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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十一話 交差する運命
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12.希望

 少し埃っぽい蔵の中で、古文書の山と格闘しながら、法引はそれでも探し求めていた。

 邪神を封じる方法を。

 たとえ不完全なものでもいい。ほんの十年ほどでいい。邪神を封じることが出来れば、万結花は逃げ切ることが出来るだろうし、晃も破滅せずに済むはずだ。

 その傍らには、この蔵の主であり、古文書の持ち主でもある高原輝政が、大雑把に内容に目を通しては法引が確認しやすいように、その文章のある個所を開いたままにして、裏返しに床に置かれた箱の蓋の上にそっと重ねている。

 こうして、古文書をひっくり返すようになってから、今日で何度目の検索だろうか。

 最近は、ほぼ普段着でここを訪れるようになっていた。

 蔵の中を調べまくるのだから、楽で、汚れても気にならない服装のほうが、ふさわしいというものだ。

 そして、魑魅魍魎(ちみもうりょう)(たぐい)なら、封じる方法はいくつも見つかった。

 だが、強力な存在であればあるほど、封じる方法は見つからなくなり、見つかったとしても、何らかの形で人柱のような存在が必要だったりするのだ。

 人の生贄を必要とするなどという方法は、今の世の中では許されるものではない。

 それでも何とか、生贄を必要とせずとも、封印の儀式を行えるような方法があるのではないか。

 それを信じて、古文書に向き合ってきたのだ。

 今日も、かれこれ三時間以上、古文書にまみれていた。

 「……西崎さん、少し休みましょう。古文書は逃げませんから」

 高原に声をかけられ、法引は大きく息を吐いた。

 「……そうですな、少々根を詰め過ぎましたか……」

 肩を大きく回すと、立ち上がって高原の後に続いて蔵を出ると、ひとまず社務所に落ち着き、高原が淹れてくれたお茶を飲んだ。

 「西崎さん、もう何回目でしょうねえ、蔵の中の古文書をあなたと二人で調べるようになって……」

 「……本当に、感謝いたします。わたくし一人では、どこに何があるかもわかりませんからな……。すっかり、巻き込んでしまいました……」

 すでに、昼を過ぎていた。

 二人して、あらかじめ用意しておいた弁当を出し、昼食にすることにした。

 こうして二人で弁当を食べるのも、すっかりなじみとなった光景だった。

 高原がコンビニ弁当なのに対し、法引は妻の登紀子に作ってもらったいわゆる愛妻弁当だ。

 以前、何気なく尋ねたところ、高原は『うちのはいまだフルタイムで働いておりましてね、忙しい手を煩わせるより、コンビニで買えば済むことなので』と話していた。

 神社の経営も、決して楽なものではなく、よって妻が仕事を持って稼いでくれるのは、ありがたいことなのだという。

 そうだろうと法引も思う。

 実際、法引が住職をしている妙昌寺も、そう余裕があるわけではないからだ。

 二人でしばらく黙ったまま弁当を食べていたが、半分以上が胃袋に消えたところで、法引のほうから口を開いた。

 「……高原さん、いつもいつも付き合わせてしまい、申し訳なく思っています」

 「そんなことはおっしゃいますな。私としても、古文書の整理も兼ねているようなものです。気になさらんでください」

 とはいえ、目的の術が載っている古文書は、まだ見つからない。

 魑魅魍魎を封じる術を、強化したら使えないだろうか。

 法引の心に、そんな思いがよぎる。

 しかし、どう強化したら禍神に通用するのか、それがわからないのだ。

 「……西崎さん、本当に救いたいんですねえ、例の二人の若者を」

 しみじみとした口調で、高原がつぶやく。

 「……ええ。特に、霊能者の青年のほうが、危うい状態になっておりましてな。皆で止めておりますが、いつ自ら破滅に向かって歩き出してもおかしくない状態なのです。その彼を止めるためにも、邪神を封じる方法を見つけ出さねばならないのです……」

 法引はそう言いながら、自分が真顔になっていることに気づかなかった。

 「西崎さん……。あなたのお気持ちはよくわかりました。本当に、その青年は危うくなっているのですね……」

 高原もまた、真剣な表情になる。

 詳細は聞かされていないのでわからないが、心の傷とやらは相当に深刻なのだろう、と高原は思った。

 普通は、自ら破滅に向かっていく人間はいない。

 よほど自暴自棄になるか、間違った思い込みのまま人の話に耳を傾けない状態になるか、しか考えられない。

 だが、法引によればそれは、深い心の傷が元であるという。

 ならば自暴自棄なのかというと、そうでもない様子がうかがえる。

 敢えて自ら、破滅に至る道だとわかっていて、それに向かって歩もうとしている人なのではないか、と感じる節があるのだ。

 会ったこともない人物の話ではあるし、法引の断片的な話から、想像するしかないのだが。

 法引は、再度巻き込んでしまったことを謝罪すると、残った弁当に手を付ける。

 それを見て、高原も弁当を食べ切ってしまうことにした。

 二人ともしばし無言で、残りの弁当をすべて腹の中に納めると、後片付けをし、一息つく。

 「……西崎さん、大変申し上げにくいのですが、もし、邪神を封じる術が見つからなかったときには、どうするおつもりですか? 見つかるとは限りません。いや、見つかる可能性のほうが低いでしょう。それでも、探し続けますか?」

 再度真剣な顔で、高原が尋ねる。

 「……探します。今のわたくしには、それしか方法がないのです。邪神の配下とまともに渡り合える力を持つのは、その青年だけなのです。その彼を本当の意味で止めるすべを、わたくしや周囲の大人たちは、持っていないのです。だから、彼を破滅させないためにも、彼に確実に踏みとどまってもらえる方法を……邪神を封じる術を、見つけ出さなければならないのです……」

 法引の表情には、どこか鬼気迫るものがあった。

 本当に本気で探しているのだと、誰の眼にもわかる様子だった。

 高原は小さく息を吐くと、静かにうなずいた。

 「……わかりました。こうなったら乗り掛かった舟、私もとことん付き合いましょう。まだ古文書はあります。実験になるかもしれませんが、複数の方法を組み合わせることも、考えてみましょう」

 「……ありがとうございます」

 法引が、頭を下げる。

 二人は、再び蔵の中に戻ると、古文書の確認の作業に戻った。

 高原の言った『複数の方法を組み合わせる』という言葉が、インスピレーションとなったようで、二人とも午前中より精力的に文章を読み込んでいく。

 そのうち、法引の手がふと止まった。

 古文書の中の、ある文言が目に留まったのだ。

 不完全ではあるが、神と呼べる存在を祠に封じたことが記載されていた。

 やり方は、断片的にしかわからない。

 しかし、どうやら生贄のようなものは使わずに、それをやり遂げたらしい。

 「……高原さん、これをどう思いますか?」

 法引が指し示す箇所を読んだ高原も、求めていたものの断片である可能性が高いと気が付いた。

 「……具体的なことは今一つですが、これが本当にあったことならば、もしかして……」

 二人は顔を見合わせ、うなずき合った。

 もう一度文章を読み、大体どの時代の、どのあたりの地域で起こった出来事であるのか、拾えるだけの情報を拾い出し始める。

 時代的には、室町幕府前期。地域で言えば、このあたりからそう遠くはない場所だった。

 「これは……現地調査をした方がいいでしょうか?」

 高原の言葉に、法引も再度うなずく。

 「そうですな、日を改めて、現地調査を行ったほうがいいでしょう。もしかしたら、現地には、もっと詳しい資料が残っているかもしれません」

 古文書のその部分をスマホで写真に撮ると、他にも同時代の資料がないか、二人で確認を始めた。

 集中的に探してみると、やはり断片的だが、封印の儀を行ったという話が、同じ地域にいくつもあることがわかった。

 やはり、本当にあった出来事らしい。

 ならば、その儀式の詳細がわかれば、事態は大きく前進する。

 法引は、その現地調査には、結城探偵事務所の人たちも巻き込めないだろうかと考えた。

 彼らのスケジュールが空いている日を確認し、一緒に来てもらえれば、調査がはかどるだろうと思う。

 彼らとて、晃の身をずっと心配し続けている。

 邪神を封じる方法が見つかるのなら、きっと協力してくれるはずだ。

 法引は、さっそくスマホからメッセージを送るべく、操作を始めた。

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