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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十一話 交差する運命
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05.笹丸の後悔

 笹丸は、もう一度晃に話しかけた。

 (晃殿、もう一度聞きたいのだが、夢の中で、どのような形で襲われたのだ?)

 晃は、やはり無表情のままで答えを返す。

 (別に話すほどのことではありませんよ、ゴミがあがいただけで。迎え撃ってもよかったんですけど、遼さんに止められたんですよね)

 どうやら、遼がまともな判断を下してくれたらしい。

 生きているはずの晃が無頓着となり、死霊のはずの遼が気を回している。

 以前から、時折そういうことがあると感じてはいたが、今回もそうだったようだ。

 遼ならば、詳細を語ってくれそうな気がする。

 一か八かで、遼に呼び掛けてみることにした。

 (遼殿、聞こえるか。夢で襲われた時、何があったのだ。教えてはくれまいか?)

 (遼さん、答える必要なんかないよ。もう終わったことなんだし)

 晃の言葉は、まるで他人事のように聞こえる。

 (……晃、あれは、話しておいた方がいいと思うぞ。あれは、異様だった……)

 遼は、笹丸に向かって念話で語った。襲われた時の状況を。

 晃はといえば、自分が襲われことだというのに、もう関心を示さない。

 一方笹丸は、遼から詳細を聞いて、思わず唸り声をあげてしまった。

 明らかに、夢の中で晃を亡き者にしようとしたとしか思えない。

 触手から逃れられたからよかったものの、そうでなかったら今頃どうなっていたかわからない。

 確かに、晃の“魂喰らい”は強力な力だ。だが、あれだけの存在をまともに迎え撃っていたら、仮にどうにか出来たとしても、相当な穢れが一気に溜まってしまったのではなかろうか。

 そうなっては、晃が人でいられる時間が、どんどん失われていってしまう。

 (晃殿、もし迎え撃っておれば、今頃さらに穢れが溜まり、もはやどうしようもないところまで行っておったやも知れぬのだぞ。もう少し、自分を大切にせよ。そなたを案じておるのは、一人や二人ではないのだぞ)

 (……笹丸さん、僕はいつか必ず、人食いの化け物に堕ちていく。それが、早いか遅いかという違いだけですよ。なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())

 淡々とそう告げる晃に、遼が叫んだ。

 (晃! 終わることを考えるな! 未来を諦めないでくれ! まだ、そうなると決まったわけじゃないんだぞ!)

 遼が、言葉を続ける。

 (確かに、引導を渡すと約束した。お前が霊具を作った時にも、巻き込まれたとしても悔いはないと言った。その気持ちは今でも変わらない。でも、お前が敢えて自分から破滅に向かって突き進もうとするなら、俺は止める)

 止めるといっても、遼の力では晃の行動をわずかに鈍らせるくらいしか出来ないだろう。

 それでもあれだけはっきり言い切ったからには、晃の中で最後の抵抗をするつもりなのだろう。

 だが、晃が本当に本気になったなら、遼の手を振りほどくことなど容易だ。

 そして自分もまた、本気になった晃を止めるすべなど、持ち合わせていない。

 「晃くん、夢で襲われるなんて、やっぱり警戒するべきよ。結界を張ったのだって、そうしたほうがいいと無意識にでも思ったからでしょ?」

 和海が、真剣な表情で問いかける。

 和海の指摘は、おそらく正しい、と笹丸も思う。

 普段意識していない識域下のレベルで、危機感を覚えたからこそ、結界を張ったに違いないのだ。

 本人がそれを認めていないだけで。

 笹丸は、再度和海のところでキーボードを叩いた。

 夢で襲われた時の状況を、遼に訊いたままに。

 それを見た和海も、横から覗き込んだ結城も、内容に顔をこわばらせる。

 「……これは、下手をすれば、夢に飲み込まれてしまう可能性もありそうな内容だな……」

 「……どう考えても、相手は殺しにきてますよね……」

 しかし、晃は相変わらず無表情のままで、抑揚も感じられない声で告げる。

 「逃れたのだから、今更蒸し返す必要はないんですよ。この話題は、終わりにしてください。仕事が進まないですから」

 誰もが、最近の晃は事件直後と比べても、表情が乏しくなったと感じていた。

 人間らしい感情さえも、徐々に抜け落ちていっているような気がして、誰もが不安を覚えずにはいられない状態だ。

 晃のほうは、再びディスプレイに向かい、キーボードを打ち始める。

 取り付く島もない様子に、笹丸はもちろん、結城や和海も内心溜め息を吐いているのがよくわかる。

 晃の中で、遼が頭を抱えている様子が目に見えるようだった。

 どんな方法を使っても、晃を引き留めなければならない。

 笹丸は、その旨をまたキーボードに打ち込んだ。

 それを見た結城も和海も、無言でうなずく。

 とにかく今は、晃から目を離さないほうがいいかもしれない。

 今すぐ致命的な行動をとるとは思えないが、何か些細なきっかけで、堕ちてしまいかねない。

 穢れによる魂の汚染は、笹丸の見たところ、まだどうしようもないところまではいっていない。だが、これからの本人の行動如何(いかん)で、均衡はたやすく破れるだろう。

 晃自身が、諦めてしまっていることが問題なのだ。

 以前からの懸念だったが、それが顕著になってきている。

 こればかりは、如何(いか)に笹丸が様々な神使たちと知り合いだといっても、解決方法などわからない。

 人の心に干渉することなど、出来はしないからだ。

 神と呼ばれる存在であるならば、あるいは可能かもしれないが、神であるならば逆に特定の個人に干渉したりはしない。

 神とは本来、見守るものだからである。

 普通の神より、人間に近いところにいる憑き神であった笹丸にとっては、人と自分は隣り合うものだった。

 今は縁が切れたが、自分は村上家の代々の当主に憑き、その者に力を与えてきた。

 もっとも、最近は自分の存在にすら気づかないものばかりで、自分の役目は終わっているのだろうとずっと思っていた。

 それでも、契約の破棄がなされないと、自分は村上家から離れられなかった。

 それを解放してくれたのが、晃と探偵事務所の人々だった。

 特に、晃には恩義がある。

 晃が、桜の精を説得してくれなければ、どうなっていたかわからないのだ。

 自分の身を削ってまでも、説得してくれたからこそ、あの桜の精は取り込んだ魂を返してくれた。

 それがなければ、自分は今も村上家に憑いたまま、むなしく過ごしていただろう。

 霊能者としての晃の力は、その本性も含めて驚くべきものだった。

 そして、時に霊や妖にまで情けをかけ、穏便に済まそうとする優しさがあった。

 それが今は、見る影もない。

 全ては、あの事件がきっかけだった。

 時を戻すことなど出来はしないが、もし戻れるならば、暴走を引き起こす前に助け出したかった。

 そうすれば、事件のトラウマは引きずることになったとしても、ここまで晃がおかしくなることはなかったはずだ。

 しかし、ことは起こってしまった。

 ()()()()()()()()()()()()は変えられない。それが、晃の心に取り返しのつかない深い傷を刻んでしまったとしても。

 あの時、自分は闇雲に飛び出していこうとしていたアカネを止めていた。

 『場所もわからないなら行くな』と。

 それが今になっては、よかったのだろうかという微かな後悔となっている。

 もしかしたら、何度も晃の“声”を聴いていたのなら、なんとなくでも方向がわかり、少しでも早い救出につなげられたかもしれないという気がしてくるのだ。

 こんなことになるのなら、止めなければよかったのではないか。

 答えのない問いが、笹丸の心の中でぐるぐると回る。

 晃は今も、ほとんど感情を感じさせない顔で、打ち込みを続けている。

 禍神を封じる方法は、まだ見つからない。それでも、諦めるわけにいかない。

 今の晃は見ていられない。

 無表情な晃だが、心の奥底では泣いているような気がする。そして、それを本人が気が付いていないように思えてならない。

 (晃殿、我はそなたのことが案じられてならぬ。そなたは、決して未来が閉ざされておるわけではないのだ……)

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