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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十一話 交差する運命
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23.護るため

 あれから数日して、晃は退院した。取りあえず、ちゃんと三食まともな食事を取ることを約束したうえでの、探偵事務所の人たちの監視ありという、条件付き退院と言ってもいいものだった。

 そして、昼前には迎えに来た結城とともに探偵事務所に戻った晃だったが、自分の部屋に入ったら、なんとなく違和感を覚える。

 一見すると、特に入院前と変わったところはないように感じるのだが、何かが違うという感じが否めない。

 何だろうと思っているうちに、不意に気が付いた。

 あちこちに、誰かが触れた跡がある。普通は気づかないだろうわずかなものだが、ほんのかすかにこびりついている気配の残滓が、誰かがこの部屋に入ったことを示していた。

 それでも、晃は特にどうとも思わなかった。

 入ったと思われるのが、結城や和海、法引だろうと感じられるからだった。

 そこへ、結城が姿を現した。

 「……早見くん、ちょっと申し訳ないんだが、留守中勝手に君の部屋に入った。それで正直、何とも言えない気持ちになったよ……」

 結城は言う。

 『簡易ベッドとその周辺にしか、生活感のない部屋だ』と。

 若者の部屋によくある、アイドルのポスターもなければ、趣味の品物と思われるものもない。

 いつも使っているノートパソコンは、ベッドの下にしまわれる形になっており、使う時には床に直置きして使っているようだった。

 あとは、大学で使う教科書や関連書籍を入れた、本棚代わりのカラーボックスと、着替えの服がかけてある、ベッド近くに置かれた、下部に引き出し収納のついた小ぶりのハンガーラックがある程度。

 ただ寝に帰っているだけとしか思えない、どこか殺風景な部屋だったと。

 「……この部屋が、君の心情を現しているような気がして……」

 結城が、なんだか寂しげな、物悲し気な表情で、晃の顔を見る。

 「……早見くん、君はこの部屋を、本当に自分の部屋として使っていたのか? 借り物だと思っていたんじゃないか?」

 結城の問いかけに、晃はふと、そうかもしれないと思った。

 自分では意識していなかったが、借り物だから自分が余計なことをして汚したりしてはいけないと、心の奥でそう思っていたのかもしれない。

 それが結局、この部屋を借り物のままにしてしまっていたのだろう。

 本当に、自分を映したようなものだ。

 自分にとって“この世”とは、所詮借り物だったのかもしれない。

 自分の本当の人生は、高校二年のあの時(事故)で終わったのだ。それ以降はきっと、すべては仮初だったのだ。

 仮初であったのならば、本来あるべき状態に戻しても、何の不都合もないはずなのだが。

 晃は、自分のほうを見る結城に目をやる。

 結城が、これほど哀愁を帯びた表情をするのを、初めて見た。

 「……早見くん、この部屋、本当の意味で君の部屋にしてしまっていいんだ。こんなに、すぐさま引き払えるような状態にしていなくても、いいんだぞ……」

 結城はさらに、訴えるように言葉を続ける。

 「……前に言ってただろう。『ジャズが好きだった』って。音楽配信を使うつもりがないなら、CDを集めたっていいんだ。いくらでも使いようがあるだろ、この部屋……」

 実際晃は、八畳ほどあるこの部屋の半分ほどしか使っていなかった。

 「……所長、僕は別に、何も不自由してませんよ。このままで、いいんです……」

 「早見くん……」

 結城の顔が、より一層物悲しいものになった。

 それでも晃は、それに構わず結城に軽く頭を下げた。

 「所長、病院まで迎えに来ていただいて、ありがとうございました」

 「……早見くん、ちゃんと食事はするんだぞ。いよいよとなったら、〈過去透視(サイコメトリー)〉を使ってでもちゃんと確認するからな」

 結城はそう言い残すと、部屋を出て戻っていった。

 そこまで自分のことを構うのか、と晃は思った。

 放っておいてくれても、別に構わないのに。

 晃は病院から引き揚げてきた荷物を片付けると、ベッドに腰かけ、大きく息を吐いた。

 あれから、結界を破ろうとするモノは現れなかった。それは幸いだったのだろう。

 だが、自分がこちらに移ったということは、今度はここが狙われることになりはしないか。

 だったら、一階にある探偵事務所が、巻き込まれないようにしなければならない。

 一応、一通りの結界はすでに張ってはあるが、今やってきている妖の力を考えると、かなり心もとない。

 強化する必要がある。

 それなら、家の上下を分ける結界を張るか。

 そうしておいて、下はより強力に。上は少し強めのものを二重に。

 そうすれば、妖は上に向かうはずだ。狙われているのは、本来自分なのだから。

 もしそいつが、結界を破ってきたのなら、その時はその妖は葬り去ろう。

 禍根を立つのが、一番肝心だ。

 結界を破れるほどの力を持つ妖を喰らえば、さらに穢れは溜まるだろうが、禍神の元へ行く力を溜められると思えば、悪くはないか。

 晃は、自分の胸元にいまだある、万結花がくれたお守りを服の上から掴んだ。

 万結花のことは吹っ切るつもりだったのに、これをどうしても捨てられないのだから、未練がましい話だ。

 どうして捨てられないのか、と言えば、やはりお守りが放つ“気配”だ。万結花の気配が感じられるものを、この身から引きはがすのがつらいのだ。

 彼女は、いまだに自分とともに生きる未来を諦めていないと聞く。

 あれほど手ひどく拒絶したはずなのに、それでも彼女は諦めていないという。

 わからない。

 (……それだけ、お前のことを想っているんだよ。そして、お前が普通の状態じゃないとわかってるんだ、万結花さんは。だから、お前の拒絶も本当の意味で拒絶しているわけじゃないと、感じるんだろうさ)

 (だって、僕はもう未来なんかないんだ。穢れた存在になり果てる僕なんか、彼女の側にいちゃいけないんだ……)

 (万結花さんは、全部承知で言ってるはずだ。お前の心がひび割れてしまっていることもわかっていて、そのひび割れをなんとか埋めようとしてくれてるんだと思うぞ)

 (……心が、ひび割れてる……?)

 そうだろうか。わからない。

 考えようとしても、考えがまとまらない。

 ()()()()()をいつまで考えても、仕方がない。目の前のことに手を付けたほうがいい。

 晃は、より強い結界を張るために、まずは一階へと降りた。

 事務所として使っている部屋には、最低でも結城や和海がいるはずだが、敢えてそちらに顔を出さずにまずは鬼門の方向へと向かう。

 この家は、鬼門の方向が壁になっていて、鬼門がちょうど角に来ている家より護りは固いのだが、それでも抜けてくる奴がいないとは限らない。

 その部屋は、災害が起こった時のために五人が一週間過ごせるほどの保存食や水、必要な物品などを備蓄しているところだった。

 ちょうど鬼門の方向は壁だが、すぐそばに大きめの窓があるため、窓の近くに結界の核になるものを設置することにした。

 本当は、きちんとしたものを用意したほうが強力な結界となるのだが、簡易であっても強化しないよりはずっとましなはずだ。

 晃はキッチンに行くと、小皿と塩を持ち出し、鬼門がある部屋に戻り、小皿に塩を盛る。

 そして、遼の力を呼び込んで本性を現すと、塩に左手の爪を埋め込むようにして、念を込める。

 充分に念を込められたと感じたところで爪を抜き、そのまま真北に向かっていくと、その部屋にも盛り塩をして念を込め、同じように場所を移動しながら盛り塩をして念を込めるという作業を繰り返す。

 そして、玄関の目立たないところに同じように盛り塩をして念を込める。

 これで、家の中をほぼ一周した。晃はひとまず普段の状態に戻ると、大きく息を吐く。

 本当は、事務所がある部屋にも盛り塩を置きたいところなのだが、それは事務所の仕事が終わって、誰もいなくなってからでも遅くないだろう。

 晃は残った塩をキッチンに戻し、とりあえず部屋に戻った。

 一休みしたところで、今度は二階に結界を張らなければ。

 再びベッドに腰かけていると、部屋のドアをノックするものがいる。

 「晃くん、いるんでしょ? 今、何をやったの?」

 和海の声だった。

 自分が結界を強化したことに、気が付いたのだろう。

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