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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十一話 交差する運命
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03.夢の顎(あぎと)

 さすが、自分がここに来る前から、ずっとこの事務所を支えてきた二人だ。息が合っている。

 晃はそう思いながら、シュガーとミルクを紅茶に入れてかき混ぜ、程よく混ざったところでそれを口にした。

 良い香りで、まろやかな風味があった。うん、おいしい。

 二人とは、それなりに付き合いがあるし、家族関係も知っている。何が好きで、何が嫌いか、なんとなくでもわかる。

 でも……

 晃はふと、胸元に手をやった。そこには、万結花がくれた、お守りがある。

 自分は、万結花のことが好きな割に、彼女のことをよく知らない。

 ある意味当然なのだが、わざと深入りしないようにしていた。

 彼女は“贄の巫女”。いつかは神に仕えて、その一生を神に奉げることになっている存在。

 絶対に手の届かないところにいく存在を、愛してはいけない。深く想ってはいけない。

 そんなことをすれば、自分が抑えられなくなってしまう。

 自分が破滅すれば、彼女を護れる者はいなくなる。

 そう思って、一線を画す行動をとってきたつもりだった。

 そして今、自分もまた別な意味で、他の人の手の届かないところへ行こうとしている。

 自分はいつまで、()()()()()()のだろう。

 人でなくなるその瞬間、他の人を巻き込まないで済むだろうか。

 例えば神社めぐりをしていて、その瞬間を迎えてしまったら……?

 そう思って、雅人にも万が一の時のための霊具は渡してきたが、本当はそんなもの使わないで済むなら、それに越したことはない。

 それには、ある程度穢れが溜まってきたところで、禍神が潜むところへ乗り込むのが、一番いいのだとわかってはいる。

 自分が化け物に堕ちて、闇雲に暴れまわる存在となり果てても、周囲に敵しかいないなら、何の問題もなく暴れられるから。

 でも、周囲に総出で止められている状態だ。

 最善手がわかっているのに、なかなかそれを取ることが出来ないもどかしさ。

 (……晃、もう余計なことは考えないで、素直に紅茶を味わえ。せっかく淹れてくれたんだから)

 (……そうだね)

 遼に溜め息混じりにそう言われ、再び紅茶に口を付け、クッキーをかじった。

 香ばしいバターの香りと、優しい甘さが広がる。

 そういえば、今何時だろうか。

 晃は事務所の壁につけられている時計に目をやる。

 時計の針は、もうすぐ六時になろうとしていた。

 この時間では、一服というより、夕食を取った方がいいのではないか。

 でもまあ、二人はもう少ししたら帰宅するだろう。

 自分は、それこそシリアルバーをかじって夕食としても、特に問題はない。

 もう一枚クッキーを食べると、紅茶を飲み、ちびちびとキーボードを叩き始める。

 あとは、ながらでやってもたいしたことはない。今日のうちにやっておいた方がいい分は、目処が付いた。

 しばらくカタカタと打っていると、やがて予想通り結城と和海が後片付けを始める。

 「晃くん、そろそろ終わったら? わたしたちも、そろそろ帰るし」

 和海が、晃に向かって声をかける。

 「……そうですね、自分でノルマにしていた分は終わりましたから、この辺で終わりにしておきます」

 和海に向かってそう答え、晃もパソコンの電源を落として後片付けを始めた。

 すると、結城が静かな声で話しかけてくる。

 「早見くん、明日から週末で、大学は休みだったね。明日は、朝からこちらを手伝ってほしいんだ」

 朝から事務所を手伝うということは、晃に出かけてくれるなということだ。

 いきなり先制されて、晃は内心苦笑した。

 「……わかりました。何を手伝えばいいんですか?」

 晃の答えに、わずかに表情を緩めたように見える結城が、言葉を続ける。

 「やはり、事務作業の手伝いと……そろそろ川本さんのところの様子見だな。一応、昼間のうちに『今度の週末にそちらへ(うかが)う』(むね)のアポは取ってある」

 そういえば、確かに結界の様子も見ておいた方がいいだろう。

 晃はうなずいた。

 先に川本家の様子を見てきてから、事務作業に入ったほうがいいだろう。

 そのことを伝えると、結城も和海も同意する。

 それを確認し、帰り支度を終えた二人は、また明日会うことをきっちり言質を取る形で晃に確約させ、帰っていった。

 時間は午後七時半を少し回っていた。

 あとには、自分の荷物をまとめた晃が残される。

 何か夕食になるものを食べようと思ったが、あまり食欲がない。

 荷物を持ってきっちんへと行くと、買い置きしてあるシリアルバーを出してきて、冷蔵庫に入れてあるペットボトルの野菜ジュースをコップに注ぎ、それで夕食を済ませた。

 あとはコップをゆすぎ、シリアルバーの包装をゴミ箱に入れれば、後片付けも終わりだ。

 そして荷物を手に自分の部屋へと戻ると、一旦ごろりと床に寝転ぶ。

 一度気が抜けると、何もやる気が起きない。

 少しだけ転寝(うたたね)をしてもいいだろうか。

 寝る前には、シャワーを浴びないといけないだろうけど、まだ時間は早い気がするから。

 横になったまま目を閉じると、いつの間にか眠りに落ちていた。

 夢の中で、晃は山の中の一本道を歩いていた。すぐにこれは夢だと気が付いていたから、いわゆる明晰夢(めいせきむ)というやつになるだろうか。

 空は、薄雲がかかっているかのようにぼんやりとした灰色で、それなりに明るいが、どう考えてもはっきりとした日差しがある明るさではない。

 道の左右に生えている木も、どこかぼんやりとした色合いの葉をつけていた。今の時期なら、新芽の季節のはずだが、灰緑色にしか見えない。

 その道をしばらく歩いていると、遠くに鳥居が見えてきた。

 しかし、その鳥居はかなりの大きさがあるようだったが、朱色が色褪せて所々剥げ、傾いているようにも見えた。

 どうも引っかかる。

 直感が警鐘を鳴らす。これ以上、進んではいけない。

 以前にもあった、夢の中での接触。それに違いないと、本能が警告するのだ。

 晃はさっさと(きびす)を返すと、元来た道を引き返した。

 しかし、どうも嫌な予感がする。

 ふと気づくと、背後の鳥居が、心なしか大きくなっているような気がした。否、離れているはずなのに、前より近づいている!?

 “飲まれる”

 やはりここは、ただの明晰夢ではなかった。夢というものを入り口とした、総合的無意識域により繋がった、別な誰かの意識の中だ。

 ならば、いっそ迎え撃つか?

 晃が本性を現した時、遼の声が聞こえた。

 (晃! 迎え撃つのはやめろ! 何が出てくるかわからないんだぞ!!)

 (何かが出てくるのは間違いないだろうけど、まさか禍神本体が出てくるとは思えない。迎え撃ったって大丈夫だよ、遼さん)

 (そういう問題じゃない!! 夢から出られなくなったらどうするんだ!! 前はアカネが引っ張り出してくれたが、そううまくいくとは限らないんだぞ!!)

 そう言われれば、そうか。

 晃は、迎え撃つのを中止し、脱出のほうに力を使うことにした。だめなら、その時は迎え撃とう。

 晃の体が、夢の中の地面を離れ、はるか上空を目指す。

 すると、下の方から何がしかの咆哮が小さく聞こえた。どうやら、咆哮の主は上には上がってこられないらしい。

 今まで、山のように見えていた下の景色が、すべて鈍い色彩の渦とも歪みともつかないぐにゃりとしたものに変わっていく。

 そしてそれが、まるで蔓のようにずるずると伸びてきて、晃を捕まえようとするかのように追いかけてくる。

 あれに捕まったら、厄介なことになるのは間違いない。

 晃はよりいっそう速度を速め、上昇し続ける。

 伸びてくる蔓をかわし、ついには蔓を振り切り、かすかな光が明滅するぼんやりとした空間に飛び込んだ。

 そこをまた上昇し続けると、何かの境界のようなものを越えたような、ほぼ確信的な感覚があった。

 自分の識域下の中に戻ったのだと気づいた途端、突然目の前がぐるりと回ったような感覚に襲われ、慌てて飛び起きたその時、自分が自分の部屋の中で半身を起こしているのだと気が付いた。

 戻ってきた。

 そう思ったとき、ひどい疲労感が押し寄せる。

 全く、おちおち転寝も出来ないのか……

 以前、眠りに落ちたところで、他人の意識の中に引き込まれたことがあった。

 それ以降、ベッドの周辺には結界を張って、寝ている間に余計なちょっかいをかけられないように気を付けていた。こちらの部屋に移ってからも、ベッド周辺には結界を張ってあった。

 しかし今は、床に寝転んでの転寝だ。

 そういうことだったのだろう。

 今はだるくてそういう気にならないが、部屋全体にもう一度結界を張っておこう。

 晃は、噴き出していた汗を、乱暴に手で拭った。

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