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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
最終話 虚無と永遠
338/345

25.山怪

 すでに暗くなったその停留所に降り立ったのは、晃一人だった。

 晃は、自分が降りたバスを見送ると、改めて周囲を見回した。

 今行ったバスが、今日の最終便だ。

 明日の朝の始発まで、バスはやってこない。

 一般の車もほとんど通らない時間帯であるため、辺りは静まり返っている。

 それでも、晃にとってすべては予定通りだった。

 この時のために、前々から下調べをしていて、この路線にたどり着いた。

 今は午後八時になるところだ。

 辺りはところどころにしか街灯がなく、街灯と街灯の間は薄暗い。

 このバス停の近くに、トレッキングコースの出発点となる登山口がある。その辺りには灯りがほぼなく、その入り口を知る者か、よほど強力な灯りを持っている者しか、その入り口に気づく者はいないだろう。

 もっとも、晃にとっては昼間だろうと夜だろうと、はっきり見えるのだから関係ない。

 朝晩の冷え込みに対応するため、しっかりした生地のデニムのシャツジャケットを着こみ、中にはダンガリーシャツ、ジーンズにスニーカーといった格好だ。

 晃は、ほぼ手ぶらだった。

 交通系のICカードと、最低限の現金が入った小さな財布だけしか持っていなかったからだ。

 それらはすべて、服のポケットに収まる。

 もう、誰とも連絡を付けるつもりがなかったため、携帯電話すら置いてきた。

 日中は時に汗ばむほどだが、すっかり夜の(とばり)が下りた今は、風がひんやりとしている。

 晃は静かに歩き出すと、ほどなく登山口を見つけた。

 木々の間に伸びる、踏み固められた土の道。人が二人は並べないほどの幅しかない、ゆるりと上る坂道だった。

 (……晃、本当に行くのか?)

 (今更だよ、遼さん。それに、明日の朝まで帰りの便はないんだよ?)

 (まあ……そうなんだが……)

 晃は改めて登山口を見つめると、おもむろに歩き出した。

 踏み固められた土の感触が、スニーカーを通して伝わってくる。

 見た目よりもしっかりとした上り坂で、急いで登るとたちまち息が切れてしまいそうだった。

 根幹の体力がない自分の体を、少し情けなく思いながら、晃はゆっくりと登っていく。

 禍神の潜む場所は、この道の先にある。

 本来の登山道から、途中で外れて獣道を伝ったところに。

 幽体離脱すれば、もっと早く、楽に行けただろうが、そうすると体を置いてきてしまうことになる。

 そうしたら、誰かに体の始末をしてもらわなければならない。そんな面倒を、かけさせたくはなかった。

 だから、敢えて普通の移動手段を使ってここまで来たのだ。

 本当は、靴ぐらいはトレッキングシューズを用意してもよかったのだが、どうせ帰ってくるつもりもないのだから、無駄な出費はしないでおこうと思った。

 だから、少し登りにくいのだがスニーカーのままで登っている。

 しばらく登っていくと、次第に坂が急になってきた。本格的な登山道に入ってきたのだ。

 ただ、今この山でこうして歩いている人間は誰もいないだろう。

 このあたりの山は、日帰りトレッキングをする人が多く、泊まるにしても、キャンプするのに適した場所は、ある程度決まっている。

 それが、禍神の潜むところからかなり離れているのが、幸いだった。

 少し息が切れて来たところで、多少は平らな場所を見つけて立ち止まり、息を整える。

 バスに乗る前に、駅前にポツンとあった昔ながらの食堂で、軽く食事を済ませてきたので空腹感はないのだが、それでも徐々に疲労は溜まってくるだろう。

 ばててしまうその前に、禍神の潜むところにたどり着けるだろうか。

 いや、たどり着かなければならない。

 息が整ってきたところで、晃は再び歩き出した。

 辺りは当然、一切灯りのない真っ暗闇だ。

 もし近くに誰かいたとしても、足音と木々の枝を押しのける音、息遣いだけしか聞こえないだろう。

 晃は、慎重に登り続けた。

 道は、時に急になり、なだらかになり、山奥へと続いている。

 周囲に、山に棲む妖の気配が感じられるが、禍神の眷属の気配は感じられない。

 向こうからちょっかいをかけられない限り、こちらとしては手を出すつもりはない。

 しかし、前方に立ちはだかるように、いくつかの気配が現れる。

 おそらくは、まったく無関係の妖の(たぐい)

 だが、普段から人間が近くに現れると、その生気を啜るためにやってくるような存在らしかった。

 確かに、そういうモノもいるだろう。ただ、鬱陶しいだけだが。

 やがて、そいつらの姿が“視えて”きた。

 女のような姿だが、髪が異様に長く地面を引きずり、その目がつり上がり、口が耳まで裂けている。

 経帷子にも見える白い着物を身に纏い、それでいて裸足。

 爪も、指先から二、三センチ飛び出していた。

 そんな姿の妖が、三体。

 皆、ニィとばかりに口が弧を描き、その眼を『獲物をみつけた』とばかりにギラギラとさせている。

 「……邪魔するな」

 言うが早いか、晃は一気に本性を現す。

 それを見た女たちの表情が、驚愕に彩られる。

 『ありえないものを見た』とでもいうかのような。

 刹那、晃が動いた。<念動(サイコキネシス)>でわずかに体を浮かせ、あちこちに石が転がり、木の根が張り出す山道を、滑るように移動して一気に近接、左手の爪を真ん中の一体に突き刺した。

 一撃で、その気配があっという間に薄くなる。間髪入れずに左腕を振り上げ、次の一撃を入れると、その妖はその姿が消え失せた。

 他の二体は、慌てて晃から逃げようとする。

 だが、晃の機動力のほうが勝っていた。

 背を向けようとしていた二体目に向かって、左腕を振り下ろす。

 それは、一撃でほとんどその存在が薄れてわずかに影のようなものが残るだけだった。

 それでも晃は容赦せず、とどめの一撃を見舞う。

 それであっさり、影も消え去った。

 残された最後の一体は、本気で逃げに入る。

 だが、晃が背後から迫る。

 晃が左腕を伸ばすと、その背に向かって左手の爪を突き立てた。

 今度は、一撃でその姿が完全に消えた。

 (晃! 穢れを溜めるな! 放出しろ!)

 (……その必要がある? 禍神の棲み家に向かうだけなのに? そこに入り込むまで持てば、後は穢れが溜まり切って理性を失おうと、何の問題もないよ)

 あの三体を喰らった力は、間違いなく晃の中に渦巻いている。

 今の戦いで、一撃ごとに威力が増していることがはっきりわかった。

 今の晃にとって、それは“手ごたえがある”と感じられるものでしかない。

 自分の中の異質な力を、まるで自分に馴染ませるように両腕を回すと、普段の姿に戻って地面に足を付けた。

 一度大きく深呼吸すると、何事もなかったように晃は歩き出した。

 それでも、元々体力があるほうではない晃は、時折休憩を挟みながらの歩みで、晃自身もう少し早く歩けないものかと、自分が不甲斐ないなく思った。

 なんとか、やっと目的地に近づいてきたのがわかった。辺りにかすかに、瘴気が漂うようになってきたのだ。

 このまま瘴気が濃い方向へと進んでいけば、目的地に着けるだろう。

 その時、背後から気配が迫ってくるのを感じた。

 妖ではない。生きている人間の気配。足音。藪をかき分ける音。暗闇を切り裂くように灯る、人工的なライトの明かり。

 そして、一気に距離を詰めてきたのは、アカネだった。

 (あるじ様!!)

 アカネが、晃に飛びついてくる。

 ああ、そういうことか。

 アカネを抱き止めながら、晃は悟った。

 誰にも会わずに出かけ、すべてを終わらせるつもりだった。だが、こうしてアカネがやってきたということは、自分の周囲の人たちが、ここまで追いかけてきたのだと。

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