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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
最終話 虚無と永遠
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15.会合

 その日の昼前、業務の合間を縫って、結城と和海、法引と昭憲の四人が、探偵事務所の中で顔を合わせていた。

 四人が四人とも、固い表情のまま顔を突き合わせ、しばらく黙りこくったままだった。

 四人の元には、報告が入っている。

 先日、川本家にかなり大規模な襲撃があり、それを幽体離脱して駆けつけた晃が撃退した。それだけなら、まあよかったと言える話なのだが、晃の異形化がさらに進んでしまった。

 雅人が人気のないところで話をし、確認したらしいのだが、すでにその眼は完全に(あか)くなり、左手の爪がさらに長く、十五センチほどになったそうだ。

 右手の爪も、明らかに伸びて、三センチ近くになっているらしい。

 牙も伸び、もう少しで唇から先端が覗きそうなほどの長さだったという。

 晃自身すでに化け物と化していく恐怖が突き抜け、いっそ化け物になり果てたほうが、戦う力がより増すのではないかとさえ言うようになったそうだ。

 無論、無意味に暴れるようなことになったら、()()()()()()()()のは確定しているらしい。

 「……あまり、(かんば)しい事態ではありませんな」

 法引が、溜め息交じりに口を開いた。

 「そうですねえ……。どんどん、かつての早見くんから遠ざかっていくようです。壊れたというのか、より妖に近くなってきたというべきか……」

 結城が、手で額を押さえながら答える。

 「……その、本人は今、大学?」

 昭憲が尋ねると、和海がうなずいた。

 「ええ……。大学には行ってるの。今日も行ってるわ。でも、どこまでちゃんと授業を聞いているか、わからない。惰性で行っている節があるし……」

 それもまた、あまりよろしくない状況ではある。

 最近は、顔を合わせても、だんだん会話が続かなくなってきた。

 晃のほうが、会話を続けようとする意志を見せないのだ。それでは、会話などすぐに途切れてしまう。

 皆、眉間にしわを寄せ、唸る。

 このまま晃を放置出来ないとは思うのだが、具体的にどうすればいいのかが、見当がつかない。

 そして、もう一つの案件、『神を封じる儀式』の詳細がどこまでわかったか、という確認も行われた。

 その結果のほうも、はかばかしくない。

 土地を代償とし、土地に封じ込める術なのだということは、すでにわかっている。

 だが、具体的なものはほとんど見えてきていない。

 晃の現状を考えると、そろそろ具体的なものが出てこないと、間に合わないという状況になってきたのだ。

 プリントアウトして、人数分のコピーをされ、冊子の形にまとめられた報告の内容を見ながら、誰かが大きな溜め息を吐いた。

 「……このままでは、早見さんの異形化の進み方のほうが早く、間に合わない可能性が高いです。こちらでも、資料を当たってはいるのですが……」

 法引が、眉間にしわを寄せたまま、冊子を睨む。

 いくら睨んだところで、状況がいい方に進むわけではないことは承知しているが、気持ちの持って行き場がない。

 誰もが晃を案じ、何とかしたいと思っているのだが、どうすることも出来ないまま、時間だけが過ぎていく。

 こういう儀式がかつてあったと知った時には、目の前が開けるような思いだったのだが、今となってはもはや色褪せてきている。

 「……晃くん自身が、すでに良くも悪くも現状を受け入れてしまって、どうにかしようとする気配が見えないのが、一番厄介な点だと思います」

 和海が、冊子を読み込みながら再度溜め息を吐いた。

 「……オレが一番関わりが薄いんで、まだピンときてないところがあるんですけど、やっぱりかなり切迫してるんですか?」

 昭憲が、冊子に一通り目を通した後で、結城や和海に向かって問いかける。

 「まあ、確かに昭憲くんは、一番早見くんとの関わりが少ないな。でも、先程の異形化の進行度合いを聞いて、どう思ったかな?」

 結城の言葉に、昭憲は唸った。

 「……確かに、ヤバいとは思います。霊的な部分(左腕)だけじゃなく、肉体の部分まで変化(へんげ)を起こしているのが、ありえないって感じで……」

 「そうなんだよ。でも、実際にそれは起こっている。私自身、少し前の話だが、早見くんが本性を現した時の姿を見ている。……正直、妖の要素がかなり出ていると思った。聞く限り、今はその時より異形化が進んでいる」

 結城が、苦悩を押し殺したような顔になった。

 まだ多少なりとも余裕があるのか、すでにギリギリのところまで来ているのか、判断がつかない。

 もっとも、おそらく晃自身にも、それはわからないのだろうと思われる。

 晃の言動が、そう感じられるのだ。

 しかし、悠長なことを言っていると、最終局面まで進んでしまいかねない。

 一度、完全に妖と化してしまったら、もはや人間に戻ることは不可能だ。

 妖を人間にする方法など、それこそおとぎ話か何かの世界でしかありえない。

 生きている人間が妖と化すなど、本来がまず起こらないことなのだ。

 晃は元々、“人にして人にあらざる者”だったからこそ、それが起こってしまった。

 だからこそ、妖と化してしまったら、それを戻す方法など、皆目見当がつかない。

 そうなる前に、何とかとどまってもらいたいのだが、本人にそのつもりがない。

 何とかならないかと、情報交換の意味でも集まろうと、今回顔を合わせたのだが、まったく先が見通せず、晃を止める要素が見つからないことが確認出来ただけだった。

 「……もし、晃くんが本当に妖になってしまったら、どうなるんでしょうか?」

 和海が、結城に視線を送る。

 「……わからん。わからんが……乗り込むかもしれんな、禍神のところに」

 それが、一番危惧されるところだ。

 現時点で、本気になった晃を止められる者など、ここにはいない。

 今の時点で、晃の力はすでに“人外”なのだ。

 「……禍神の潜む場所というのは……例の山の中ということになりますかな?」

 法引の問いかけに、結城はうなずく。

 「以前、早見くんがこうなる前に、行方不明者が何人も出ているということで、調べたことがありまして。おそらくこのあたりだろうという絞り込みは、出来ています。私たちでさえそうなんですから、早見くんは、もっとその場所を絞り込んでいるはずでしょう」

 相手の拠点をいくつもつぶしてきた晃だ、目星はつけてあるに違いない。

 目を離したら、いつの間にかその姿をしていた、などということになりそうで、それが怖かった。

 結城も和海も、それを案じて気づくと声をかけるようにはしていたのだが、避けられるまではいっていないものの、晃は絡んでこようとしない。

 自分から、少しずつ関わりを断とうとしているように思えて、それが二人をして徐々に焦りを募らせることになった。

 「実際、雅人くんには『身辺整理をする』と話したそうです。雅人くんは何とか止めたと言ってましたが……」

 結城が、再び額を手で押さえながらそう言うと、和海はもちろん法引も昭憲もぎょっとした表情になった。

 「『身辺整理』って……それ、まずいのでは……?」

 昭憲が、引きつった顔でつぶやく。

 「……確かにまずい。まずいのだが……止めたところで、止めきれるものではないのは、お前もわかるだろう? 何か、別のアプローチを考えなければ……」

 法引が、昭憲(息子)に向かってそう言うと、腕を組んで唸った。

 「……おやじ、別なアプローチって言っても、肝心の説得材料が見つかってないじゃん。どうすんだよ?」

 昭憲が、困ったという表情を隠そうともせず、逆に問いかける。

 しかし、法引はもちろん、誰からも“これは”という答えが返ってこない。

 “説得材料がない”

 この場にいる誰もが、それを認めていた。

 自分が化け物になることを受け入れ、禍神の元に乗り込むことを最終目標とし、冷徹にその準備を進めつつあるらしい晃。

 自分たちでは、それを止めることも出来ず、実力が違いすぎて助けにもならない。

 ならば、せめて晃に対して、自分たちは何が出来るのか。

 「……唯一、これだけは言えるかもしれません。決して早見くんを一人にしないこと。いつの間にかいなくなるなんて、そんなことを絶対にさせてはいけない」

 結城の言葉に、皆うなずいた。

 「そうですな。それくらいしか、思いつきませんな……」

 「わたしだって、晃くんを一人になんかしたくありません。絶対に……」

 「オレも、自分がやれそうなことを、考えてみます。オレ、皆さんより関わりが薄いですけど、それでもこのままにしちゃいけないって、わかりますから」

 晃には伝えたい。どんなことになっても、ひとりぼっちにするつもりはない、と。

 それだけは、何としても守ると。

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