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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
最終話 虚無と永遠
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19.依頼

 元々、そんなに荷物が多いわけではない部屋だった。

 週末の休みの日に、朝からその部屋の中を、晃はコツコツと整理していく。

 一応、大学にはぎりぎりまで行くつもりだから、そのための教科書や資料は、すぐ出せるところに置いたままにする。

 部屋の整理など、そう時間のかかるものではない。

 後、一応残しておかなければならないとしたら、遺言状だろうか。

 公証役場へ行って作る方法もあるが、そこまでする必要性はない。引き継ぐべき財産も、借金もない身だ。

 なら、自筆の遺言状で大丈夫だろう。

 きちんと書式が整い、したためた日付が入っていれば、有効なはずだ。

 ただし、これは自筆でなければならない。パソコンで作ったりしてはダメだった。

 A4の白い紙に、油性のボールペンで遺言をしたためる。

 自分がいなくなった後、自分の私物をめぐって、残された人々が困らないように、どういう形で始末をつけてほしいか、印す。わずかに残るだろう預貯金は、両親へ渡したいことも書き込む。

 自分で、書き留めておきたい内容を一通り書き込むと、今日の日付を書き、拇印を押して折りたたむと、真新しい封筒に入れてふたをし、のり付けする。

 最後に、封印としてのり付けしたふたのところにもう一度拇印を押し、探せばすぐに見つかるように、大学の資料が入れてある本棚代わりのカラーボックスの中に、本の間に挟んでおく。

 (……なあ晃、朝飯食った直後の朝っぱらから、やることじゃないと思うんだがな、俺は……)

 (でも、いつかやるはずだったことだよ。まとまった時間を費やしたのが、たまたま今日だっただけだ)

 晃の返答に、遼が溜め息を吐いたのがわかった。

 自分では、そんなにおかしなことだとは思っていないのだが、どうやら遼はそう思ってはいないらしい。

 更に遼が何か言いかけた時、下の方が騒がしくなった。

 どうやら、結城たちが出勤してきたらしい。

 彼らも、ちゃんと休みは取るのだが、仕事柄全員で一斉に休むのではなく、シフトを組んで誰かしらは事務所に出勤しているようにしているようだ。

 まだ調査が終わっていない村上は、このところ直行直帰が続いており、事務所で顔を合わせない。

 微かに聞こえる声からすると、今出勤してきたのは結城と高橋栄美子らしかった。

 この二人の組み合わせは割と珍しいが、なかったわけではない。

 取りあえず、顔を出しておこうと思った晃は、部屋を出て階段を降り、事務所に通じるドアを開けた。

 「おはようございます」

 「ああ、おはよう」

 「おはようございます。あーちゃん、調子はどう? 朝ごはんはちゃんと食べた?」

 栄美子に尋ねられ、晃は笑みを浮かべながら応える。

 「ええ。ちゃんと食べましたよ」

 自分ではちゃんと微笑んだつもりなのだが、結城が一瞬微妙な顔になった。すぐに取り繕ったらしく、結城も笑みを浮かべたが。

 せっかく顔をだしたのだから、と事務作業を手伝うことにしたのだが、午前中のうちに依頼メールが届いた。

 それも、法引を通しての心霊関係の調査依頼だった。

 ここ最近結城は、晃に禍神関連の事象に専念してもらうため、何度かあったこういう依頼は、自分たちで対処するか、法引に頼んで“視て”もらったりしていた。

 だが、今回の内容はかなり切羽詰まった内容だった。

 依頼者の姉が、妖に危うくさらわれそうになったというのだ。

 姉が、たまたま霊験あらたかで有名な寺のお守りを持っていたおかげで、危うく難を逃れたが、そのお守り自体はまるで焦げたように真っ黒になってしまったという。

 その寺の僧侶に相談したところ、これはただ事ではないと言われ、緊急でお祓いを受けたのだという。

 そして、その寺からの緊急報がネットに流れ、そこから除霊の経験豊かな法引に連絡が行き、今朝方実際に依頼者に会って確認した法引が、これは危険だと止むなく探偵事務所に一報を入れ、晃に出てきてもらえないかと打診してきたのだ。

 「……和尚さん自身が、自分の手に負えないと判断したということか……」

 結城が思わず唸る。

 今の晃に、出来れば禍神絡み以外の案件を任せたくはない。精神的に、(あや)ういところがあるからだ。

 だが、そういうことを言っていられないほど、この事案は危険度と緊急度が高いらしい。

 「……行きますよ。それこそ、今すぐに行っても、特に問題はありませんから」

 内容を伝えられた晃は、普通にそう答えた。

 どうやら法引も、現場近くにそのまま待機していて、現地集合で事に当たろうという。

 晃としては、最近そういう案件が自分に回ってこないのは何故だろうと思っていたので、自分が出かけることに特に思うところはなかった。

 そのままただちに出かける準備が始まり、栄美子を留守番にして慌ただしく結城と晃が出かけていく。

 普段は和海が運転していることが多い、クリーム色の軽自動車も、今回ばかりは結城が運転席に座った。

 ガタイのいい結城では、運転席が少し窮屈なため、この車ではあまり運転しないのだが、今はそういうことを言っていられない。

 後部座席に晃を乗せると、車は発進した。

 小一時間郊外へと車を走らせると、住宅地へと入っていく。

 やがて、住宅地の中のこじんまりとした公園が見えてきたところで、見たことのあるスクーターと、その傍に立つ僧衣にヘルメット姿の人物が目に入った。

 「和尚さん!」

 結城が声をかけ、立っている法引のすぐそばに車を止める。

「来てくれましたか。わたくしが“視た”ところ、暗くなる前に手を打たないと、相当に厄介なことになりそうな状況でしてな」

 そう言うと、法引はスクーターにまたがり、『案内する』と言ってそのまま発進した。

 何でも、住宅地の少しわかりにくいところに、依頼者の家はあるという。

 スクーターについていくと、それから二、三分走ったところで法引はスクーターを止めた。

 そこには、何の変哲もない二階家が建っていた。

 周辺に、似たようなデザインの家が並んでいるところを見ると、このあたりは建売住宅がまとまって建てられた地区らしい。

 道が曲がりくねっているうえに、周辺の住宅が同じようなデザインで、わかりにくい状態だったため。必ず通りかかる住宅地の中の公園で、探偵事務所側の到着を待っていたという。

 近くに小さな時間貸しの駐車場があったので、そこに車を入れ、改めて依頼者の自宅の前にやってきた結城と晃は、ちょうど法引がインターホンを鳴らしているのが見えた。

 中から応答があり、玄関ドアが開くと、少々顔色の悪い中年の女性が姿を現した。

 聞けば、依頼者の母親だという。

 依頼者はちょうど晃と同年配の大学生、被害者は大学院生の姉だとのことだった。

 父親は遠くへ単身赴任中で、そうそう帰っては来られないそうだ。

 三人で中に入ると、リビングでは不安げな様子で姉弟が待っていた。

 いつもなら、晃の容姿にひと騒ぎがあるものだが、肝心の晃が無表情であるため、少々引き気味に見えた。

 整った顔立ちの晃が無表情になると、少し怖い印象になる。

 見慣れている結城や法引は、もう何とも思わないが、初対面の人たちでは距離を置きたくなるだろう。

 母親に至っては、どこか胡散臭いものを見るような眼で、晃を見ている。

 とにかく、改めて詳しい話を聞こうということになり、先に話を聞いていた法引が、確認するように話しかけながら、話を引き出していく。

 姉がさらわれそうになったのは、一昨日の晩。

 お守りで何とか乗り切って、寺に相談に行ったのが翌日の午前中。

 その後、お祓いを行ってから、部屋に貼るようにと言われ、護符となる紙を渡され、それを自室に貼った。

 その日の午後、法引に連絡が行き、彼がここに到着したのが今日の朝。

 彼女の部屋に貼ってあった護符は、一夜にして真っ黒になっており、それを見た法引が、これはまずいと探偵事務所に連絡した、という流れだった。

 「あなたをさらおうとした妖は、どんな姿でしたか?」

 晃の問いかけに、姉が答える。

 「……二、三人の鬼でした。おとぎ話に出てくるような姿で、赤鬼だったり、青鬼だったり……」

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