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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十一話 交差する運命
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08.野望

 そのモノは、濃灰色の不定形の体をくねらせながら、のたうっていた。

 大きさは、ざっと直径二メートルほどの球体だが、球体の形にまとまるのはほんの一瞬で、形はたちまちに崩れ、もっと細長い形に伸びあがったかと思うと、たちまち扁平につぶれた。

 それはまるで、苦しみもがいているように見えた。

 実際、そうだったのだろう。

 新たに与えられた“体”と、精神がうまく融合していなかったからだ。

 『チガウ。チガウ。コンナノ、ワタシジャナイ』

 声になっていない声で、そのモノはつぶやいていた。

 しかし、その“声”は誰にも聞かれることはなかった。

 唯一の例外、創造者である禍神を除いて。

 そこは、かつて黒猿が創り出された場所。そして、不定形のモノの前に立つ禍神は、のたうつそのモノをじっと見据えていた。

 「……まだ落ち着かぬか。どうやら、相性が悪そうじゃのう。やはり、曲がりなりにもまだ生霊であるモノを、妖どもを混ぜ合わせて作った器に入れたせいか。まあ、もう少し経てば、否応なしに落ち着いてくるじゃろうて」

 禍神は、右手を一振りする。するとその手の中に、鈍い光を発する太刀が現れた。

 柄の部分が白木で出来ているように見えるその太刀は、刀身が柄に近いところを中心にはっきりと弧を描くように反り、切っ先がやや細く、その分鋭さを増しているように見えた。

 禍神は、敢えて太刀を返し、峰打ちの形で不定形のモノに向かって振り下ろした。

 音もなく振り下ろされた太刀は、不定形のモノを歪ませるが、打撃になったようには見えない。

 「ふむ。やはり、こういった打撃には強いものじゃの。ならば、使えるやもしれん。あとでもう少し、儂の力を込めてやろう」

 右手にあった太刀を一瞬のうちに消すと、禍神はひとまず満足そうにうなずいた。

 禍神自身の力を注がれれば、下手をすれば体が持たずに崩壊する可能性もあるが、その辺りの加減は大体わかるのだ。

 それに、もしそういう事態になったとしても、こやつは所詮初めから捨て駒だった。他に、相性がよさそうなものを見つけ出し、代わりにすればいいだけの話だ。

 禍神は、自分の傍らに控える漸鬼、劉鬼、蒐鬼、黒猿に向かって、声をかける。

 「お前たちには、アレの()()を頼む。まだ、器との融合が終わっておらぬようじゃからの」

 漸鬼が、代表して応える。

 「ははっ。落ち着きましたら、お知らせいたします」

 それに満足そうにうなずくと、禍神は踵を返す。

 屋敷の中の、奥まった一室に入ると、板張りの床の上に置かれた、何色もの鮮やかなヘリに縁どられた 畳の上に、胡坐(あぐら)をかくように無造作に座る。

 すると、巫女のような衣装をまとったモノが、朱塗りの盃を乗せた三方を捧げ持ちながら近づき、右手を伸ばしやすい位置で静かに跪いた。

 その姿は、直立して歩く狐である。ただ、その毛並みは普通の狐と変わりはなかった。

 直後に、やはり同じように巫女の衣装をまとった狐が、朱塗りの急須に見えるものを、やはり捧げ持ってやってくる。急須のようなものは、注ぎ口がすっと長く、本体が角ばった箱のような印象が残る形だ。

急須を持った狐も、盃を持つ狐の隣に跪く。

 禍神(虚影)が手を伸ばし、三方の上の杯を取ると、急須からかすかに色味を帯びたような、少しとろみのある液体が注がれる。

 盃が満たされたところで、それを一気にあおった。

 「虚影様、お気に召しましたでしょうか」

 盃を捧げていた狐が、涼やかな女の声で話す。

 「うむ、こういう酒も久しぶりじゃの。今どきの酒は、口に合わぬ。よくぞ見つけ出したものじゃ」

 「狐同士のつてを使って、手に入れました古酒にございます」

 それを聞き、虚影は再び満足そうにうなずく。

 「そうか、古酒か。でなければ、このような味は出せぬということじゃな」

 配下のモノが、どうやってこれを入手したのかなど、考える必要もない。ただ、捧げられたものを口にするのみだ。

 それが、神というものだからである。

 それにしても、忌々しい。

 あの『生ける死者』のせいで、配下のモノが減らされた。

 結界を強化して、配下の損失を防ごうとしたが、あれはそれさえも破り、いくつもの拠点(異界)が根こそぎ潰されたのだ。

 それにしても、あの女がもう少し使えると思ったが、見込み違いだった。

 確かに、人でなくては封印を解けないところもあったので、その点は役立ったと思っているが、あの女は己の欲望が強すぎた。

 それに固執しすぎて、意外と早くつぶれてしまった。

 虚影が盃を差し出すと、狐の巫女が酒を注ぐ。

 「……部不相応な望みを抱くからじゃ。もっとも、儂は一度も……」

 虚影は歪んだ笑みを浮かべながら、盃の酒を飲む。

 いろいろ、想定外なことは起こっている。それでも、こうして拠点を構えることが出来たことは、僥倖だった。

 ただし、人柱によって強化した結界であっても、神々の力なら容易に破られてしまうだろう。

 まだ、近隣の神々に、居場所を知られるわけにはいかない。こちらの体制が、そこまで整っていない。

 一柱だけを相手にするのなら、何とかなる。だが、幾柱の神々が、共同戦線を張って、自分をどうにかしようとしてくるだろう。

 そうなっては、こちらとしてもさすがに手に余るのだ。

 早く、“贄の巫女”を手に入れなければ、面倒な事態になりかねない。

 だが、そうなるとあの化け物をどうにかしなければいけなくなる。

 自分以外の誰が出て行っても、化け物の力(魂喰らい)の前にはすべてを喰らい尽くされ、消滅してしまうだろう。

 人の(ことわり)からはみ出したあの化け物を、どうしてくれようか。

 今回作ったアレも、一時しのぎにしかならないであろうことはわかり切っていたが、元が元だけに、戸惑いや躊躇(ためら)いを引き起こしてくれるようなら、御の字だ。

 虚影が、またも盃を差し出す。再び狐の巫女が酒を注ぎ、かしこまる。

 三方を持ったままかしこまっていた狐の巫女が、そっと口を開いた。

 「虚影様、一度に飲み過ぎましてはお体に障ります。ほどほどにしてくださいませ」

 虚影は、一瞬その狐のほうをじろりと見たが、構わずに杯を開けた。

 「案ずるな。それほどやわには出来てはおらぬ」

 「差し出がましいことを申しました」

 狐の巫女は、申し訳なさそうに頭を下げた。

 「よい。儂はそこまで狭量ではない」

 その言葉に、狐は安堵したように肩に力を抜いたのがわかった。

 それからしばらく、何度か盃を重ね、程よくよい心地になったところで、盃とともに二体を下げさせた。

 あれから、それなりの時間が経ったが、アレはまだ落ち着かないようだ。

 しばらくかかるかもしれない。

 多少なりとも、あの化け物に抗するなら、自分の力を注いで強化する必要がある。

 急ぐものでもない。落ち着いたところで、次の段階へと進めばいい。

 そこでつぶれたなら、そこまでだったと思うだけだ。

 仮にも、自分の依り代を務めていた者。

 曲がりなりにも自分の力の一部を取り込んでいた存在なのだ。

 ならば、後から自分の力を注ぎこんだところで、特に問題が起こるとは思えない。化け物を牽制するなら、やはり化け物を持ってするべきなのだ。

 もっとも、あの魂がそれをすんなり受け入れるかどうかは、わからないのだが。

 「受け入れようと入れまいと、このままではどちらにしろ力不足じゃ。儂の力を注ぎこみ、より強力な個体となってもらわねば、牽制すら出来ぬのじゃからの」

 虚影は改めて、あの()()()の姿を思い返した。

 見た目は驚くほど整った顔立ちの、女子(おなご)かと思うほど線の細い、しかし紛う事なき若い男。

 すでに、人の姿を逸脱し始めている、『生ける死者』。

 なまじ顔立ちが整っているだけに、逆に表情をなくすと人形のように見え、不気味さが増す、生と死の狭間にいる存在。

 自分の配下のモノたちを、次々喰らい尽くして消滅させていく化け物。

 虚影は、苦虫を噛み潰したような顔になった。

 「……必ず、“贄の巫女”は手に入れさせてもらうぞ、化け物が……」

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