなく、しいて言うなら雰囲気がなんとなく似ている程度。他人の空似だといえば、それで済んでしまう程のものだ。

 午前中から四人分の資料をデスクに置いて眺めながら、結城も和海も晃も首をひねっていた。

 「一体どこに共通点があるんだ、この四人は」

 結城が、頭を掻きながら溜め息をつく。資料を何度読み込んでも、共通点がない。

 「住んでいるところが、かろうじて二キロ圏内に入っていること以外、本当に共通点がないな。生活圏も、ほとんど重なっているところがない。この四人が、共通して利用する場所とか、いつも通りかかる道などがあれば、そこを重点的に調べればいいんだが……」

 結城が、明らかに困惑の表情を浮かべる。

 「全然ありませんものね。これだけ手がかりがないのも、珍しいですよね」

 「それでも、どこかに共通点はあるはずなんですよ。僕達が見落としてるだけだと思うんですが……」

 晃は何か思いついたようにロッカーに向かうと、現場地域が載っている地図を持ってきた。

 「この地図で、現場の位置関係を確認してみましょう。僕が、印をつけてみます」

 晃はデスクの上に地図を広げ、四ヶ所の現場に鉛筆でバツ印をつけた。

 結城と和海は、それを眺めながら四ヶ所の位置関係を懸命に読み取ろうとした。しかし、今ひとつはっきりしない。

 「……よくわからんな。線でも引いてみるか」

 結城が、そう言いながら定規を手にして地図にあてがった直後、急に眉間にしわを寄せ、和海と晃に声をかけた。

 「……この四つの現場のほぼ中心に、斎場がある。これは偶然なのか……」

 「あ、そういえば……」

 晃と和海が、顔を見合わせる。

 「念のため、調べてみてもいいのではないでしょうか。斎場は、“死”に深く関わる場所です。直接生活圏が重なっていなくても、何らかの理由で前を通りかかるなどということも、考えられます。少しでも関係がありそうなところは、やっぱりしらみ潰しに調べるべきです」

 晃の言葉に、和海がうなずく。

 「そうですよ、所長。どちらにしろ、このままでは手詰まりなのは変わらないんだから、何でもやってみるべきですよ」

 二人に押され、結城も決断した。

 「わかった、行ってみよう。住所か電話番号を調べてくれ」

 和海が電話帳から電話番号を調べると、三人は事務所の外のガレージへと向かった。

 和海がまず、運転席側のドアを開けて乗り込む。

 助手席のドアを開け、シートを倒して後部座席へのスペースを空けた。すると、それが当然であるかのように、晃が後部座席に滑り込む。

 和海はそれに対して何か言いたそうだったが、すぐに諦めた表情になる。

 「さっさと、所長も乗ってください。わたしは今から、カーナビに電話番号を入力してますから」

 助手席を戻すと、和海はシートベルトを締め、カーナビのリモコンを手に取って入力を始めた。

 自分に目もくれない和海の様子を見ながら、結城は後部座席の晃を横目に助手席に座り、シートベルトを締めた。

 「……しかし、私に助手席に座って欲しくないなら、早見くんに『助手席に座ってくれ』とはっきり言えばいいのに……」

 小声で文句を言う結城を無視するように、和海は車を発進させた。

 カーナビの音声案内の声が時折響く車内で、結城と和海が現場での調査法を大雑把に打ち合わせし始める。

 それを聞きながら、晃は物思いにふけった。

 どうすれば、手がかりが得られるのだろうか。今回の調査も空振りだった場合、何を手がかりにすればいいのだろう。

 ぼんやりと考えていると、遼が話しかけてきた。

 (そんなに深刻に考えるな。あの四人の共通点を丹念に当たっていけば、きっと何かわかる。お前はどちらかって言うと、楽天家というより悲観主義のほうが強いからな)

 (……否定はしない。でも、それはいつも最悪の事態を考えているからだよ)

 遼が溜め息をつく。

 (一度生死の淵を覗いたからな、お前は。まあ、そうでなくとも、子供の頃から“視える”せいでいろいろ思うことがあったのはわかるが……)

 遼の言葉が途切れる。ひとときの沈黙。

 (……わかってるよ、遼さん。始める前から気を回しすぎる癖があるのは、自分でもわかってはいるんだ。そういうところは、やっぱり母さんに似たんだろうな……)

 (確かに言えてるな)

 遼が苦笑しているのがわかる。晃は話題を変えた。

 (……考えてることがあるんだ、今。そろそろひとり暮らししようかって)

 (そういや、ここのところネットで賃貸物件の情報検索していたものな。ただ、あの口うるさいお袋さん説得するの、大変だぞ)

 (今のところ、子離れする気がない感じだものね。僕は困ってるって言うのに……)

 (けどな、そのためには、少なくとももうちょっと安定収入が必要だよな……)

 遼に言われ、晃もまた内心苦笑した。確かにこんな形で、依頼があったときにのみ手伝うくらいの中途半端なアルバイトでは、どうしようもない。

 ただ、法科大学院への進学が前提のカリキュラムが組まれているので、アルバイトに割ける時間はたかが知れている。

 (……現状では、当分無理か)

 (ま、しょうがないさ。実際に司法試験に合格したら、そのときには大手を振ってひとり暮らしをすればいい。お袋さんも、何も言えないだろう)

 その時、カーナビが目的地に到着したことを告げた。

 車窓には、かなり大きいが質素な外観を持つ、斎場の建物が近づきつつあった。

 「一度通り過ぎてから、車を置いて徒歩で戻ることにしよう」

 結城がそう言い、和海はそのまま車を走らせて、二百メートルほど離れたところにあった月極駐車場の敷地の中に車を入れる。

 「……大丈夫ですか。ここは月極駐車場ですよ。管理人に文句言われたら、どうするんですか」

 晃が心配そうに周囲を見回すと、和海も同じく周囲を見回して、いたずらっぽく舌を出した。

 「短い時間なら、大丈夫だと思うわ。入ってすぐの、区画に入っていないところだし、表の通りもよく見えるし、時間を掛けなければ大丈夫よ、きっと」

 結城と和海が、ひとまず車を降りて調査に向かい、晃は車の番をすることになった。

 取締りが厳しい昨今、やはりひとりも車の傍にいないのは、まずいだろうということになったのだ。

 「まずは周辺の聞き込みだから、慣れているわたし達が行くわね。二、三十分で帰ってくる予定だから、それまでここでちょっと待っていてね」

 和海は、後部座席に居残っている晃にそう声を掛けると、結城と連れ立って歩き出した。

 それを見送ると、晃は表通りを見るとはなしに見ながら、ふと考えていた。もし、自分が結城探偵事務所の人と出会わなかったら、その人たちに『その力をぜひ貸してくれ』と誘われなかったら、どうしていただろうかと。

 大学の勉強に勤しみながらも、自らの特異な力を持て余し、今以上に心を閉ざしてしまっていただろう。

 (あの連中に出会えたことは、実際幸運だったと思うぜ、俺も)

 (遼さんもそう思うんだね。あの人たちは少なくとも、僕の能力を認めてくれた。そしてそれが必要だと言ってくれた。今まで、そう言ってくれる人なんか、僕の周りにはいなかったからね……)

 (全くだ。お前の両親なんか、ひどいものだったからな……)

 そこまで言いかけて、遼が鋭く叫んだ。

 (おい晃、あれを“視ろっ”!)

 はっとして表通りに意識を戻すと、ちょうどスーツ姿のサラリーマン風の男性が、前を通りかかるところだった。年の頃なら三十前後。しかし、その男性の背中には何か張り付いている。わずかに青味がかって“視える”白い靄のような霊気だ。

 (遼さん、まさか……)

 (そのまさかじゃないのか。放っておいたらやばいぞ)

 直後、晃は必死で助手席を倒してスペースを作ると、ドアを開けて外に飛び出した。見失ったらどうしようかと思ったが、その男性は通りをまっすぐ歩いていたため、追いつくことが出来た。苦しい呼吸を、無理に抑えつける。

 「済みません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」

 晃が声を掛けると、スーツの男性は何事かという風に立ち止まり、振り向いた。

 男性は、背後から若い男が駆け寄ってくるのを、怪訝な表情で見ている。

 「突然呼び止めて、申し訳ありません」

 息を弾ませながら頭を下げる晃に、男性は不機嫌そうに言った。

 「これから営業で忙しいんだ。何の用なんだ」

 だが、晃が顔を上げてじっと見つめた途端、男性にある種戸惑いの表情が浮かんだ。晃の容貌に、戸惑ったのは間違いなさそうだ。

 「お急ぎのところ、本当に申し訳ありません。僕は、ある探偵事務所で働いているものなのですが、今、斎場の前を通りかかりましたか」

 「え、さ、斎場……。そういえば、つい今しがた、通ったな……」

 「そうですか。で、つかぬ事をお聞きしますが、そのときに何か変わった感じがありませんでしたか。中の人と目が合ったとか、急に肩が凝るようになったとか、些細なことでもいいんです。何かありましたか」

 晃に問いかけられ、男性は戸惑いを隠せないままに答える。

 「……そういえば……前を通りかかったときに、なんとなく背中が張ってきたような気がしたが……ところで、それとあんたの調査にどういう関係があるんだ」

 男性の表情が、ますます怪訝なものとなった。

 「答えていただいて、ありがとうございました。お聞きしたいことはこれですべてです。お急ぎのところ、本当に申し訳ありませんでした」

 晃にそう言われ、今ひとつ納得出来ない様子がありありとわかるものの、男性は再び進行方向に歩き出した。

 晃はその背中に念を込め、男性の背中に纏わりついている霊気を引き剥がしにかかった。

 靄のような霊気は、晃によって男性の背中から剥がされていく。それは、まだ若い女の霊だと感じた。身にまとう冷気から、一連の事件を引き起こしたであろう悪霊に引きずられていたものに違いない。

 (どうして、あの人の背中に張り付いていたんだ)

 (……好きでそうしていたんじゃないもん)

 (誰かにそうしろといわれたのか)

 (……そう。だって、逆らえなかったんだもの……)

 晃は、核心の質問をした。

 (もしかして、目印だったのか。“次の標的にする”という意味の)

 (……そう。あたしが張り付いてれば、どこに行ってもあの男の人の居場所がわかるからって……)

 (何故、あの人を選んだんだ)

 (……知らない……)

 話しているうちに、女の霊は次第に顔がぼんやりわかるようになって来た。明るい日の光の下では、そう長くこの場に留まってはいられないほどの弱い霊体のはずだが、それでも彼女は、自分の姿をはっきりと晃に“視せたい”ようだった。

 (……ねえ、カッコいい人、あたし、可愛いかな……)

 女の霊が、懸命に微笑んでいる。

 それは、彼女が晃に見せた精一杯の愛嬌だった。生前、自分の容姿にコンプレックスを持っていたらしい様子が伺える。

 (可愛いよ。早く成仏して、生まれ変わっておいで)

 間髪入れずそう答え、笑いかけた晃に、女の霊は泣いているようにも笑っているようにも見える表情になり、静かに消えていった。

 (……晃よ、生身の女の子に向かって、そのくらいのことを言え)

 呆れたような遼の声がした。

 (今のお前の年頃なら、女の子と付き合うことは重要な目標の一つのはずだろ。お前自身、女に興味がないなんてことはないっていうことは、俺にはわかってる。だから、それをちゃんとした生身の女に向けろ)

 遼の声は、明らかに叱咤だった。

 (それはわかってはいるけどさ、霊たちのほうが“そのままの僕を見てくれる”から、つい、ね……)

 遼が、盛大な溜め息をつく。晃は苦笑しながら、車の場所に戻ると告げた。戻る道すがら、遼が愚痴ともつかぬことをぶつぶつ言っているのが聞こえる。

 (遼さん、僕も少しずつ努力してるんだから、もう少し大目に見てよ……)

 (……一刻も早く、お前が生身の女の子を当たり前に口説く日が来ることを、祈っているよ、俺は)

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