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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
最終話 虚無と永遠
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08.会話

 店の前にやってくると、晃はすでに入り口近くに立っていた。

 「よう!」

 どこかぼんやりと、彼方を見つめている感じでたたずむ晃に向かって声をかけると、晃はそれで気が付いたという感じで雅人のほうを向き、背後に万結花もいることにかすかに驚きの表情を見せた。

 「万結花がさ、もう一度お前に逢いたいっていうからさ、連れてきたんだ。特に問題はないだろ?」

 「あ、ああ……」

 一時、表情に乏しくなっていたが、今はそれよりはましになっているように見える。

 とにかく店に入ろうということになって、三人は店に入った。

 入り口のドアを開けると、涼やかなベルの音が聞こえ、カウンターの向こう

から、温和な感じの中年女性が声をかけてくる。

 「いらっしゃいませ」

 外と比べて、中はいくらか暗く、その分間接照明が明かりを補っているため、趣のある空間となっていた。

 店内は、以前と変わらずうるさくならないほどの音量で、ジャズのスタンダードナンバーがかかっていた。

 幾つかあるカウンター席には、二人ばかり先客が座っていた。かなり年配の男性二人で、常連らしい雰囲気を醸し出している。

 ほかに五つばかりあるテーブル席の中で、一番奥の目立たない席に、三人は陣取った。

 万結花と雅人が並びの席で、晃はその向かいだ。

 ほどなく、先程声をかけてきた女性が、メニューを手にやってきた。

 「いらっしゃいませ。注文が決まりましたら、テーブルの上にあるベルでお知らせくださいね」

 三人の顔を見て、何かを察したような微妙な表情で、女性はメニューを置いてカウンターの方へ戻っていく。

 カウンターでは、中年男性が、常連らしい二人の客と、穏やかに談笑しているのが見えた。

 三人は、メニューを開く。

 晃は迷わずカフェオレを、雅人は迷った末にモカブレンド、万結花は以前と同じオリジナルブレンドを選んだ。

 ベルを鳴らして先程の女性を呼ぶと、注文を伝え、メニューを返した。

 注文した飲み物が来るまで、少し間が空くことになる。

 雅人は、改めて晃の顔を見た。

 先ほどは、万結花を見て驚いた表情を浮かべていたが、今は落ち着いて見える。内心は、どうなのかわからないのだが。

 「おれ、何とか内定取れたんだ。これでひと安心だ。あとは、ちゃんと卒業出来るように、残りの単位と卒論、頑張らないとな」

 雅人が、出来るだけ不自然にならないように笑みを浮かべながら言うと、晃も微かに笑みを浮かべる。

 「おめでとう。どんな会社なんだ?」

 晃の笑みは、今までの彼の笑みとはどこか違う、感情があまり感じられないアルカイックスマイルだった。

 それに気づかないふりをして、雅人は答える。

 「食肉の卸加工をしてる会社だ。エンドユーザー相手の会社じゃないから、一般の人の知名度は低いけど、業界では大手なんだそうだ。なんでも、社内で扱っているハムとかソーセージなんかを、社員割で安く買えるらしい」

 少しおどけたようにそう言うと、万結花はクスリと笑ったが、晃は笑みを張り付けたまま表情が動かない。

 それを見た雅人の心に、痛みとも落胆ともつかないものが走る。

 ああ、やっぱり駄目か。感情が戻っているように見えて、実は本質的にはこうなのだ。

 晃を、説得出来るかと言われたら、正直自信はない。

 だが、少しでもこちらに引き戻さないと、こいつは本当に堕ちて行ってしまう。万結花のバッグの中に入っているアカネだって、それは嫌だろう。

 すると、今度は万結花が話し始めた。

 「……晃さん、この間はごめんなさい。もっと、いろいろ話がしたかったのに、あんなことになってしまって。ほんとはもっと知りたいの、晃さんのこと。だから、もう一度逢いたかった。それで、兄さんにくっついてきたの」

 本当は、こちらが誘ったのだ。一緒に説得してくれと。

 こいつの【破滅願望】をなんとかしないと、それこそ『ふと、いなくなってそれっきり』などという恐ろしい事態が起こり得る。

 それを防ぐためにも、あいつの心に響くような何かを与え、こちらに心を残してもらわなければならない。

 「晃さん、あたし、ずっと思ってたの。晃さんがそうなったのって、あたしのせいだよね」

 「違う」

 即座に晃が否定する。

 晃の表情が、真剣なものになった。

 「万結花さんのせいじゃない。僕が、勝手に判断した結果だ。誰も悪くない。しいて言うなら、()()()()

 真顔でそう言いながら、晃は万結花を見つめた。

 「僕が、自分でそれを選択した。それだけだ」

 その時、先程の中年女性が注文した飲み物を持ってきた。

 「はい、注文の品です。追加で何か注文されるときは、またベルを鳴らしてくださいね」

 彼女がカウンターに戻っていったところで、とりあえず飲もう、ということになり、それぞれが砂糖やミルクを入れたりした後、口を付ける。

 雅人は正直、コーヒーに詳しくないので、多少かっこつけでモカブレンドを選んだものの、味の違いがよくわからないでいた。

 それでも、少なくともインスタントコーヒーよりは、なんかおいしいな、とは思った。

 二人を見ると、万結花は少し砂糖を入れただけでブラックのまま飲んでいるし、晃はカフェオレにさらに砂糖を入れて、甘くして飲んでいる。

 そういやこいつは甘党だった、と改めて思いだす。

 そうして一口二口飲んだところで、万結花が口を開いた。

 「……晃さん、いつか言ったことだけど、もう一度言います。あたしと一緒に生きてください。お願い、あたしが神様の元で暮らしたとしても、心を繋いでいることは出来るはず。無茶を言ってる自覚はあります。でも、あたしは晃さんにそばにいてほしい……」

 真剣な表情で、万結花は晃に語りかける。声高に叫ぶことはなく、だが強く意思を持った、決然とした口調だった。

 万結花の本気度がうかがえるような、そんな様子に、晃は口元にわずかに浮かべていた笑みを消し、真顔で万結花を見つめる。

 「……僕は、化け物だ。僕も、いつか言ったことをもう一度言います。僕は、あなたの側にいるのにふさわしくない。僕のことは、諦めてください……」

 それを聞いた万結花の顔が、哀しげに歪む。

 「……お前な、自分で自分を切り捨てるなよ。万結花は、本気でお前のことを想ってるんだ。それを、無理に断ち切らせようとするな」

 雅人がそう言った時、万結花のバッグの中からアカネが顔を出した。

 そして、テーブルの上にまで半身を伸ばして、晃に向かって“にゃあ”と鳴いた。

 それを見た晃が、再度無表情になる。

 雅人では、アカネの念話を聞き取ることが出来ないので、今アカネが何を言ったのか、よくわからないのだが、絶対何かを言ったのだろう。

 そうでなければ、晃が無表情になるはずがない。

 “視える”者が覗きこまなければわからない位置にアカネがいるため、とりあえずはこのまま様子を見よう。

 アカネは、最初に一鳴きした後は、無言で晃を見つめている。

 だが、万結花が言うには、二人はこの状態でも念話で会話をしているのだという。

 ただ、万結花自身も、アカネに直接念話を送ってもらわなければ、念話の内容を聞き取れない。

 他人同士が念話で会話をしているのを、聞き取る力はないのだそうだ。

 『晃さんなら、そこまで出来るでしょうけど』とは万結花の言葉だ。

 どんな会話をしてるのか、気にはなるがどうしようもない。

 誤字報告をしてくださった方、ありがとうございます。

 自分でも、気づくと直しているのですが、すでにこれだけの長さになってしまうと、なかなか目が届かなくなってしまいます。

 

 改めて、感謝します。


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