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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
最終話 虚無と永遠
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16.空虚

 五月の連休も過ぎ、晴れていると少し暑さを感じるような、そんな気候になってきた。

 晃は相変わらず、大学には通っていた。

 周囲には、早くも就活を始める者たちがいたが、晃はそんな素振りは一切見せず、淡々と授業を受けていた。

 もっとも、晃と同じ法科大学院進学コースの学生は、就活に走る者はいなかったが。

 最終目標が司法試験合格である学生が、就活を始めるはずはない。

 とはいえ、晃は他の学生とは違っていた。

 本当に、()()()()()()()なのだ。自主的に勉強する様子がない。

 当然だ。

 晃自身は、司法試験を受けられるほど、()()()出来ると思っていないのだから。

 雅人が何度も口を酸っぱくして『早まるな。他に方法がある限り、禍神のところへ特攻するのはやめろ』と言い続けているため、おそらくあそこだとわかっている禍神の潜む場所へ行くのは、今のところ控えている。

 だが、最後にはそこへ行くことになると、晃は思っていた。

 これは、勘でも何でもない。

 皆いろいろ調べているらしいことは、わかっていた。

 しかし、順調だとは感じなかった。

 順調に調べが進んでいるのなら、もう少し自分のほうへ情報が漏れてくるはずだ。

 誰も皆、自分を止めようとしているのだから。

 それがないということは、うまくいっていないのではないか。

 近々、自分は禍神のところへ乗り込むことになる。

 それは、晃の中で確信にも似たものになっていた。

 そのために、今は力を蓄える。

 禍神そのひとを斃せなくても、力を削いで、万結花が逃げ切れるように。

 今日も、自室に帰り着くと、バッグを床に置き、そのまま自分も床に座った。

 一階の事務所では、結城や和海が事務仕事でパソコンに向かっている。

 手伝いに行くべきなのだろうが、少し落ち着いてからでもいいだろう。

 いつまで、こうした日々が続くのだろうか。

 何もかも打ち捨てて、今、禍神のところへ突っ込んでいっても、特に問題はないような気がするのだが。

 (いいや。問題大ありだ。とにかく、特攻はやめろ)

 (遼さん、僕は別に特攻するつもりはないんだけど)

 (お前、生きて帰ってくるつもりないだろ!? 充分特攻じゃないか!!)

 (遼さん、そんなにムキにならないで)

 (お前がそうさせてるんだろうが! いいか、誰にも言わずに消えるのは、絶対になしだ。みんな、お前を案じてるんだぞ)

 確かにそうなのだろう、皆が案じているのは。

 でも、なぜ誰にも言わずに消えるのがだめなのだろうか。ちゃんと身辺整理をして、誰が見てもどこに何があるのかわかるようにしておけば、誰も困らないだろうに。

 そんなことを考えていると、遼が『そういうことじゃない!』と思考に割り込んできたが、すでに慣れっこになっていたので、ひとまず無視した。

 自分はもう、人ではないのだ。

 人の世界で、いつまでもぐずぐずしているわけにもいかないだろう。

 化け物は化け物らしく、消え去ったほうがいいのだ。

 仮にこのまま行方不明になって、時間が経てば、七年で死亡宣告がされるはずだ。もちろん、自分の両親がそういう手続きを取れば、だが。

 それでいいと思う。

 禍神が潜んでいる場所は、まず間違いなくあのあたりだろうとわかっている。そのほかに、拠点となっている場所もあと一ヶ所はあったはずだ。

 あとから応援を呼ばれても面倒なので、拠点のほうを先に潰し、その後に禍神のところへ行こう。

 それぞれの場所は、そこそこ離れてはいるが、同じ山系に属する位置にある。

 空間同士が繋がっている可能性も否定は出来ないので、後漢の憂いをなくすためにも、潰しておいた方がいい。

 さて、いつ行こうか。

 (お前、頼むからそういうことを今考えるのはやめてくれ。事務所へ手伝いに行って、気分転換してきたらどうだ?)

 (……今、それをする必要はないんじゃないかな。手伝いは手伝いに過ぎないんだから)

 遼の訴えを聞き流し、晃はもう一度考えを巡らせた。

 皆は、自分を止めようとしている。止める必要など、ないはずなのに。

 化け物と化していく自分には、それほどの価値があるとは思えなかった。

 “魂喰らい”を使えば使うほど、そうなることはわかっていた。初めからだ。

 元から“人外”だった自分は、間もなく本物の化け物となる。

 禍神の元へ乗り込むのが早いか、化け物と化すのが早いか、どちらだろう。

 晃がぼんやりと考えていると、またも遼が話しかけてきた。

 (……晃、未来を諦めないでくれ。化け物になることを、前提にしないでくれ。そうなると、決まってるわけじゃないだろう?)

 (……遼さん、僕が化け物になるのは、もう決まっていることだよ。遼さんの力を呼び込んで本性を現した時、どんな姿になるか、遼さんだってわかっているだろう?)

 (そりゃ……わかっちゃいるけどさ……。だからって、消え去ることを前提にするなよ。俺は、お前に生きていて欲しいんだ。最後の手段を、当たり前の手段扱いしないでくれよ……)

 (……遼さん、気持ちは嬉しいけど、現実を直視したら、そんなことは言っていられない。そうだろう?)

 そう問いかけると、遼が黙り込んだ。遼も、わかってはいるのだ。

 それを受け入れられないだけだ。

 今回は、遼に免じてこれ以上考えるのはやめておこう。

 床に置いただけのバッグから中の物を取り出して整理し、明日の授業で使うものと入れ替える。

 それが終わったところで、一階に降りて事務所に向かった。

 事務所の中に入ると、結城と和海が、それぞれ顔を上げ、晃を迎える。

 「早見くんか。こちらの資料を清書してくれないか」

 そう言いながら結城が立ち上がると、A4程度の大きさの何枚かの紙をファイルで束ねたものを自分のデスクから取り、晃のデスクへと移した。

 「晃くん、無理しなくていいからね。ちょっと入り組んでる、面倒な奴だから。間違えないように、確認しながら打つと、時間かかるのよ、それ」

 和海がそう言って、慌てる必要はないと説明してくれた。

 晃は自分の席に着くと、紙の束をぺらぺらとめくって内容を確認した。

 それは、メールに添付されたものをプリントアウトしたらしく、ごちゃっとして読みづらい文章だった。

 どうやら、村上と高橋が出先で送ってきた途中経過報告書らしい。

 二人とも、まだ調査対象から離れられないらしく、とりあえず最低限の内容をよこしたようだった。

 そのごちゃついた文章の書式を整え、報告書の形にまとめて打ち込んでいく。

 こういう作業をしている間だけは、作業に集中するので余計なことを考えなくなる。

 晃は、しばしの間自分が化け物であることを忘れ、打ち込み作業に徹した。

 やがて、一通り打ち込み終わり、体裁が整ったところで、晃は内容を結城のパソコンに送った。

 「……思った以上に速いな。早見くん、ありがとう。あとは、小田切くんと手分けして、作業を続けてくれないか」

 データを確認した結城が、うなずいて了承すると、次のことを指示してくる。

 「晃くん、これ、お願い。無理はしなくていいからね」

 和海が、自分のデスクの上からいくつかのファイルを抜き取って立ち上がると、晃のデスクまでやってくる。

 二人は繰り返す。

 『無理はしないでいい』

 きっと、また体調を崩してはいけないと、そう思っているのだろう。

 もう、そんなことはない。

 身辺整理自体はするつもりだが、体を維持するための食事はとるつもりだ。

 体を維持しないと、禍神の元へ乗り込むことも出来なくなるではないか。

 相手の勢力を削れるだけ削り、その後に禍神の元へ乗り込んで、その力を削れるだけ削る。

 それでこの身が滅んだところで、それは本望だ。

 もっとも、遼を含め、他の人はそう思っていないようだったが。

 (当たり前だろう! お前を知ってる人なら、誰だってお前に滅んでほしいとは思わないぞ!)

 (……僕を知ってる人?)

 (ああ、そうだ。もちろん気づいてるはずはないが、ゼミの教授だって、同じゼミの学生だって、そうと知ったら滅んでほしいなんて思う人はいないだろうさ)

 (……そうかな……)

 確かに彼らとは、大学で顔を合わせているが、そこまで自分に気を回す者が果たしているだろうか?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この仕事が終わったら、少しずつ身辺整理に手を付けていこう。

 いつまでも、先延ばしにしているわけにも行かない。

 遼が、『今から手を付ける気か!?』と怒鳴っているのがわかったが、別に大したことではないはずだ。

 自分で自分の始末を付けられるのだ。他の人の迷惑にならないようにするために、やれることはやっておくべきだ。

 ともかく、仕事だけはきちんとやっておくことにし、晃は打ち込みに集中した。

 小一時間ほどでそれが終わったところで、結城のほうから声がかかった。

 「早見くん、今日のところは目処が立ったから、ここまででいい。ありがとう」

 「……そうですか。では、僕はこれで失礼します」

 晃はパソコンの電源を落とし、ファイルの整理をして立ち上がる。

 「晃くん、ちゃんと食べて、ゆっくり寝て、体を大事にしてね」

 和海が、案ずるような眼差しで晃を見た。

 「……大丈夫ですよ」

 晃は微笑んで見せ、事務所を後にした。

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