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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
最終話 虚無と永遠
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32.エピローグ

   ―――数年後―――


 爽やかに晴れ渡った秋の善き日に、さる神社に併設された会館にて、華燭の典が行われた。

 神前にて、三々九度の盃をかわし、夫婦となること誓いあった、黒紋付に袴姿の新郎と、白無垢姿の新婦は、家族とともに披露宴の会場へと向かう。


 新郎:早見 晃     二十六歳

 新婦:川本 万結花  二十三歳


 披露宴会場には、双方の親族や知人など、総勢五十人ほどの招待客が、披露宴を見守った。

 司会者が、新郎新婦のことを紹介していく。

 新郎は、予備試験を経て、現役の大学四年生の時に司法試験に合格、卒業後に司法修習生となって弁護士資格を取得した、新進気鋭の若手弁護士であること。新婦は、先天的な病気で目が不自由だが、鍼灸マッサージ師として日々患者と向き合っていること。

 二人は、四年の交際期間を経て、結婚に至ったことなど。

 二人が披露宴会場に姿を現した時、主に新婦側の客からどよめきが上がったが、ほどなく落ち着き、披露宴は新郎新婦が洋装に着替えるお色直しを挟んで、和やかな雰囲気で進んでいった。

 そして、両親への感謝の手紙の朗読というクライマックスになったが、新郎と新婦のそれぞれの両親は対照的だった。

 新婦側の両親は、手紙が読み上げられるとボロボロと涙をこぼし、新婦も時折声を詰まらせながら手紙を読み上げたのだが、新郎は淡々と手紙を読み上げ、父親はそれなりに感無量といった顔をしていたが、母親は作り笑いを崩そうとしなかった。

 一部関係者(探偵事務所の二人)は事情を知っていた。母親は、直前までこの結婚に大反対だったのだ。

 新郎に身体障碍があったため、健常者を伴侶にと願っていたためだったが、そのせいで親子喧嘩が起こり、新郎が『親子の縁を切って、自分の戸籍を独立させる。その上で、二人だけで籍を入れる!』と啖呵を切り、慌てた父親が双方をなだめすかして、ようやく式にこぎつけたという経緯があったのだ。

 それでも何とか、滞りなく式は進み、無事に終了した。

 その後は、新郎新婦の親しい知人だけが集まって、近くのカフェレストランを貸し切りにしての二次会が開かれた。

 そこでうっかり飲み過ぎた新郎()が、『結婚出来てよかった』とべそべそ泣きだし、とんだ泣き上戸ぶりを発揮して周囲が生温かい表情になったりもしたが、(おおむ)ね賑やかで楽しい時間が過ぎていった。

 そうして、翌早朝に新婚旅行に出発するために、二次会の会場からあらかじめ荷物を預けていた駅近くのホテルに直行した二人は、夜の十時頃になってやっとホテルの一室で一息つくことになった。お互い仕事を持っている身であるため、ギリギリのスケジュールを詰め込んだためだ。

 その頃になると、少しだけ酔いが覚めてきて、自分が醜態をさらしたことに思い至った晃が、部屋のベッドに腰かけたままいろいろな意味で頭を抱え、傍らの万結花になだめられていた。

 「……晃さん、あの程度のこと、皆慣れてるから気にしなくても大丈夫よ」

 「……それはそれで……」

 晃が思わず溜め息を吐いた時、二人同時に気配を感じ、はっとなった。

 気配は、窓のほうから近づいてきていた。

 今二人がいるのは五階だが、ああいうモノは関係がない。

 そして、バルコニーに続く全面の窓の向こうに姿を現したのは、やっとその姿を保っている有様の、鬼だった。

 銀髪黒肌の二本角で錦の衣をまとったその鬼は、向こう側が完全に透けて見え、かろうじてその姿をとどめているだけに“視えた”。

 表情もぼんやりとしていてよくわからないが、敵意は感じなかった。

 それを“視た”晃は、依り代を抜け出した。

 依り代だった身体は、そのまま仰向けにベッドに倒れ、ピクリとも動かなくなった。当然だ。今の身体は、ただの抜け殻なのだから。

 酔っていたのはあくまでも身体(依り代)で、そこから抜け出てしまえば酔いなど一切関係がない。

 晃は、髪を青く、眼を(あか)く光らせ、瞳孔が縦になり、牙も爪も伸びた異形の姿で鬼に対峙した。

 何とか“視え”るだけの鬼と違い、晃はほぼ実体化しており、その存在感と相まって、鬼がすくんだように見えた。

 あれでは、自分を害することなど到底出来ない。ならば、何か話があるのかもしれない。

 晃は万結花にその場を動かないように言うと、敢えて<念動(サイコキネシス)>で窓を開け、鬼を室内に招き入れた。

 『……さて、何をしに来たのか、教えてはもらえないだろうか。何か、思うところがあって、ここまでやってきたのだろう?』

 晃の問いかけに、鬼はやっと聞き取れるほどの声で答えた。

 『……(われ)もよくわからないのだ。気が付いたときには、仕えるべきあるじは、すでに消えていた。闇に潜んで体を休め、何とかここまで力を取り戻してはきたが、おそらくはこれ以上力を取り戻すことは叶うまい。吾は、これからどうしたらいいか、わからないのだ……』

 鬼は、力なくかぶりを振ると、途方に暮れたように晃を見る。

 『すでに、今のおぬしはかつての我があるじを越える存在となっておる。あの場にいた妖どもは皆、おぬしの配下となって鎮まっている。吾はどうすればいいのか、本当にわからないのだ……』

 あれから今まで、少しだけ力を取り戻して何とか“視える”存在になりはしたが、すべてを失って心まで空虚になってしまったらしい。

 『……お願いだ。いっそ滅ぼしてくれ。もはや、吾の周りには誰もおらぬ。誰も……おらぬのだ……』

 鬼はそう言うと、両手で顔を覆ってうずくまってしまった。

 『どうしてここまで来たのだ。追いかけて来たにしては、時間がかかり過ぎだが』

 晃の問いかけに、鬼はぽつりぽつりとつぶやくように答える。

 『……わからぬのだ。何とか動けるようになってから、あちらこちらさ迷い歩いたのだと思う。それさえ、はっきりとは覚えておらぬ。たまたまこのあたりまで来たときに、覚えのある気配を感じて、つい近づいてしまった……』

 本当に、ただそれだけらしい。鬼は、それだけ言うと、さらに悄然と肩を落とした。

 晃はしばらく様子を見ていたが、やがて静かに口を開いた。

 『……滅ぼすのは簡単だ。だが、お前がすでに人に(あだ)なす力などないことは、見ればわかる。ならば……』

 晃は、鬼のすぐそばまで近づくと、右手を伸ばしてうずくまったままの鬼の肩に、そっと置いた。

 驚いて見上げる鬼は、戸惑いの表情を隠せないでいた。

 『新しい道へ歩み出してはどうか。誰もいなくなってしまったというなら、ともに歩いてくれるものを探すのも、また一つの道』

 鬼は、呆然と晃を見上げたままだった。

 「……そんなに驚かないで。晃さんは、元々はそういう人だったのよ。あの頃は、精神的におかしくなっていた時期だったから。今は逆に、安定したけどね」

 万結花が、落ち着いた声で鬼に向かって話しかける。

 「……あなたの気配が、とても弱くてわかりにくいけれど、あなたは間違いなくそこにいるのでしょう? 恐れないで、ちゃんと話を聞いていてね」

 晃は再度、問いかけた。

 『お前は、僕を憎んでいるか? 恨んでいるか? お前から、仲間もあるじも奪ったのは、間違いなく僕だ。そう思われても、当然ではある』

 鬼は考え込むそぶりを見せたが、やがて首を横に振った。

 『……今となっては、そんな思いさえ湧いてはこぬのだ。何も……思いが浮かばぬ……』

 『……お前は、自分で自分がわからなくなっているのだな。でも、少なくとも僕は、お前に対して怒りも憎しみも感じない。だから、僕はお前を受け入れることが出来る』

 鬼の顔が、驚愕に彩られる。晃の言葉が、信じられないというかのように。

 あの時、激しく戦ったのは、互いの立場(ゆえ)だった。相手を憎んだりしていたわけではない。

 遺恨が残るとしたら鬼の方だろうが、当の鬼は、心が折れてしまっているらしく、そういった気持ちも湧いてこないらしい。

 『このままでは、そのうち自然と消えてしまうかもしれない。それほど、弱くなってしまっている。自分の道を考える時間を持つためにも、【名づけ】を許してほしい』

 【名づけ】を行い、それを相手が受け入れれば、(えにし)が生じる。今の晃の力を持ってすれば、鬼の存在を安定化させ、消え去ることを防ぐのに充分な力を与えることが出来るのだ。

 鬼が、拒否する様子を見せなかったので、晃は静かに言葉を紡ぐ。

 『……その身がどうか“壮健”であれと願う。故に、【壮鬼(そうき)】の名を贈る』

 『……【壮鬼】……』

 鬼が茫然とつぶやくと、晃のほうからいくばくかの力が鬼のほうに流れ、鬼の姿がよりはっきりと鮮明になった。

 先程まで、やっと“視える”程度だったものが、今はほぼ向こう側が透けなくなった。

 それだけではなく、墨を流したような黒い肌をしていたものが、赤銅色に変わったのだ。

 それは同時に、鬼が名前を受け入れたことを示していた。

 晃は、ずっとその肩に置いたままだった手を離し、改めて鬼を“視”た。

 鬼は不意に姿勢を改め、跪くと、頭を下げて臣下の礼を取った。

 『【壮鬼】の名、確かに賜りました。どうか、吾が新たな道を見つけるまでの間、よろしくお願いいたします』

 『お前が道を見つけるまで、付き合ってやれる。今は僕も、悠久の時を生きる存在であるから。そうそう、人を直接害することは認めないが、驚かす程度のことなら何も言わない。それは、妖の本性故に』

 晃の言葉に、壮鬼は改めて頭を下げ、そしておもむろに立ち上がる。

 『あなた様のことを、何と呼べばよろしいですか?』

 壮鬼の問いに、晃は答える。

 『人としての名はあるが、この姿であるときの名は、まだ定まっていない。だから、【妖魔王】とでも呼んでほしい』

 『【妖魔王】様……』

 他の妖たちに、呼ばれるようになった“称号”のようなものだが、ある意味問題なく名乗れる名称でもある。

 壮鬼は再度深々と頭を下げると、まだ開けられたままの窓から外に出て、すっと姿が見えなくなった。

 「……鬼は、どこかに行ったの?」

 『ああ。妖が集まっている“異界の里”に行ったのだと思う。例の場所(禍神の元の隠れ家)の近くだからね』

 晃は窓を閉めると、自分の身体(依り代)に戻った。

 ベッドに倒れていた半身を起こすと、晃は改めて万結花を見つめた。

 「……本当に夫婦になったんだね」

 「もっと前から、ずっと一緒だったけど」

 万結花が、くすりと笑った。

 晃はそんな万結花の肩を抱き寄せ、そっと口づけた。




                                          ―完―


 長い間、お読みいただきありがとうございました。

 この物語は、ここで終わります。

 ですが、また違った形でこの物語の登場人物の物語を書くかもしれません。


 ちなみにですが、次回作は一応書き始めてはいますが、まだ試行錯誤の状態で、実際にアップするのは年明けになると思います。

 少々早いですが、皆様、よいお年を。


 本当に、今までありがとうございました。


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