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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
最終話 虚無と永遠
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27.本拠地

 晃は着地すると、祠のひび割れに向けて左手の爪を突き立てた。

 ガチリと、何か硬いものにぶつかったような感触が伝わってくる。どうやら、相当頑丈な結界があるらしい。

 さすが本拠地だ、としか晃は思わなかった。

 本拠地であるところが、あっさり入ることが出来たなら、逆にそこが本当に本拠地か疑われるだろう。

 こうしてそう簡単に入れないということは、間違いなくここが本拠地、最後の地だという証明だ。

 晃はさらに“力”を込めて、左手の爪を突き立てる。

 幾度かガシガシと突き立てると、突然硬いものが失われる感触があった。結界を突き破ったのだ、と直感した。

 これでいい。

 もう一度ひび割れに手を入れると、中にすっと吸い込まれるような感覚に襲われた。

 一瞬目の前が暗くなり、再び明るくなった時には、広々とした草地にところどころ木が生えているところに出た。

 明るいとはいっても、普通の人間では、薄暗く感じるだろう程度のものだ。

 空は漆黒で星もなく、草木も植物らしい緑ではなく、青黒い葉がついているのがわかる。

 さらにその奥には、寝殿造りを思わせる建物が建っているのが見えた。

 そして、その建物を守るように、体長が二メートルはある大蜘蛛ややはり体長が四メートルはありそうな大ムカデといったモノたちが立ちはだかっている。

 蜘蛛は、前肢二本を振り上げて威嚇し、ムカデは前半身を持ち上げ、鎌首をもたげるような形になると、牙をカチカチと鳴らした。

 “ここは通さぬ”とでもいうかのように。

 本性を現したままの晃を見ても、ひるむ様子はなかった。

 それでも晃は、特に思うことはなかった。ただ、邪魔だと思うだけだった。

 あの建物の中に、禍神がいるのだろう。

 今、立ちはだかっている妖など、自分にとっては“邪魔もの(粗大ゴミ)”だ。

 それでも、一応呼び掛けてはみる。

 「そこを退()くなら、見逃す。そこを退け」

 特に熱量もない、平坦な声だった。

 二体の妖は、かえって怒りを募らせたようで、蜘蛛はシューシューと唸り、ムカデはさらに牙をガチガチ鳴らした。

 「……それが返事か」

 ぼそりとつぶやくと、晃は宙に舞い上がった。

 二体が、唖然としたかのように晃を見上げる。

 晃はそのまま空中から急降下すると、左手の爪を蜘蛛に向かって突き立てる。

 蜘蛛の姿は一瞬にして消え、傍らのムカデはのけぞるようにして晃から離れ、地面を素早く動いて距離を取ると、油断なく晃に対峙した。

 晃は、そんなムカデを無表情に見つめる。

 その体はまだ空中にあり、()()()()()()()ムカデの頭と正対する位置で、ムカデと(にら)み合う。

 否、相手を睨むような気配を纏うのはムカデのほうだけで、晃はむしろ何の感情も感じられない目でただ見つめているだけだ。

 牙を鳴らしながら、ムカデが晃に向かって躍り掛かる。

 晃は無造作に上昇すると、ムカデをかわすなり、その身を翻して左手の爪を真横に振るう。

 背中から切りつけられたムカデは、その背中がバックリと横に割れたかと思うと、そのまま姿が消えていった。

 ムカデが消え去ったところで、晃は再び地面に降り立った。

 体の中に渦巻く異質な力を、抑え込むように鎮める。外に放出すれば、もっと楽に鎮められるのだが、そうするつもりはもうなかった。

 ふと気づくと、自分の視界に入る自分の髪が、風もないのにゆらりと動いているような気がしたが、“魂喰らい”の力が上がるなら、些末なことだと思えた。

 (……晃、自分から穢れを溜めにいくような真似はやめろ。いつまで()()()()()()()()、わからないんだぞ)

 (……別に構わないよ。どちらにしろ、この奥へ行く頃には、限界値になってるだろうから。それで理性が吹き飛んでも、何の問題もない。前から、言ってるだろう?)

 遼が頭を抱えたような気がしたが、すでに今更だ。

 晃は改めて、奥に見える館のほうへと歩き出す。

 近くに見えたが、歩き出すとなかなか近づけない。

 錯覚ではなく、おそらく自分が近づけないように、何らかの術や結界が張り巡らされているとみるべきだろう。

 晃は、左手の爪を思いきり前面の空間に叩きつけた。

 微かに、何かがひび割れるような、きしむような音が聞こえた気がした。

 やはり、何かがある。自分を入れないための、何かが。

 それが、自分があの館に近づくことを(はば)んでいるのだ。

 左手に、より力を込め、晃は再度前面の空間にその爪を叩きつける。

 その時、確かに何かにひびが入るような短く鋭い音が聞こえた。

 何も見えないけれど、間違いなく何かがある。

 もう一度、同じことを繰り返す。

 すると、何もなかったはずの空間に、歪んだようなひび割れが現れる。

 もう一度繰り返すと、歪みがさらに大きくなったかと思うと、それが崩れ落ちて急に館が近くなったように感じた。

 しかし、さすがに息が弾んでいる。それだけ、力を使っているのだ。

 息が整うまで、少し立ち止まっていたが、完全に落ち着く前に歩き出した。

 休んでいる間に、再び結界を張られたらまずいと思ったのだ。

 結界が張られていたであろうところを通り過ぎ、館が近づいてくる。建物が、見上げるような大きさになってきたところで、入り口を探さないといけないとわかった。

 慎重に、周囲を探る。

 そして、奇妙なことに気が付いた。この建物には、出入り口にあたるものがない。

 間違いなく、この中に禍神が潜んでいるだろうに、どこから中に入るのか、わからないのだ。

 建物の中からは、力を持つものが中にいるであろう、威圧されるような気配が感じられる。だからこそ、どこかに出入り口はあるはずなのだ。

 晃は今一度、精神を鎮め、感覚を研ぎ澄ませる。

 微かに、何かが揺らいだような気がした。

 揺らぎのほうに、静かに進んでいく。

 すると、今までただの漆喰の壁に見えていた場所が、ゆらりと揺れ動いて“視えた”。

 そこに向かって、出来る限り心を無にして歩いていく。

 肉体を持つ自分が、ここをくぐり抜けられるかどうかはわからない。だからこそ、心を乱していては、くぐれるものもくぐれなくなるだろう。

 ゆっくりと、しかし確実に、揺らぎを見せる壁に向かって歩いていく。

 左腕を伸ばし、その爪先が、壁に触れるところまできた。

 そのまま、思い切って一歩進む。

 左手は、ほとんど抵抗もなくすっと壁の中に入っていく。

 ゆっくり進み続けると、実際に体があるところに差し掛かったところで、確かに何かに押し付けられたかのような、妙な抵抗があった。

 視界には何も映らず、硬いような、柔らかいような、弾力があるような、ないような、実際の物質としてはあり得ない感触を感じ、次の瞬間それを抜けた感覚があった。

 途端に視界が開け、ある程度の広さがある土間に出ていた。

 土間だけで、軽く十畳以上はありそうだった。その奥にやや低めの椅子程度の段差の座敷が、さらに広がっているのが見える。

 近づくと、板張りの床がずっと奥まで続いており、左右には一定間隔で柱が並び、その間には障子が続き、向こうに無地の襖らしいものが見えた。

 ここで、わざわざ靴を脱いで上がる義理はない。

 晃は、土足のまま板張りの床に上がった。

 辺りは空気が張り詰め、異様な気配に満ちていた。禍神だけではなく、まだ力を持つ妖がいるのだろう。

各個撃破出来ればいいが、一度にかかってこられると、さすがに少し面倒だと思う。

 ただ、このあたり全体に威圧されるような気配が満ちているので、どこに(ひそ)んでいるかがわからない。

 不意打ちだけは、喰わないようにしないといけない。

 それにしても、外からの見た目と中の広さが、一致していない。明らかに、中は広い。

 中の部屋が、どういう繋がり方をしているのか、それもわからない。

 それでも、行くしかない。

 晃は、慎重に歩き出す。

 室内のはずなのに、わずかに風を感じる。その風がどこから来るのか、よくわからない。

 決していい兆候ではないはずだ。

 どこからか吹く風に、生臭(なまぐさ)(にお)いが混じる。明らかに、室内で吹く風ではない。

 見た目は室内であっても、ここは敵の本拠地。どういう構造であっても、おかしくはないのだ。

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