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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十一話 交差する運命
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10.夢の中の逢瀬

 そして、夢の中で万結花に逢った。

 『晃さん』

 万結花が微笑む。

 『万結花さん……』

 万結花が、ゆっくりと距離を詰めてくる。

 数メートルあった二人の距離は、すぐに手の届くほどのものになる。

 『……晃さん、会いたかった』

 そう言いながら、万結花が手を伸ばしてくる。思わず晃も手を伸ばし、二人の手が触れあい、しっかりと繋がれた。

 万結花はさらに近づき、吐息がかかりそうなほどの距離となった。

 戸惑う晃に、万結花は言った。

 『ずっと、こうしたかった。あたし、晃さんが離れていきそうで、怖かった』

 万結花が、晃の肩に額を付け、そのまま全身を預けるようにもたれかかった。

 咄嗟にその体を抱き止め、ぼんやりと“これは夢なんだ。だから、触れあえるんだ”と気が付いていた。

 それでもいい。

 たとえ夢だろうと、彼女と触れ合えるなら……。

 晃は、万結花を抱きしめた。現実には出来ないからこそ、固く抱きしめ、彼女に向かって(ささや)く。

 『……僕は、あなたの為ならこの身も捨てられる。あなたの未来を切り開くためなら、僕はどうなっても構わない……』

  『……晃さん……』

万結花が、晃を見上げる。その目に、涙が溜まっているのがわかった。

 『……お願い、居なくならないで。命を粗末にしないで。ずっと、側にいて欲しいの……』

 これは本当に夢なのだろうか。なんだか、彼女の体のぬくもりを感じる気がする。鼓動が伝わってきているような、そんな感覚さえある。

 何故だろう……。

 万結花が、晃を抱きしめ返してくる。彼女の体の柔らかさを、腕の圧を、感じるような気がした。

 夢の中のはずなのに……。

 ああもう、どうでもいい。そんなことは。

 自分は、この人が好きなのだ。愛しくて、たまらないのだ。

 だからこそ、化け物に堕ちるのが確定している自分が、彼女の隣に立つことは許されない。

 消えてなくならなければならない。

 それと引き換えに、彼女が自分の道を確実に歩いて行けるなら、こんなに嬉しいことはない。

 ずっとそう思ってきた。

 それなのに、夢の中での万結花のこの言動は、何と自分に都合のいいものであるのか。

 自分は、まだそれだけ未練を残しているのだろうか。

 その時だった。

 「……晃さん、あたしの声、聞こえてる? ただの夢じゃなくて、あたし、ちゃんと晃さんのところにこれた……?」

 「……『これた』?」

 明らかな違和感。まさか……!?

 「アカネに頼んだの。アカネは、晃さんと繋がっている。だから、アカネに引っ張ってもらえば、晃さんの夢の中に入れるんじゃないかって……」

 晃は、呆然と自分の腕の中の万結花を見つめた。

 それでは、今ここに居るのは、自分の願望が見せた夢の幻影ではなく、本物の万結花の意識が、自分の夢の中に入り込んで、こうして目の前に現れたのか?!

 「……無茶だ。もし、無意識域で迷ってしまったら、自分の体に戻れなくなる可能性もあるのに……」

 「でも!」

 万結花が、少し強い口調になった。

 「前に晃さんは、あたしたちの夢に入り込んで、助けてくれた! あの時だって、晃さんはその()()を冒して助けてくれたんでしょう!?」

 そう言われると、さすがに万結花に強くは言えなくなる。あの時も、アカネに助けてもらわなければ、自分も戻れなくなるところだった。

 「……あたしは、晃さんに逢いたかった。もっと話したかった。でも、直接会っても、またこの間みたいに本当に言いたいことも言えなくなるかもしれない。だから……夢の中で会おうと思ったの……」

 自分の胸に顔をうずめたまま、そう告げる万結花に、晃はどうしたらいいのか、わからなかった。

 今自分は、本物の万結花と話をしているのだ。そう思ったら、いろいろなことが腑に落ちた。

 どうしてこんなに、彼女の存在感が生々しいほどに感じられるのか。

 どうして自分に向かって、あんなに積極的に動いていたのか。

 全ては、彼女が望んだのだ。

 万結花が、自分と話をすることを欲したのだ。

 晃は、改めて万結花を抱きしめた。今、自分の腕の中にいるのは、本物の万結花なのだ。

 胸が苦しいほどの、想いが込み上げる。

 きっと、途中まではただの夢だった。おそらくは、万結花が晃と直接触れ合う行動をとったあたりから、本物の万結花の意識が、夢の中の幻影と入れ替わったのだ。

 彼女もまた、途中までは本当に晃の意識と対面している確証が持てなかったのだろう。

 それでも万結花は、危険を冒してでも、晃に逢いに来てくれた。晃と、話をするために。

 「……晃さん、あたしの話を聞いて。あたし、晃さんがどんな姿になってもいい。それこそ、化け物になったってかまわない。あたしの前から、姿を消さないで。あたしが神様のところに行っても、見守っていて欲しいの」

 万結花はそう言った後、もう一度晃の顔を見上げ、すぐに晃の胸に顔をうずめた。

 「……ごめんなさい。とんでもない我儘(わがまま)よね。そんなことしたら、結局晃さんの人生を、今以上に台無しにしてしまうっていうのに……」

 自嘲するような万結花の態度に、晃は思わずつぶやいていた。

 「……そんなことはない。あなたの為なら、僕は何もかも捨てられる。そう思って、禍神の配下と戦ってきた……」

 自分は、妖に堕ちるのが見えている自分は、人としては寄り添うことは叶わないだろう。

 だからすべてを捨てて、万結花が逃げ切れるような道を切り開くことが、自分に出来る最後の戦いだと思っていた。

 けれど万結花は、自分の(そば)にいて欲しいという。たとえ自分が神に仕えるようになっても、そうしていて欲しいと。

 彼女を護ることに徹していれば、彼女は逃げ切れるだろうか。

 それはわからない。

 しかし、万結花が逃げ切る前にこちらの方が先に限界を迎えてしまうのではないか、と感じている。

 そうなってしまえば、もし周囲に誰かいるなら、その人物を危険にさらしてしまう。

 いる可能性の高い人たちには、自分を殺せる霊具を渡しておいたが、たまたま居合わせた第三者が巻き込まれないとも限らない。

 そうなった時、どれだけの悲劇をもたらすことになるのか、考えたくもない。

 ならば、限界が見えてきたところで敵陣に乗り込んで、相手を混乱させた方が、よほど効果があるのではないか。

 何度も考えた。考えて、考えて、結局同じ結論になった。

 自分が最後に、禍神の元に行き、配下を喰らい、禍神の力を削ぐことが出来れば、きっと安泰だ。

 というか、その道しか取れないと考えていた。

 そんな晃の心を、揺さぶったのが万結花だった。

 “ずっと側にいて欲しい”

 この意味がわからないほど、さすがに鈍感ではない。

 例え化け物に堕ちようとも、側にいて欲しいと。

 嬉しかった。

 それでも、彼女の手を取ることは許されない。

 否、手を取ってはいけないのだ。

 晃は、再度自分の想いに蓋をすると決めた。

 最後に、万結花を力の限りに抱きしめ、そしてそっとその体を離した。万結花が抵抗するのがわかったが、それでもかまわず彼女の体を離した。

 「……晃さん……」

 万結花が、切なげに晃のほうを見た。見えてはいないはずの彼女だが、それでもその顔は、晃のほうをしっかりと向いている。万結花の顔が、悲しみに歪む。

 今回の更新で、年内の更新は終わりです。

 今年も一年、読んでいただいて、ありがとうございました。

 来年も、木曜日の5日に新年最初の更新をします。

 書き始めた時にも書いた覚えがありますが、更新が滞ったら、「詰まったんだな」と笑って流し、更新の日をお待ちください。

 そうならないように、頑張りますが。

 

 それでは皆様、よいお年を。


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