04.襲撃
晃が自宅の玄関まで帰りついたとき、時刻はすでに九時を回っていた。
今日は担当教授の都合で、大学の授業が三時で終わることは母も知っている。
(入りづらいなあ……)
(まあ、しょうがないだろ。あの心配性のお袋さんのことだ、今だって神経ぴりぴりさせながら、待ってるだろうよ。早く入って顔を見せてやれ)
(遼さんはそう言うけどさ……)
現場での調査の後、事務所に帰って今後の調査予定を打ち合わせをするまで、晃は事務所に残っていた。
ちょうど夕食時にかかったこともあって、結城が出前を取ることになり、そのご相伴に預かってしまったせいで、思いのほか遅くなってしまった。
探偵事務所から自宅までは、車で15分ほどなのだが、本数が多いとはいえないバスを一本乗り過ごしたせいで、40分近くかかっていた。
気は重いが、遅くなればなるほど母の機嫌は悪くなる。
晃は大きく深呼吸をひとつすると、玄関の戸を開け、ことさら普段通りにただいまと中に入った。
戸を閉めて、奥を見たとたん、玄関で足が止まる。
玄関脇のキッチンで、母の智子が目を吊り上げながらこちらを睨みつけていたのだ。
「……連絡ぐらいしたらどうなの。何のために携帯を持たせたと思ってるのよ」
「……別にいいじゃないか。僕だってもう二十歳だ。母さんは、神経質すぎるんだよ」
「どうせまた、得体の知れない探偵事務所の手伝いをしてたんでしょ。いい加減にして」
そういわれ、晃は少なからず腹が立った。それが、言葉になって母に向かう。
「いい加減にして欲しいのはこっちだよ。確かに小さい個人の事務所だ。だけど、きちんと仕事をする信頼出来る事務所でもあるんだ。母さんに、そんな風に言われる筋合いはないよ。それに一回、『夕飯はいらない』って言ったはずだけど」
晃はスニーカーを脱ぐと、そのまま居間の奥にある階段へと向かった。
「ちょっと待ちなさい。どうして大学からまっすぐ帰ってこないの。どうして寄り道なんかするのよ」
背中から突き刺さってくるような母の声に振り返ると、出来る限り冷静な声で答える。
「母さん、小さな子供じゃないんだから、寄り道しようとするまいと、僕の勝手だろうに。そんなに自分の息子の行動が信用出来ないの」
「……三年前もそう言ってたわ。だから、学校帰りにサークルに寄るのを認めてたのよ。でも、事故に遭ったじゃないの」
「まっすぐ帰れば事故に遭わないとでも言うの? そんなの、ただの勝手な思い込みだ」
晃はなおも何か言いかけた母を無視し、二階の自分の部屋へと上がっていった。
部屋に入って戸を閉め、ワンショルダーを下ろすと、ロフト型ベッドの下に置いてあるパソコンデスクの脇に立てかける。
ダンガリーシャツを脱いでハンガーに掛け、Tシャツを半分脱いで義手をはずして傍らの整理棚に収めた。ガラケーも胸ポケットから取り出し、パソコンデスクの上に置く。
そして、部屋の片隅においてあったビーズクッションを部屋の真ん中まで引っ張り出し、その上に仰向けに寝転がる。
(やっぱりご機嫌斜めだったな、お袋さん)
(まったく、ちょっと帰りが遅くなると、いつもあれだ。気が滅入るよ)
母がああなったきっかけは、三年前の事故だった。あの時も、学校帰りの“寄り道”で遅くなり、自転車を飛ばして夜道を急いで帰る途中だったのだ。
あれから母は異常に神経質になり、まっすぐ家に帰ってこないと過度に心配するようになってしまった。
今持っているガラケーも、自分で欲しかったわけではなく、母に半ば強引に押し付けられたものだ。晃自身は、自分から通話することはあまりなく、半分着信専用になっていた。
母は、様々な機能が盛り込めるスマートフォンに変えようと画策しているようだが、晃が頑としてはねつけ、今に至っている。位置情報を知らせるアプリをこっそり組み込まれでもしたら、そのあとが面倒で仕方がない。
(僕を心配してくれるのはわかるんだけど……束縛されてるみたいでさ……)
(……ひとり息子だしな。どうしても過保護になるんだろうなあ。俺の目から見ても、心配しすぎだとは思うが……)
今回のように遅くなると、いつもこういうやり取りになる。
特に、『結城探偵事務所』の仕事を手伝うときなど、母の過干渉を避けるためにガラケーの電源を切ってしまうので、余計に母が気を揉むのだ。しかし、そういう自衛策を取らないと何も出来ないほど、帰宅時間が遅くなったときの母智子の連絡は頻繁だった。
帰り道、バス停から玄関まで歩いてくる間に確認したら、“自宅”と表示された不在着信がいくつも並んでいて、思わず天を仰いだくらいだった。
(遼さんの両親みたいな人だったらよかったのにって、本気で思うよ)
(おいおい、よせよ。あんな頑固親父と放任のお袋のどこがいいんだ)
(だって、結局遼さんのことを信じてくれたじゃない。僕の両親ときたら、僕のことを信じてはくれないんだ。子供の頃から、ずっと……)
(……お前の両親、『心霊現象などというものはすべて錯覚や妄想だ』と固く信じてる人達だからな。特に親父さん。お前が『視える』って言っても頭から否定してたし……)
それだから、結城探偵事務所の仕事の詳しい内訳は、両親には言っていない。始めから噛み合わない話題で、神経をすり減らしたくなかった。
(だから、遼さんの両親みたいに、ありのままを受け入れてくれる人のほうが、どれほどよかったか……)
(ありゃ野放しだったって言ったほうがいいと思うがな……)
晃は、遼と会話することによって、先程の母とのやり取りでささくれ立った心が和んでくるのを感じた。
(……落ち着いてきたな、晃。気持ちはわかるが、自分の実の親のこと、あんまり悪く言うもんじゃないぜ。ちょっと悪循環だな)
遼が、苦笑気味に晃を諭した。
(親は、お前の力を頭から信じてない。お前はそんな親にどこか心を閉ざしてる。何とかならんものかと、いつも思ってるんだが)
(遼さんの言うとおりだよ。でも、遼さんの存在を否定するのが許せないんだ)
(それだけじゃないだろ。子供の頃からの積み重ねが根底にある。自分を否定され続けてきた不信感が。俺も、ちょっとはわかるぞ)
晃は大きく溜め息をついた。遼に対しては、絶対に嘘はつけない。遼も自分に対して絶対に嘘はつけない。それが、この二人の関係。
それでも、遼に対して愚痴をこぼせるのが、晃には安らぎだった。
(遼さんとこうして話が出来るから、僕も爆発しないで済んでるのかも知れないね。ありがとう)
(よせって。いまさら水臭いぞ)
その時、まるで静寂の時間の終わりを告げるかのような、“トッカータとフーガ”が鳴り響く。
飛び起きた晃がガラケーに飛びつくと、電話の向こうから、切迫した和海の悲鳴のような声が聞こえた。
「晃くん、早く来てっ! ポルターガイストが……」
それを聞いた途端、晃はダンガリーシャツを羽織ってガラケーを胸ポケットに押し込み、部屋を飛び出すと階段を駆け下りた。
そのまま小走りに玄関に向かうと、居間の隅でお茶を飲んでいた智子が金切り声を上げる。
「晃。どうしてこんな時間にまた出て行くのっ!」
しかしそれに答えず、素早くスニーカーを履くと、母に捕まらないうちに玄関の戸を開けて外に出た。
緊急事態になっているのは、おそらくは事務所に違いない。一番早く行くにはタクシーだが、住宅地のこのあたりでは、滅多に通りかからない。
晃の視界に、自転車が入る。自転車なら、下手にバスを待つより早いだろう。だが、夜に自転車を漕ぐのは怖い。事故の記憶が甦る。
(晃、お前はただ乗っかっているだけでいい。俺がやる)
遼の声に励まされ、晃はチノパンのポケットからキーホルダーを出し、自転車の鍵をはずした。その時、玄関の戸が開いて、智子が外に出てきた。追いかけてきたのだ。
晃は自転車にまたがると、自転車置き場にしているガレージの隅から家の前の道路へ漕ぎ出した。
「待ちなさい、晃っ」
母を振り切るように、晃の乗る自転車は一気にスピードを上げる。すぐに、普通の人間が走って追いかけられる速さではなくなった。
事故の記憶が、頭の中を駆け巡る。その中には、本来見るはずのない事故直後の凄惨な現場を見下ろしている記憶までがあった。
左腕が完全に車に巻き込まれたようになり、上半身を血に染めて倒れている自分の姿。徐々に広がっていく血溜まり……
全身から汗が噴き出す。
(晃、もう何も考えるな。あとはすべて俺がやる。それ以上当時のことを思い出すと、硬直して動けなくなるぞっ)
遼の声が、晃の意識をかろうじて現実に引き戻した。
(……遼さん頼む。僕では、これ以上無理だ)
(ああ、任せろ)
自転車のスピードが、いっそう上がる。
人通りもほとんどない住宅地の道路の真ん中を、自転車は真昼の道を行くかのように疾走した。たとえ街灯の光が途切れることがあっても、そのスピードは落ちない。
時折、ライトに気づいた人が、道路脇に避けていく。
どれほど自転車に乗っていたか、晃には定かではなかったが、到着を告げる遼の声で我に返った。
(晃、着いたぞ。自転車から降りろ)
すでに事務所の真ん前に止まっている。
それに気づいた晃は自転車を降りると、玄関ドアのすぐ脇に自転車を止め、ドアを急いで開けて、入り口を開け放したままだった事務所へ飛び込んだ。
「これは……」
中は惨憺たる有様だった。
重いスチール製のデスクがひっくり返り、調査書類を納めたファイルが、部屋中に散乱している。スチール製ロッカーが横倒しになり、その傍らには結城が白目を剥いて仰向けに倒れていて、部屋の真ん中の床には、パソコンの本体とモニターがばらばらに吹っ飛んでいる。
黒い長椅子は横倒しになり、奥の壁には、普段事務で使っていたはさみが突き刺さっており、そのすぐ下の床に和海が座り込んでいた。それはまるで、竜巻でも部屋の中で暴れまわったかのようだ。
部屋の中の空気が、ひんやりと冷たい。あのアパートに漂っていた霊気にそっくりだ。
晃は言葉もなく立ちつくした。
顔色を失っていた和海が、入り口の晃に気づき、消え入りそうな声で告げた。
「……来てくれたんだ、晃くん……。こんな、こんなひどいの、初めてよ……」
晃が事務所の中に一歩足を踏み入れた途端、空気が変わった。纏わりつく冷気は、まるで冷凍庫の中のようだ。
いる。この異変を引き起こしたものが、間違いなくここにいる。
晃は、ゆっくりと歩き出した。と、左手のほうからプラスチック製の定規が、物凄い勢いで回転しながら、晃めがけて飛んでくる。
しかしそれは、晃が素早く睨みつけた直後、まるで見えない何かに叩き落されたかのように激しく床に落ち、大きく弾んで床を滑っていった。
「ふざけるな。姿を現せ」
晃の視線が、天井のほぼ中央部にあるシーリングライトに注がれる。
本来ほぼ均一に明るいはずのライトが、中央部分だけが異様に暗い。それが、女の横顔のようにも見えた。
その瞬間、誰もスイッチに触っていないのにライトが消えた。突然訪れた闇の中で、どこからか、妙に甲高い女の含み笑いが聞こえる。しかし、どこから聞こえてくるのか、判然としない。
「……この声、この声よっ」
和海の怯えた声がした。
含み笑いが次第に大きくなり、まるで人を嘲るような甲高い馬鹿笑いとなる。それを聞いている和海の声は、恐怖のあまりすでに息だけのものになって、何を言っているのかわからない。
室内だというのに、肌を切るような冷たい風が吹きつける。凍てつく冷気の中で、気配だけが部屋の中を激しく動き回っているのがわかった。気配と共に、笑い声も部屋中を飛び回る。
「真っ暗にすれば、何もわからないとでも思っているのか。こちらは、お前の動きなど手に取るようにわかるんだぞ」
闇の中で、臆することのない晃の声が響く。
不意に、笑い声が止んだ。それでも、風は吹きすさぶ。ファイルが風に舞っているのか、何かがこすれる軽い音が部屋のあちこちで聞こえてくる。急に、何かが弾けるような鋭い音が、数箇所から同時に聞こえた。
「音で気配を消したつもりか。そんな子供だまし、僕には通用しない」
気配を圧するような晃の声は、不安など微塵も感じさせない。まるで、気配を含んだ闇など、恐れていないかのようだ。
闇の向こうで、苛立つ気配があった。晃が、隙を見せないことに対する苛立ちのように思える。
すると、その気配が信じられない速さで動いたかと思うと、晃がいたはずのある一角で、突如としてぞっとするほど濃い死霊の“気”が溢れた。一瞬、晃の気配が、死霊の気配に飲み込まれてしまったかのようにかき消される。
刹那、全身の毛穴が開くような断末魔のごとき絶叫が、部屋中に反響した。
「晃くんっ!」
和海が思わず叫ぶのと、部屋の明かりがつくのが同時だった。
死霊の気配は一瞬のうちに消え去り、そこにはただ晃が立っているだけだった。
「もう大丈夫です。危険は去りました」
落ち着いた晃の言葉に、和海は安堵のあまり涙ぐむ。
「……まさか、事務所に帰り着いてまでこんなことになるなんて、思わなかった。怖かった。本当にポルターガイストに巻き込まれるなんて……」
晃は小走りに和海に近づくと、その手をとって立ち上がらせようとした。しかし、恐怖とショックで腰が抜けているらしく、立ち上がれない。
(遼さん、手を貸して)
(わかってるって)
晃が和海の真正面にかがみ込んだとき、和海の顔に再び緊張の色が走った。
誰かが、首筋を触っている。右の首筋に、確かに誰かの指の感触があった。しかも、姿も見えなければ気配も感じない。
そんな和海の動揺を見透かしたように、晃が声をかける。
「気持ちを静めてください。害のある存在かどうか、直感でわかるはずです。深呼吸をして、おなかに力を入れて、ゆっくりと立ってみてください」
晃に言われたとおりにやってみると、嘘のように体に力が入り、今度は立つことが出来た。気づいたときには、指の感触も消えている。和海は初めて、ぎこちないながらも笑みを浮かべた。
二人は、倒れている結城に近づくと、脈が正常であることを確認し、抱き起こして肩を軽く揺すった。
「所長、しっかりしてください」
「所長、晃くんが来てくれたんですよ」
二人に揺さぶられ、結城はかすかに唸り声をひとつ上げ、目を開けた。
「……早見くん。帰ったんじゃなかったのか」
晃を見るなり、驚きの表情を浮かべる結城に、和海が言った。
「わたしが、電話で呼んだんです。『ポルターガイストが起きた』って」
そう言ってから、ふと晃の中身のない左袖に気づき、顔を曇らせた。
「ごめんね、晃くん。もう、家でくつろいでるはずだったのにね」
晃は微笑みながら、首を振った。
「いえ、いいんです。僕だって、この事件に深く関わっているんですから」
それから真顔になって、結城や和海に問いかける。
「こんなことが起きたのは、僕が帰ってからどのくらい経ってからでしたか」
二人は顔を見合わせながら、当時の状況を確認しあった。
晃が帰ったあと、二人で事務所の後片付けと、明日の仕事の段取りを短く打ち合わせ、その準備をしていた。
そして、さあこれから帰ろうとしたその時、激しいラップ音と共に異変が始まったのだ。その間、大体40分ほどだったという。
「それは、僕がちょうど家に帰りついた頃ですね。狙ったとしか思えないな……」
晃が首をひねると、和海がさらに付け加える。
「……そういえば、今にして思えばもうひとつおかしなことがあるのよ」
和海によれば、結城がポルターガイストが始まって程なくして、何か飛んできた物に頭を直撃されて目を回してしまったあと、晃に連絡しようと必死にスマホを取り出したとき、激しく天井のライトが点滅し、部屋が暗くなるたびごとに殺気にも似た何かを感じたという。
そして、それほど激しく荒れ狂ったポルターガイストが、晃が飛び込んでくる直前にぴたりと止んだというのだ。
「暗くなるたびに、気圧されそうになるほどの気配が間近まで迫ってくるのがわかるの。すぐに明るくなるけれど、逆に暗いままなら気配だけを追いかけられるのよ。点滅されると、かえって気が散って」
晃の番号は、あらかじめ登録してあったため何とかなったが、そうでなかったら、とても連絡など出来る状態ではなかったと和海は言った。
「まるで、電話を掛けさせないようにしていたみたいで。それと、声が聞こえたのよ。『邪魔するな』っていう女の声が。さっき聞こえてた、笑い声と同じ人物だと思う。やっぱり、一連の事件を起こした本体だったのかしら……」
それを聞き、晃は考え込む。一連の出来事を通してみてみると、相手の意図がおぼろげながら見えてくる。
(まさか、事務所に来るとは思わなかった。あのアパートの近くで、僕らの様子を伺っていたのかも知れない)
(それで、あそこに残しておいた霊がお前の力で祓われたので、機先を制するために、ここに来たっていうところか。霊体なら、ここを突き止めるなんて簡単なことだからな)
(それにしても、余計なことをするな、という警告のつもりだったのかな、今回の一件は。相手は、僕を避けていたのか、それとも、呼び込むつもりだったのか……)
晃の疑問に、遼が言う。
(雰囲気としては、お前に来て欲しくなかったという感じに思えるがな。事務所の二人を脅してこの一件から手を引かせれば、二人に頼まれて協力しているかたちのお前が、介入しなくなると踏んだんだろう)
(それにしても、派手にやってくれたな。最後に、まさか僕のところに直接来るとは思わなかったけど)
それには、遼が語気を強めた。
(一気にお前を潰そうと考えたんじゃないか。来させたくはなかったが、来てしまったならいっそ潰してしまえって。まあ、俺がついている限り、あのアマには好きにさせやしないが)
その時、結城が溜め息混じりに起き上がってつぶやいた。
「……とりあえず、後片付けしなきゃならんが……どこから手をつけたものか……」
和海も晃も、改めて周囲を見回した。
そして、足の踏み場もない状態の事務所を見ていた三人の視線が、図らずも集中したものがあった。床に転がったパソコンだった。
旧式の液晶モニターは、衝撃でまともに映像を結ばなくなっている。本体が床にひっくり返っていて、それに引っかかるようにキーボードが斜めになった状態で止まっていた。
「パソコンは……アウトだろうなあ。あの様子じゃ、まず間違いなく、ハードディスクがイってるぞ」
「ハードディスクは、衝撃に弱いですからね。バックアップはどこまで取ってありましたか」
「一応、昨日CD-RWでバックアップを取ったばかりだが……それだって、この状態で無事だかどうだか……」
「……しんどいですけど、後片付け始めましょうよ、所長。わたし、そこのファイルを拾いますから、所長はロッカーや机なんかを起こしてくださいね」
「おい、私ひとりにやらせる気か」
結城が思わず弱音を吐くと、晃が手伝うと言い出した。
「僕だって男ですよ。大物を立て直すのは手伝いますって」
途端に、和海が口を挟んだ。
「だめよ、晃くんが無理することないわよ。腕に障害のある人が、力仕事をする必要はないわ」
和海は、半ば本気でこう言い出した。
「私が所長を手伝うから、晃くんはそこら辺のファイルやなんかを拾って持ってきて。あちこち散らばってるじゃない」
「ちょっと待て。ずいぶん早見くんばかり優遇するじゃないか。確かに早見くんはそうだが、それにしたって若い男の片腕の力と、女の力じゃあ、そう大差はないと思うぞ。まあ、バランスの問題はあるかも知れんが」
結城は明らかに憮然としている。
「三人でやりましょうよ、大物は。こんなことで揉めるより、三人でさっさと片付けたほうが早いです」
苦笑している晃の様子に、結城も和海も苦笑しながらうなずいた。
本日投稿分はここまで。以降は、明日にします。
これからは、ここまで集中的に投稿はしない予定です。